道楽模型製作記 -3ページ目

道楽模型製作記

2015年1月よりスタート!ひこにゃの模型製作と怠惰なの日々を紹介。(注意!当方が本文と全く関係無いと判断したコメントは無条件で削除いたします。あしからず。)

年のお盆、久々に一人で一泊二日お泊り旅に行こうと思いました。

 

乗り鉄?

観光?

 

最初に考えたのが、大和のプラモを作ったから

広島県呉市の「大和ミュージアム」に行く事でしたが

一泊二日で行くには遠く、西日本豪雨の影響が気になったので

呉行きは断念して、近くの横須賀に行く事にしました。

 

横須賀には日露戦争の時の日本海海戦で

ロシアのバルチック艦隊を撃破に貢献した

戦艦・三笠が保存されていて

日本の軍艦の艦内で曜日の感覚を忘れないよう

金曜日にカレーを食べていたので

それにちなんだ「海軍カレー」が食べられる食堂が何軒もあります。

海軍カレーの特徴に味などもありますが

最大の特徴として、艦内生活で不足する栄養を補給する為か

牛乳も一緒に出て来る事です・・・カレーと牛乳・・・微妙な組み合わせ。

 

それらは過去にも行った事があるのですが

今回は「横須賀軍港クルーズ」に行こうと思いました。

 

横須賀の軍港には海上自衛隊(以下、海自)の護衛艦の他に

アメリカ太平洋艦隊(以下、米軍)の艦艇も停泊していて

運が良ければ原子力空母も在泊している事もあるそうです。

 

自宅を早めに出て、店が混む前に京急線の横須賀中央駅の近くの

横須賀海軍カレー本舗に入りました。

駅に近くて人気がある店なのか

たちまち満席になり、早めに来て良かったと安心して

チキンカレーを注文・・・まあまあ美味でした。

 

 

過去に違う店で食べたカレーは、今のカレーより

だいぶスパイシーさの無い、少し甘い感じの

戦前の海軍で実際に食されていたカレーに

近い感じだった記憶があるのですが

少し今のカレーに近い感じでした。

辛さの変更の依頼が出来るようなので

甘めのカレーを頼む事が出来るようです。

 

そして、今回のメインであるクルーズ船に乗る為

横須賀中央駅から汐入駅へ移動しました。

クルーズ船は一時間に一回のペースで出るので

前回の時間の乗客を見たのですが・・・満席でした。

乗船は早い者順ですが少し時間があるので

 

受付のある桟橋の近くにある戦艦・長門と山城の記念碑を見に行く事にしました。

太平洋戦争時の軍艦は一隻も残っておらず、一部の部品が残る他に

こうした記念碑がある事が、実際にその軍艦が存在した証になると思います。

 

 

 

乗船開始時間に近づいたので、乗船行列に並んで

左舷がわの程よい席を確保・・・左舷にはこだわらないと(笑)

 

桟橋を離れて直ぐに、出航準備中の海自の潜水艦が居て

その反対側には海自最大の護衛艦である「いずも」が居ました。

いずもは全長246mとの事で、全長だけなら大戦中の空母「加賀」より大きいです。

 

 

湾内の案内をしてくれる乗員のナレーションが実に軽妙で

一般人にもわかり易く、しかも笑いも交えて説明してくれるので

軍艦の事を知らない人でも楽しめると思います。

 

潜水艦と「いずも」の後は

米軍艦艇のイージス艦や「いずも」よりずっと大きい

空母・ロナルド・レーガンも紹介してくれました。

 

 

因みにロナルド・レーガンは全長333mで

乗員は航空機搭乗員や整備員を含めて約5000名で

艦内には多くの乗員の為の施設が色々あって

何と艦内には「スタバ」があるそうです(笑)

流石はU・S・A!

