大月市の岩殿城、甲陽軍鑑によると関東三名城に数えられた山城。築城した郡内小山田氏は、武田氏に離反するも織田氏配下への従属叶わず滅亡。
日本100名城・続100名城ではありませんが、興味があって向ったのが、コロナ禍の直前の2019年9月。ところが落石による通行止めで攻城ならず。
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この夏、避暑を兼ねて河口湖を訪れようとした際、登山路が整備された事を知り、立ち寄る事にしました。
クルマは前回と同様に、市営の岩殿山公園駐車場(無料)に停めさせて頂きました。
そして今回も強瀬登山口から攻城開始です。
登山口から入山すると間もなく、熊注意の看板。念のために、スマホのアプリ「BearBellクマよけ鈴アプリ」を起動しました。
程無く、冠木門がお出迎え。
坂道の所々に、山上の主郭エリアを望めるのが少し嬉しかったかな。
丸山公園の入口には模擬城門がお出迎え
城門を入ると丸山公園内に設置された、岩殿山ふれあいの館がお出迎え。公園の端から館と山頂部をワンショットに収めました。(お約束のアングルですね)
同行の妻を此方に留まらせ、この先は単独での攻城としました。
コンクリート製の階段が待ち受けました。
程無く、旧登山路への道が通行止めの看板。
新たな登山路の方向に視線を向けると、工事現場の仮設通路の様な登山路で、少しビックリ。
進んでいくと、上に登る筈がドンドン下り降りる???
階段を下ると登山路は、落石防護柵の(下部ではなく)上部を横切る位置関係なのが不思議な気分。
仮設通路っぽい個所を越えると、漸く登山路らしい様相に。
登山路の所々に支柱とロープが設置されており、此処が開設された登山路と教えてくれた感じです。
道幅は狭く、降りてくる方との擦れ違いは厳しそう。妻を、ふれあいの館に残して来たのが大正解を実感しました。
ドンドン進むと行き先表示の看板です。
看板によると、左側が稚児落し・築坂峠(大手門)方面で、右側が岩殿山。今回は右に進みました。
此処からは、従来から在る登山路で、何だか妙な安心感。
急坂は石段風になっていますが、登山路が片勾配の感じの個所もあり…。
少し擦り減ったウォーキングシューズでの入山を後悔し、ビビりながら進みます。
揚城戸跡が視線に飛び込んできました。
いよいよ、山城の主郭エリアなのでしょう。
揚城戸跡を越えると、比較的平坦なエリアとなり、先ず番所跡の看板がお出迎えです。
そして、馬屋の標識です。
ここまでくると、行く手には空が見え始め、登頂間近に期待です。
石碑が乃木大将が設置の碑らしく、案内標識、案内図、説明板がお出迎えです。
振り返ると絶景。
正面の雲がなければ富士山がバッチリだった筈です。
案内板のアップをパシャリ。
案内図の裏手には四阿があり、此方で一息。その先に少し下がる感じの通路ッポい状況。
反対側からの登山路か何かと誤解…。写真右肩辺りが本丸の場所で、其方へ通じる登山路の終盤。
今いる場所は、南物見台エリアである事に気付かずに下山。
攻城失敗です!!
タイトル通り、難攻不落を実感した岩殿城でした。


























