4. 2028年・2030年の標準的シナリオ推定
業界の成長予測とSalesforceの立ち位置: グローバルのCRM業界は今後も堅調な成長が見込まれています。市場調査によれば、2023年に約830億ドルと推定された世界のCRMソフトウェア市場規模は年平均成長率(CAGR)約10%で拡大し、2030年には1,819億ドル規模に達する予測が示されています
。これは2020年代後半にかけても多くの企業が顧客管理の高度化・自動化への投資を続けることを意味します。2028年(現在から3年後)時点では、市場規模は概算で1,300~1,500億ドル程度に拡大すると見られ、Salesforceをはじめ主要ベンダーは引き続き成長余地を享受できるでしょう。Salesforce自身の位置づけについては、2030年においても依然CRM市場のリーダーであり続ける可能性が高いと考えられます。現状、競合の追随はあるものの、Salesforceの市場シェアは2位以下を大きく引き離しており
、よほどの戦略ミスや市場パラダイムシフトが無い限り首位の座を維持する公算が大きいです。ただしシェアに関しては現状の約20%強から、競合の成長次第では若干低下する可能性もあります。例えばMicrosoftやOracleが自社クラウド基盤とのシナジーでシェアを伸ばしたり、AdobeやHubSpotが特定領域で台頭することも考えられます。しかしCRM市場全体が大きく膨らむ中で、Salesforceも毎年着実に売上を伸ばし2028年頃には年商500億ドル規模、2030年には600~700億ドル規模に達しているとの予測もあります(単純計算で年10%成長なら約$\times1.6$倍、年15%成長なら約$\times2.0$倍)。同社CEOのマーク・ベニオフ氏は「今後数年でテクノロジー支出が爆発的に増加する波を捉え、あらゆる企業にこれまでにないインテリジェンスを提供していく」と述べており
、AI革命を追い風に次の成長曲線を描く意欲を示しています。したがって、標準シナリオではSalesforceは市場成長率並みかそれ以上のペースで事業拡大を続け、2030年でもCRM分野のトップランナーとして君臨していると見込まれます。
事業の拡大可能性や主要な成長ドライバー: Salesforceの今後3~5年の成長ドライバーとして真っ先に挙げられるのは、やはりAI技術の本格導入です。現在もEinstein GPTなどを通じて営業やサービス業務の自動化・高度化を図っていますが、2028年頃には生成AIがCRM領域に広く普及し、営業担当が提案書を作成する、サポート担当が回答文を書く、といった作業の多くがAIにより支援・自動化されているでしょう。その結果、CRMシステムはこれまでの「データを記録・管理するツール」から「業務を能動的に助けてくれるパートナー」へと進化すると考えられます。Salesforceはこの潮流を牽引すべく、AI分野への継続投資とプロダクトイノベーションを進めるはずです。またもう一つの成長ドライバーはデータ統合とリアルタイム分析です。企業が保持する顧客データは年々増大・多様化しており、従来の断片化されたデータを統合して活用する需要が高まっています。Salesforceは自社のCustomer Data Platform(CDP)を強化し、マーケティングからコマース、アフターサービスに至るまで顧客の行動履歴を一元管理・分析するソリューションを提供しています。2028年にはよりリアルタイム性の高いパーソナライズ(たとえばECサイトで顧客が閲覧した瞬間にCRMデータと連動したおすすめを提示、など)が標準となり、それを支えるSalesforceのプラットフォーム(Einstein 1+Genieなど)が重要な役割を果たすでしょう。さらに業種別ソリューションの深化も拡大余地があります。現在も金融、ヘルスケア、製造、政府機関向けなどIndustry Cloudを展開していますが、2028年までにより多くの業界ニーズに特化したテンプレートやプロセスを提供し、新規顧客の取り込みや既存顧客の追加導入を促進できると考えられます。例えば、自動車業界向けに販売店と連携した顧客管理、教育業界向けに学生ライフサイクル管理、といったような専門ソリューションです。Salesforceは必要とあらばさらなる買収によってこうした垂直ソリューションを拡充する可能性もあります。
