4. 半導体製造装置産業の主要企業と動向
半導体チップの製造には何百もの工程があり、それぞれを担う専門装置メーカーが存在する。装置産業はオランダ・米国・日本を中心に寡占が進んでおり、各社は技術革新と供給網リスクに対応した戦略を展開している。以下に主要工程とリーディングカンパニー、その技術戦略を表形式で整理する。
表1:半導体製造フロー主要工程と装置メーカー・戦略概要
上述の通り、製造装置業界は各分野で数社が凌ぎを削る寡占構造となっている。ASMLのような唯一無二の存在もあれば、エッチング・成膜のように米日が競合する領域もある。全体の市場規模は2022年に約1070億ドルと過去最大となり、2023年は半導体市況悪化で一時減速したものの、AI需要や先端投資再開で2024年後半から回復傾向だ
。AI向けロジックやHBM増産による先端装置需要は旺盛で、東京エレクトロンは2025年度のWFE(ウェハファブ装置)市場は再び過去最高を更新すると予測している
。一方で地政学リスクは装置メーカーにも影を落とす。対中輸出規制による中国需要の不透明化や、米国からの圧力による売上機会損失などである。実際、ASMLやTELは2024~25年に中国向け受注減を見込んでいる
。そのため各社は中国以外の需要(米国や中東・インドなど新たな投資先)を開拓し、リスク分散を図る戦略を取る。また装置業界自身のサプライチェーン強靭化(キー部品の在庫確保や調達先多元化)も課題となっている。総じて、製造装置各社は技術革新(EUV高NA化、次世代材料対応など)と地政学対応の両面で戦略を練っており、2030年代に向けた新局面に備えている。
5. 将来予測 – 2030年・2040年・2050年の展望
最後に、半導体業界の中長期的な将来像について、2030年、2040年、2050年の節目で展望する。技術動向・市場規模・需要分野・地政学要因など複合的に考察するが、まずは主要指標の予測を下表にまとめる。
表2:2030・2040・2050年における半導体業界の想定シナリオ
2030年に向けて、半導体産業は引き続き高成長が予想される。2024年に約6,270億ドルだった世界半導体売上高は、2025年に約6,970億ドルに達し、このまま年7.5%成長が続けば2030年に1兆ドル規模へ倍増する見通しである
。この成長を牽引するのはAI・データセンター向け需要と、自動車・産業機械のデジタル化である。技術面では、2030年前後までMooreの法則的な微細化が(難易度は増しつつも)継続すると見られる
。TSMC・Samsung・Intelはいずれも2nm世代(ゲート長数十Å程度)を2025~2026年に実用化し、その後も1.5nmや1.2nmといったノードの開発ロードマップを描いている。トランジスタ構造はGAA(環状ゲート)からさらに進んでナノシートの多層化やForksheet、あるいはCFET(Complementary FET)など新概念が検討されている。またチップレット&先端パッケージが2030年には標準技術となり、複数ダイを有機的に統合した「システム単位」での性能向上が主流となっているだろう
。これはムーアの法則の次なるステージとも言え、プロセス微細化と組み合わせてシステム性能を飛躍的に伸ばす。需要面では、クラウドAIサービスやスマートモビリティが半導体消費の大宗を占め、通信インフラは6G世代に突入、IoTデバイスは数百億個規模に累積する見込みである。2030年の地政学リスクについては、不確実性はあるものの現在の延長線上なら米中デカップリングがかなり進行し、特に先端供給網は中国圏と西側陣営でほぼ分離している可能性が高い。その場合、中国は国内需要の大半を自給できる28nm~14nm帯で一定のエコシステムを確立するが、最先端では依然TSMC・Samsungなど海外依存が残るだろう。一方、西側では米欧日の投資で先端ロジック生産能力が分散し、2020年代初頭ほど台湾TSMC単独依存ではない状況になっていると期待される(米政府は少なくとも2030年に自国で世界先端ロジックの20%生産を目指す
)。総じて2030年まで半導体業界は技術・市場ともに成長軌道にあり、AIとチップレット時代を迎えつつ比較的安定した発展が予想される。もっとも懸念材料として、AI需要があまりに急峻でムーアの法則では追いつかない点がある。実際、AIモデルの計算需要は約3.5か月で2倍と、半導体の集積度向上(約2年で2倍)を大きく上回るペースで増大している
。このギャップを埋めるため、半導体メーカーは消費電力効率の革新や3次元集積による並列度向上で対応を迫られる。2030年時点でも電力効率は大きな課題であり、特にデータセンターの電力消費は世界電力の数%規模に達する可能性があるため、グリーン半導体技術へのニーズも一段と高まっているだろう。各社とも「性能/W(ワット)あたり効率」の競争が今以上に重視されることになる。
