アップが遅くなってすみません。
2011年11月19日~23日の横市ボラバン体験記、たばちゃん編です。


Taneのボラバン第4陣に参加させていただいた2年の田畑です。
私は夏に一回唐桑に行ったので、今回のボラバンは2回目の唐桑ボランティア
でした。
内容としては前回行ったときとの気持ちの比較をしながら自分の感想を言おう
と思います。

最初に唐桑に行く前の気持ちとして、夏のときは、「被災地ってどんな状況な
んだろう」「どんな空気が流れているのかな」「何か自分に

できることがあれば行って貢献したいな」などといった気持ちが強かったです
。現地でボランティアして現地の人の役に立ちたいという気

持ちはもちろんありましたが、正直、好奇心や自分自身の向上につながるもし
れないといった気持ちも強かったです。今から考えるとあの

時は自分が被災地に行ってヒーロー気取りして被災地に行ったことだけで満足
したかったという気持ちもあったかもしれないです。

でも、今回のボラバン4陣では、2回目ということもあり、かつ被災地の状況を
一回見ている分、夏には気づかなかったところや夏の反省点

を生かしてボラバンの他のメンバーに迷惑をかけないよう自分のできることを
しっかりやって、帰ってきたら多くの人に伝えていきたいと

いう気持ちが強かったです。特に、私の地元の関西方面では、震災のことをあ
まり知らない人が多いし、目を向けている人も少ないと思い

、関西方面の人に伝えたいという気持ちが強かったです。また、今回は前回行
ってきた分、「前に話をした現地の人は元気かなー」とか、

「前に作業で自分たちで作った畑は今どうなっているんだろう」って、ちょっ
と故郷に帰るような気持ちで唐桑に向かいました!(^^)!


次に現地での活動についてですが、夏のときは、復興支援ボランティアってい
うのは、泥かきや、がれき撤去などの力仕事をメインにして

いくんだろうなと思っていました。しかし、実際与えられた仕事は違っていて
、草刈りして畑の栽培をするといった仕事がメインでした。

最初はこれなら頼まないでも自分でできることじゃないのかと不満に思ってい
ましたが、現地に来ていろいろな人とコミュニケーションを

とっていくうちに、現地の人が今、学生ボランティアに何をしてもらいたいの
か、これからどう進めていきたいのかということを聞くこと

で納得ができました。
むしろ、その土地の人が足が悪くて自分でしたくてもできないという人もいま
す。そういう人の支援をしているのだから、草刈りからの畑

の栽培だって立派なボランティアだと思います。
今回の第4陣でも草刈りを命じられましたが、その人がどのような状態で、ど
のような思いでまかせたのかと考えれば、前に比べれば快くで

きました。しかし、なにの目的もないのにただ、頼むだけということにはボラ
ンティアをいいように扱っているだけじゃないのかと少し不

満に思ったりもしましたが(笑)

また、今回行って、被災地を見たときの感想としては、がれきの撤去はだいぶ
進んでいて、夏に比べるとがれきなどは少ないと感じました

が、そこからの復旧作業があまり進んでいない感じがしました。街の空気とし
ては、夏から変わった場所もあれば、あまり変わっていない

場所もあったなと感じました。
現地の人が言っていたことが、「メディアの力」が差を生んだということです
。よく、ニュースで報道されていた陸前高田は義援金も多く

集まって、夏に比べて進んでいるなと感じましたが、ニュースで報道されては
いたが、陸前高田ほど報道はされなかった、気仙沼は義援金

は陸前高田の半分くらいしか集まらなくて、夏に比べてもあまり変化を感じれ
なかった。また、陸前高田よりも気仙沼のほうが人口が多い

分、一人当たりの義援金が少ないのが問題だ。
最近はあまり、報道されない被災地の現状だが、まだまだやらなければいけな
いことはあると思うので、もっと報道していくべきだと思い

ました。現地に行ったときに現地のローカルのニュースを見て、福島の家族の
ことや、3月11日に現地の人がそれぞれ、どのような動きをし

ていたかなどを見て、まだまだ知らない情報もたくさんあるんだなと痛感しま
した。これは、ローカルにとどまらず全国で放送するべきだ

。
私自身あまりテレビを見てないのでこのようなことを言えるのですが、もしや
ってた場合はごめんなさい(>_<)笑

現地の人は相変わらず、ボランティアと話してくれる人はすごい優しい人ばか
りで、本当にいい出会いをしたなと心から思います。
本当にみんなパワフルでみんなで前に進んでいこうという気持ちがすごいです
し、われわれボランティアに対しても温かく迎えてくれまし

た。
また、われわれボランティアに心を開いていろいろなことを教えてくれました
。
2回目行った時は、前に会った人に関しては、現地の人というより、友達との
再会という感じでした(笑)他のボランティア団の人との再会も

