丹野病院院長のブログ

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最近、軽自動車でのカーキャンプが趣味になりつつあるが、その大きな目的の一つは、千葉県館山から富士山を眺めることだ。館山湾から望む富士山は、まるで北斎の浮世絵のようで、一日中眺めていても飽きることがない。そんな私に、最近もう一つの楽しみができた。「なかぱん」というパン屋を訪れることである。実のところ「なかぱん(館山中村屋)」は、新宿中村屋から唯一、のれん分けを許された店である。創業は大正14年。創業者の長岡氏は、大正12年の関東大震災をきっかけに復興を志し、房総半島の南端にパンという食文化を広める決意をして、新宿中村屋からあたたかく送り出されたのだという。新宿中村屋といえば、インドカリーやボルシチなど、当時の最先端の食文化を日本に紹介した名店であり、ロシアンケーキ発祥の店としても知られる。創業者・相馬氏の「商売は奉仕である」という強い信念は、弟子である長岡氏にも深く受け継がれたに違いない。新宿の洗練された製法が、当時の館山の人々にとってどれほどハイカラだったかは想像に難くない。しかし、長岡氏はその技術をただ守るだけでなく、館山の気候や人々の好みに合わせ、少しずつ「独自の味」へと昇華させていった。店に並ぶのは、コッペパン主体の調理パンや、新宿のものとは対照的に「ずっしりと重い」あんパンやピーナッツクリームパン。看板商品の元祖ロシアンケーキの味は変わらない。もはや館山市民のソウルフードとなった「なかぱん」は、昼時を過ぎても客足が絶えない。この歴史を知る地元の人々はこう語る。「新宿中村屋が『洗練』の味なら、館山の中村屋は『慈しみ』の味だ」と。同じ根っこを持ちながら、館山の太陽と潮風をたっぷり浴びて育ったこの街だけの特別な味。私は、その「慈しみ」という名の重みを噛みしめるように、ずっしりと重いパンをお土産に持ち帰る。

地域医療介護包括ケアシステムにおいて、医師が果たすべき役割や使命に変わりはない。しかし、地域の環境に応じて柔軟に形を変えていくことこそが重要であり、かかりつけ医の在り方は、まさに千差万別なのだ。そんなことを深く考えさせられる今日この頃である。