ブログネタ:幸せってなんですか? 参加中社会的要因とか原因とか、そういう難しい話は専門家にお任せするとして、
今回選んだブログネタ「幸せってなんですか?」と絡めて考えてみたいと思います。
結論に行き着く前に言いたいことは、
若者に限らず、日本の社会とメディアが流行の言葉「格差社会」とか「平等」とか「アジェンダ」とか、そういう言葉に捉われていないか?ということです。
お叱りを受けるのを承知で言わせて貰えば、
人間は平等じゃありません。
スタートラインから違います。
生まれたときに富豪の息子でケンブリッジの幼稚舎(あるのか?)から入学させられ、将来父親の財産を跡継ぐ男
一方、アフリカのスーダンで生まれ、一生を難民キャンプの狭い社会で過ごす男
差はありますよね?
他方、日本国内はどうなんでしょう。
いま出した例ほど顕著でなくとも、お金持ちだったり、親が大学教授だったりして大学、MBA取得が当たり前の家で育つ人。
もしくは親が居なくて中学生から新聞配達のアルバイトをし、奨学金で高校を卒業した人。
自分はなんて恵まれないんだろうと思う人もいるかもしれません。
でも言いたい、苦労されて育っているであろう人に応援する意味も込めて言いたい。
望めば仕事があり、今日食べるご飯があり、朝、太陽に向かって手をかざし、血が流れているのが見えるなら、貴方は生きてます。
お米を研いで、炊飯器でご飯を作って、開けた瞬間立ち込める湯気と一緒にお米のふっくらする匂いを嗅いでお腹がグーと鳴ったなら、
夕方公園で赤く染まる夕焼けに虫が飛んでいるのを見て、ブランコに腰掛け、揺られながら風を感じることができるならば・・・
貴方は生きています
んで、
生きているとわかったらどうかって?
だって、人生って人の生きる道や生き様ですもの
生きていれば、思うままに、やりたいことや目標に向かって努力するだけですから
日本に生まれて生きている以上、学歴や生まれた環境や境遇はそれほど大きな問題じゃないのです。
何が言いたいかというと、
人間には差がつきものなのですから、それを無理やり平等という名の変な価値観を押し付けられないようにしないといけない。
格差社会? 格差があって当たり前です。 だって社長と名の付く人はそれだけ努力されていますから。そして重い責任もあるわけです。何十人何百人という社員抱えてるんだから。
確かに努力でもどうにもならないものもあります。
誰もが松井のようにヤンキースでプレーできるわけでもありませんし、誰もがやってみたいと手を上げて一国の総理大臣になれるわけでもありません。
大学一つでもどんなに努力しても入れてくれない学校もあります。
でもいいじゃないですか、大学出ても、博士もっていても、高卒の松井選手は年棒11億円ですよ。
学歴じゃないでしょ
自分だけが損していると考えるのを止めましょうよ。
そんなには損してないから。周りの人を見て、羨ましがるのを止めましょうよ、実は辛いことも沢山抱えてるんだから。鏡見て、もっと美人にとか、宝くじ当たってとか、
どうか現状と自分に満足してください。
与えられた仕事や境遇の中で努力してください。
与えられた、たった一つ、貴方だけの大切な命と人生、誰にも犯されることのない、両手で大切に抱えてください。
そして、人生は一人じゃ生きていけないのですから、周りの人に感謝してください。
貴方の踏んでいるその舗装道路でさえも誰かが一生懸命作ってくれたのです。
そして毎日の食事も、お野菜やお米、お肉やお魚、沢山の人が携わって貴方の口に入るまで頑張ってくれているのですよ。
え?金払っているんだから当たり前じゃないかって?
じゃあ、その人たちが居なくなったらどうなるの? 毎日お米が手に入らなくなり、スーパーが無くなり、野菜も無くなる、警察官が居なくなり、消防署も電車も走らなくなる、通勤できない、飛行機も飛ばない、タクシーも走ってない。そんな国もあるんですよ。日本の皆さんの勤勉さ、努力の毎日、貴方を含めた人生があるから、貴方も生きていられる訳で、有難うと有難いと感謝する気持ちがあればちょっと幸せな気分になれませんか?
じゃあ幸せってなんだよって?
結論
笑顔で居られること、そんな毎日
それが幸せ
だから、そんなしかめっ面してないで 笑ってよインド人(そこか!オチは!w)
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最後に、悲惨な事件で被害に遭われた方、またそのご家族にお悔やみ申し上げます。
願わくば、こんな事件はもう二度と起きませんように、毎日みんなが笑顔で暮らせますように。祈