1. 光量子コンピューティングの技術的特徴と比較分析
光量子コンピューティング(フォトニック量子計算)は**光子(光の粒子)**を量子ビットとして利用する方式です。他の計算技術(従来型CPU、GPU、および超伝導量子コンピュータなど)と比較して、以下の観点で特徴を整理します。
計算速度
- CPU: 汎用の逐次計算装置であり、クロック周波数や並列度に依存します。単一プロセスの高速性は高いものの、近年は動作周波数向上が頭打ちになりムーアの法則も鈍化しています。
- GPU: 多数のコアによる並列処理で高速演算を実現します。特にベクトル演算や行列演算でCPUを大きく上回る性能を発揮しますが、問題によってはメモリ帯域や並列化効率がボトルネックとなります。
- 超伝導量子コンピュータ: 量子ビット間で量子並列性を利用することで、一部のアルゴリズムで指数関数的な速度向上が理論的に可能です。ゲート操作はナノ秒オーダーと高速 ですが、現在のNISQデバイスでは量子ビット数が数十程度と少なく、量子誤り訂正も未熟なため、総合的な計算性能は限定的です。2019年にGoogleが53量子ビットで特定問題における量子超越性(量子計算が古典計算を凌駕する現象)を実証しました 。
- 光量子コンピュータ: 光子は光速で移動するため、理論上きわめて高速な演算が可能です。光学素子で並行して多数の光子を操作でき、アーキテクチャ上の柔軟性から必要な論理操作回数自体を減らせる利点も指摘されています 。実際、2020年に中国・USTCの光量子コンピュータ「九章」は、古典スーパーコンピュータで6億年かかる計算を数分で解き、量子超越性を達成しました 。2021年には同じグループが144モード干渉計によるガウス型ボソンサンプリングで前代未聞の**$10^{24}$倍**の高速化を報告しています 。カナダのXanadu社も216モードの光量子チップ「Borealis」で量子計算優位性を実現し、従来機より大幅な高速化(従来比$5\times10^{7}$倍)を達成しました 。これらはいずれも特定のサンプリング問題での実証ですが、光量子計算の潜在的な高速性を示す象徴的な成果です。もっとも現在の光源や検出器の制約で実動作レートはMHz~GHz級に留まります。しかし将来的に高性能な光スイッチや光源が実現すれば、論理ゲートの実行速度で他方式を桁違いに上回る可能性があります 。
エネルギー効率
- CPU/GPU: 半導体素子を用いるため動作時に電力を消費し、発熱も大きいです。特に大型GPUは数百ワット級の消費電力となり、演算あたりエネルギーも高くなります。
- 超伝導量子コンピュータ: 極低温(約0.01K台)で動作させる必要があり、希釈冷凍機など強力な冷却設備が不可欠です。その維持に莫大な電力を要し、システム全体のエネルギー効率は低いです。また制御回路も多数必要で、総消費電力は現状では古典計算より大きく上回っています。GoogleやIBMは冷却電力の50%削減を目標に改良中です 。
- 光量子コンピュータ: 極低温冷却を必要としない点で有利です。光子は室温でも量子状態を保てるため、装置全体として大幅な省電力化が見込まれます 。一部、高感度な単一光子検出器に低温動作が必要な場合もありますが、超伝導方式に比べれば冷却規模は小さくできます。実際、光量子計算は超伝導回路に比べ冷却に伴うエネルギーコストが格段に小さいとされ、将来的には量子計算のサステナブルな選択肢になり得ます 。もっとも、現状の光量子コンピュータは研究段階で小規模のため絶対消費電力は低いものの、計算あたりの効率が他方式より優れるとのデータは揃っていません。しかし原理的には大規模化しても冷却電力が不要な点は大きな強みです。
スケーラビリティ(拡張性)
- CPU/GPU: トランジスタ集積技術に支えられ、数十億のトランジスタを単一チップに集積しています。マルチコア化やマルチGPU化で規模拡大は可能ですが、消費電力や発熱、メモリ帯域など実用上の制約があります。ムーアの法則の微細化限界も見えており、従来手法での性能向上ペースは鈍化しています。