地理的には、北米・欧州は既に高い普及率に達していますが、アジア太平洋やラテンアメリカ、新興国市場での成長ポテンシャルが残されています。特にアジアでは中国市場こそ規制の壁がありますが、東南アジアやインドでは今後もクラウドCRMの需要が増えるため、Salesforceも現地パートナーとの提携や現地データセンター設置などで攻勢を強めるでしょう。実際、中国市場ではAlibabaとのパートナーシップで展開を始めており、2030年までにグローバルカバレッジをさらに拡大している可能性があります。
技術革新や市場動向の影響: 技術革新の中でとりわけ生成AIとオートメーションがCRMに与えるインパクトは大きく、前述のようにSalesforce含む主要ベンダーの製品はAIドリブンな機能が当たり前になります。これにより顧客企業はCRMシステムから得られる価値(生産性向上や売上増加など)が飛躍的に高まると期待され、結果としてCRM市場全体のさらなる成長につながります
。一方で、AIの発展は市場構造にも影響を与え得ます。例えば、AIを武器にした新規プレーヤー(スタートアップ)が斬新なCRMソリューションを生み出す可能性もあります。ただ現実的には、大量の学習データや既存顧客基盤を持つSalesforce等の方がAI実装でも有利であり、むしろAI時代において既存トップ企業への集中が進むシナリオも考えられます。
他の技術トレンドでは、モバイル・マルチチャネル対応の深化、IoTデータとの連携拡大、AR/VRの活用などが予想されます。モバイルCRMは既に当たり前ですが、2030年にはスマートグラス等のウェアラブルを通じてリアルタイムに顧客情報や支援AIを利用するといった形で営業・サービス現場がより機動的になるでしょう。SalesforceもVR会議やARマニュアル表示機能をService Cloudなどに組み込む可能性があります。IoTについては、製造業等で製品のセンサー情報をCRMと結びつける事例が増えるとみられ、例えば設備の予防保全データをSalesforce上で管理しサービス契約に繋げるといった新たなビジネスモデルも広がるでしょう。Salesforceは既にIoT Cloudの提供をしていますが、2028年にはこれがさらに発展し、サービス自動化や新サービス創出の一翼を担うと考えられます。
市場動向としては、企業のDX投資は中長期で見れば拡大基調にありますが、短期的には景気循環の影響も受けます。もし世界的な景気後退やIT予算縮小局面が2025年前後に訪れれば、一時的にCRM支出の成長も鈍るでしょう。しかしCRMは企業にとって顧客基盤維持・成長の要であるため、他の投資に優先して継続される傾向が強く、景気回復局面では真っ先に需要が戻る領域と見られます。したがって2030年までの長期視点では、景気の波はあってもトレンドとしての右肩上がりは崩れないでしょう。
総合すると、2028年・2030年の標準シナリオでは、CRM業界はAI時代の成熟期を迎えつつ市場規模を拡大、Salesforceは先進技術と豊富な製品群を武器に依然トップを走り、売上・利益とも現在より大きく成長している姿が描けます。競争環境では依然上位数社(Salesforce、Microsoft、Oracle、SAP、Adobeなど)が市場の大部分を占める構図で、Salesforceはその中核として位置するでしょう。ただ、業種特化型のSaaSや周辺領域(データ分析・CX・コラボレーション)との境界が曖昧になり、競争はますますエコシステム対決の様相を帯びると考えられます。Salesforceは自社プラットフォーム上にパートナー企業を巻き込み、「Salesforce経済圏」とも言えるビジネス領域をさらに拡大しているかもしれません。実際、ある試算では2026年までにSalesforceのエコシステムから生み出される付随ビジネス(コンサル、ISV等)規模は同社自身の10倍以上に達すると予想されています。その意味で、2030年にはSalesforceは単なるソフト会社ではなく産業インフラ的存在になっている可能性もあります。いずれにせよ、現在の市場トレンドが大きく転換しない限り、Salesforce社は今後5~6年のスパンでも堅調な成長を続け、CRM業界の中心的プレイヤーであり続けると考えられます。
