8日。奥秩父の雲取山(2017m)の埼玉側にある雲取山荘で行われた荷上げの手伝いに行ってきました。午前8時30分に三峰山の山腹にある三峰山ヘリポートに集合。山荘主人の新井信太郎さんや息子で二代目の晃一さんたちと合流。ちなみに晃一さんと俺の長男は同い年、幼稚園や中学が一緒。

 昨夜、山登りの先輩で同じ山岳会のやっさんから電話。「明日、雲取(山荘)の荷上げがあるんで、あの時計を上げるから」ということで、荷上げに参加する事になりました。もっとも、以前から、荷上げは手伝ってましたけどね。
 あの時計とは、去年11月に新井信太郎さんの山小屋生活50周年を祝ったときに贈られた大時計です。

 荷上げはヘリコプターです。山小屋の荷上げには定評ある東邦航空の地上スタッフも合流。実は、荷上げは5日の予定でしたが、強風のため8日に延期されてました。で、物資はすでにネットに納めてあり、いつでも荷上げオッケーの状態。そのネットに、俺の愛車「キの44」で積んできた大時計を納める。精密品だし、下にクッションを置くなどして万全の荷姿に。
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ネットは11個。半分は200リットルの軽油と灯油。残りはお米や野菜、卵、副食などの食材。それに需要が多い缶ビール。さらに、さらに元気の元・焼酎の4リットル入り(えへへ)

 間もなく飛来したヘリは「アルウエットⅢ(ラマ)アエロスパシアル式SA315B」操縦席を含めすべてが風防に覆われた、昔からおなじみのスタイルの機体。これでも、一度にネットに収容した荷物700Kgは軽くつり下げます。今回は500kgで。

 最初に晃一さんたち3人のスタッフを乗せたヘリが出発、山荘近くの山のへリポートへ。第二陣で俺たち残りの二人、それに物資を納めた百貨店の営業さんが「遊覧飛行」(笑)ふわり、胃の腑なんかを地上に置いてきたような感覚、ヘリポートはすでに後方。雪の白さと木々の黒さが目立つ山肌を両脇に見て雲取のヘリポート飛翔。
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 パイロットのサービスで雲取山の周囲を左旋回。富士山は山頂付近に雲があって、すっきりした姿ではありませんでしたが......
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上空からの雲取山荘。その先は奥秩父の主脈。ヘリポートに着地。その場でしゃがみ込み、ヘリが飛び上がるのを待って山荘へ。雪は踏まれていて歩きやすく、5分ほどで山荘へ。
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 山荘の顔見知りの人たちとの挨拶もそこそこに、ヘリの到着を待ちました。10分ほどでネットをつり下げた第一便が到着。地上スタッフがたくみに荷下ろし地点を誘導。写真を撮ったけど、ローターが起こす風で飛ばされた凍った雪片が顔に当たります。 ヘリが立ち去ると、すぐにネットをほぐして中の荷物を山荘へ運び込みます。あの大時計を慎重に運び込み、後は食材など。みんな素早い動き、荷は重いけどそんな事は気にしません。10分ほどでまたやってくるからです。
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 半分ほどが食材で、残りはドラム缶。発電用の軽油は一週間で一本を消費します。発電機で生まれた電気も、大半がトイレの浄化槽などに使うモーター類が消費します。ドラム缶を寝かせるのは「水が入らないように」のためです。
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 パイロットも地上の俺たちも緊張の瞬間。帰りは空のドラム缶をつり下げて。ごみも同じつり下げて。
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 天候は良くて順調に荷上げは進み、迎えのヘリに搭乗です。俺は山荘の何でも屋で木登り名人のKさんや地上スタッフと一緒で二便に。帰りの一便に乗るのは山荘に泊まり込んでいた助っ人たち。
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 俺はパイロットの左横の席に。「フットバーを踏まないで、ヘリが変な方に行くから」と地上スタッフ。操縦席から三峰山方向をパチリ。ヘリの荷上げに参加して20数年、滞空時間はどのくらいになっただろうか。雲取山荘は年に5回の空輸をしています。第二回目は4月の大型連休前。また、お呼びがかかるかも。
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三峰山から見た雲取山(中央)