- 超伝導量子コンピュータ: 実験段階では数十~百量子ビット規模ですが、ビット数拡大に伴い配線や制御の複雑さ、ノイズが指数的に増大します。量子ビット同士の結合は近接配線に限られるため、チップ面積当たりの実装可能数にも限界があります。将来的にモジュール化(複数チップを光や電気的に接続)する構想もありますが、その場合も極低温環境下で大規模システムを維持するハードルが高いです。
- 光量子コンピュータ: フォトニック方式は理論上大規模化に強いとされています。光ファイバーや光回路上で多数のモード(光路)を用意し、時間多重(タイムスロット)技術で1つの光源から連続的に光子系列を生成することで、指数的に規模を増やすことが可能です 。また光ネットワーク経由で複数の量子チップ(量子処理ユニット,QPU)を簡易に接続でき、クラスタ状態と呼ばれる大規模な多光子もつれ状態を作るアプローチでは、理論的には数百万以上の光量子ビットスケールにも拡張可能と言われます 。実際、Xanadu社は時間多重化とループ型光回路で216モードもの大規模光量子チップを実現しました 。PsiQuantum社もシリコンフォトニクス技術で100万量子ビット規模のフォトニック量子コンピュータ構想を掲げています 。ただし現時点では光学素子の損失や光子同士の干渉制御の難しさから、スケーラビリティを真に発揮するには更なる技術革新(特に誤り訂正技術)が必要です 。
応用分野
- 従来型(CPU/GPU): 一般的なアプリケーション全般(オフィス処理、ウェブ、AI、科学計算、グラフィックスなど)に適用されています。GPUは機械学習(ディープラーニング)やシミュレーション、暗号解析など並列計算が有効な分野で特に活躍しています。
- 量子コンピュータ全般: 現在想定される応用分野は、組合せ最適化問題、機械学習(量子機械学習)、量子シミュレーション(新材料や新薬の開発)、暗号解読(将来的な量子アルゴリズムによるRSA解読)など多岐にわたります。実用段階には至っていませんが、将来的には金融ポートフォリオ最適化、物流経路最適化、新薬設計、気候モデル解析など産業・科学分野での変革が期待されています 。
- 光量子コンピュータ固有の応用: 光子は元来通信分野で用いられてきたため、量子鍵配送(QKD)や量子ネットワーキングとの親和性が高く、将来は分散型量子計算や量子インターネットのノードとして光量子コンピュータが活躍する可能性があります 。また光子を使う計算は本質的に線形代数演算に強いため、例えばボソンサンプリングは行列のパーマネント計算に相当し、これは分子の振動解析など化学・材料分野への応用が考えられます。さらに光量子ビットを用いる量子機械学習や量子最適化の研究も進みつつあります。現時点では、小規模なフォトニック量子デバイスをクラウド経由で提供し、アルゴリズム開発者が試行する段階にあります 。
現時点での課題
- 光子の生成と検出: 光量子計算では、高品質な単一光子源と高効率な光子検出器が不可欠です。現在の技術では、オンデマンドに単一光子を発生するのは難しく、また光子は伝搬中に損失しやすいため、大規模計算では途中で光子が消えてしまう課題があります 。検出器も暗雑音を極限まで下げつつ100%以上の検出効率が求められ、工学的難度が高いです。
- 二光子ゲートの実装: 他の方式では量子ビット同士が直接相互作用しますが、光子同士は通常相互作用しません。そのため非線形光学素子や測定に基づくゲート操作によって効果的な二量子ビットゲートを実現します。代表的手法である**線形光学量子計算(LOQC)**では、干渉計と測定による確率的なゲートを組み合わせますが、成功率向上やフィードフォワード制御の遅延が課題です。最近では光スイッチを用いて測定結果に応じた動的な光路切替えを行うなど、決定論的に近いゲートの開発も進んでいます。
- 誤り訂正: 光量子ビットは比較的コヒーレンス時間が長いとはいえ、実用規模の計算では多数のゲートを通るうちに損失や位相エラーが蓄積します。誤り耐性を持たせるには、量子誤り訂正符号(例えばフォトニック特有のQLDPC符号など)の実装が必要ですが、冗長な光子数がさらに膨大に必要となります 。PsiQuantumは誤り訂正のため数百万の光子が必要と試算しており、その実現には製造プロセスの歩留まりや集積度との闘いです。
