2階から蔵書を増築の隠居所に移した。分類もいい加減で、お目当ての本が見当たらない。
そんなことが何度かあった。
串田孫一さんの「山のパンセ」と「音楽の絵本」もそうだった。
知人からDVDの「剱岳 点の記」が観たいというので、それを探している過程で見つけた。
本棚は棟梁に頼んだ壁代わりの作り込みで、棚の幅もあってハードカバーも前後2冊収まる。
その奥側に、2冊があった。
「後で整理すればいいや」って適当に詰め込んだんだ。

「山のパンセ」は1957年、実業之日本社から刊行された初版。
高校の時、山の文芸誌「アルプ」を定期購読を初めて「山のパンセ」を知って購入した。
映画を観に行ったとき、神田の古書店に立ち寄って買ったような記憶がある。
山の中から東京まで、朝早い電車で出かけて洋画を中心に観ていたころのこと。
「山のパンセ」を久しぶりに読み返す。詩28編が納められている。
その一編に「高原にひそむ詩」がある。
父子との交流もいい感じで伝わってきた。さらには群馬県の新鹿沢スキー場の存在を知ったのもこの一編だった。
高原にひそむ詩
今年のはじめ、中學一年になる子供が新鹿澤へスキーに出かけた。お父さんは幾つからスキーをはじめたの? というので、あやしいと思ったが嘘をつくわけにもゆかず、中學一年の時からさ、と言ったら、さっそく私の道具を持ち出して、さっさと出かけた。
東京から往復とも、貸切バスで、學校の人たちと行った。帰って来た晩、少し言葉付きまで變つて楽しかった話をしていたが、突然だまって考え込みはじめた。
帰りの自動車が長い橋を渡っている時に見た雪の山の景色が大層印象的だったらしいが、それを詩にしたいと思っている、そういう告白をしてから、二、三目のちに、私は彼のノートに次の詩を発見した。盗んでみたわけてはなく、見せてもらったのだ。自分の子供の作ったものなんかを引っぱり出すのは、ずいぶん愚かな父親のように思われるけれどそうではなくて、この詩によって、私は自分の知っている上信越の山々を、思い出しだのである。「冬枯」などと気取った題をつけてあつた。
川が赤い
へんに赤い
茶色の
西部劇の
あれ野の
そのまた遠くに
青い山が雲をひつかけている
赤い川には
でつかい雲が
ふかぶかと
にじんでいる
私はそれより少し前に、上越線の急行「越路」で新潟へ行く時に、同じような景色を、窓からぼんやり見ていた。関東平野が終わるこの邊は、「西部劇の」という感じがしないでもない。
右に赤城、日光の山々がむしろ目をひくこの邊から、榛名の山のあいだから、そのまた遠くの山を見るのは、そこを知っているものには嬉しい。
私は小諸に泊まったことはないが、信越線でここまで來と、どうも汽車を下りたくなる。軽井澤あたりへ避暑に行く人たちは、浅間山を毎日どんな気持で見ているか知らないが、私にはその眺めが壊しい。
(以下略)
あのころ
同級生とスキーに行くことになり、新鹿沢に決めた。
電車、バスを乗り継ぎ行った先の新鹿沢スキー場。積雪量が少なく、滑走もままならないと知り、別のスキー場に行くことにした。
結局、「温泉がある」と万座スキー場に。で、スキーの後は温泉宿で飲み会。
3人はスキー客でなく、温泉客になってしまった。
そのツケは大きい。
帰りの電車賃がやっとで、昼飯代まではなかった。
その後、スキーはもっぱら新潟の越後中里にした。Tとともにスキーセットは民宿に預けっぱなし。身一つで行ったものだった。
と、書くとスキーは相当なもの、と思われそうだが、これがだめなんだなぁ。