1. 日本のインフラ老朽化の現状とリスク整理

高度経済成長期から整備された日本の社会インフラは、現在老朽化が深刻な段階に達しています。戦後~1970年代に集中的に建設された道路、橋梁、上下水道などは**設計寿命(耐用年数)**の到達や超過が相次ぎ、十分な更新や維持管理が追いつかない状況です​

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。以下、水道管と道路・橋梁・トンネルに分けて現状とリスクを整理します。

水道インフラ(上水道管)の老朽化

日本全国の水道管総延長は約72万kmに及びますが、その多くは高度成長期に敷設されたものです​

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法定耐用年数40年を迎えた老朽管が年々増加しており、2024年時点で地球4周分(約16万km)もの水道管が耐用年数超過に達しています​

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。しかし水道管の更新ペースは遅く、厚生労働省の試算では現在のペースでは全ての老朽管を更新するのに約140年かかるとされています​

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。また耐震化も遅れており、水道管の耐震適合率は全国平均でわずか41%程度に留まります​

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。このため大地震時には断水など被害拡大が懸念されています​

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老朽化による水道管破裂や断水事故も各地で顕在化しています。例えば2019年3月には千葉県旭市で老朽水道管が破損し約1万5千世帯が2日間断水、2021年10月には和歌山市で紀の川に架かる老朽水管橋が崩落し市内約6万戸が断水する大事故が発生しました​

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。和歌山の事故原因は橋桁を吊す鋼材の腐食断裂(耐用年数48年目前の老朽部材)であり、点検不足とインフラ老朽化が招いた典型例とされています​

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。同年には千葉県市原市でも地震により水管橋の継手ボルトが経年劣化で破損し漏水する事故が起きており、老朽インフラは自然災害時に被害を拡大させるリスクも指摘されています​

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こうした老朽化による断水・漏水事故や水質悪化のリスクは今後さらに高まると見られます。現在、水道管の老朽化率(耐用年数超過割合)は**2018年度末で17.6%まで上昇しました​

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。財政難から更新投資が進まない自治体も多く、このままでは給水停止や道路陥没(老朽水道管破裂による)**など生活への影響が深刻化する恐れがあります​

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道路・橋梁・トンネル等の老朽化

道路や橋梁、トンネルといったインフラも、戦後から高度成長期にかけて集中的に建設されたため供用から数十年を経た構造物が急増しています​

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。国土交通省によれば、**建設後50年を経過した道路橋の割合は現在約37%**で、今後10年で約61%に達する見通しです​

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。特に地方自治体管理の中小橋梁では老朽化が顕著で、多くが更新時期を迎えます。また道路トンネルも同様に老朽化が進み、全国のトンネル約1.1万本のうち3割超が供用後50年以上となっています(※国交省推計)。

老朽化に伴う重大インシデントも発生しています。代表的なのが2012年12月に発生した中央自動車道笹子トンネル天井板崩落事故で、経年劣化した吊り金具(トンネル天井板を支えるアンカーボルト)が破断し、約130枚のコンクリート板が落下、走行中の車両を直撃して9名が死亡しました​

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。この事故は35年間使用された部材の老朽劣化と維持管理の不備が原因とされ、老朽インフラ問題を一気に可視化する契機となりました。その他にも首都高速道路では開通から数十年を経た高架橋脚に無数のひび割れが見つかり、調査の結果、延長の25%以上で早急な補修が必要との指摘がなされています​

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。2011年の東日本大震災時にも、首都圏内陸部で古い公共建築物の天井崩落や高速道路高架の損傷が相次ぎました​

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。地震そのものより経年劣化が被害拡大の主因となったケースも多く、老朽化インフラの潜在的危険性が浮き彫りになりました。

さらに、都市部の高速道路網でも老朽化によるリスクが現実化しつつあります。首都高速道路(開通から60年超)は約327kmの路線のうち40年以上経過した区間が約4割、50年超が約22%(2020年時点)に拡大し、それに伴い重大な損傷の発見件数が橋梁で1.1倍、トンネルで1.6倍、トンネル漏水箇所は約3倍に急増しました​

