以前はこまめに書いていた山行記録。A4ノートが出てきた。
ページをめくっていたらキャビネサイズの白黒写真が1枚。
「お、山賊がおめかし」
懐かしい、龍あにいと相ちゃんとのスリーショット。しかも、スーツにネクタイ姿。
写した場所は、山梨県の西沢渓谷。15年はたってるかな。
田部重治先生の文学碑建立除幕式に招かれたときに撮ったものだった。

2人の山賊はすでに山より高い所に駆け上がってしまった。
田部先生は明治から昭和にかけ、盟友の小暮理太郎先生と奥秩父を始め南北アルプスなどを歩き、様々な文章を残した。「日本アルプスと秩父巡礼(山と渓谷)」「忘れえぬ山々」(田部)「山の憶ひ出」(小暮)は高校時代からの愛読書だった。
西沢渓谷の田部先生文学碑は、先生没後に建立された。
その除幕式に招かれた。雲取山荘と甲武信小屋の代理出席。
当時は雁坂トンネルや上信道はまだなく、中央高速経由で山梨・三富村へ。
運転はオートバイで北海道を何度も走ってる相ちゃん。
除幕、祝宴には田部先生の親戚の女優村松英子さんが出席した。
祝宴では近くに座ったが、3人の山賊は「見とれた」のはいうまでもない。
それでも、飲む飲む。運転の相ちゃんはかわいそうだったけど....
文学碑は、日本アルプスと秩父巡礼の1節「笛吹川を溯る」から抜粋され刻まれた。
見よ 笛吹川の渓谷は
狹り合って上流の方へ
見上ぐるかぎりの峭壁をなし
其間に湛へる流れの紺藍色
汲めども尽きぬ深い色をもって
上へ上へと続いて居る
流れはいつまで斯の如き峭壁に
さしはさまれているだろうか
田部先生とは1度お会いしている。
上野精養軒で開かれた、恩師、清水武甲先生の出版記念会の席上だった。 祝宴で、田部先生に「山と渓谷、高校のころから読んでます。先生たちが歩いた後を俺も歩いてます」といい、お酒をすすめた。
田部先生は「ありがと」と穏やかな笑顔を俺に向けてくれた。

祝賀会の出席者で、俺が一番若かった。写ってる清水先生はじめ半数が亡くなっている。
昔を振り返るようになると.....