その後、イージス護衛艦「きりしま」を見たりして

約45分のクルーズは終了しました。

 

 

 

 

 

潮の香りを嗅いだのって、いつ以来かしら。

 

当初の予定ですと、このまま浅草橋の宿に向かって休む予定でしたが

折角ここまで来たので再び横須賀中央に戻って

三笠を見に行く事にしました。

 

 

 

 

 

 

以前見に行った時は空いていましたが、

お盆休みだからか、それとも「坂の上の雲」のせいか

結構混んでいて多くの見学者で賑わっていました。

 

三笠の主砲は30センチ砲で、大和の46センチ砲と比べたら

決して大きくはないですが、それでも30センチ砲塔は

立派な大きさで、この砲塔でバルチック艦隊を撃破して

国を守ったのだと思うと感無量です。

 

何故か、艦外とはいえ大和の主砲弾である

91式徹甲弾が展示されてありました。

 

 

 

で、浅草橋の格安ビジネスホテルに宿泊して

翌朝の早朝にお台場へ向かいました。

 

因みに翌日の予定は全く未定で

前日の京急線の車内でググッて決めました(適当)

 

ゆりかもめの台場駅で降りて歩く事しばし・・・居ました!

RX-0ユニコーンガンダム1分の1です。

以前に建てた?RX-78ガンダムの時も見に行って

そのかっこよさに感動しましたが

今回のユニコーンのかっこよさにも感動しました。

 

因みに、その翌日にフジテレビのイベント会場で

華ちゃんが歌っていたそうです。

 

このユニコーンは時間になるとサイコフレームが発色して

ユニコーンモードからデストロイドモードに変形するそうなのですが

実際の設定の変形とは異なって

顔の部分のほかの一部が変形するだけの変形になっています。

 

 

 

 

何でも、実際の設定の通りに変形すると、身長が変わるのですが

1分の1のユニコーンは法律上建築物扱いになり

建築物は高さが変わってはいけない法律になっていて

仕方なく設定と異なる変形にするしか無かったようです。

ユニコーンは法律違反だったのですね。

 

お台場を後にして、次に向かうのは

この時期何かと微妙な靖国神社です。

 

靖国神社は明治以降に国を守る為に戦って

命を落とした多くの方々が祀られていて

戦後の東京裁判で戦犯として処刑された方も祀られている為

現在も様々な議論の対象になっています。

 

そんな色々な事情は別にして一度はいってみたい場所だと思っていたので

今回、行く事にしました。

 

因みに、そんな靖国神社は日本武道館の直ぐ隣で

昨日まで新日本プロレスの大会があったそうです。

 

でも、実際の目的は境内の遊就館に展示されている

艦上爆撃機「彗星」(以下、彗星)を見に行く為でした。

 

無料で見学出来る場所には零戦52型が展示されているのですが

零戦は他の場所でも見た事はあって

僕が知る限り復元された彗星は世界に一機しかなく

遊就館に展示されている彗星は大変貴重な展示物なのです。

 

 

 

 

その他、「ガルパン」でお馴染みの97式中戦車や

ベニヤ板製の特攻艇「震洋」やロケット特攻機「桜花」も展示されていて

ここにも91式徹甲弾が展示されてありました・・・武蔵のですが。

 

 

 

因みに、彗星に使われている発動機(エンジン)は液冷式で

当時のドイツのエンジンのコピーだそうです。

当時の日本の技術では複雑で精密な液冷エンジンは開発出来ず

ドイツのエンジンをコピーしたそうですが

精密な工作により製造されており、当時の日本の工作技術では

生産が困難で、生産したけど充分な性能を安定して

発揮させる事が出来ずに、技術的に簡単な空冷式の発動機に変更したそうです。

 

 

 

そりゃあ、優秀な工作員は赤紙で招集されて

残った女学生達が作っている訳ですから充分な性能が出る訳ありませんし

油漏れも良くあったそうです。

 

更に因みに、対戦相手の米軍のP-51という戦闘機は

液冷式の大変優秀な戦闘機で油漏れ皆無だったそうです・・・こりゃあ勝てないや。

 

そんなこんなの趣味全開のお盆休みを満喫した二日間でしたが

唯一の後悔は真夏を避ければよかったという事です。

 

暑くてたまらんよ。

 

今を去ることウン十年前。

 