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。過酷な交通荷重にさらされる首都高では一部区間で大規模更新工事(橋桁の架け替え等)が進められていますが、依然「放置すれば近い将来、どの道路を通行止めにするか選ばねばならない」という最悪シナリオも専門家から語られる状況です​

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。実際、海外では**1980年代の米国が老朽インフラ放置により高速道路や橋梁の閉鎖・通行止めが相次いだ(いわゆる「荒廃するアメリカ」)**例があり、日本でも同様の事態が懸念されています​

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このように日本の社会基盤は、水道・道路・橋梁・トンネルのいずれも老朽化が深刻で、「いつ事故が起きてもおかしくない」施設が増加しているといえます​

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。現時点で顕在化しているリスクとしては、水道管破裂による断水被害や道路陥没、橋梁やトンネルからの落下物事故、構造物崩壊による人的被害などが挙げられます。潜在的なリスクとしては、老朽インフラが大地震や豪雨等の際に被害を拡大させる危険性(例:老朽橋の落橋、ダム・堤防の決壊など)や、老朽化による通行規制・使用制限で経済活動に支障が出る可能性があります​

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。インフラの寿命問題は今後ますます顕在化すると予想され、早急な対策が求められています。

2. 海外の類似事例と国・自治体の対策提言

日本同様に大量の老朽インフラを抱える海外の事例をみると、各国でインフラ老朽化問題への対策が講じられています。ここでは代表的な国(米国、欧州)の状況と対策を概観し、それらを踏まえた日本への提言を示します。

米国:老朽インフラへの危機感と大規模投資

アメリカ合衆国では、道路・橋・上下水道・電力網などインフラ全般の老朽化が深刻で、専門家から「危険なほど過負荷で遅れている」と指摘されてきました​

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。事実、2021年時点で全米の橋の約42%が築50年超とされ(日本は約34%)​

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、老朽水道管による水質汚染事故(例:フリント市の鉛汚染)や、高速道路高架橋の崩落事故(2007年ミネアポリスI-35W橋崩落など)も発生しています。これを受け、米国土木学会(ASCE)は**国家インフラの評価を「C-」(可も不可もない)**とし、今後10年で約2.6兆ドルの投資不足が生じると警鐘を鳴らしました​

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。老朽インフラを放置すれば2039年までに累計10兆ドルのGDP損失が出るとも試算されています​

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米国政府は近年、この危機に対し歴史的な規模のインフラ投資に踏み切りました。2021年11月、バイデン政権下で「インフラ投資・雇用法(IIJA)」が成立し、今後約1.2兆ドル(うち新規歳出5500億ドル)を道路・橋梁、公共交通、上下水道、電力網などの更新に充てる計画です​

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。これは数十年ぶりの大型投資であり、老朽橋の架け替えや老朽水道管の交換(※鉛製給水管を全撤去する予算も含む)、耐震補強などに充当されます。またインフラ予算の安定確保策として、ガソリン税などの連邦インフラ基金の拡充や州・民間の資金活用(PPP)も模索されています​

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。米国では州政府主体で高速道路などに民間資金を導入する公民連携が進む例もあり(有料道路のコンセッション等)、さらに連邦インフラ銀行の設立など新たな資金調達スキームも議論されています​

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。また法制度面では、1968年から国定橋梁点検基準(NBIS)を定め全ての橋の定期点検(2年に1回)を義務付けるなど、老朽化の早期発見体制を敷いてきました。技術的対応としては、近年ドローンやAIを用いたインフラ診断の実証も進められており、予防保全によるコスト削減を目指す動きがあります。

こうした米国の経験から得られる教訓は、「危機感を持った計画的な大規模投資」と「多様な資金源の活用」、「定期点検の法制度化」です。老朽化が進みきる前に財政出動し更新を加速させること、財政不足を補うため民間資金や新たな金融手法を導入することが有効だったといえます。また全国規模でのインフラ健全度評価(ASCEのレポートカードなど)により問題を「見える化」し、政策優先度を高めた点も参考になります。

