1. 2025年3月末までの資産形成
2025年3月末、東京・中央区に住む佐藤彩香(32歳)は、ふとスマホで証券口座の評価額をチェックしていた。
「やった…ついに200万円を超えた!」
NISAを活用し、オールカントリー(通称「オルカン」)を中心に3年間コツコツと積み立ててきた成果が花開いた瞬間だった。仕事は中規模IT企業の一般事務。年収約450万円の中から、毎月3万円から5万円を投資に回すというスタイル。最初は右も左も分からず勉強しながらだったが、読んだ投資関連書籍やYouTubeの投資解説動画を参考にしながら、少しずつ資産を増やしてきた。
当初は「本当に増えるのかな……」と半信半疑だった。しかし、世界経済が好調だったことも後押しして、彩香のNISA口座は順調にプラスを積み重ねていた。
「この調子なら、来年には300万円も夢じゃないかも!」
休日には近所のカフェで読書を楽しみ、友人とショッピングに行く。平日は仕事の休憩時間に証券ニュースや投資ブログを覗くのが日課だ。家賃12万円の1Kマンションにひとり暮らし。生活費は計画的に管理し、無理なく投資を継続してきた。そんな彼女の投資生活は、平穏そのものだった。
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2. 2025年4月2日の米国関税ショック
ところが、4月2日の朝──。
通勤電車の中で、彩香はスマホのニュースアプリに目を落とし、心臓がドキリとした。**「米国が突如として追加関税を発表し、世界の株式市場が急落」**という見出しが躍っていたのだ。
「なんだろう、また一時的な下げで終わるといいんだけど……」
そう思いながら会社に到着したものの、昼休みに口座を確認して愕然とする。
「評価額が180万円……昨日まで200万円を超えてたのに、一気に20万円も減ってる……」
頭をよぎるのは不安ばかり。米国株式市場の先物はまだ大幅安を示しており、夜間のマーケットでも下げ止まる気配がない。オールカントリーは世界中の株式に分散されている分、比較的安定しているはずだったが、この関税ショックが予想以上に大きなダメージを与えていた。
翌日にはさらなる暴落が報じられ、彩香の資産は見る見るうちに160万円台にまで後退した。1~2日で40万円近くが吹き飛んだ計算だ。夜もなかなか眠れず、何度も証券会社のアプリを開いては「まだ下がってる……」と落ち込む日が続いた。
3. 一時的に精神的にもかなり落ち込んでしまった状況
4月中旬、彩香は精神的に追い詰められた状態だった。毎日スマホで評価額をチェックしてはため息をつき、会社では業務に集中できずミスを連発。上司にも「最近疲れてるんじゃない? 大丈夫?」と声をかけられるほど元気がない。
自分が積み立ててきたお金が、一瞬にして目減りしていく恐怖。
「私がコツコツやってきたのは、結局ムダだったのかな……?」
「やっぱり投資なんてやめればよかった……」
友人と会っても、いつものようにカフェ巡りを楽しめない。映画を観に行っても上の空で、チャートの動きが頭を離れない。外食費や趣味に使うお金までケチケチしてしまい、気持ちがどんどん沈んでいく。
4. ショックから回復するきっかけ
しかし、そんな彼女にある小さなきっかけが訪れた。大学時代の友人・麻里子と仕事帰りに食事をしたときのこと。
「彩香、ちょっと元気ないみたいだね。どうしたの?」
麻里子は証券会社に勤めているわけではないが、資産運用に詳しく、以前から彩香と投資情報を交換していた仲だ。彩香はここ数週間の不安を吐き出すように、関税ショックでの評価損や精神的な苦しみを打ち明けた。
すると麻里子は穏やかな笑みを浮かべながら言った。
「確かに大きな下落だけど、これまでも市場にはいろいろな局面があったでしょう? 一時的な乱高下はよくあることだし、そもそも長期投資が彩香のスタンスじゃなかった? いま損切りしなくていいと思うよ」
彼女の言葉は、沈んだ心をそっと支えてくれた。さらに麻里子は、“市場が落ち込んでいる時こそ買い増しのチャンス”という過去の事例や、リーマンショック時のS&P500の回復具合などを具体的に教えてくれた。彩香は目からウロコが落ちる思いだった。
「そうだ……私、将来のために10年、20年先を見越して投資を始めたんじゃない。短期の下げで悲観して、これまでの方針を曲げちゃダメだよね……」
その夜、彩香はゆっくりお風呂に浸かりながら、「将来への備え」を大切にしている自分らしい投資をこのまま続けよう、と決意し直した。
5. その後
彩香は再び、日々のチャートを執拗にチェックするのをやめた。代わりに以前のように投資関連の本を読み、分散投資やドルコスト平均法の効用を再確認。また、気分転換も必要だと感じ、週末には近所の公園に散歩へ出かけ、好きなカフェで美味しいコーヒーをゆっくり味わうようになった。
そんなある日、4月末に各国の市場が徐々に落ち着きを取り戻し始めたというニュースが飛び込んできた。5月に入ると、世界的な協調が進み、追加関税への対抗措置が和らぐ見込みが出てきたとの報道もあり、株式市場は次第に回復。彩香のオルカンの評価額も少しずつ戻り始め、夏には170万円台から180万円台に持ち直した。
さらに、仕事面でも少し嬉しい出来事があった。長く続けていた資格取得の勉強が実を結び、社内の業務効率化プロジェクトに起用されたのである。上司から「いつもコツコツ努力を続ける姿勢が評価されたんだよ」と言われ、彩香は照れくさそうに微笑んだ。
「投資も仕事も、一朝一夕ではなく、こつこつ積み上げるのが私のスタイルかもしれない」
秋ごろには再び評価額が200万円近くに回復したうえ、それまで投信に回していた積立資金の一部をS&P500や債券にも分散し、メンタル的にも少し余裕が生まれた。冬のボーナスが出た際には、思い切って小旅行に出かけ、自分へのご褒美として奮発。気持ちの切り替えを大切にしながら、将来へ向けて堅実に歩んでいる自分を誇らしく感じた。
「やっぱり投資を続けてきて良かった。もちろん市場は浮き沈みがあるけど、長期で見れば乗り越えられるってこと、今回身に染みたな」
そうつぶやく彩香の表情には、以前の不安げな影はもう見当たらない。NISA口座の評価額は以前の水準まで戻り、さらに将来の可能性を感じさせるほどになった。ショックはあったが、結果的には長期投資の重要性を再確認でき、仕事でも成長のきっかけをつかんだ。彩香は今、少し先の未来を笑顔で見据えている。
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エンディング
こうして佐藤彩香は、2025年4月の米国関税ショックで一時的に資産が大きく目減りし、精神的にも落ち込んだものの、長期投資の意義を再認識し、最終的には投資も仕事も前向きに成長できるきっかけを得た。これからも堅実さと好奇心を大切にしながら、未来を切り開いていくに違いない。
「落ち込んだりもしたけれど、私は元気です。」
そんな心の声が、彼女のこれからを大きく支えていくのだろう。