- 他方式との競争: 現状、量子計算の実用化競争では超伝導方式やイオントラップ方式が一歩先行しており、20~100量子ビット規模でプログラム実行可能なマシンが登場しています。一方、光量子コンピュータは特殊なサンプリング実験以外ではまだプログラム可能な汎用機が黎明期であり、技術成熟に時間を要しています。この差を埋めるために、各社・研究機関はハイブリッド方式(例:物質量子メモリと光を組合せ高速化 )など新コンセプトも模索しています。
その他の比較観点
- 動作環境: 光量子コンピュータは室温動作が可能で、真空容器や極低温冷凍機が不要です 。一方、超伝導量子ビットは絶対零度近くまで冷やす必要があり、大規模化すると冷却設備の大型化・複雑化が避けられません 。この点で光量子方式は取り扱いが比較的容易で、将来的にデータセンター設置やネットワーク配備がしやすいと期待されます。
- 成熟度: CPU/GPUは言うまでもなく成熟した技術であり、大量生産やエコシステムが確立されています。超伝導量子コンピュータも基礎研究開始から20年以上が経ち、近年は商用プロトタイプがクラウド公開され始めています。これに対し光量子コンピュータは市場投入例が極めて少ない状況です。ただし近年になり研究開発が加速しており、2022年にQuandela社がクラウド経由で光量子計算機にアクセス可能にするなど動きが出始めました 。また日本でも2024年に理研・NTTなどが汎用光量子計算機を開発するなど、技術ブレークスルーが相次いでいる段階です 。まだ黎明期ではありますが、複数の方式がしのぎを削る状況にあり、今後成熟が加速すると見込まれます。
2. 主要な開発機関・企業の調査(2025年2月現在)
2025年現在、光量子コンピューティング技術の開発を牽引する主な企業・研究機関を挙げ、それぞれの状況を整理します。
PsiQuantum(プシクアンタム)[米国]
- 技術方式: シリコンフォトニクスによる全光量子コンピュータを開発中。単一光子を用いた線形光学量子計算(LOQC)の手法を基盤とし、光学スイッチによる大規模クラスタ状態生成と測定ベースの量子計算を実現するアーキテクチャを採用 。将来的に誤り訂正を施した汎用量子コンピュータ(100万量子ビット級)を目指しています。
- 開発ステージ: 研究開発段階。2016年創業以来プロトタイプ開発を非公開で進めており、公的な小規模デバイスの提供は行っていません。2022年にGlobalFoundries社との共同研究で米政府の支援を受けるなど 、大規模チップ製造プロセスを構築中です。2023年にはDARPAの大規模量子計算機プログラムにも採択されました 。現在はまず誤り耐性を持つ数百論理ビット機の構築を目指し、2027年までの実現を計画しています 。
- 財務状況: 累計約6.65億ドルの資金を調達しており、企業評価額は約31.5億ドル(2021年時点)に達します 。シリーズDではBlackRockやM12(MicrosoftのVC)などから4.5億ドルを調達 。2024年にはオーストラリア政府が2.5億ドルの出資・融資支援を表明するなど 、各国政府や大企業からの資金提供を受けています。
- 創業者: ブリストル大学やインペリアル・カレッジ・ロンドンで光量子研究に従事した科学者チームにより2016年創業 。CEOのジェレミー・オブライエン氏、Chief Architectのテリー・ルドルフ氏はいずれも量子光学の教授出身で、他の共同創業者も学界から参画しています 。学術的知見とシリコンバレーの資本を結集した形です。
- 従業員数: 約280名(2024年時点)と報じられています 。うち70名以上がPh.D.ホルダーで、高度な研究開発体制を敷いています。
- 提携・支援: 半導体受託製造のGlobalFoundries社と2017年から提携し、標準CMOSプロセスで光学素子を製造しています 。米空軍研究所やDARPA、英国政府など公的機関からの資金支援も獲得しています 。豪州クイーンズランド州政府とは研究拠点設立で協力中 。
Xanadu(ザナドゥ)[カナダ]
- 技術方式: 連続変数量子計算(Continuous-Variable Quantum Computing)の手法を採用。単一光子ではなくスクイーズド光状態(光の量子ゆらぎを片側に絞った状態)を量子ビットとして用いる点が特徴です 。時間多重化と可変干渉計を組み合わせ、ガウス型ボソンサンプリングから汎用計算まで拡張可能なフォトニック量子チップを開発しています。
