10月22日と23日にわが家近くで開かれる萩平さんぽ展。今年で6回目です。
 埼玉県の有形民俗文化財「萩平歌舞伎舞台」で行われる萩平歌舞伎公演の協賛として始まったもので、絵画や陶芸、写真、書、筝曲などさまざまな芸術発表の場です。 http://blogs.yahoo.co.jp/santensama/27432531.html
 発表場所は、農家の納屋や土蔵の壁、農家の塀など日常の場所。点在する会場を見て回る、文字通りの散歩展です。俺の持ち場は土蔵の壁。前から狙ってたところを指定されました。
 
 さて、俺は昭和50年代初めに写した武甲山の姿を出品します。展示場所は生活道路に面した土蔵の外壁。
 そのうちの何点かを先行掲載しますね。
 
イメージ 3雪の朝。長尾根丘陵札所23番音楽寺下から市街地と武甲山。昭和52年4月の撮影。
 
 まだ、秩父ミューズパークもできる前で、道路は大きな民家の手前に作られます。左の方に秩父公園橋。
 
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  リクエストに応えてアップしました。今朝撮ってきました。
 木々もおっきくなって、最初に石灰岩採掘がはじまった向かって右側はよく見えなくなってます。
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こちらは9月18日の撮影。
武甲山を主に撮っています。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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 昭和53年5月1日朝。
 そう、武甲山の山開きです。当時は活発だった秩父山岳連盟の傘下山岳会として、安全登山のサポートで前日に登って徹夜でした。
 山頂は間もなくセメント各社による山頂協調採掘で登山ができなくなり、翌年5月3日が山頂に登れる最期の日となりました。
 
 
  武甲山北面、幕岩でチチブイワザクラを撮影する清水武甲先生。手前は新井靖雄さん。
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昭和53年5月の撮影です。
 
イメージ 1 この時写したチチブイワザクラ。ピンクが普通だけど、白花が混じっていた貴重なショットグッド!
 翌年、現地に行った時には盗掘されていた。この写真は発表もしていないのに、高山植物泥棒はすばしっこい。
 奥秩父のホテイランもあらかた盗み出したと思われ....
 
 ちなみに、カメラはカラー用がブローニーサイズのマミヤC330。二眼レフだけど、今でも大切な愛機。先生たちを写したのはニコンF(当時。今はキヤノンばっかり)で仕事にも使うので、もっぱらモノクロフィルムだったのが惜しかった。
 35mmモノクロフィルムは400フィートで缶入り。これを暗室でフィルム装てん用の器具に入れ、パトローネに巻き込んで使ってました。普通のフィルムより価格が抑えられるからです。
 仕事で活用した約1坪の手作り暗室はデジカメ全盛となり、物置となって久しい。結構高かった引き伸ばし機なんかは奥の方。カラーフィルムの現像もうまくなってたんだけどな。