1. 急速な変化の背景と現状 – 技術革新と地政学リスク

現代の半導体業界は、かつてない速度で技術革新と市場変動を遂げている。その背景には、大きく技術的要因と地政学的要因の二つが存在する。

  • 技術面の進化: 人工知能(AI)ブームが半導体需要を飛躍的に押し上げている。特に生成系AIの学習・推論には膨大な計算性能が必要で、データセンター向けのGPUやAI専用チップへの需要が爆発的に増加した​

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    。最新の大規模言語モデルではパラメータ数が数千億にも及び、これらを支える半導体チップはわずかなウェハ枚数で業界売上の20%を占めるほど高価・高性能だ​

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    。この「AI革命」に応えるため、半導体メーカー各社はプロセス微細化チップレット化に注力している。プロセス微細化では、2010年代にFinFETトランジスタが導入され、現在は3nm世代に達しつつある。そして2025年前後にはGAA(Gate-All-Around)トランジスタを用いた2nm世代への移行が計画されている(TSMCは2025年に2nm量産開始予定​

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    )。一方、チップレット化(複数の小チップを高速インターコネクトで接続し一つのシステムを構成する手法)は、AMDやIntelを先駆けに広がりつつある。チップレットは大規模チップの歩留まり改善や異種プロセスの組み合わせを可能にし、Mooreの法則を新たな形で延命させるキー技術と目される​

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    。こうしたマルチダイ集積を促進するため、UCIe(Universal Chiplet Interconnect Express)のようなオープン標準も策定された。UCIeは2022年に業界団体が発足し、2024年にはv2.0仕様が公開されており、AMD・Intel・TSMC・Samsung・Google・Microsoftなど主要企業が参加してデータセンターやAI向けのチップレット相互接続規格を推進している​

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    。この標準化により異なるベンダーのチップレットを組み合わせたプラグ&プレイ型SoC実現への期待が高まっている。一方で、RISC-Vを代表とするオープンアーキテクチャの台頭も見逃せない動きである。RISC-Vはオープンソースの命令セットアーキテクチャであり、AIやIoT分野向けのカスタムチップ設計に柔軟性を与えるため、産業界や中国企業が積極採用している。
  • 地政学的リスクとサプライチェーン: 半導体が「戦略物資」と称されるほど各国の経済安全保障に直結する中、米中対立が産業構造に大きな影響を及ぼしている。2018年の米国によるZTE制裁や福建晋華(JHICC)制裁​

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    を皮切りに、米国政府は輸出規制によって中国の半導体自給への試みを牽制してきた。2020年以降はHuaweiへの禁輸措置が強化され、TSMCなどがHuawei(海思)向け先端チップ供給を停止する事態となった​

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    。2022年10月には米国が先端半導体技術の対中輸出規制を包括的に発表し、EUV露光装置はもちろん、先端のDUV装置やEDAツール、人材交流に至るまで幅広い制限を課している。オランダ政府もASMLのEUVだけでなく浸透型DUV装置の対中輸出を制限し、日本政府も先端製造装置の輸出管理を強化するなど、米日蘭による「対中デカップリング(分断)」が進行中である​

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    。中国側もこれに対抗し、国家半導体ファンド(大基金)による巨額投資や国内設備メーカーの育成などサプライチェーン国産化を加速させている​

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    。例えば、中国のSMIC(中芯国際)はEUVを使わずに7nmプロセス(N+2世代)でのチップ製造に成功し、2023年にHuaweiのスマートフォン向けKirin 9000sチップとして実用化された​

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    。これは西側の制裁網をかいくぐった成果であるが、現行の浸透型露光(DUV)の限界に近く、性能や歩留まりで最先端には遅れをとる。また米国の規制によりSMICはEUVリソグラフィ装置を入手できず、5nm以下へのさらなる微細化は困難とされる​

    reuters.com

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    。加えて中国半導体企業による製造装置の爆買いも2024年以降減速し始めた。日本の東京エレクトロン(TEL)は2023年度上期に売上の45%近くを中国から計上したが、米国の追加規制リスクもあり「今後は中国比率30%台まで低下の可能性が高い」と警戒を示している​

