役所で確認すると既に申請済みで
あとは認定調査の調査員の方に、実家に訪問してもらう予約を取ればいい状態になっていました。
認定調査の日に家族が立ち会えるかは娘の意向を聞いてみないと…というところで話しが終わったそうです。
なるほど!そういうことか。
母はお友達に付き添ってもらって役所に行って役所の方が親切に対応して下さり
申請書類もなんとか記入できたか代行して頂いたのでしょう。
すごい![]()
他力を頼りながら頑張って申請してきたんですね。
さっそく認定調査の予約をし来月半ばに調査員の方が来てくれる流れになりました。
月に1〜2回はデイサービスに通えたら本人の健康のためにも良いかなと思っていますし、本人も行きたいとのこと。
今日母と向き合って話したのですが
「どんな亡くなり方をするかは選べないけれど、私はあなたに"幸せな人生だった"と思って最期を迎えてもらいたい。それも自宅で一人で暮らしながら。」
「そのために今を愉しむことが大切だし、あなたが幸せで喜んでいると私も嬉しいんだよ。だからたくさん幸せを感じて生きてもらいたい。」
「喧嘩もあるでしょう、私は言い方がキツイから傷つけることもあるでしょう、体が辛い時があるから完璧なサポートもできない。」
「それでも最期は笑って幸せだった!と思ってほしいからそのために今お互いに出来る事を試行錯誤でやりましょう。」
という事を母に伝えました。
こんなふうに自分の気持ちを母に伝えられたことなんて無くて、初めてのこと。
自然に素直にそう言えるって気持ちがいい。
母はありがとうと言っていました。
介護の終わりは極端に言えば「死」を迎えた時ですが、それはいつなのかがわからないし母のアルツハイマーもこれから先どれくらい進行するのか?
現状維持でやっていけるのか?
全く先は見えません。
見えないから不安に感じることもある。
姉と兄は実家に全く来ないし介護もしないし
私への労いも特にありません。
最初はそれが腹が立って仕方がなかったけれど
最近はこちらの方が関心が薄くなりました。
なぜならば私にしかわからない介護の喜びや気づきがあるからです。
そして母と「幸せな最期を迎える」という決意をして、道標ができたかなと思っています。
母も同意しています。
認知症になる前は愚痴ばかりだった母は、今は幸せそうに見えます。
私は以前より母を放置していて週に2回は必ず実家に行くけれど「私は介護はしません。サポートだけします。あとは自分でね!」と口を酸っぱく言っていたら、他力を頼りながら自力でもなんとかやってくれているので良かったです。
私が介入しなければ成り立たない部分は私がやりつつ。
そんな感じで毎日を過ごしています。
