ピンクの死2 | ピアソラの蜜柑

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オレンジの街での生活

アルバロ男爵は


「ピンク、オマエがちゃんと食べなきゃ明日はまたお医者さんに行かなきゃいけないんだよ。

注射されるかもしれないし、痛い思いするかもしれないんだよ・・・。」


と必死でたった体重139グラムの豆粒のようなピンクに話しかけながら

離乳食を口に無理矢理押し込みますが日に日に喉を通す量は減っていきます。


その翌日アルバロ男爵はピンクを獣医に連れて行きました。


するとその獣医は


「こりゃダメだね、明日死んでもおかしくない状態だよ。」


と言い放ち、何の解決策も与えてくれなかったそうです。


アルバロ男爵は


「ピンクは死ぬのかもしれない。でも自分は最後の最後まで努力をしたい。

何もせずにピンクが死ぬのを待つなんて絶対にできない!」


と激怒し、別の獣医にピンクを連れて行きました。


2軒目の獣医はもっと良心的な獣医さんで、

きちんとピンクの状態を見てくれたそうです。


子犬は生まれたときには頭頂の頭蓋骨が左右に二つに分かれていて

成長と共に左右の頭蓋骨が自然にくっついていくそうですが

ピンクの頭蓋骨は未だ二つに分かれたままだったそうです。


「この子は飛びぬけて未熟児です。今日まで生き延びてこられたのが奇跡と言ってもいいでしょう。

もしも万が一生き延びたとしても目も見えていないし、体もさほど成長しないだろうし、

何かの拍子にいつ死んでもおかしくない、

長生きは到底出来ないとんでもなく弱い犬にしか成長しません。

それでもなんとか努力してみますか?」


勿論イエスです。


獣医さんはピンクの食欲を促す注射を提案しますが、その注射にはリスクもあり

ピンクがあまりにも弱いのでその注射によって急変するおそれもあるそうです。

しかしこのままでは確実に2,3日、もって1週間以内には死ぬそうです。


アルバロ男爵はその高い注射をしてもらうことにしました。


その日の仕事帰り、私はタンゴ・イ・トゥルコでアルバロ男爵と待ち合わせをして

その話を聞き早々に家路につきましたが、真夜中にメールが来ました。


「ピンクがずっと痙攣しています。もう今晩もたないかもしれない・・・。」


しかし不覚にも私はそのメールが来た時、既に熟睡していて気がついたのは明け方でした。


朝9時半にアルバロ男爵から電話がありました。


「ミズエ、おはよう。ピンクが死にました・・・。」


もうその後は言葉にならないらしくぼろぼろと号泣しています。


私はかける言葉もなく仕事へいき、

スタジオの昼休みにアルバロ男爵を元気つけようと、

中央市場でギリシャのヨーグルト、タラコペースト、キノコ各種、焼きたてのパン、

無農薬の野菜、マンゴー、珍しいチーズ各種、赤ワイン・・・

目についたおいしそうなものを片っ端から買い込んでアルバロ男爵の家に行きました。


悲しい時には美味しいものを食べる!


コレ、鉄則です。


するとピンクの為に敷いていた絨毯やピンクの為に作った小屋なんかは跡形もなく消えていて

窓は全開で、家はすっかり隅々まで掃除してピカピカになっています。


アルバロ男爵は午前中、ピンクの痕跡を消したくて泣きながら掃除していたそうですが

段々落ち着きを取り戻したそうで

私が到着した頃には多少目は腫れていましたが、随分笑顔が戻っていました。


やるべきことはすべてやった上での死だったことが多少でも救いになったようです。


使い古された表現かもしれませんが

たった1ヵ月半の命だったとしても何かしら必ず意味があったんだと思います。


意味のない命なんてこの世には存在しないんだと改めて思いました。


お疲れ様でした。アルバロ男爵.

そしてさようならピンク。




ミズエ