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    。こうした地政学リスクの高まりから、米国は国内での先端工場建設に巨額の補助金を投じるCHIPS法を制定し、欧州連合もEUチップ法で域内生産拡大を図っている。TSMCやSamsungは米国・日本に、Intelも欧州にそれぞれ新工場を建設中で、半導体サプライチェーンの「多極化」が進んでいる。台湾有事のリスクが意識される中、供給網をより地理的に分散し安定化させる動きである。ただ完全な脱中国は現実的に難しく、中国も28nm世代などレガシー製造では依然として世界需要を賄う大規模投資を継続中である​

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    。総じて、半導体業界は最先端技術を巡る米中の覇権争いと、それに伴うサプライチェーン再編という大きな変革期に直面している。各国政府の産業政策と企業戦略が複雑に絡み合い、将来像が描き直されつつあるのが現状である。

2. 分野別の半導体需要と技術動向

半導体は用途によって要求仕様や市場動向が異なる。以下、主要な応用分野ごとに最近の変化を概観する。

  • ロジック(CPU/GPU): 汎用プロセッサの世界では、PC・サーバ向けのx86アーキテクチャ(Intel/AMD)と、省電力モバイル由来のARMアーキテクチャ(Apple/スマホSoCなど)の競争が激化している。特にAppleは自社設計のARMベースM1チップでPC向けCPU市場に参入し、従来のIntel製CPUに匹敵する性能を示したことで業界に衝撃を与えた。ARM勢はWindows PC市場にも拡大を狙い、Arm社CEOは「5年以内にWindows PCの50%以上をARMベースにする」目標を掲げている​

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    。一方、GPU分野ではNVIDIAが依然突出しており、データセンターやAI研算用途のディスクリートGPU市場で7~9割超という支配的シェアを占める​

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    。近年GPUはもはやグラフィックス用途に留まらず、機械学習の加速やHPC(高性能計算)の基盤として不可欠となった。AMDもGPU「Radeon Instinct」シリーズで競合し、またIntelも新たにGPU事業に参入(Xeシリーズ)しているが、現時点でNVIDIAの寡占状態に大きな変化はない。今後はCPUとGPUの融合(例えばAMDのAPUや、NVIDIAのArmベースCPU「Grace」とGPUの統合など)や、チップレット技術によるスケーラブルなロジックチップ構成が鍵となりつつある。また、オープンISAのRISC-Vを活用したプロセッサ開発も各国で盛んであり、特定企業への依存低減やカスタム用途向けに活用が広がっている。
  • AIアクセラレータ: AI計算に特化した半導体の需要も爆発的に伸びている。上記のGPUもその代表だが、他にも専用AIチップ(ASICやSoC)が数多く開発されている。GoogleはTPU(Tensor Processing Unit)を自社データセンターに投入し、Amazonも推論用Inferentiaや訓練用Trainiumチップを開発した。またスタートアップ各社も独自アーキテクチャのAIプロセッサを提案しており、 Cerebras社のウエハスケール・エンジン(基板一枚大の巨大チップ上に数兆個のトランジスタを集積)やGraphcore社のIPUなど、ユニークな試みも登場している。これらAIチップは膨大な並列計算ユニット高帯域メモリ接続を特徴とし、HBM(高帯域幅メモリ)スタックと組み合わせるケースが多い。実際、TSMCの2.5次元実装技術CoWoSの需要はAI用途で急増しており、2024年には月産3.5万枚だったCoWoS対応基板が2026年には9万枚/月に拡大見込みと報じられる​

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    。今後もデータセンターのAI需要拡大に伴い、GPUとAI専用ASICが併存しつつそれぞれ進化するだろう。特に生成AIモデルの推論効率を高めるため、低精度演算に最適化したIPや、メモリ帯域を重視したアーキテクチャが求められている。エッジAI向けにはモバイルSoC内蔵のNPU(Neural Processing Unit)やIoTデバイス向けマイコンにもTinyML対応のAIアクセラレータが搭載され始めており、あらゆる機器がAI処理能力を持つ時代が近づいている。
  • モバイル(スマートフォン): スマホ向け半導体は引き続き大市場だが成長はやや鈍化傾向にある。高性能化と省電力化の要求から、SoCは5nm~4nm世代での大量生産が続く。主要プレイヤーはQualcommとMediaTekで、高級機種向けにはApple(自社設計)とSamsung(自社Exynos)が存在する。近年の特徴として、5G通信モデムAI処理エンジンの内蔵が標準化しつつある。例えばQualcommのSnapdragonシリーズは5G対応モデムとHexagon DSP(AIエンジン)を統合し、カメラ用ISPやGPUも含む総合SoCとして年次改良が続いている。またSamsungはAMDと提携してGPU IPを採用するなど、モバイル向けにも先端GPU技術を取り入れている。しかしスマホ市場全体は成熟しつつあり、メーカー間競争も激烈だ。ハイエンド向けではAppleが独自チップとOS最適化で差別化を図り、市場の利益を大きく獲得している。一方、中国勢(HiSiliconやUNISOC)は米国制裁の逆風下で苦戦しており、高性能SoCでは米台韓企業が優位を保つ。将来は6G通信やXR(AR/VR)デバイスとの融合がスマホSoCの新たな開発ドライバーになる可能性がある。