小学校高学年の頃だったと思うのですが

親戚の家で日本海軍の軍艦が紹介されている

子供向けの本があるのを見つけました。

 

今では、軍艦などの兵器を紹介する雑誌は

専門的な知識や実際の戦闘の記事で埋め尽くされているのが普通ですが、

当時は限られた雑誌や文庫本でしか専門的な事は紹介されておらず

大和や零戦がどれだけ強かったかを誇張して説明している本が多く

子供達はワクワクしながら読んでしまいした。

 

最近、ネットで中古本をゲットしました。

 

それこそ、昔のマガジンやサンデーなどの漫画雑誌でも

当時人気だった巨人軍の長島・王選手や、相撲の大鵬関が表紙を飾り

巻頭記事に「タイガー戦車の強さの秘密」とか「無敵の戦艦大和」とか

第二次世界大戦時の兵器を紹介するカラーグラビアが紹介されている事もあったようです。

 

僕が見つけた本も、そんな子供向け雑誌の一部で小学校の時点で

日本海軍り関する知識を覚えていました。

 

更に、その親戚の家には従兄弟が作った軍艦の模型が置いてあって

後日、それを全て貰い受ける事になり、ガンプラを作る合間に

軍艦の模型を作るようになりました。

 

そして、中学二年生の頃・・・エヴァに乗れる歳になった時に

本屋で軍艦模型に関する雑誌を買いました。

 

モデルアート社 艦艇模型テクニック講座3

 

この雑誌は老舗模型雑誌「モデルアート」の別冊で

日本海軍の主要艦艇の製作記事が紹介されていて

様々な改造記事や、当時発売されていなかった軍艦を

スクラッチで製作する記事も紹介されていて

当時の僕には「大人の世界」を覗いてしまった感覚でした。

例えば、今では当然のように発売されている空母・瑞鳳ですが

世に出回り始めたスチレンボードで船体をスクラッチして・・・とか

僕の地元にスチレンボード売ってないよ。

 

その頃初めて、キットを改造する事に目覚めて

少しでも本物に近づけるよう改造をする事に目覚めました。

 

そして、高校入学。

 

模型作りでは変化は無かったものの、入学した高校で

いわゆる「マン研」に入部して、漫画を描くという事を始めました。

 

当時、一緒の時期に入部した友人が、その頃既に同人活動をしていて

彼や先輩の影響を受けて下手なりに漫画を描くようになりました。

 

もちろん軍艦の漫画ですが。

 

当時、モデルグラフィクス誌に連載されていた宮崎駿監督が描いていた

「宮崎駿の雑想ノート」という読み切り漫画に「特設空母・安松丸物語」という作品を

絵もお話もまるまるパクった漫画を描いたのです。

 

 

 

因みに、「雑想ノート」の作品だったのが「紅の豚」です。

 

その後、下手なりに自分の絵で軍艦漫画を描くようになり

登場する軍艦のプラモを作るようになり

最終的にはコミケで同人誌を売るようにまでなりました。

 

その後、同人活動と同時進行で軍艦模型を作り続けて

ガレージキットも作るようになり、軍艦に対する想いを強くしていましたが

鉄道模型ジオラマ作りに夢中になり、軍艦模型作りは一度中断して

同人活動も終了させましたが、しばらくして鉄道模型ジオラマ作りの合間を縫って

細々と軍艦模型作りを再開しましたが、3.11の震災で全て壊れてしまい

今に至り、正式に軍艦模型作りを再開しました。

 

何はともあれ、軍艦の持つ機能美・構造美に強く引かれて

今となってはもう見る事の出来ない日本海軍の軍艦。

どのように闘い、どのように沈んでいったのか。

 

それを想うだけでロマンを感じるのです。

 

前回、ピットロード製・大和を作りましたが

武蔵を作る予定はありませんでした。

 

 

 

ですが、20154月に海底に沈む武蔵が発見されたり

公試中の主砲発射時の写真が発見された旨の報道に接して

俄然、武蔵に対する想いが強くなり、アキバのボークスで

武蔵が売られているのを見て、速攻で買いました。

 