欧州:維持管理の重視とPPPの活用

イギリスドイツなど欧州各国も老朽インフラ対策に取り組んでいます。イギリスでは、19世紀から20世紀に整備された上下水道管や鉄道・道路網の老朽化が課題で、専門家から**「新設より維持管理を優先すべき」との提言がなされています​

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。英国土木技師学会(ICE)は2025年に向けた提言報告書で「老朽化する交通網や水インフラへの投資遅延は安全保障上のリスクを高める」と警告し、長期戦略に基づく計画的な更新とメンテナンス重視への転換を求めました​

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。具体策として、維持管理予算を新規事業より優先配分することや、気候変動による劣化加速に備えた適応投資**が挙げられています。また英国では1990年代以降、民間資金を活用したインフラ整備(PFI/PPP)を積極的に導入し、高速道路や病院・学校の改修に民間の資本・ノウハウを取り入れてきた歴史があります。上下水道事業も1980年代に全面民営化され、現在は地域ごとの水道会社が老朽管更新に責任を負う仕組みですが、投資不足による漏水増加などの問題も指摘されており、規制当局による長期投資計画の監督が行われています。

ドイツでは、高度成長期(1960年代)のアウトバーンや橋梁の老朽化が社会問題化しました。代表例としてケルン近郊のレーバークーゼン橋は老朽化で亀裂が見つかり、重量貨物車の通行禁止措置が取られる事態となりました​

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。この橋は1960年代建設で、想定以上の交通量増加に耐えられず劣化したもので、応急的に補修を続けながら現在架け替え工事が進められています​

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。ドイツ政府はこの事例を契機に連邦予算のインフラ維持枠を増額し、橋梁改修プログラムを推進しました。またトラック通行料(アウトバーン有料化)を導入して得た財源を老朽高速道路の改修に充てるなど、受益者負担による維持費確保にも努めています。技術面では、ドイツは精密工学に強みがあり、センサー計測やデジタルツインによるインフラ監視システムの開発も進められています。例えば長大橋にひずみ計や加速度計を取り付けてリアルタイム健康診断を行い、劣化兆候を早期把握する取り組みがあります。

フランスイタリアも老朽インフラへの対策を講じています。フランスでは高速道路網の多くを民間コンセッション(長期運営権売却)することで、運営企業が収益を料金から得つつ維持管理責任を負うモデルを採用しています。その結果、大規模修繕や更新は運営企業主体で計画的に行われ、政府財政の負担軽減と安全水準の維持を図っています。しかし2018年にイタリア・ジェノバで高速道路橋(モランディ橋)が崩落した事故では、民間運営会社の維持管理不足が一因とされ、インフラ管理の公共性と監督の重要性も認識されました。イタリア政府はこの事故後、コンセッション契約の見直しと老朽橋の集中点検・補強を進め、緊急時には特別措置で迅速に架け替え工事を行う体制を敷いています(実際、崩落からわずか2年で新橋を再建​

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)。この例は、平時のルール緩和や迅速な事業遂行が老朽インフラ更新に有効なケースとして注目されています。

以上の海外事例から共通して言える対策のポイントは以下の通りです。

  • 計画的な資金投入と予算確保: 老朽インフラ更新に向け、国レベルで長期計画を策定し、必要な財源(税収、利用料、民間投資など)を安定的に確保する。例)米国の1.2兆ドル投資​

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    、ドイツのアウトバーン通行料充当など。
  • 公民連携(PPP)の活用: 民間の資金・技術を取り入れてインフラ改修を効率化する。例)英国のPFI方式、仏の高速道民間運営、水道事業コンセッション等。ただし民間任せによる安全軽視を防ぐため、公的監督と契約管理が重要。
  • メンテナンス重視の政策転換: 新規建設より既存ストックの維持管理を優先する方針へのシフト。例)英国ICEの提言​

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    や米州政府の「Fix it first(まず直す)」戦略など。老朽インフラに集中投資し、災害時のレジリエンスも高める。
  • 最新技術の導入: デジタル技術(DX)や新工法を活用して点検・補修の効率と精度を上げる。例)各国で進むドローン点検、IoTセンサー常時監視、CIM※による劣化予測、老朽管を掘り起こさず更生する非開削工法(SPR工法等)​