  • 車載(自動車): コネクテッドカー自動運転の進展により、自動車は急速に「走る電子機器」と化している。平均的な新車には1,400個以上の半導体デバイスが搭載されており​

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    、電気自動車(EV)ではその数がさらに増える。車載向け半導体は高度な安全性・信頼性規格を満たす必要があり、開発サイクルも長い。主要プレイヤーは、マイコン/SoCではNXP、ルネサス、Infineon、STMicroなど、パワー半導体ではInfineon、オンセミ、ロームなどが挙げられる。近年特に需要が伸びているのは先進運転支援システム(ADAS)向けプロセッサで、ここにモバイル由来のSoC技術が投入されている。QualcommはSnapdragon Autoプラットフォームで車載インフォテインメントや自動運転向けSoC市場に参入し、Teslaは自社開発のFSDチップを車載AIコンピュータに搭載した。NVIDIAも「DRIVE Orin/Xavier」シリーズで自動運転コンピュータ市場を開拓している。またLiDARやミリ波レーダー等のセンサー系チップ需要も増加中である。将来的には完全自動運転(レベル4/5)が実現すれば、車載半導体市場は現在の数倍規模に拡大すると予想される。一方、2020~2021年の世界的な半導体不足では自動車メーカーが生産停止に追い込まれ、サプライチェーン管理の重要性が痛感された。各国政府も車載半導体の安定供給に乗り出しており、日本やEUは自動車向けチップを政策支援の重点に据えている。
  • ロボティクス: 工場の産業用ロボットから家庭用サービスロボットまで、ロボット産業も半導体技術の進歩とAIによる知能化の恩恵を受けている。ロボット向けにはリアルタイム制御用のマイコンやセンサーデバイス、通信チップ、さらにはAI画像処理向けのアクセラレータまで多様な半導体が使われる。産業用ロボットでは信頼性の高いFPGAやDSPが多用されてきたが、近年はAIを活用した画像認識・制御の高度化が進み、GPUや専用AIチップの搭載も増えている。例えば協働ロボットでは、カメラからの入力をディープラーニングで解析するビジョンシステムが組み込まれ始めた。これを支えるのが小型高性能なSoCやASICである。さらにサービスロボットやドローンでは、バッテリ駆動の制約下でエッジAI処理を行う必要があり、超低消費電力のAIチップ(たとえばGoogleのEdge TPUや各社のマイクロNPU)が活躍する。ロボット市場そのものも成長が著しく、2030年には産業・サービス分野合計で1200億ドル規模に達するとの予測もある​

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    。この成長は半導体需要にも直結し、今後ロボティクス向け専用半導体ソリューション(リアルタイムAI制御SoCなど)が新たな市場を形成すると期待される。
  • メモリ: メモリ半導体はDRAMとNANDフラッシュメモリに大別され、スマホやPCからデータセンター、家電に至るまで不可欠な部品である。メモリ業界は需要変動による市況変動が激しいが、長期的にはデータ経済の基盤として着実な成長が見込まれる。技術面では、DRAMの微細化は約10nm台前半まで進み一部でEUVリソグラフィも導入された。次世代DDR5/LPDDR5メモリが普及しつつあり、高帯域なHBMもAI用途に不可欠となっている。NANDフラッシュは微細化の代替として3D積層化が進み、2023年には既に200層超のNANDが実用化された​