模型を作る事に関しては大和と変わらないのですが

今回はレイテ沖海戦参加時の武蔵になるので

戦闘旗をマストに掲揚している状態にしました。

 

  

 

 

前回の大和と違って、出撃時を再現するので  

甲板上の単装機銃を配置します。

 

それにしても、日本海軍最強の戦艦である

武蔵に高角砲の増備が出来ないとは・・・大戦末期の日本の実情を垣間見た気分です。

流石に南瓜や薩摩芋を育てるのとは訳が違いますね。

 

レイテ時の武蔵と言えば「死に装束」と言われた

明るめの軍艦色でしょう。

 

ものの本によると、占領したシンガポールの軍港に

イギリス海軍の塗料が余っていたので

折角だから使ってしまおう・・・とばかりに塗装したとか。

そのせいで、他の軍艦より目立ってしまったから

格好の標的になったとか。

 

その辺、当時の米軍のパイロットに聞いてみたいものです。

 

 

では、実際に塗装します。

 

レイテ時の武蔵はクレオスの軍艦色1、米軍の軍艦色を使います。

 

前回の大和では、脱ラッカー塗料を目指してファレホカラーを調色した呉色を塗ったのですが

今回はクレオスのアクリジョンの軍艦色1を使ってみようと思います。

 

アクリジョンと専用薄め液を買って、いざ希釈・・・と思ったら

何故かアクリジョンと薄め液が混ざらずに塗料を薄める事が出来ませんでした・・・謎。

仕方無いので、精製水で希釈して何とか吹き付ける事が出来ましたが

ファレホにフローインプルーバー入れない状態・・・ハンドピースの先端に塗料が詰まってしまう状態になってしまうので

ニードルを全開にして吹き付けました。

 

アクリジョンはエアブラシ塗装に向かないのかしらん?

 

 

武蔵は華ちゃんフィギュアと同時進行で進めて、もう少し時間が掛かるかと思ったのですが

フィギュア作りの締め切りがはっきりしていない状態だったので

武蔵作りに集中する事にして、早めの完成となりました。

 

結果的に終戦記念日の前に完成したのは偶然かな?

 

 

世界の三大バカとか、三大無用の長物とか色々と言われる大和型戦艦ですが

建造した事がバカなのではなく、無用の長物にならないよう

確実に使わなかった海軍軍人の頑固な姿勢に問題があると思います。

 

ソロモン諸島を巡る戦いで何が何でも奪還しないといけない筈の

ガタルカナル島を巡る戦いに、海軍最強の戦力である大和を投入せずに

一番古い戦艦である金剛型のみを投入した日本海軍に対して

他に戦艦が無かったとはいえ、新鋭艦であるワシントン級や

サウスダコタ級を投入した米軍との気合の差。

 

今の目の前の脅威より、いつか起こるかもしれない

艦隊決戦を優先するという本末転倒。

 

燃料不足だからと言って、使える戦力を出さずにおいて

負けてしまったら、燃料も何もあったもんじゃないのに・・・。

 

旗艦だからと言って、最強兵器を使わない・・・

飛車角守って玉を取られる。

 

日本海軍の悪口を並べてしまいましたが

大和と武蔵はかっこいいなぁ・・・って思う訳ですよ。

 

前回の更新から、だいぶ間が開いてしまいました。

 

その間に 戦艦・武蔵の模型を作っていました(笑)

 

では、本題。

 

今回の華ちゃんフィギュアはデフォルメされているので、比較的顔が大きいです。

ですので、瞳の処理に少し悩みました。

 

方法としては・・・

 

1 直に手描き

2 市販のデカールを使う

3 自作のデカールを作る

 

以上の三案が考えられますが、1については技術的に問題があるので却下。

3については自分好みの瞳が描けるのでベストではあるけれど、良質な自作デカール製品を知らない為、保留。

結果、2の市販のデカールを使う事にして、前回も使用したa-one

ドール用デカールを使用する事にしました。

 

 

 

ですが、フィギュアの顔が大きすぎる為、デカールのサイズが合わず小さな瞳になってしまう事が解りました・・・もう自作しかありません。

 

