長いですね~。
そろそろ終わります。これ。
11月になっちゃったし。
風船爆弾は、実は早船さんが以前から温めていたテーマだった。
僕もそのネタを以前、聞かせて貰った事があった。
こういうのも考えた事あるんですよ、いつかやりたいんですけどね、
という、いたって軽い会話の中で。
戦争モノか~結構ハードル高いですね~的な返事をしたっけ。
しかし
風船爆弾が国家の重要機密下に女学生を中心に作られた事
その被害がアメリカで実際に合った事
犠牲者は子供と妊婦だった事
等の事象が、これまで語られてきた、創られてきた戦争モノとは
一線を画したモノになる予感はしていた。
僕たちは戦争体験はおろか
戦争体験者から直接お話を聞くのもあったりなかったりの
正真正銘「戦争未体験」世代だ。
僕の婆ちゃんのお兄さんは戦死されたけれど
それを知ったのはごく最近だったし
婆ちゃんもあまり当時の事を話そうとしなかった。
夏休みになると
戦争にまつわるドキュメントやアニメを観て
戦争の悲惨さについてある程度の知識と疑似体験を得たりはした。
しかし
「いくら想像して貰ったところであの苦しさ、悲しさ、惨さは体験したモノにしか分らない」
という体験者のインタビューを聞いた時、
何とも言えない感覚が僕の体を支配した。
思考が停止した、とでもいうべきか。
それは恐らく正しくて、でも同時に踏み込めない何かを感じたのも本当で。
僕ら世代は多かれ少なかれ、意識的にか無意識にか
自分達で戦争を語る、という事を余りしてこなかった気がするけど
こういう感覚がどこかにあったのではないか、と思ったり。
で、今。
戦後65年が経ち、
体験世代がこの世から去りつつある今。
この語ってこなかった僕ら世代から発信する戦争、
あってもいいんじゃないかと。
というか無くなったらどうすんだと。
僕ら世代より後は
「戦争語らない」度合いは益々進むだろうし
僕らの様な世代であるからこそ
語れる戦争はあるだろうし、なきゃいけないし。
そういう、若干使命感にも似た厚かましい思いの下、
自分達にとって戦争とは、という部分をリアルに感じられる仕掛けとして
風船爆弾を作った女学生、犠牲となったオレゴン州の子供たちの
二つの世界に現代を絡める、という図式に至りました。
しっかりと僕らに引き寄せるために。
勿論、そこからの執筆は↓彼に一任。

早船聡さん、本当によく書いて下さいました。
作品の肌合い、構成。多くなないが雄弁な台詞たち。
実際、神がかってるなと思われる部分も多々あり。
本当に感謝しております。
この作品の中で僕の役が占める割合はとても大きくて
プレッシャーじゃなかったと言えば嘘になるけど
それ以上に、この作品の中でこの役を生き抜く事の魅力が大きくて
日々発見の連続でした。
またちょっと時を置いて、是非再び向き合いたい役です。
そんな訳で『グロリア』。
もうとっくに終わってるんですけどね。
気が済むまでちょこちょこ書いてみました。
こうしてる間も世の中では
日々目まぐるしく変化があり
仰天ニュースが行き交い
面白い演劇がそこかしこで上演され
面白くなるであろう演劇のリハーサルが行われている。
つらつら浸るのもこの辺にしまして
私もこれからまた、精進してまいりますっ!

