<登場人物>

◆ 木下 真希(きのした まき)|OL投資家(28歳)

都内の商社に勤める会社員。コロナ禍の頃に積立投資を始め、そこから個別株にも興味を持つようになった。SNSで話題の銘柄やニュースに敏感で、最近では米国株にも手を出している。普段は几帳面で真面目な性格だが、相場では少し熱くなりやすい一面も。今回の関税ショック後の下落を「押し目」と捉え、勇気を出して買い増ししようとしている。

◆ 山根 茂(やまね しげる)|伝説の投資家(83歳)

かつて証券会社に勤め、その後独立して資産を築いた伝説の個人投資家。バブル崩壊、ITバブル、リーマンショック、コロナショックと数々の荒波を乗り越えてきた相場の生き字引。今は田舎で静かな余生を送りつつも、時折証券口座を眺めてはマーケットの気配を読むのが日課。冷静沈着で、孫のような若者に投資の本質を伝えることを密かな喜びとしている。

 


 

2025年4月9日、東京・丸の内。
桜の花びらがビル風に舞う中、真希は昼休みにカフェのテラス席でスマホを見つめていた。

「昨日の日経、+1800円…米株も上がってたし、これはやっぱり反転かも。買い増しのチャンス、来たかも!」

そう呟きながら、彼女の指は証券アプリの「買い注文」ボタンにかかっていた。

「でも…なんか怖いな。前もこのタイミングで入って、逆にズドンと下げたし…」

そこへ、隣の席に座っていた白髪の老人が、ふと声をかけた。

「若いのに、えらく真剣な顔でスマホを見とるね。」

驚いた真希が顔を上げると、穏やかな表情の老人がコーヒーを飲みながら微笑んでいた。

「株…やってるんですか?」

「少しな。60年くらい。」

「ろ、60年…?」

「バブルも崩壊も、リーマンも経験した。名前は山根。気が向いたら、ちょっと話を聞いていかんかね?」

真希は思わずうなずいていた。


『トランプ関税ショック』 市場を揺るがす通貨戦争と投資家の分析:株式・暗号資産の急落から読み解く、保護主義の代償と資産防衛戦略

■ 回復の兆し?それとも罠?

「今、関税ショックで株価が下がって…でも昨日すごく反発したんです。だから今が押し目だと思って、買おうか迷ってて…」

「なるほど、熱心だ。だが一つ、聞かせてほしい。――君は“底”が見えるのかい?」

「…いえ、見えません。でも、もう下げ止まったように見えるから…」

山根は小さく笑った。

「そうか。なら、少しだけ昔話をしようか。」


■ 老投資家の記憶

「昔、2008年。リーマンが潰れた時じゃ。世界中の株が奈落の底へ落ちて、みんなが慌てて投げ売った。」

「でもその直後、一回リバウンドがあった。株価は数日で跳ね返した。みんな『底を打った!』と喜んだ。…だが、その後さらに深い底が待っておった。」

「つまりそれが“二番底”というやつですか?」

「そう。相場は感情のゲームじゃ。恐怖と欲望で揺れ動く。だから、最初の反発には『願望』が混ざる。だが、現実は残酷でな…本当の底は、たいてい後から振り返って初めて分かるものじゃ。」


■ 心に刺さった一言

「君がもし買うなら、“今が底だ”と信じて買ってはならん。『さらに下がった時にも耐えられるか』、それを考えてからにしなさい。」

「…損切りを覚悟しろ、ってことですか?」

「そうじゃない。むしろ、“全部を賭けるな”ということじゃ。資金も、感情も。」

山根はコーヒーを飲み干して立ち上がった。

「相場において、最大の武器は“待つ力”じゃ。焦るな、若者。」

「…ありがとうございます。」

真希はスマホの画面を閉じた。今すぐ買い増しする手は止まった。けれど、それは“怖さ”からではなかった。“冷静さ”という盾を、初めて手に入れたからだった。


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エピローグ:投資は未来を信じる力

数日後。関税問題は一進一退。市場も再び下げに転じた。

真希はカフェで再び証券アプリを開いた。
その横には、ノートに相場メモをつける山根の姿。

「今日は…買うんですか?」

「いや、まだ待つよ。」

「…私もです。」

春の陽差しが、2人の間に穏やかに差し込んでいた。