子供のころからの習癖は何年たっても治らないもの。昔は木のミカン箱を「なんでも箱」として、さまざまなものを詰め込んでいた。今はホームセンターで買った蓋付きの青いプラスチックボックス。ミカン箱大が俺の「なんでも箱」。

 その中をのぞいたら、透明ビニール袋に入った小さな箱3個。「お、地球ごま」。数年前、台北を訪れた時、路上販売で買ってきてそのままなんでも箱に入れていたんだっけ。小学生の頃、欲しくて欲しくて親にねだって買った地球ごま。日本製のコピーだろうが、昔のままの地球ごま。
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 一つを開けて出し、回してみる。台座の上で回る。子供のころがよみがえる。地球ごまの不思議な動き、手作りした鉱石ラジオのレシーバーから雑音混じりで聞こえる音。いっぱしの科学少年だった俺。「模型とラジオ」「子供の科学」懐かしい。


 家のラジオを分解、組み立てたけど、いくつもの部品が残り、聞こえなくなった6球スーパー。
 はんだ付けの匂いが懐かしい。かれこれ50年。小学5年の時だった。

 アマチュア無線にもあこがれたが、免許を取ったのは30過ぎ。

 プラモデルも小学生からはまった。子供の手のひらに載るほどの大きさ。確かレベルだったと思う。アメリカ製。電車で30分の町まで行って買ってきた小さな箱の組み立てキット。マッチ箱よりちょっと大きいくらいの箱だった。高校生になって、そのおもちゃ屋でアルバイト。野球盤とレーシングカー、モデルガンがブームの頃だった。

 作ったジェット機、大好きだった(相手はそんなことは知らない)同級の女の子に見せたけど、何にも感じた様子はなかった。「それよか、あたしのリボン(本のこと)を返してよ」。
 その女の子は俺に「猫の子が生まれたの。一匹もらってってくれる?」喜んで女の子の家に行った。白と黒の普通の子猫。鼻の下がちょび髭のように黒い、その猫を貰った。女の子は間もなく、自衛官の父の転勤で、北海道へ引っ越して行った。

 なんだかさびしい気がした。初恋だったんだな。
 数年前、女の子の実家のおじさんさんに会った時、彼女のことを聞いた。結婚して、静岡で暮らしているという。

 子猫は父が「こぞ」と名付けた。おかしな名前。俺は「ひげ」とつけたかった。後年、わけを聞いた。「小僧だったから」。変わった名前を付ける父子。これも絆かな。

 中学になり、マルサンの零戦を作った。ただ組み立てるだけ。着色に目覚めたのは20才過ぎだったか。旧海軍や旧陸軍の戦闘機、ドイツのMe109。ウォーターラインシリーズの連合艦隊。
 Me109は、塗装も上々と、自信作だった。それを幼かった長男が飛ばした。墜落、翼は外れ、脚は吹っ飛んだ。怒れなかった。

 ある日、友人が海軍の雷電を目にして「おっ、ゼロ戦。まだ、こんなのやってるのか」と笑った。そういえば別の友人も「ゼロ戦」と言った。濃い緑のプロペラ機はみんなゼロ戦に見えるのだろうな。俺たち、オタク以外は(苦笑い)
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 飛龍、瑞鶴、翔鶴とともに好きな空母準鷹はまだ箱の中。大東亜決戦機キ-84は完成直前、塗装はまだだけど。早く完工しないと決戦に間に合わない。