言わずとしれた(マニアにはかぁ)富士重工が、敗戦後間もなく製造を開始し、人気を博したスクーター。
これはドアがないから半ドアの話題にはならないな。ということで画像を引っ張り出したわけではないけどね。
これはドアがないから半ドアの話題にはならないな。ということで画像を引っ張り出したわけではないけどね。
去年の秋、仕事帰りに無人自動販売機売り場に止まっていた。ここで、アイスクリームを買って我が家に戻るのが通例になってる(これ蛇足)。
ツーリングで群馬からやってきたという。すでに半世紀以上の代物だが、故障知らず、という。てっ、ことはやはり、オーナーの整備もいいけど、さすが中島飛行機の設計陣、製造技術者の腕、と関心。

S-301B4だったかな
ツーリングで群馬からやってきたという。すでに半世紀以上の代物だが、故障知らず、という。てっ、ことはやはり、オーナーの整備もいいけど、さすが中島飛行機の設計陣、製造技術者の腕、と関心。

S-301B4だったかな
中学生の頃、乗ったことがあるが、今のスクーターより大きく感じた。もっとも身長が160cmくらいでは大きく感じるか。
仕事の駆け出しの頃、カメラを左肩から下げた先輩が、ラビットに乗って毎夕職場にやってきたことを思い出した。「颯爽(さっそう)」と書きたいところだが、俺は「足のいいやつ」カリーナセダンに次いで2台目のハードトップ(SRだけど)に乗っており、先輩の姿は一世代前の仕事人の風情を残していた、と思う。36、7年前になるかな。
初代のカリーナセダンと。友人の車で白色。俺は一緒に買って塗色はシルバーメタリック。007のアストンマーチンにあやかった色。先輩の電子部品会社のIさんはブルーだった。右側にはハコスカが2台。


2台目になるカリーナハードトップは、幼かった子供たちも同乗した。間もなく勤務地が山間地に変わり、スバルレオーネ4WDに交代した。スバルのDNAは長男が受け継ぎ、B4に乗っている。父親同様、車を洗うことはしないのも同じDNAか。次男は何故か、スカイラインのオタクに変身。「スカちゃーん」だって。おい、2児の父親だろうが。