    techinsights.com

    。中国のYMTCは232層QLC NANDを初出荷したが、米制裁により先端装置調達が困難となり将来的な競争力維持が懸念されている​

    tomshardware.com

    。市場シェアは、DRAMではSamsung・SK Hynix・Micronの3社で約95%、NANDではSamsung・Kioxia(旧東芝メモリ)・Western Digital・SK Hynix(Solidigm)・Micronの5社でほぼ寡占する状況だ。中国勢の参入(長江存储=YMTCなど)は技術面・規制面で壁が高い。将来技術としては、新型不揮発性メモリ(PRAM, ReRAM, MRAMなど)が研究されているが主流化には至っていない。2030年代に向け、メモリ需要はAI/IoT/5Gによるデータ爆発で引き続き拡大し、マーケットも周期変動を繰り返しながら全体で成長するとみられる。特にデータセンター向け高帯域メモリや自動車向け高信頼メモリなど、用途特化型の製品開発が進むだろう。
  • パワー半導体: 電力を制御するパワーデバイス分野も、電動化の波で重要性が増している。電気自動車(EV)のインバータや充電設備、再生エネルギーの電力変換、高効率な家電電源など、至る所でパワー半導体が鍵を握る。従来はシリコンのIGBTやMOSFETが主流だったが、近年はワイドバンドギャップ半導体(SiCやGaN)が急速に台頭している。SiC(炭化ケイ素)は高耐圧・低損失の特性からEVのモーター駆動用インバータに採用が広がり、Teslaをはじめ多くのEVがSiCデバイスを搭載する。GaN(窒化ガリウム)は高周波特性に優れ、急速充電器や通信基地局の電源で採用が増えている。主要メーカーは、SiベースではInfineon(独)、オンセミ(米)、三菱電機(日)、東芝(日)など、SiCではWolfspeed(米)、STMicro(伊仏)、ローム(日)、三菱電機(日)、オンセミ(米)などが挙げられる。日本企業も強みを持つ分野で、トヨタ系のデンソーがROHMと資本提携するなど自動車向け供給体制強化の動きもある。プロセス的にはパワー半導体はそれほど微細化を追求しないが、材料技術やパッケージ技術が競争力を左右する。今後もEVシフトや省エネ需要によりパワー半導体市場は拡大が続き、2030年に現在の2倍規模に成長する予測もある。各社とも生産能力増強の投資が相次いでおり、2020年代後半には供給過剰の懸念も指摘されるほどだ。

3. 主要半導体チップメーカー各社の戦略動向

上記の変化に対応すべく、世界の主要半導体メーカー各社はそれぞれ独自の戦略を展開している。以下、代表的企業の動向とパートナー戦略をまとめる。

  • Rapidus(ラピダス): 日本が官民挙げて2022年に立ち上げた先端ロジック半導体の新興企業である。IBMから2nmプロセス技術のライセンス供与を受け、2025年に試作ライン、2027年の量産開始を目標に掲げる​

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    。トヨタやソニーなど国内大手が出資し、北海道にクリーンルーム建設中だ。開発費用は数兆円規模と試算されるが​

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    、日本政府の巨額補助とIBMとのR&D提携でリスクを下げている。Rapidusは当初、自動車やデータセンター向け高性能ロジックを対象に、AppleやGoogleなど海外大手からの受注獲得も狙っている​

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    。2025年には米Broadcomへ試作チップを納入予定との報道もあり、TSMCやSamsungに次ぐ**“第4の選択肢”**となることで国際的な存在感を目指す​

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    。実現すれば日本勢として久々の先端プロセス復権となるが、技術・量産の難易度は極めて高く、量産時期や歩留まりが最大の課題となる。
  • Intel(インテル): “半導体の王者”と呼ばれた米国企業だが、ここ数年は業績低迷と技術遅延に苦しんだ。Pat Gelsinger CEOの下、プロセス技術のロードマップ再建ファウンドリ事業への本格参入という二大戦略を掲げている。プロセスではIntel 7/4/3/20A/18Aと立て続けにノードを進め、2024~25年に2nm相当(18A世代)でTSMCを追い越す計画だ。また次世代EUV「High-NA(高開口数)EUV」の導入も最速で進めており、2024年にASMLの高NA機を世界で初めて稼働させ30,000ウェハ以上を試作、初期モデル比で2倍の高い稼働率を確認したと発表している​