 

 

まずは自作デカールキットの選別です。

 

ネットで色々調べて オリデカ・オリジナルデカールインクジェットを使用します。

 

 

 

この製品はプリント後にしっかり乾燥させて、クリアーを吹き付けてデカールとして使えるようになります。

 

早速、フォトショップで瞳のCGを描く事にします。

a-oneのデカールを600dpiでスキャニングして少しアレンジを加えて描いていきます。

ですが、購入したデカールは瞳が小さいので、大き目の瞳をデザインする必要があったのです。

少し雑な方法ですが、描いた瞳のデータを沢山複製して、違うサイズの瞳を作っていって、結果的にフィギュアの顔に合うサイズの瞳のデカールを作る事にしました。

デカールのシートが瞳だらけです・・・畜生、目医者ばかりではないか(笑)

 

程よいサイズの瞳のデカールを貼り付けてみます。

 

 

思ったより良い仕上がりです。

 

可動パーツの塗装と瞳の再現という技術的に未経験だった作業を無事にクリア出来て、いよいよ体のパーツへのパテ盛りを始めます。

 

可動を意識しての作業になるので、盛り付けて修正しての繰り返しになります・・・が、ここで戦艦・武蔵のプラモを作る事にしたので、一度作業を中断します。

 

ま、華ちゃんの誕生日・・・つまりフリーライブ後の握手会での手渡しを目指しているので、慌てずゆっくり作っていきたいと思います。

 

早速、大阪化成品株式会社製樹脂用染料「SDN」を使用して

可動パーツを染めようと思います。

 

大阪化成品株式会社様のサイトに作業方法が紹介されています。

http://osaka-kaseihin.co.jp/?page_id=274

http://osaka-kaseihin.co.jp/?page_id=372

サイトの記事と他のモデラーさんの作業記事を参考にしようと思います。

 

腕部はフィギュアをそのまま生かそうと思うので

腕部のパーツは染めずに脚部のパーツのみを染める事ににし

まずはフィギュア本体から可動パーツを外します。

マイナスドライバーデ強引に外す事も出来ますが

可動パーツを痛めてはいけないので熱湯に少し浸して脚のパーツを柔らかくしてから丁寧に外します。

 

 

 

テイク1

SDN」の水溶液を約80℃程度の高温まで加熱する必要があり

普通であればガスコンロなどで加熱するのですが

SDN」からは強烈な刺激臭(プラモの塗料以上)がして

ガスの炎に引火したら大惨事になるのでIHグリルとステンレス製の鍋を奮発。

鍋にお湯を張ってガラス製ビーカーに「SDN」水溶液を入れて湯煎して加熱します。

強烈な刺激臭と戦う為、窓際にコンロを置いて扇風機で強制換気して

防毒マスクもして刺激臭対策をします。

ガラス製温度計で温度を測りつつ、可動パーツをステンレス製の茶漉し網に入れて

ビーカーの中に入れます・・・化学の実験?

 

 

大体90℃で約10分程浸しておけば染まるそうですので

SDN」水溶液が90℃に加熱されるのを待ちましたが・・・

鍋のお湯が沸騰してもまだ80℃程度までしか加熱されず

沸騰の泡のせいでビーカーがぐらつき始めました・・・

これはいけないと思って、70℃程度までの加熱で妥協して30分程浸しました・・・。

結果、見事に真っ黒に染まりました。

ですが、この可動パーツは異なる材質の部品により構成されていて

浸す時間に差があるのか、片方のパーツにヒビが入ってしまいました。

 

 

 

テイク2

 

やはり30分は長すぎたのかパーツにひびが入ってしまっては問題ですので

予備パーツで二回目の染色作業です。今度は温度は変えずに浸す時間を10分に留めました。

結果、染まり具合はいまいちでしたが、パーツにヒビは入りませんでした。

 

可動パーツを外した時と同じように、脚部パーツを熱湯に浸して可動パーツを所定の位置に戻して作業完了です。

 

 

 

これで技術的問題はクリアーしたのですが・・・まだありました。

 

次回、その3 人形は目が命 につづく