毛利氏の城郭として印象的なのが広島城や萩城ですが、戦国時代に中国地方を勢力下とした毛利元就の本拠地が吉田郡山城。郡山全体を要塞化した巨大な山城。戦国時代末期に広島城の築城・本拠地変更を期にその役割を終え、江戸時代初期の一国一城令で廃城へ。島原の乱を期に石垣・堀の破却・撤去され、今日では曲輪の痕跡を残すのみの城址です。

今回の登城は、広島バスセンターからのバス移動で、最寄りである安芸高田市役所前で降車し、歩きで城址に向かいました。

 

郡山の山腹に毛利氏の家紋の横断膜が掲げられており、吉田郡山城の城址をバス停辺りからでも容易に視認できました。


先ず訪れたのは、安芸高田市歴史民俗博物館です。10数年前に訪れた時は休館日で、スタンプラリー台帳に押印出来ません(押印された紙片が玄関脇で配布)でした。

今回の登城で、館内の展示を観ると共に、台帳への押印に至りました。

 

他の城郭絡みの施設と同様に、館内にはジオラマが展示されており、確りカメラに収めました。

毛利元就が戦国大名への発展前の吉田郡山城は、ジオラマ右手前のエリアのみの小規模な山城だったとの事で、旧本城と示されていました。

 

博物館脇には、郡山を背にした毛利元就の座像が設置されていました。

 

博物館の少し上には、大通院谷川砂防公園があり、公園の駐車場に城址碑が設置されていました。前回の登城は車だったので、公園駐車場に停め常栄寺跡を通って、城址に向かいました。その際に撮ったのが此方。

 

今回は、清神社を経ての登城としました。

その経路上に“三矢の訓跡”が有りましたので、パシャリ。

 

清神社を通り過ぎ、見上げると、バス停で観た毛利氏家紋の横断幕が目に飛び込んで来ました。
横断幕は山腹の展望台の2階に設置されており、一枚の布ではなく、網の上に模様が張り付けられている構成を知りました。

 

展望台から登城道を進みます。この辺りは綺麗に整備されていました。

 

登城道を暫く進むと本丸・旧本城への分岐の標識が設置されていました。

 

右に折れ、旧本城の側へ進むとハッキリと識別できる登城路が見当たらなくなり

 

更には進行方向に対し地面が右に傾き、とても通路とは言い難く・・・

 (^^;ゞ

 

頑張って進むと、旧本城の二の丸跡の看板が目に入り、ここで一息です。

この後、これを戻るのか・・・

(*_*;

 

旧本城の二ノ丸跡です。背後に一段高くなっているのが本丸跡です。

 

旧本城 本丸跡です。

中世の山城では、平時は山裾の居館に暮らし、戦時のみ山上の城に移るイメージでした。しかし、毛利氏は此方で暮らしていたと、画面中段左寄りに映る、旧本城の看板に記載がありました。

 

旧本城の看板アップです。

この本丸から、東南東へ向かって連郭式の様に曲輪が配置されていた様です。

 

さて、元の分岐まで戻り、山頂の本丸を目指します。

最初に通るのが、尾崎丸を含む曲輪群跡です。

 

尾崎丸跡の看板によると、この辺りは上下に曲輪を配した独立した曲輪群との事。そして、本城から移った毛利隆元の居所だったそうです。

 

尾崎丸跡を出て、本丸の方面に登城道を進みます。

 

最初に現れるのが、勢溜ノ壇跡です。

山頂から連なる曲輪群の内、南西に伸びる曲輪群の先端に位置します。

 

更に進むと、御蔵屋敷跡です。

 

御蔵屋敷跡の看板によると、御蔵屋敷跡は、上限2段の構成。

後方に二ノ丸を配すると共に、三之丸へ通じる位置関係だったそう。

 

石垣の石材が、僅かに残されている三ノ丸。

三ノ丸石塁址の標識と残留石材が、寂しげです。

 

三ノ丸跡、これまでの曲輪群より広く平坦に見えます。

 

そして、二ノ丸跡です。写真では地面が傾ている様に映っていますが、三之丸と同様に平坦だったかと。

 

二ノ丸跡看板によると、三之丸との境には、は3.5~5m高の石垣で仕切られていたとの事です。

 

更に上段の、本丸跡です。

 

本丸跡看板によると北端は更に高く櫓台状に。

天守が有ったとの吉田郡山城、天守曲輪を形成していたのかとイメージするのも、また楽し。

 

天守曲輪だったかも、の本丸上段部です。中心辺りで撮ったので、もう少し広いイメージです。

 

上段部からの本丸中央付近と二ノ丸を見下ろしてみました。

 

登城を終え、下山の登城に展望スポットの看板ばあり、立ち寄ってみると、安芸高田市街が一望できました。

中央右寄りに安芸高田市役所が見えており、昨年の都知事選で敗北した石丸伸二氏が市長だった頃は、政務に就いていたのかなと。

 

毛利氏が大内氏の傘下だった頃、尼子氏の侵攻へ籠城戦で耐えたのが、この吉田郡山城。侵攻からの撤退後の尼子氏の衰退と、勢力拡大を果たした毛利氏の出発点だなと思いつつ、久々の吉田郡山城を満喫しました。