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    。こうした先端設備をテコに、Intel 18A世代からはArmコアやRISC-Vコアを含む外部顧客向け製造を積極化し、**Intel Foundry Services(IFS)**を拡充中だ。既にMediaTekがIntel 16nmプロセス活用を表明し、米国防総省関連の受注も獲得している​

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    。さらに2023年にはファウンドリ部門を組織再編し、2030年までに外部売上150億ドル規模で世界第2位の受託生産企業になる目標を掲げた​

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    。パートナー戦略では、Arm社との協業(IntelプロセスでのArm IP最適化)やRISC-Vベンチャーへの投資、台湾のASEとOSAT(後工程)分野での提携など垂直統合の柔軟化が進む。自社プロダクト面でも、チップレット技術「EMIB」「Foveros」を駆使したCPU(例:Meteor Lake)はGPUタイルをTSMC製造に委ねるなど他社技術を取り込み始めた。加えて2022年には通信アナログ向けTower Semiconductor買収を試みた(結果的に不成立)。総じてIntelは「IDM+ファウンドリ」のハイブリッド路線へ舵を切り、競合TSMCやSamsungへのキャッチアップを図っている。巨額の先行投資で収益圧迫が懸念されるが、米政府支援や共同投資(Brookfield資本のファブ建設参画など)で財務負担の軽減も模索している。
  • Samsung Electronics(サムスン電子): メモリで世界首位、ファウンドリでもTSMCに次ぐ韓国の総合半導体企業である。戦略の柱は「メモリでの圧倒的地位維持」と「ロジック(ファウンドリ&設計)での追撃」である。特に2019年に「2030年までにロジック分野で世界首位」を目標に掲げ、約133兆ウォン(約1160億ドル)もの巨額投資計画を発表した​

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    。製造プロセスでは2022年に業界初のGAAトランジスタ(MBCFET)採用3nmプロセスを開発したが、立ち上げ当初は歩留まりに課題を抱えたとされる。現在は改良版3nmや2025年予定の2nmに向け歩留まり改善・顧客拡大に注力中だ。Samsungファウンドリの主要顧客はモバイル向けのQualcommや自社製品部門(スマホ用Exynos、イメージセンサ等)だが、今後はHPC分野などでの受注拡大を狙っている。メモリではDRAM・NANDとも市場トップシェアを維持し、技術的にもNANDの236層化や第5世代10nm級DRAM量産などでリードしている。加えて将来を見据えた先端パッケージ投資にも積極的で、2023年に大型Fan-Outや3D IC統合技術「X-Cube」を発表し、米テキサス州に先端パッケージライン新設計画もある。パートナー面では、欧米大手(IBMやNVIDIAなど)との協業実績も多い。IBMとは7nmの開発提携を行い、現在も米国Albany研究所で共同研究を継続中だ。2024年にはAIチップ向けにIBMのAI回路技術を搭載した試作を行ったとの報道もある。Samsungの強みはメモリとロジックを併せ持つ点であり、将来的にHBMとロジックを一体化した3Dチップなど垂直統合メリットを活かした製品も模索されている。米中対立においては、中国西安にNAND工場を持つ関係上、米政府から輸出規制の適用除外(一時的なライセンス)を受けるなど対応を迫られている。グローバル企業として米国にも巨額投資(テキサス新工場)を行いバランスを取る姿勢だ。Samsungは豊富な資金力と多角度の戦略で、ファウンドリにおけるTSMC・Intelとの三つ巴の競争を勝ち抜こうとしている。
  • TSMC(台湾積体電路製造): 世界最大のファウンドリ専業メーカーであり、「テクノロジーと生産規模」において群を抜く存在である。TSMCの戦略は一貫して「顧客志向の技術リーダーシップ維持」である。毎年売上の約8%(数十億ドル規模)をR&Dに投じ、最先端プロセスの開発をリードしてきた。5nm(2020年量産)や3nm(2022年量産)ではAppleなど主要顧客の需要を獲得し、市場シェア55%超を維持している。2025年には2nm(N2)を量産予定で、GAAトランジスタを採用する​