- 開発ステージ: 試作機あり。同社は2022年に光量子計算機「Borealis」を公開し、世界で初めてクラウド経由で一般利用可能な量子優位性達成マシンとなりました 。Borealisは216モードのスクイーズド光源と可変位相シフタをループ接続したプログラム可能フォトニックプロセッサで、所定のサンプリング計算で古典計算機を凌駕する性能を実証しています 。現在はこれを基に誤り訂正型のフォトニック量子コンピュータ設計にも着手しており、2025年にはモジュラー型光量子プロセッサのスケーラブル統合アーキテクチャをNature誌で発表するなど、将来の大規模化に向けた研究開発が進行中です 。
- 財務状況: 累計約2億45百万米ドルの資金を調達しています 。主な投資元はベセマーVP、Tiger Global、In-Q-Tel、カナダ政府系のBDCなど多岐にわたります 。またサステナブル技術開発の政府助成金やDARPAからの研究資金も獲得しており、公的資金の支援も受けています 。収益面ではクラウドサービス提供による初期売上を計上している可能性があります(Borealis利用による契約収入など)が、詳細非公開です。
- 創業者: 2016年創業。CEOのクリスチャン・ウィードブルック氏は量子機械学習分野の研究者出身で、トロント大学などで研究後に起業しました 。その他、専門家チームとしてAI分野や物理学博士号保持者が多く在籍します。
- 従業員数: 非公開ですが、推定150~200名規模とされています(2023年時点で約200名との報道あり)。開発者コミュニティ(PennyLaneなどのオープンソースプロジェクト)も運営し、社内外の技術者を巻き込んだ体制です。
- 提携・支援: アマゾンのAWS BraketにBorealisを提供するなど、大企業との提携実績があります 。またDARPAの量子プログラムから助成を受け、カナダ政府の研究機関とも協力しています。最近では中東の研究機関(カタール財団)や日本の大学とも量子教育で提携するなど、国際展開を図っています。
Quandela(クアンデラ)[フランス]
- 技術方式: 単一光子源技術で世界を先導するフルスタック企業です。同社は高性能な量子ドット由来の単一光子源「Prometheus」を開発し、それらを用いて光ファイバー環状ループ内で光子を時分割多重することで多光子エンタングル状態を生成します 。この手法により、フォトニック量子プロセッサ「MosaiQ」上で量子ゲート演算を行います。ソフトウェア層では独自の量子プログラミングフレームワーク「Perceval」を提供し、ハードからソフトまで統合開発しています 。
- 開発ステージ: 商用試作機をクラウド提供中。2022年にクラウド経由で初のフォトニック量子コンピュータを一般公開し、誰でも遠隔から利用可能にしました 。現在提供されているマシンは小規模(おそらく数光子レベルの回路)ですが、産業ユーザとの協業で実問題への応用検証を進めています。また2023年末には欧州で初の100光子規模の量子計算実証に成功したと報じられ、着実に性能を向上させています(同社プレスリリースより)。将来的には誤り訂正を視野に入れた「フォールトトレラント光量子コンピュータ」のロードマップを公開しています 。
- 財務状況: 累計5,000万ユーロ以上を調達しています 。2021年に1,500万ユーロのシリーズAを調達 し、2023年11月にはフランス政府のフランス2030計画や欧州イノベーション委員会基金からの出資も含め5,000万ユーロ超を確保しました 。政府からの助成(France 2030「Première usine」プログラム採択 )も得ており、国家戦略的支援の下で成長しています。売上は主に光子源や光学部品の販売から上がっており、研究機関向けに同社コンポーネントを出荷しています 。
