66回目の敗戦(降伏)の日。終戦→戦が終わったと言い換えてるけど、戦に負けたという言葉を巧みに避けた言葉だと思う。
しかも、無条件降伏を「終戦」とは。
為政者、あるいは官僚どもが人々を惑わすことを平気でやるのは昔も今も変わりない。
あの人災原発事故も事象という、聞きなれない言葉で塗り替えようとしたけど、際限なく放射性物質をまき散らす奴らの言う「事象」が続けば、「事象」なんて言葉はいつしか建屋と同じく吹き飛ぶことは目に見えていた。
「事象」という言葉で大人災をうやむやにした為政者と官僚、そして東電、御用学者ども。降伏を戦が終わったと言葉でいっても、あの時に生きた人々は戦に負けたことは身も心も分かっていたと思う。
原発の事象だって、戦争以外では最大の人災だとほとんどの人が思っている、だろう。
負け戦を戦が終わったと言い換え。大人災を事象と言い換え。これも言葉遊びならまだいいけど、相当ひどすぎます。
いくら、曖昧な言葉で取り繕うとしても「百も承知でぃ」
川村湊著「福島原発人災記-安全神話を騙った人々」読みました(読み始めて間もなく”蛙飛び読み”)。原発大人災に関わった人の名簿としての一応は参考資料かな。まえがきで、『日頃、学生にはネットからのコピペ(コピー&ペースト)を論文やレポート作成に使うな、といっている私が、コピペだらけの本を書くのというのも矛盾である』日頃の言動というなら間違いなく矛盾ですね。『だが、そうした作業でもしていないと......』とその矛盾を取り繕ってます。
ともあれ、本書は表題から興味を持って Amazonで買ってしまったのだが、本屋で手に取ってみてから買うことを判断すればよかった、との思いが強いかな。
ネットがつながり、時間がある人の仕事に付き合わされてしまいました。
「騙った」なんて言葉、最近では振り込め詐欺事件の中で出てくるけど「事象」同様あまり馴染みがないきがするけどね。
犯罪で使われる言葉「強請り(ゆすり) 騙り(かたり)」
今度の原発大人災は「強請り 騙り」とは同列にできないのは言うまでもありません。