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    。さらにその先の1.4nmや1nm世代についてもimecやIBMとの連携で研究中とされる。TSMCの特徴は、先端ロジックだけでなく多様なスペシャルティ技術(高耐圧・センサー・MEMS・RF等)のプラットフォームを提供し、幅広い顧客ニーズに応えている点だ。また近年は自社パッケージ技術「TSMC 3DFabric™」を強化しており、2.5D実装のCoWoSやInFO、さらにはダイ同士を垂直電気接続するSoIC技術を商用展開している。これにより、従来は別チップだったHBMメモリとロジックダイを統合し大幅に帯域を向上させるなど、システム全体での性能最適化を図る戦略である​

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    。パートナーシップ面では、Apple・AMD・NVIDIA・Qualcommといった主要ファブレス企業との共創関係が有名で、しばしば顧客と共同で設計最適化(Design Technology Co-Optimization, DTCO)を行う。またEDAベンダーやIPベンダーとOpen Innovation Platformを形成し、顧客が設計しやすい生態系を構築している点も競争力の源泉となっている。地政学リスクに対しては、前述の通りアリゾナ州や九州日本での工場建設、ドイツでの新工場検討など「海外生産比率の引き上げ」で応じている。ただし主要生産拠点は依然台湾島内に集中しており、供給リスクの指摘は続く。とはいえTSMCは“Trusted Foundry”として顧客機密保持と製造専業モデルを貫いており、この姿勢が多くのファブレス企業から信頼を得ている。今後も技術リーダーとして半導体製造の最前線を牽引するポジションに変わりはないだろう。
  • NVIDIA(エヌビディア): GPUから出発しAIブームの最大の勝者となった米半導体企業である。戦略の核は「フルスタック戦略」、すなわちハードウェア(半導体チップ)とソフトウェア(CUDA等エコシステム)の統合によるロックインだ。NVIDIAのGPUアーキテクチャは汎用計算(GPGPU)への応用を睨んで設計されており、並列計算に特化したCUDAコアとテンソルコアを備える。これがディープラーニングの計算に極めて適していたため、データセンター向けGPU「Tesla」シリーズがAIインフラの事実上の標準となった。現在ではNVIDIAのGPU・AIチップが世界のAIアクセラレータ市場の80%以上を占めるとの推計もある​

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    。同社は専用AIサーバ「DGX」やクラウドサービスも提供し、垂直統合を強めている。ハードウェア面では近年、ArmベースCPU「Grace」とGPUを同一基板上で高速接続した「Grace Hopper」モジュールを発表し、CPU市場にも間接参入した。ネットワーク分野でもMellanox買収によりInfiniBandやEthernet NIC/スイッチ製品(BlueField DPUなど)を取り込み、データセンターの端から端までNVIDIA製品で構成可能にする戦略だ。パートナー戦略では、ソフト分野で各クラウドプロバイダと協業しNVIDIA AIソフトウェアを事実上の標準とした。ハード分野ではTSMCを主要製造パートナーとしつつ、特定製品でSamsungも利用してリスク分散を図る。地政学的には、米国の対中輸出規制によりA100/H100など先端GPUの中国輸出が制限されたため、性能を落とした代替製品(H800など)を投入する対応を取った。今後の課題は、自社エコシステムに対抗するオープンスタンダード(例:AMDとIntelが推すオープンアクセラレータソフト)への対応や、競合ASICの台頭への備えである。とはいえ現状、CUDAを中心に「AI時代のWintel」とも呼ばれる支配的地位を築いており、データセンター需要を背景に2023年には時価総額1兆ドルを超えるまでに成長した。NVIDIAの次なる一手としては、車載・ロボット向けのプラットフォーム(Jetson/DRIVE)拡大や、メタバース/デジタルツイン市場への注力、さらには将来の量子コンピューティングとの融合などが示唆されている。
  • AMD(エーエムディー): CPUとGPUの両方でIntel・NVIDIAに挑む米企業。近年はZenアーキテクチャの成功でPC/サーバーCPUシェアを伸ばし、特にサーバー向けEPYCシリーズは高コア数と電力効率でIntelに対抗している。AMD戦略の強みはチップレット設計の先進性だ。2019年以降のRyzen/EPYCは複数ダイをMCMで接続する設計を採用し、高性能とコスト効率を両立した​