- 創業者: 2017年創業。CNRS(フランス国立科学研究センター)で20年以上単一光子研究を率いたパスカル・スネラール研究監督(CNRS銀メダル受賞者)と、その弟子であるヴァレリアン・ジーズ(光工学Ph.D.)およびニッコロ・ソマスキ(半導体工学Ph.D.)の3名が共同創業しました 。学術の成果を起業に繋げた形で、量子ドット単一光子源の技術は彼らの研究成果が基になっています。CEOはジーズ氏が務めます 。
- 従業員数: 明確な公表はありませんが、近年の資金調達で50名以上から100名規模へ拡大中と思われます。光学およびソフト開発者を積極採用しており、フランス国内の量子人材集積に一役買っています。
- 提携・支援: フランス政府の強力な支援下にあり、国家量子計画の一翼を担っています。また欧州各国の大学(パリ・サクレ大学やオランダTUデルフトなど)と共同研究プロジェクト(PhoQusINGなど)を実施 。Quantonationなど欧州の量子特化VCや防衛関連ファンドからの出資も受けています 。産業面ではEDF(仏電力会社)と量子アルゴリズム開発で協力するなど、将来の顧客を見据えた関係構築を行っています。
ORCA Computing(オーカ コンピューティング)[英国]
- 技術方式: 光ファイバーと市販光通信部品を活用したラックマウント型フォトニック量子計算機を開発しています 。複数の光パルスを光ファイバーループ内で遅延させつつ干渉させる独自技術により、コンパクトな筐体で量子計算を実装します。特殊な非線形結晶や極低温素子を用いず、既存の通信インフラ技術で構成できるのが特徴です 。これにより将来は従来ラックに収まる実用機を目指しています。
- 開発ステージ: 実証機を初納入。2022年に英国国防省(MoD)に対し、同国初の量子コンピュータとして ORCA の光量子計算機を納入しました 。これは数光子規模ながら実用環境で動作する世界初の光量子コンピュータ納入例とされています。現在は「早期段階の量子コンピュータ」としてパートナー企業に提供を開始し、ユーザとともに応用検証を行っています 。並行して、よりスケーラブルな次世代機の開発(量子ビット数拡大やエラー率低減)に向けたエンジニアリングを進めています。
- 財務状況: 2022年にシリーズAで1,500万ドルを調達 。Octopus VenturesやOxford Science Enterprisesといった欧州の著名VCが出資を主導し、国防省との契約実績が信用力となっています 。資金は主にエンジニア採用と製品開発に投じられています。売上面では前述の国防省との契約や欧州委員会の研究案件などから収益を計上し始めており、シリーズA投資家は早期収入の発生を評価しています 。
- 創業者: 2019年、オックスフォード大学の量子光学研究からスピンオフする形で設立 。共同創業者で会長のイアン・ウォルムスリー氏は光量子分野の世界的権威で、現在インペリアル・カレッジ学長(設立当時はオックスフォード大学教授)です 。CEOのリチャード・マリー氏は元Innovate UKの量子プログラム担当で、量子ビジネスの経験者 。CTOのジョシュ・ナン氏も光量子の研究者です。学術と産業知見のバランスが取れた創業チームと言えます。
- 従業員数: 小規模で、約20~30名程度と推測されます。シリーズA調達を機に人員拡大中で、2023年には米国にも拠点を設けフォトニクス人材を採用しています(同社ニュースより)。
- 提携・支援: 英国国防省と継続協力しているほか、欧州委員会の量子旗艦プログラムの一部も担っています。2023年には米テキサスのフォトニクス企業GlooPhotonicsを買収するなど 、技術獲得にも積極的です。インペリアル・カレッジやオックスフォード大との連携も強く、学術成果の実装に大学のリソースを活用しています。
中国・国立科技大学(USTC)潘建偉グループ[中国]
- 技術方式: 中国科学技術大学(USTC)の潘建偉(パン・ジェンウェイ)教授率いるチームは、空間光学系によるボソンサンプリング実験で世界をリードしています。2020年に発表した「九章(Jiuzhang)」は、ヘリウムネオンレーザーからのスクイーズド光を用い、76個の光子を大規模干渉計に入力して出力分布をサンプリングする実験を行いました。その際、古典計算機では不可能な高速計算を実証し、量子優位性を達成しました 。2021年には装置を改良し「九章2号」で144モード・出力検出最大113光子に拡張、演算性能を飛躍的に向上させています 。手法としてはガウス型ボソンサンプリングと呼ばれる線形光学計算で、問題特化型ですが光量子計算の有効性を示しました。
