34歳。東京都中野区在住の独身サラリーマン。医療機器メーカーで営業職として働くかたわら、2020年頃から始めたビットコイン投資で資産を拡大。友人のすすめで始めた仮想通貨投資は、数年で彼に「会社に依存しない自由な生き方がある」という自信をもたらした。

資産も1,000万円を超え、将来の不安は薄らいでいた。仮想通貨は“未来を切り開く道”。そう信じて、仕事も遊びも投資も全力だった。
…2025年4月2日までは。


成功の実感と、自信に満ちた毎日(〜2025年3月末)

2025年3月。大輝のビットコイン資産は900万円を超えていた。初期投資は約300万円。コロナ後のバブル、NFTブーム、ETF承認ラリー……波を読みながら利確し、押し目で買い増す。そんな“センス”でここまで来た。

「やっぱ俺、投資向いてるわ」
会社の後輩にもそう言ってアプリを見せると、みんなが「すごいですね…」と声を漏らす。

平日は都内の病院を回る営業。人当たりの良さと数字への執着心で成績も上々。年収は680万円。生活も派手になりつつあった。

  • 金曜夜は恵比寿で飲み

  • 月1で国内のラグジュアリーホテル泊

  • 海外出張気分で買ったMacBook Proや高級スニーカーが部屋に並ぶ

「仕事も順調。投資も勝ってる。来年には資産1,500万いけるかも」
そう思っていた──その矢先だった。


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崩壊は一瞬。ビットコイン急落の衝撃(2025年4月2日)

あの日、大輝はいつも通りスマホを開き、チャートを確認した。だが、そこには見慣れない光景があった。
ビットコインが、朝方から10%以上急落していた。原因は、米国が発表した突如の「関税引き上げ」。それに伴うリスク回避の売りで、世界のリスク資産が急落。仮想通貨も例外ではなかった。

「まぁ、すぐ戻るだろ。どうせいつもの調整でしょ」

そう思った。だが、夜にはさらに下がり、翌日には1BTC=480万円台に突入。大輝の資産も数日で400万円以上吹き飛んだ。

現実感がなかった。
「これは…夢だよな?」
「まさか、ここまで下がるとは……」

現金化する勇気も出ず、損切りもできず、ただアプリの画面を見続ける毎日。心のどこかでは「戻るはず」と期待しながらも、現実はただ、じわじわと資産を削っていった。


 

破綻するメンタルと、加速する浪費

現実を受け入れられないまま、ストレスを紛らわすように、さらにお金を使い始めた。

  • 週3回の外食は週5に

  • 気づけば、週末には10万円近くカード決済

  • 鬱々とした夜に、意味もなく高級時計のサイトを眺め、衝動買い

貯金は減り、クレジットカードの請求は積み重なる。それでもビットコインは戻らない。

職場でも異変が起きた。
遅刻、ミス、集中力の低下。先輩からの助言にもイライラして口答え。
「ちょっと、最近おかしくないか?」という言葉に、大輝はブチ切れてしまった。

その日、上司に呼び出され、しばらくの休職を勧められた。

部屋で一人、カーテンも開けずに過ごす日が続いた。アプリを開いても、評価額が下がるばかり。
「俺、何してんだろ……」
自信に満ちていた日々は、もう遠い過去のように思えた。

 


東南アジアへの一人旅。そして目の覚める出会い

休職から3週間ほどたったある日、大輝はふと、昔行っていた旅系YouTuberの動画を思い出した。東南アジア、ラオス、カンボジア、タイ──何もかも安くて、時間がゆっくり流れる世界。

「行ってみるか。全部忘れて、一回リセットしてみよう」
軽い気持ちで手配した航空券。着いた先はタイ・チェンマイの街だった。

屋台で食べるパッタイ。1杯のカフェラテが200円。ゲストハウスで出会った旅人たちの、なんとも自由で穏やかな表情。

そして、小さな村の仏教寺院で出会った、あるタイ人僧侶の言葉が、大輝の心を撃った。

「お金はあっても、心が迷えば不幸になります。でも、心が静かなら、どんな状況でも幸せは感じられる。」

その夜、大輝は久しぶりに深く眠った。朝、ゲストハウスの窓から見た朝焼けは、これまで見てきた東京のどの景色よりも、美しく見えた。


変わったのは資産じゃなく、心の在り方

旅の終盤、大輝はカフェでノートを開いて、自分のこれまでとこれからを静かに整理した。

  • 資産は確かに減った。投資もミスだった。

  • でも、本当に失っていたのは「足るを知る感覚」だった。

  • 成功していた頃の自分は、いつも**“もっともっと”を求めていた。**

帰国後、大輝は少しだけ変わった。

  • ブランド物を買わなくなった

  • 週末にはボランティアに参加するようになった

  • 再開した営業職では、“数字”よりも“人の話を聴く”ことを大切にするようになった

資産はまだ半分以下のままだ。それでも、大輝はどこか満たされていた。

「本当に大切なものは、チャートの向こうにはなかった」
それに気づけた今、自分はようやく、人生のスタート地点に立てた気がする。


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エピローグ:人生という“長期保有”

村上大輝、34歳。
2025年、ビットコインで一度すべてを失いかけた男は、今、少しだけまっすぐ前を向いている。

仮想通貨口座の評価額は、まだ戻ってはいない。だが、彼の中にある“価値”は、確かに変わった。

人生もまた、投資と同じ。
「一度の急落で投げ出すな。大切なのは、長期で向き合う覚悟だ。」

今日も彼は、スマホではなく、ノートを開いてこう書き込む。

「次に増やすのは、“心の資本”」