凍える花
        中井英夫

1
人々は花の種子をとり
おろかにも氷の上に播いた
生きてゐる哀れさに種子は芽ぶき
稚い葉をひらいた
なほも小さい蕾さへつけた
人々は残酷な笑ひを洩ら
さらにその上へ一塊の氷をのせた
しかも見よこの一片の草花は
自らの情熱を燃やして氷をとかし
わづかに己れの生きる空間をつくつた
蕾はりんりんとふくらみ
やがて血のいろの花を咲かせた

2
氷の中の草花
香ひを失ひ
春なつのけじめも知らず
朝夕の区別もなく
ただ冷さうに鞭うたれ
やつと花ひらいてゐた畸形児
手を拍つて嗤ふ人々に
はげしい呪ひをなげかけながら
みうごきもならなかつた生きもの
歪められた異象の幼児は
それでも生きてゐた
それでもどうにか生きぬいてきた!

3
いま氷はとけ去り
おろかな人々は去り
空気も太陽も溢れるほどだが
はりつめた気は失せ
花はそのまま閉ぢようとする
葉はそのまましぼまうとする
自分で歩けない不具の子供を
誰が大地にうえかへるのか
もう花はさいごのうすめをあけてゐる
若やかだつた肢体は
ぐつたりとなえかけてゐるのだのに
46・8・15 敗戦一周年に