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    。また2022年にはFPGA大手Xilinxを買収し、CPU・GPU・FPGAを擁する総合半導体メーカーとなった。これによりデータセンター向けにCPU+FPGAソリューションや、通信インフラ向けAdaptive SoC(Versalシリーズ)など製品ポートフォリオを拡充している。GPU分野ではRDNAアーキテクチャ採用のRadeonシリーズでゲーミング市場を主戦場としつつ、HPC/AI向けInstinct MIシリーズでNVIDIAに挑戦中だ。2023年にはCPUとGPUを1パッケージに統合したMI300を発表し、H100対抗としてHPC用途で注目されている。ファウンドリ戦略は完全ファブレスでTSMCに製造を依存しており、最新CPU/GPUはいずれもTSMC 5nm/6nmで生産される。パートナー関係では、SonyやMicrosoft向けゲーム機用APUを長年供給するなどカスタムSoC事業にも強みがある。また次世代メモリHBMや高速インターコネクト(CXL)など新技術にも積極対応し、SmartNICやDPU領域ではPensando買収で製品ラインを得た。総合すると、AMDは機動力ある戦略でCPU・GPU・FPGAのポートフォリオを揃え、データセンターからエッジ・ゲーム・自動車まで広く展開している。IntelとNVIDIAという巨大競合に挟まれつつも、巧みなM&Aと技術ロードマップで独自ポジションを築きつつある。
  • Qualcomm(クアルコム): スマートフォン向けSoCと通信モデムで知られる米企業。モバイル向けではSnapdragonシリーズで高い市場占有率を持ち、特に5G時代の到来に伴いモデム技術で優位性がある。近年の戦略は「スマホ依存からの多角化」である。具体的には、車載分野への進出(Snapdragon Digital Chassisと称してテレマティクスやADAS向けSoCを提供)、PC市場への参入(Windows on Snapdragonの開発、2021年Nuvia買収による高性能Armコア開発)などである。車載向けでは既に多くのコネクテッドカーに通信チップを供給し、インフォテインメント用SoCでもBMWなど採用事例を獲得した。将来的には自動運転用SoC「Snapdragon Ride」も投入予定とされ、車載半導体の新興勢力となっている。PC向けでは、Appleシリコンに対抗するArmベースSoCを2024年以降投入する計画があり、Microsoftとも連携を深めている。ファウンドリは主にTSMC(先端ノード)とSamsung(一部製品)を使い分け、最新Snapdragon 8シリーズはTSMC 4nmで製造されている。Huawei制裁の影響で一時スマホ向けSoC販売が伸びたが、今後Appleが自前で5Gモデムを実現すれば大口顧客を失う懸念もある。そうした中、XR(AR/VR)向けSoC「Snapdragon XR」やIoTデバイス向けチップなど、新市場開拓も積極的だ。さらに通信技術の強みを活かし、6Gの標準化リーダーシップやエッジAI×5Gの融合領域で主導的立場を狙っている。Qualcommはライセンス収入も収益源としているため、特許・標準戦略も重要である。全体としてはモバイル王者の座を基盤に、車載・PC・IoTと射程を拡げる多角化戦略が進行中と言える。

  • Broadcom(ブロードコム): 通信ネットワークやストレージ、無線など幅広いチップを手がける米ファブレス大手。元々HPからスピンアウトした社歴を持ち、Avagoによる買収・社名変更を経て現在に至る。戦略の特徴は「M&Aによる事業拡大」と「高収益ビジネス重視」である。ブロードコムはこれまでにBroadcom Corporation(旧社名の社を買収し社名を継承)、CA Technologies(ソフト企業)、Symantecの企業部門など大型買収を重ね、直近ではVMwareを約610億ドルで買収中(2024年完了見込み)と、半導体に留まらずITインフラ全般に事業を拡張している。一方、本業のチップ事業では、Ethernetスイッチ用ASIC(TomahawkやTridentシリーズ)や光通信用IC、Wi-Fi/Bluetooth無線SoC、HDD・SSDコントローラなどで高い市場シェアを持つ。特にデータセンタースイッチ向けカスタムASICではGoogleやMeta向け受注も獲得し、この分野では唯一の競合である自社ASICとの差別化に成功している。またAppleとはWi-Fi/Bluetoothコンボチップの長期供給契約を結ぶなど、大口顧客との深い関係構築も戦略の一部である。製造は基本的にTSMCなどに委託するファブレスモデルであるが、一部カスタムASIC事業では設計受託も行い、EDAツールやIPも包括提供するケースがある。Broadcomの収益性は業界トップクラスであり、買収で得たビジネスを効率化する手腕は投資家から高く評価されている。今後もデータセンターの高速化需要や企業IT向けソリューション統合で成長を図る一方、寡占に伴う独禁規制の目も注がれている。総じて、Broadcomは「目立たないが不可欠な」インフラ系半導体を多数抱え、堅実かつ大胆な経営で存在感を放っている。