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    の普及。
  • 法制度と基準の整備: 定期点検や耐震補強を義務付ける法令の制定、基準策定。例)米国の橋梁点検義務化、日本も2014年から道路法改正で5年毎点検実施​

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    。違反時の責任明確化や情報公開により、インフラ管理者に適切な維持投資を促す。

こうした対策を総合的に講じることで、老朽インフラによる致命的な事故を未然に防ぎ、長期的なインフラサービスの安定供給が図れると考えられます。

日本への具体的提言

上述の海外事例と対策を踏まえ、日本において取るべき具体的な施策を提言します。

  • (1) 老朽インフラ更新への財政投資拡充: 国として老朽インフラ対策予算を大幅に増やし、計画的な更新・補修を加速させるべきです。米国の大型投資​

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    にならい、日本でも「国土強靭化」の枠組みを強化して集中投資期間を設け、橋梁・道路・水道管の更新率を引き上げます。将来の災害リスク軽減や経済損失回避を考えれば、今の投資は十分見合うものです。
  • (2) 多角的な資金調達(民間活用含む): 財源確保のため、公共施設のコンセッション(民間委託運営)やインフラ債券の発行、利用料金収入の活用を検討します。水道事業では宮城県で全国初のコンセッション事業が開始され、メタウォーターやフランスのヴェオリア社等が参画しました​

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    。こうしたPPPモデルを上下水道や空港、道路管理などで広げ、民間の資金・ノウハウを取り込みます。ただし契約上のサービス水準や安全基準を厳格に設定し、行政によるモニタリングと透明性確保を徹底する必要があります。
  • (3) 維持管理の制度強化と優先順位付け: 予防保全の考え方を徹底し、定期点検・補修を怠らない仕組みづくりを進めます。例えばインフラ健全度の「見える化」として、全自治体の橋梁や水道管の老朽率・危険度を国交省や厚労省が集計して公表し、優先的に手当てすべき箇所をリスト化します。老朽度合いに応じたメンテナンス計画提出の義務化や、緊急度III・IV判定(要対策)施設への補助金重点配分など、限られた予算で効果的にリスク低減する戦略が必要です​

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    。また、新規大型プロジェクトよりも既存インフラ維持を予算配分で優先するよう政府方針を転換し、中長期的な安全性向上とコスト削減を図ります​

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  • (4) デジタル技術・革新的工法の導入促進: インフラ分野のDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進し、人手不足や点検漏れを補います。例えば国交省は2021年からインフラ点検への新技術活用を後押ししていますが、2023年時点で約60%の事業者が依然従来手法(目視・打音)に留まります​

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    。ドローン高所点検、AI画像診断、センサー常時監視等の技術を自治体が導入しやすいよう支援策を拡充します。また、水道管の非開削更新工法(古い管の内側に樹脂や塩ビライナーを挿入し更生する技術)や、橋梁の繊維補強(CFRP巻き立て)など新工法の普及にも補助金や標準化で後押しします​

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    。技術開発が進めば、老朽施設の延命や更新コスト低減(国交省は最大47%コスト減と試算​

    trade.gov

    )が期待できます。
  • (5) 緊急時の迅速な更新体制: 老朽インフラに起因する重大事故が起きた際、被害箇所を迅速に復旧・更新する特別措置を準備しておきます。通常は工期の長い橋梁架け替え等も、イタリア・ジェノバの新橋建設のように法律の特例で許認可を簡素化し、トップダウンで事業を推進する仕組みです。日本でも予め緊急事態条項的な制度を用意し、例えば致命的損傷で供用停止となった道路橋は2年以内に代替橋を開通させるなど目標を定めて対応すべきです。これにより被害の長期化を防ぎ、国民生活への影響を最小化できます。

以上の提言を実行に移すには、国民や政治の強い意志とコンセンサスが必要です。老朽インフラ問題は一朝一夕に解決できるものではありませんが、先送りすれば将来より大きなコストとリスクを招きます。海外の事例も参考に、「作って終わり」から「賢く使い、直し、次世代につなぐ」インフラ政策への転換を図ることが、日本の持続的成長と安全・安心の確保に不可欠と言えるでしょう。