ALS患者 タンゴレオの挑戦 ー安楽死を認めて!- -22ページ目

ALS患者 タンゴレオの挑戦 ー安楽死を認めて!-

死を待つだけ、苦しみだけの毎日から解放されるべく、人権を求める戦い

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ALSと言う病気を受け入れられていない私はずっとこの病気に背を向けて過ごしてきた。ALSという言葉を排除した生活をしてきた。治療や新薬に関するニュースにさえ、どうせ自分の生きてるうちには間に合わないのだからと興味も湧かない。もちろん他の患者さんと交流など持ったことなかった。
そんな私がブログやツイッターを始めるきっかけになったのは、ヘルパーさんから聞いたある患者さんの話だった。その女性はまだ若いが脳性麻痺で生まれてからずっと病気と闘ってきた。彼女は言葉を発音するのが困難なようで、たまにしか気持ちを言葉として表現できないらしい。私は話せないが文字盤というものを使ってコミュニケーションを取ることが出来る。彼女はそんなツールすら持っていないらしい。ヘルパーさんが「どんなに長い間色んな思いを胸に閉まったままいるんだろう。。。」と言った。
その話を聞いてから私は彼女のことが気になって仕方なくなった。意思表示が出来ないことがどんなに不便で悔しいものか知ってるからだ。それから毎週そのヘルパーさんが来ると最近の彼女の様子を聞くようになった。そのうちヘルパーさんを通して「ヘルパーあるある」や日頃の不満を言い合って、「わかる!わかるー!」と嬉し泣きしあった。分かってくれる人がいるって泣ける程嬉しいんだと思った。
ちょうどその頃、安楽死への希望に諦めかけていて、死ねないのなら何か人の役に立てないだろうか?と思うようになった。通信手段もあるし彼女のように意思伝達手段を持たない人達の代弁者になって、不平不満を吐きまくりどこかで誰かが「わかる!」と喜んでくれたら良いな、同時にみんなが何かしらの意思伝達手段が持てるようになるべきだと思った。
SNSを始める頃にはやはり自分の希望を諦めきれず、自分のように安楽死を願っている患者さんの道筋をつくりたいと思うようになった。今はまだ毒を吐くことしかできてないけれど。

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