すごくうれしかったです!(^^)!
という反面、いまだに震災が起きてからの暗い気持から抜け出せない人もいま
した。これは、このボラバンメンバーの中では私だけしか感

じなかったことかもしれませんが、唐桑の復興感謝祭に参加して、ボランティ
ア団体のブースで働いていたとき、積極的に声をかけてみた

ところ多くの人が、にらんだような目で見てきました。ボランティア団体が作
った商品は見るが、「まだこんなことやってんのか」といっ

たような様子でした。正直、つらかったですけど、がれき撤去などがひと段落
がついた今、われわれが向かうべき方向は、このような人々

とどうかかわっていくかを考えることだと思います。
しかし、これはかなり時間がかかりますし、安易な気持ちでいくと余計に離れ
ていきます。このことについて、いろいろな人の意見を聞き

たいと思います。

けれども、復興に前向きな人もいると思います。
少なくとも3日目に営業をしたときにフリーペーパーを店のどこかに置いてほ
しいといったときにほとんどのところがすぐに引き受けてくれ

たり、ボランティアの人とずっと深く付き合ってくれる現地の人がいることも
事実であり、このような深いつながりを維持し続けれたのは

、復興支援のために現地にずっと滞在して、いろいろな作業をしてきたくれた
代表の加藤さんや、木村先輩、また今まできたいろいろなボ

ランティア団体の人々が一生懸命に作業に取り組んだり、現地の人との距離を
縮めてくれたおかげだと思っています。
自分がこのような貴重な体験をできたのも今まで頑張ってくれたたくさんの人
のおかげだと思っています。

今回、行ってみて、前に聞いて忘れていた話もいくつかありました。2回言わ
れたら、感じることが前よりも違い、すごく身にしみりました

。
忘れた場合はまた唐桑に行って話を聞きに行こうと思うし、たとえ忘れていな
くても行く機会があれば行きたいと思う。
現地の人が言ってたことだが、ボランティアの人に対する最高の恩返しは、
「ありがとう」でも、ご飯の提供でもない、いつか、街が復興

して自立できている姿を見せることだということを言ってました。
私はその日が来たら、喜んで行きたいと思うし、その日ができるだけ早く訪れ
ることができるようにこれから何をやっていくべきか考えて

いきたいと思います。
実際、2回目行ったときに1回目に作業した場所のいいニュースを聞いただけで
もすごい嬉しかったです。
これからも多くの人に被災地の現状を伝えていきたいと思います。

このような体験や出会いはかけがえのないものです。もしこのような機会があ
れば目を向けてほしいです。

長いため文章になっていない部分があると思いますが、ご了承ください。
一応、ここまでです!!
第5陣があれば、また新しいメンバーが来てくれたらうれしいな(*^^)v


家族の偉大さに改めて気づくことができました。


めいが、今回の包括的なわたしたちの活動の報告をしてくれたので
わたしは、自分自身が強く感じたことを
ここに綴りたいと思います。



始めて唐桑を訪れてから
4ヶ月と少し。わたしたちの2回目の訪問は、今年のクリスマスイブでした。
8月に始めて被災地に入り、活動をさせてもらったときに感じたことは
すべてがわたしの中で衝撃で新鮮でした。
たった5日の間でしたが、
わたしはその5日で気仙沼が、唐桑町が
大好きになりました。
しかし、4ヶ月という間にあのとき感じた衝撃、心に残った思い
覚えているけれどなんとなく日々の雑踏に紛れてしまっていたような気がします。



そんなときに、見せていただいた
津波が起こったときの映像
胸が締め付けられる思いでした。


町が流されて、泣き叫んでいる女の子
必死でじいちゃんじいちゃんと叫んでいました。


もうやめてくれ
止まってくれ


そう叫んでいる人もいました。
先が見えない恐怖の中
ビルの屋上で火災と地震に怯えながら
佇んでいる方々の姿が写っていました。
無情にも降り続ける雪が
いつもは心を慰めるはずの雪が
始めて憎いと思いました。


涙が止まりませんでした。


これは、夢でもないしフィクションでもありません。
わたしたちが暮らす日本で
実際に起きてしまったことです。
わたしはこの映像を拝見させて頂いたときに
本当に強く思ったことは
家族に会いたいでした。
生きててくれてありがとうでした。