5. 関連業界の投資推奨企業の特定
Salesforce社と密接に関わる市場(クラウド型の企業向けソフトウェア、SaaS、デジタルトランスフォーメーション領域)において、今後有望と思われる上場企業を幾つか選定し、その理由を述べます。
-
ServiceNow(サービスナウ、NYSE: NOW) – エンタープライズのデジタルワークフロー/ITSM分野のリーダー: ServiceNowは企業のITサービス管理(ITSM)ツールから出発し、現在ではあらゆる部署の業務プロセスを一元化・自動化するクラウドプラットフォームを提供しています。同社は2023年に約90億ドルの収益を上げ(前年比+24%成長)、2024年には110億ドル超と高成長を維持しています
。今後も年20%前後の成長が見込まれ、2028年までに年商200億ドル規模に達するとの予測もあります。ServiceNowの強みは、IT運用だけでなくカスタマーサービス管理や人事、開発プラットフォーム等サービス範囲を拡大している点で、*「企業内のあらゆるワークフローを乗せられる基盤」*として独自の地位を築いています 。市場動向も追い風で、世界のITSMソフト市場は2023年に105億ドルから2028年に221億ドルへ倍増し年率15.9%で成長すると予測されており 、ServiceNowが牽引役です。同社はAI統合にも積極的で、GartnerのAIアプリ/ITSM分野でリーダー評価を得ています 。さらにパートナーエコシステムも拡大中で、コンサル各社がServiceNow導入サービスを強化しています。Salesforceとは競合しつつ補完する領域(カスタマーサービスやワークフロー統合)も多く、ServiceNow導入企業の多くがSalesforceも併用するなど両社の市場は隣接・相互強化的です。将来的に、より多くの企業がIT・業務プロセスのクラウド化を進める中、ServiceNowは「次世代のSalesforce」と称される成長ポテンシャルを持つと期待されます。加えて、収益の大部分がサブスクリプションによるリカーリング収入であるためビジネスの安定性も高く、株式市場でも高い評価を受けています。以上から、ServiceNowはSalesforceと同じくデジタル変革ニーズの高まりに乗って中長期で有望な投資先と考えられます。 -
HubSpot(ハブスポット、NYSE: HUBS) – 中小企業向けCRM/マーケティング自動化で高成長: HubSpotはSalesforceの競合でも触れた通り、SMB(中小企業)市場向けのCRMプラットフォームで脚光を浴びている企業です。同社の2023年の売上は約21.7億ドルで前年比+25%成長と力強く
、創業からの年平均成長率は30%超にも及びます。2014年に売上1億ドル台だった規模が2023年には2億ドルを超えており、約10年で売上が18倍以上に急拡大した計算です 。今後もマーケティング、営業、カスタマーサービス機能を一体化した利便性の高さから、中堅企業への導入が進み、持続的な高成長が期待されます。HubSpotの投資妙味は、(1)巨大で手付かずだったSMB市場を開拓しNo.1ブランドとなっていること、(2)フリーミアム戦略で低コストにユーザー獲得しアップセルで収益化するビジネスモデル、(3)顧客のビジネス成長に合わせて自社の契約も拡大するランドアンドエキスパンド型の収益構造、にあります。実際、世界の小規模企業セグメントではSalesforce以上のシェアを持つとのデータもあり 、将来的に顧客企業が成長してもHubSpotを使い続ける傾向が強まれば、中堅・中大型企業領域でSalesforceのシェアを奪う可能性もあります。さらに同社は近年、マーケティングのみならずコンテンツ管理(CMS)やカスタマーサクセス、Ops領域のツールも追加し、プラットフォームの総合力を高めています。これは顧客あたり売上拡大に寄与し、長期的なLTV(顧客生涯価値)向上につながるでしょう。またAIの活用でも、文章生成やデータクレンジング機能をいち早く取り入れています。財務的にもまだ利益率は低いものの、グロスマージンは高く、将来は収益性もついてくると見込まれます。中小企業のDX化は今後も伸びしろが大きいため、その文脈でHubSpotは“SMB版Salesforce”**として市場ポテンシャルが高く、成長株として投資有望と言えます。 -
