祖父が長瀞遊船の船頭をしていた時の「印半纏」です。
曾祖父も昭和初期から船頭で、祖父も昭和30年代前半ごろまで商売と兼務でやってました。
遊船は秩父鉄道が経営していたもので、祖父の時代は船頭は周辺の農家の人たちなんかが兼業でやってたようです。

秩父鉄道の鉄が旧字の鐡。遊船は舩、これは昭和の代議士、男清十郎こと荒舩清十郎先生とおんなじ舩。
首下には祖父の名。孝次=こうじ、は二男と字が違うけどおんなじ呼び名。師が、師の一字を使って名付けてくれました。 祖父は同じ呼び名に大喜びでした。
背中の秩父鉄道ロゴは今も同じ

長瀞遊船は、長瀞ライン下りと名を変えて営業してます。
今も昔も人気です。
あ、俺も竹ざおで船は操れますから。