2040年頃になると、シリコン微細化は物理的限界に近づき、半導体技術は新たなパラダイムへ移行している可能性が高い。ムーアの法則は1nm以下で継続が困難となり、ポストシリコン材料(原子層の2D半導体やカーボンナノチューブ)、量子デバイスとのハイブリッド集積、光電融合(オンチップ光インターコネクトの実用化)などが鍵になるだろう。一方で市場規模は更に拡大し、Deloitteの予測では2040年に2兆ドル(約2倍)規模に達するとされる
。これは世界GDPの成長率を上回る半導体需要の伸びを意味し、半導体産業が経済のコアインフラとして位置付けられることを示唆する。2040年の主要応用分野は、2030年時点の延長でAI・クラウドが中核であるのはもちろん、自動車はほぼ完全自動運転が実現し交通システムが一変、街中にはサービスロボットやドローンが溢れ、家庭にも高度なAIアシスタントロボットが普及するといった、よりユビキタスな半導体利用社会となっているだろう。そうしたSociety 5.0的世界を支えるため、エッジからクラウドまで超高性能・超省電力の半導体が不可欠になる。2040年前後では、量子コンピュータが特定領域で商用実用化され始めると予想される(例えば大規模分子シミュレーションなど)。しかし従来型(CMOS)半導体も依然性能向上を続けており、大規模計算は量子と古典のハイブリッドになる公算が大きい。その際に重要なのが半導体と量子デバイスのインターフェース技術であり、低温電子回路や量子制御用SoCなど新しい半導体ニーズも生まれる。地政学的には、20年後という長期では幾つかのシナリオが考えられる。米中対立が続いた場合、2040年頃には両ブロックの技術格差が一定程度縮小し、中国が5nm前後の技術力を独自に獲得している可能性がある。一方で国際協調路線に舵が切られれば、相互に依存し合う現在のサプライチェーンに部分的に戻る可能性もある。また第三極としてインドなど他の地域が半導体生産の一角を担い、地政学リスク分散に寄与する展開も考えられる。加えて2040年の課題としてエネルギーと環境が避けて通れない。ある推計では、このまま半導体需要が伸び続ければ2040年代半ばには世界の電力を情報産業(半導体を含む)が使い尽くすとも言われている
。この「熱問題」「電力問題」を解決しない限り、半導体による人類の繁栄も限界に達しかねない。したがって業界を挙げた省エネ技術(超低電圧トランジスタ、スピントロニクス素子、光コンピューティング等)の実用化や、カーボンニュートラルな製造プロセス確立が不可欠となる。2040年時点では、少なくとも主要各社が製造拠点の再生エネ電力化・排出削減を達成し、製品もより環境配慮型になっているだろう(例:TELは2040年スコープ1~3ネットゼロ宣言
)。いずれにせよ2040年頃、半導体は名実ともに「社会インフラそのもの」となり、その安定供給と継続的イノベーションが人類の発展に直結する時代となっている。
2050年ともなると、現在から四半世紀後であり予測は非常に困難である。しかし敢えて描くなら、「ポスト半導体」の幕開けとも言うべき状況かもしれない。TELの技術予測では、2050年に半導体市場規模が5兆ドルに達し、その牽引役は量子技術になるとされている
。これは、もはや従来のシリコンICだけではなく、量子計算機用チップや神経模倣(ニューロモーフィック)チップ、あるいはバイオエレクトロニクス素子なども「半導体産業」に含まれる時代を意味していよう。コンピューティングの主役は、CMOSと量子デバイス、さらには光コンピューティングが三位一体で協調する形に進化している可能性が高い
。ユーザーから見れば、「計算資源」はクラウドを通じ魔法のように提供され、AIが極めて高度化した汎用人工知能(AGI)レベルで社会に浸透しているかもしれない。その基盤を支える半導体チップ群は今よりさらに見えない存在になるが、性能・信頼性・知能化の要として不可欠であることに変わりはない。2050年にはトランジスタのチャネル長は数Å(原子数個)にまで達し、もはや電圧をかけてON/OFFするという現在のスイッチの概念は変容している可能性がある。スピン量子ビットやフォトニック素子、モット絶縁体の相転移を利用したスイッチなど、多様な物理現象を使った「ポストCMOSデバイス」が実用化されているだろう。それらを統合する実装技術も3次元を極め、立体構造にチップを積み上げナノスケール配線で繋ぐ、といったSF的なものかもしれない。市場のあり方も、消費者向け製品以上に社会インフラ投資としての半導体需要が主となり、国や都市がスーパーコンピュータやAIネットワークの整備に巨額を投じる時代になるかもしれない。