Mt.blueさんのブログで「capsuleがピンとこない」という件についてコメントさせていただいたんですが、コメントしてから改めて考えを補完したくなりました。
コメントには
>中田ヤスタカ氏の実験室みたいなところがあると思うので、音楽的には色々楽しめるのですが、
>やはり他人のプロデュースで才能を発揮する人だと思います。
と書かせていただいたんですが、何故、彼自身の作品がマストにならないかという答えにはなってませんでした。
少し考えたんですが、結局のところ、このエントリのタイトルにした"PRESENCE"ということなのかなというところに行き当たった次第です。
直訳すると「ある[いる]こと, 存在」となります。
作品の実体とか、あるいは、手を伸ばすとまさに触ることが出来そうなほどの存在感といったものになるかなと思います。
音楽でいうと、音の場のさらに奥にどっかりと存在するもの。それは、例えば、製作者の情念のようなものだったりもするでしょう。「喜怒哀楽」や「祈り」といったものだったり、あるいは「肉体」そのものだったり。はたまた、複数の人間が製作する作品の場合「人間関係」の場合もある。様々なプレゼンスがあり得ます。歌詞の中にそれがある場合もありますよね。
LED ZEPPELINはそのものズバリ「PRESENCE」というアルバムを残してますが、この作品には、まさにそれぞれの音に圧倒的な存在感があり、「肉体」や「緊張」が見事にぎっしりと詰まっています。
Perfumeの場合なら、3人がそもそも泥臭い存在感を持っています。その声にも、加工されてなお残るプレゼンスを感じます。さらに、3人の関係。時代に選ばれたとしか思えない物語性など、どれをとってもプレゼンス満載なわけです。
中田ヤスタカという人は、音を構築することについては、確かに天才的な才能を持っていると思います。
例えば、「宇宙飛行」といったテーマについて曲を作ってくださいと頼めば、何十パターンもの優れた作品を作って、「どれがいい?」ってニヤニヤして言いそうです。
しかし、出来た作品の存在感はさほど大きくはないでしょう。音楽制作者でこういう人ってむしろ珍しいのではないでしょうか。「音楽を作る」こと自体が目的であり、音が構築されたところで完結してしまう。音を構築すること以外へのこだわりとか執着心が無いような人なのではないでしょうか。知らないけど(笑)
そんな彼が一人で打ち込んで作るわけなんで、緊張感によるプレゼンスも生まれません。
別に、打ち込みだから存在感がないというわけではないんです。テクノやエレクトロでも、存在感たっぷりの作品はいくらでもある。それは、音を構築するという作業以前に作者が抱えてる「何か」が作品に染みているんです。
中田ヤスタカ氏の場合、天才的な職人とでも呼べるのかもしれません。
芸術家というよりクライアントがあって力を発揮する商業デザイナーっすね。
ですんで、中田ヤスタカという人が力を存分に発揮するには、存在感ある優れたクライアントが必要となります。
Perfumeという泥臭い存在感のある3人組は実に彼と相性の良いクライアントといえそうです。不思議なことに、中田ヤスタカという人は、Perfumeのためなら素晴らしいプレゼンスを持った歌詞を書いたりもするんですよね。Perfumeも中田ヤスタカという人を失うとその存在感のかなりの部分を失うことになると思われます。中田氏とMIKIKO氏、Perfumeで歴史を作ってきたわけなんで、これは当然のことといえます。
Perfumeという存在の中に中田ヤスタカやMIKIKOという人たちは全てではありませんが含まれているんですね。
とにかくも、中田氏という人は、自分のためでなく人のために素晴らしい仕事が出来る人ですねと。
前にも書きましたが、尽くすタイプだと思います。人は見た目ではないですぜ。この人と結婚する娘は幸せになれると思うんですが。
Led Zeppelin - Achilles Last Stand