実際に大切な家族や友人を津波に奪われてしまった人に伝えたら
何て言われるかわかりません。

でもこれが本当にわたしが強く思ったことです。


大切な人がいつもそばにいて
支えてくれて愛してくれる。


生きているからできることで
当たり前だけれど奇跡なんです。



始めて会ったのに私達をあたたかく迎え入れてくれた
ガソリンスタンドのお父さん、お母さんたち。
本当の孫のようにかわいがってくれる国昭さん
横浜の娘ですと言ってくれた一代さん。
宝です。そう言ってくれたおばあちゃん。
地元の小学生、唐桑の方から学ぶことは、わたしたちが何かをすることよりも
毎回多いのです。



唐桑の方からまたたくさんのプレゼントを頂きました!
小学生のときにサンタさんからもらったおもちゃも嬉しかったけど
今年のクリスマスプレゼントは物置ではなく
ずっといつまでも大切にできそうです。
唐桑で出会う人、経験すべてがほんとうに大切です。


わたしたちはこの震災を唐桑を決して忘れません。忘れさせません。
みんなとずっと繋がっていたいという
その気持ちはわたしたちも一緒です。
離れるわけがないです。
気仙沼が唐桑が唐桑の方々がほんとうに
大好きだからです。



きれいな雪が降り、大好きな星がきれいな唐桑。すごく寒いけど
暖かくなれる町、絶対絶対また訪れます。


だからまた元気な顔を見せてください。


わたしは神奈川で大切な家族と一瞬一瞬を丁寧に生きていきます。


竹内紫織









初めて唐桑を訪れたのは8月。その場所、そこに暮らす方々を大好きになって帰ってきて、今年中には絶対にまた会いに行きたいと強く思っていました。

今年の最後の最後になりましたが、再び大好きな地に訪れることができて本当に嬉しかったです。


唐桑に着いたのは24日の10時頃です。
翌日の18時には唐桑を出て行かなければならなかったので、そこにいれたのは一日半ほどでした。
もっといたかったけど、とても濃い時間を過ごすことができたと思っています。


ボランティア活動としては、地元の子供たちが集まるクリスマスイベントに参加させてもらいました。
クリスマスリースを作ったり、ハンドベルをしたり、ゲームをしたり、シチューを食べたり、、、子供たちは本当に元気いっぱいで、とても楽しそうで、また、それを見守っているおじいさんおばあさんもにこにこしていて、会場にはたくさんの笑顔がありました。



今回唐桑に出向いた大きな目的は、
震災から9ヶ月が経ったいま、被災地に暮らす方々は何を必要としているのか、また、私達のような被災者ではない者に対して何を伝えたいかを聞いてくることでした。

新しくできたガソリンスタンドで働いている方々、前回もお世話になった一代さんと、おばあちゃん、あべさん夫婦、今回宿泊先を貸してくれた国昭さんにお話をうかがうことができました。

“日本は地震大国なんだから、いつどこで震災が起きるかわからない。だから、覚悟しておいてもらいたい。”
“食料や衣類は足りてきたけど、仕事が足りない。”
“自分たちでは気づかないような少しの変化、復興を見届けてほしい。”
“ボランティアの見返りは期待しないでほしい。ただ、僕たちにできることは、また来てもらったときに元気な顔を見せること。”
“被災したおかげで、ボランティアの子達と知り合えた。ボランティアと関わることで前向きになれる。同じ時間を共有してることが幸せ。”


国昭さんには、津波が来た当時の映像を見せていただきました。

“早く逃げて!”
津波から逃げている人が、そして、迫りくる津波を目前にして動けなくなってしまっている人が、また、その人を助けようとしている人が、目の前で大きな波にのまれていく様子。

“もし、これが自分の住んでいる場所で起きたらどうする?”
言葉になりませんでした。


上にあげた以外にも、今回出逢ったみなさんとはいろいろなお話をさせていただきました。
みなさんが共通しておっしゃっていたのは、

“ずっと、みんなとつながっていたい。”
“忘れないで、また来てほしい。”


26日に帰ってきた朝に放送されていたテレビ番組に出演されていた方がおっしゃっていました
“希望の光はまだ見えなくても、それを自分たちが見つけようとしないと、希望の光は生まれないから、前を向いてがんばるしかありません。”と。

前回から4ヶ月が経ちましたが、新しくセブンイレブンとガソリンスタンドができていたこと以外に大きな変化はありませんでした。
着実に復興へと近づいてはいると思いますが、まだまだこれからです。

メディアで報道されることが少なくなった今、数え切れない方々が辛く悲しい想いをしたあの大震災を、忘れ去られることのないように、
より多くの方に、自分が現地で見てきたこと、感じたことを伝えなければなりません。そうすることで、被災地と非被災地を繋げていけたらと思います。
被災を受けた方々が、希望の光を見つけることができますように。



今回で、さらに唐桑を好きになりました。
優しくて暖かい人でいっぱいの唐桑、きれいな星がたくさん見える唐桑、大好きです!また遊びに行きます!


村上芽生