この話を語る上で先ず質問です。「不気味の谷現象」と云うものをご存知でしょうか。知らない方の為に説明しますと、ロボットの見た目や動作が人間に近づくにつれ好感的になってゆきますが、ある時点で強い嫌悪感に襲われ、そしてロボットが人間と差異がさほどない程度に近づくと再び強い好感に転じるというものです。「人間に限りなく近い存在」と「人間と差異がない存在」の狭間の強い嫌悪感を「不気味の谷」と呼びます。

 顔面等における人間の解剖学を無視した皮膚・骨格のつくりなどが、人間とそれを真似したロボットにおける人々の感じ方の乖離の原因と言えるでしょう。また、「不気味の谷」からもう一度好感に転じるのも、この解剖学的問題を解決することができたからだと考えています。

 これは基本的に、ロボットのヴィジュアル的側面においての学説ですが、これを今現在問題(話題)となっている「AI生成」と関連づけて考えることができるのではないかと考えました。

 AI生成のいわゆる篇首のころの画像などはあまりにもおかしいので嫌悪感を感じることはありませんでした。しかし、現在生成することのできるAIのイラストや映像などはどれも篇首の頃のそれとも、また、「完全に人間の作品と遜色ないといえるもの」とも、どっちつかずの状態です。これはまさに、ロボット工学に措ける「不気味の谷現象」と全く同じと言えます。皆さんはAI生成で作られた映像を見たことがあるでしょうか。人間世界に措ける物理や法則などを完全に無視した、大きな違和感と一抹の嫌悪感を感じる映像となっています。画像についてはそれ程でもありませんが、やはりそれでも違和感は多少なりとも感じるような気がします。

 ロボット工学では、私はその道の専門家ではないので詳細なことは言えませんが、いまは「不気味の谷現象」後の好感度が上がっている段階にいるのではないかと思って居ります。はたまた、ヴィジュアルのことは捨て、機能に重きをおいた「ASIMO」のようなロボットも多く出てきているのが現状です。

 近い将来に画像、続いて映像に措いても「不気味の谷」を乗り越えることが出来るようになるでしょう。そうしたらどうなって了うでしょうか。今まで技術面でAIよりも優位に立っていた、創作を生業としている人々は、元々AI生成の特徴である製作の速さだけではなく、技術面でも追いつかれることでついにAIに太刀打ちできなくなって了います。

 そうすると、いよいよ未来の社会は「どれが人間によるもので、どれがAIによるものか」と判断することが必要になってくるでしょう。これは、戦時中の、スパイを探し出すことに躍起になっていた各国の情勢と非常に似通ったもののように思えます。また、人が創作したものであるのに、「AIによるものだ」と一方的に決めつけ糾弾する、なんてこともあり得るでしょう。これもまた、戦時中の、人をスパイと決めつけ糾弾し、酷いものだと処刑されるという状況に似ています。

 未来の人々はどのような方法でこの問題に立ち向かうのでしょうか。例えばウソ発見器のような、AIによる創作物か人間によるものか判断する機器・ツールなどを人間が創ることなどが挙げられます。ですが、他の方法は残念ながら今のところは思いつきません。我々一般人は未来の流れに身を任せるしかないようです。偉大な研究者の出現を待つのみです。

 ここまで、「未来の社会」、「未来の人々」など「未来」という言葉を用いていたので、遠いことのように感じられるかもしれませんが、実際はあと10年もしないうちに僕が今述べたことが起きます。これはほぼ確実といって良いでしょう。これを読んでいる殆どの人は10年後にも生きていると思います。だからこそ、他人に投げやりになるのではなく、自らも何ができるのか・どのようにして見分ければよいのかなどを考えてみてください。一人ひとりが思案することこそが、AIの来寇から人々を守る唯一の手段なのではないでしょうか。