江戸時代から続く地芝居。秩父にはいくつか伝承団体があります。地べたが観客席ですが、歌舞伎舞台は30近く現存してます。使えるのはいくつかですが、萩平歌舞伎舞台は回り舞台を持った立派なもので、埼玉県の有形民俗文化財です。
地芝居を伝承する秩父歌舞伎正和会もその一つ。太平洋戦争のさなか、戦地に家族を送り出した留守家族を励まそうと始まったそうです。指導者は和泉座の名優、関竹寿郎=関口正さん=。正さんの名をいただいて正和会としたそうです。
高校の同級生の父親が創立者の1人で、素人役者に誘われたことも。白浪五人男の捕り方がデビュー予定だったけど、仕事の都合で「ひのき舞台」に立つことはありませんでした。
時代が下り、正和会のメンバーも4世代目かな。でも、地元の萩平歌舞伎舞台もあってお付き合いは続いています。
何年か前、芝桜の丘で秩父歌舞伎公演のPRをやることになり、当時の会長から「顔、貸してくれ」
893の言葉みたいだけど、ほんとに顔を貸して隅取りされました。現場でスカウトされ即出演のため浴衣がなく、俺だけ半纏に芝桜土産の手ぬぐいでふんどし姿に(パンツの上からね)

まるっきり別な俺

園内を回ってチラシ配り。場違いな一行4人、来園者の注目を浴びました。特に俺。半纏の下にふんどし、滑稽な姿。まるで、お面をかぶっているようで恥ずかしさはありません。高校時代、アルバイト先のおもちゃ屋で、サンタクロースになったけど、あのときもひげがあって恥ずかしさはなかった。一緒にやろうと言ったアルバイト仲間は拒否、彼は大手企業の子会社社長。大物社長に気に入られてるんだってさ。

やはり場違いなかっこ。でも注目度は抜群。地芝居の説明を求められたしました。宣伝は注目されて成功、と実感。
でも、でも......

写真を撮られたり、注目を浴びる俺。中学時代、彫塑が入選し朝礼で全校生徒に紹介されて以来の注目度(あいつが、という驚きだった)。
そんなスター気取りの中で「怖い」 という子どもの声。右端の子。後でこの画像を見せられ、納得。
これは家族にも見せてない、初公開の画像

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別な俺が、別の世界にいるのかな。
そんな世界は興味ないな。家族、暮らし、友達、想い出を大切にしたいから。