地政学面では、2050年には米中関係がどうなっているか予断を許さない。最悪の場合完全なブロック経済化で互いに別の技術体系を築いている可能性もあるが、技術の収斂や地球規模課題(気候変動など)への協調が進めば落とし所が見つかっているかもしれない。ただ台湾問題が平穏に解決していない場合、世界半導体供給は依然リスクを孕む。TSMCやSamsungといった企業が健在であるか、新興勢力が台頭しているかも不明だ。歴史的に見て半導体産業は30年で主要プレイヤーが様変わりする(1980年代と2010年代で日米韓台の台頭交代があった)のが常であり、2050年には例えばインドや中東企業がトップランナーになっている可能性すらある。しかし根源的には、**「人類の活動=コンピューティング」**となっているであろう2050年社会において、半導体産業が世界経済・安全保障・科学技術の中心に位置する構図は不変と考えられる。そしてその頃、業界人はもはや「ムーアの法則」の延命に右往左往していないかもしれない。むしろ次元の異なるパラダイム(量子優越性の活用や、人間の脳を模したコンピュータなど)の実現に向けて、新たな挑戦を続けていることだろう。半導体業界の旅路は、2050年以降も形を変えながら果てしなく続いていく。
References: 半導体業界の最新統計・予測および企業・技術動向について、本回答では以下の情報源を参照した(文中に**【】**で示した番号は出典箇所を示す)。各出典には業界専門メディア記事や企業発表、調査報告など信頼性の高い情報を用いている。
【11】 Deloitte, 2025 Global Semiconductor Industry Outlook (2025)
【12】 Semiconductor Engineering, Chiplets Still A Challenge With UCIe 2.0 (2025)
【19】 日経BizGate, 「米中半導体摩擦は7年目に 『分断』の経緯をふり返る」(2024年)
【16】 日経BizGate (同上), 米国の対中半導体制裁(第1段階)の解説
【38】 TechInsights, SMIC 7nm (N+2) in Huawei Mate 60 Pro (2023)
【39】 Reuters, Huawei’s new Mate 70 phone chip shows no major redesign... (2024)
【42】 TrendForce, Tokyo Electron Cautions on Slowing Demand from China... (2024)
【20】 CNBC, Nvidia dominates the AI chip market... (2024)
【25】 Reuters, Arm aims to capture 50% of PC market in five years... (2024)
【46】 Semiconductor Engineering, Tech Forecast: Fab Processes To Watch Through 2040 (2023)
【10】 Deloitte (同上), チップレットに関する見解
【53】 Visual Capitalist, Visualizing The Global Semiconductor Supply Chain (2021)
【26】 Tom’s Hardware, 232-Layer QLC NAND shipments by YMTC (2022)
【31】 Intel Newsroom, Intel Foundry momentum, aiming No.2 by 2030 (2023)
【45】 Reuters, Intel says new ASML High-NA machines in production... (2024)
【32】 Samsung Electronics広報, Samsung to invest $116B in logic chips by 2030 (2019)
【41】 MobileWorldLive, Tokyo Electron expects AI to fuel double-digit growth (2025)
【56】 Deloitte Insights, When the chips are up: record growth expected in 2025 (2025)
【60】 Tokyo Electron Tech Blog, Latest Technology Trends...(2024)
【7】 東京エレクトロン, ADMETA Plus 2024 Keynote by Dr. Sekiguchi (2024)