- 開発ステージ: 純粋な研究段階であり、商用化は目指していません。実験は大学・国家研究所の大型光学テーブル上で行われており、現在もさらなる光子数・モード数の拡大に挑戦中と見られます。2022年末には「九章3号」と称する新成果も報じられ、入力光子数113個でのボソンサンプリングを記録したとされています(公式論文待ち)。これらはいずれもプロトタイプ実験装置ですが、中国の国家重点プロジェクトとして推進されており、将来的に集積化も視野に入れている可能性があります。
- 財務状況: 研究プロジェクトゆえ企業財務はありませんが、中国政府から潤沢な研究資金が投入されています。量子科学研究は中国の国家重点計画の一つであり、潘氏のチームも国家自然科学基金や「量子通信・量子計算のメガプロジェクト」予算から巨額の支援を受けています。金額は非公開ですが、研究施設や人件費から推計して数十億円規模とも言われます。
- 主要研究者: 潘建偉教授は欧州(ウィーン大学)で量子光学を修め、中国に帰国後は量子通信衛星など数々の国家プロジェクトを率いる著名研究者です。チームには陳雲霄教授など優秀な弟子が揃い、毎年多くの博士学生が参加しています。産業化よりも国家威信と基礎科学を重視した体制であり、成果はScienceやNatureに多数掲載されています。
- 提携・支援: 中国科学院や他大学との協力が盛んです。特に上海や合肥の研究所と連携し、大型の実験設備を共有しています。また、中国政府は本グループの成功を受けて、光量子コンピューティングへの投資をさらに拡大しており、関連スタートアップ(例えば京衡量子や国盾量子など)も台頭しつつあります。
理化学研究所・NTT・東京大学(古澤研究室)[日本]
- 技術方式: 連続変数光量子ゲート方式で世界最先端を走る研究グループです。東京大学の古澤明教授のチームは、光学パラメトリック増幅器からスクイーズド光を発生させ、時間多重化により大規模な時間領域クラスタ状態を生成するアプローチを開発しました 。2023年にはNTT、理研、Fixstars社との共同で、この技術を使った101本の光量子もつれを含むクラスタ状態を生成するフォトニック量子プロセッサを構築し、「世界初の汎用フォトニック量子コンピュータ」を実現しています 。測定に基づく量子計算方式で、10ナノ秒間隔の光パルスを時系列に絡み合わせており、100MHz相当のクロック速度で連続的に量子計算を行えるプラットフォームです 。
- 開発ステージ: 試作研究機が完成。上記のシステムは2024年末時点でまず共同研究者向けにクラウド公開され、順次一般にも開放予定です 。これは主にアナログ量子計算(ガウス状態の線形演算)を実行するもので、量子誤り訂正は未実装ですが、原理実証としては汎用プログラム可能な光量子コンピュータとなっています。現在は光源の安定度向上やフィードバック制御の高度化に取り組んでおり、将来的に大規模計算や誤り訂正の導入を目指しています 。
- 財務状況: 研究プロジェクトのため企業ではありませんが、文部科学省のQ-LEAP助成やNEDOプロジェクト、JST CRESTなどから資金提供を受けています。NTTは社内研究費を充当し、Fixstars社は人材とソフト開発費を負担する形で協力しています。おおよそ数十億円規模の国家プロジェクトとして運営されています。
- 主要メンバー: チームリーダーは古澤明教授(東大)と米沢秀宏チームリーダー(理研)で、NTTの橋本俊一主席研究員ら光通信技術の専門家も参画しています 。Fixstars Amplify社から平岡拓士CEOが参加し、ソフトウェア面を担当 。古澤教授は2008年に世界初の光量子テレポーテーションに成功した実績を持ち、長年光量子計算の基礎研究を牽引してきました。
- 提携・支援: 本プロジェクトは理研RQC、NTT研究所、東京大学の産学連携であり、日本の量子技術研究のハブとなっています。国内の量子計算機開発の旗艦的存在で、今後は産業界や海外研究者にもクラウド利用を広げていく計画です。