  • MediaTek(メディアテック): 台湾のファブレス半導体企業で、スマートフォン向けSoCでQualcommと並ぶ大手。ミドルレンジ帯のスマホSoC(DimensityシリーズやHelioシリーズ)で高い市場シェアを持ち、中国や新興国メーカーの多くに採用されている。戦略としては「コストパフォーマンス重視」であり、先端技術を追求しつつも割安な製品を迅速に市場投入する点が強みだ。最近ではフラッグシップ向けSoC Dimensity 9200をTSMC 4nmで製造し、高性能市場にも参入を試みている。また5Gモデム開発にも成功し、Samsungやはじめ一部スマホに同社の5Gチップが搭載されている。スマホ以外では、Wi-Fi通信チップやデジタルTV用チップ、IoT向けチップなど幅広い製品ラインを展開する。例えばテレビ用SoCでは世界トップシェアであり、ブロードコムなどの撤退後の市場を席巻した。ファウンドリはTSMCが中心で、IntelのIFSとも22FFL世代で協業発表があった(将来Intel 18Aでの製造も検討)。今後は、車載用SoC市場にも参入の意向を示しており、既に車載向けチップ開発組織を立ち上げている。またエッジAIや6Gといった新技術にも研究投資を行っている。MediaTekはQualcommほど特許収入に頼らないため価格競争力があり、新興国スマホ市場の拡大とともに成長してきた経緯がある。中国のスマホOEMとの結びつきも強く、Huaweiの制裁後にはその穴を埋める形で存在感を増した。課題としてはハイエンド帯でのブランド力向上があり、今後フラッグシップ採用を増やせるかが鍵となる。

  • Huawei(ファーウェイ): 中国を代表する通信・端末メーカーであり、2010年代後半にはスマホSoC「Kirin」シリーズを擁するファブレス半導体企業としても台頭した。しかし米国の度重なる制裁により2020年以降、TSMC経由の先端チップ調達が不可能となり、大きな打撃を受けた。設計部門のHiSiliconは一時活動を停滞させたが、近年は制約下での開発再開が報じられている。2023年には独自スマホ向けSoC「Kirin 9000s」を投入し、これは中国SMICがEUV無しで製造した7nmチップであった​

    techinsights.com

    。技術的には2~3世代遅れるものの、Huaweiが半導体技術を手放していないことを示す象徴となった。ただこの7nmプロセスは性能・歩留まり面で5nmや3nmに及ばず、最新iPhone等のチップと比較すると見劣りするのは否めない​

    reuters.com

    。Huaweiは今後、国内調達可能な28nm~14nmクラス技術を駆使してチップ設計を続け、自社製品(スマホ・基地局・サーバ等)に投入するとみられる。また制裁の影響で事業ポートフォリオをシフトしており、通信インフラや企業向けICTソリューション、そして電気自動車関連(HarmonyOS搭載車など)に力を入れている。半導体に関してはEDAソフトや装置の国産化にも国家プロジェクトとして関与し、中国国内でのエコシステム構築を進めている。パートナー戦略としては、同じく制裁下にある中国企業(SMIC・Yangtze Memoryなど)と密接に協力し、中国版サプライチェーンの確立を目指す。他方で欧州Nokia等からRF部品を調達するなど国外企業との連携も模索する。全体としてHuaweiの半導体戦略は「自給自足と多角化による生き残り策」と言える。米国の規制次第で先端復帰の道が開ける可能性は低いが、中国市場の規模を背景に一定のチップ開発・製造能力を保持し続けるだろう。

(上記以外にも、Apple(自社SoC設計で垂直統合推進)、Texas Instruments(アナログ半導体大手)、IBM(先端研究と特殊用途向け製造継続)などが業界の重要プレイヤーであるが、本稿では主要どころを中心に言及した)