Veeva Systems(ヴィーバ・システムズ, NYSE: VEEV) – ライフサイエンス業界向けCRM/クラウドで独占的地位: Veevaは医薬品・バイオ業界に特化したCRMおよびクラウドソリューションを提供する企業で、Salesforceのプラットフォーム上に構築された業種特化SaaSの成功例として知られます。製薬業界の営業(MR)向けCRMでは実に80%超のシェアを握っており
、世界の大手製薬企業の大半がVeevaを採用しています。また同社はドキュメント管理や臨床試験データ管理など研究開発領域のクラウド(Veeva Vault)も提供し、ライフサイエンス産業のバリューチェーン全体を支援するプラットフォーム企業へと成長しています。2023年1月期の売上高は21.55億ドル(前年比+16%) 、2024年1月期は23.64億ドル(+9.7%) とやや成長減速しましたが、これはコロナワクチン特需の反動やSalesforceとの提携解消に伴う一時的な影響と見られます。同社は非常に高い営業利益率(30%以上)と堅実な経営でも知られ、SaaS企業の中でも収益性が突出しています 。投資妙味としては、*(1)製薬・医療機器といった非景気循環的な業界を顧客基盤に持つため安定性が高い、(2)その中で圧倒的トップシェアによる参入障壁とブランド力がある、(3)*既存CRM顧客への新製品クロスセル(臨床・品質管理クラウド等)余地が大きく、1社あたり売上拡大が見込める、点が挙げられます。特に製薬CRMでは長年Salesforceが直接参入せずVeevaとの協業関係を保ってきた経緯があり、その間にVeevaは圧倒的地位を築きました 。今後はVeevaがSalesforceプラットフォームから自社独自プラットフォームへ移行する計画(2025年以降)もありますが、顧客ロイヤリティは高く大きな離反は生じないと予想されます。むしろ自社プラットフォーム化によりライセンス費用を削減し利益率が上昇する可能性もあります。ライフサイエンス産業自体も長期的に成長が続く領域であり、新薬開発の効率化ニーズや規制対応の高度化など追い風が吹いています。Veevaはそのニッチ市場で独占的とも言える地位を占めており、「業界特化SaaS」の成功モデルとして今後も着実な成長が期待できます 。以上の点から、Salesforceと補完・協業関係も深かったVeeva Systemsは関連業界の有望株として投資推奨に値します。
以上3社はいずれもSalesforceと同じクラウドSaaSトレンドに乗り、高い成長性や強固な競争優位を持つ企業です。この他にもデータ分析基盤である**Snowflake (NYSE: SNOW)**も注目に値します。Snowflakeはクラウド上のデータウェアハウスを提供し、企業のあらゆるデータ(顧客データ含む)を統合・分析するプラットフォームです。2024年1月期の売上は28.1億ドル(前年比+35.9%)と急成長しており
、CRMシステムから得られる大量のデータを活用したい企業需要を取り込んでいます。Salesforceも自社製品とSnowflakeの連携を発表するなど(2023年、データ共有の提携)、補完関係にあります。企業のデータ活用が進むほど両社のサービス需要は高まるため、Snowflakeも中長期の成長株と考えられます。
総じて、Salesforceと密接に関わるクラウド/SaaSエコシステムでは、ServiceNow(デジタルワークフロー)、HubSpot(SMB向けCRM)、Veeva(業界特化CRM)などが有望な上場企業として挙げられます。それぞれ市場ポテンシャルが大きく、技術的優位性や独自のビジネスモデルによる成長余地があります。投資を検討する際は、これら企業が属するマーケットの拡大性(例えばITSM市場成長率や中小企業のIT化率、製薬業界のIT投資動向)と、各企業の競争優位の持続可能性(他社参入障壁や製品差異化ポイント)に着目すると良いでしょう。Salesforce自身も引き続き有望株ではありますが、その周辺エコシステムで台頭する企業にも目を向けることで、クラウドビジネス全体の成長メリットを享受できると考えられます。