マンボー ヴィッピ!

アフリカからこんにちは。


暇に任せて、ヤフートピックスで見つけたオリックス宮内会長の「「働かない正社員」をクビにできる世の中に」という意見に対する私見でも。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150503-00002973-bengocom-soci


個人的には大賛成ですね。

案の定、共産主義的な人からは反対意見も多いようですが。


1.会社に生産性をもたらさない(固定費の上昇)

2.他の前向きなスタッフのやる気を削ぐ可能性を秘めている(人材の質低下)


上記2点が僕の思う働かない正社員がもたらす主な弊害だと思いますが、2点目が極めて重要かと思います。

まあ、自分を確立して仕事をしている人なんかは、駄目な同僚のことも許容しているでしょうが、そんなに強い人ばかりではありませんしね。特に大企業では。


会社なんて人材以外の何物でもないですし、その大事な人材を守るためにも、どんどんいらない従業員はクビにしていくべきです。

従業員は、労働の対価として給料を受け取るという労働契約で会社と結ばれています。

会社に対して利益を生まない従業員は不要でしょう。

直接金銭的な利益を生まなくても、会社の雰囲気を良くする人や他の人が伸び伸びと働く環境を作れる人も会社から見ると利益を生む人と捉える場合もあるでしょう。

「入社したもの勝ち」なんて世界になってしまえば、組織は腐っていくと思います。

採用時に人を100%見抜くことなんて無理だと思いますしね。


そのためにも「働かない社員」の定義を決めないといけないとは思いますが、極論から言うと、経営者や管理職の気まぐれで決めても正直良いと思います。

経営者が会社を経営し、その経営者が管理職を指名している以上、その管理職の意見は会社の方向性と一致しているべきですので。


正しい評価を!なんて従業員からの意見は詭弁でしかありません。

評価を決めるのはあくまでもお客様や経営者であって、正しい評価なんてものは十人十色、満場一致することなんてありえません。

企業が大きくなり、人事管理をサラリーマンがしているために、大多数の人が納得でき、誰でも人事担当を行えるための評価軸が必要なだけですよね。


もし社長と従業員1人の会社ならどないやねんと。

そこで「社長、客観的な評価をして下さい」なんてやり取りが発生するでしょうかね?

結局、組織とは会社と従業員との信頼関係で成り立っているわけで。

これを否定する様なら、従業員の転職についても何かしらの障壁を設けるべきだと思います。

従業員は自由に転職できるのに会社は自由にクビにできないというのはおかしな話です。

あくまで会社と従業員は対等だと思っていますので。


会社としては、是非とも一緒に働きたいと考えている従業員には辞めないで欲しいと思いますよね。

そのためにも、やりがいや面白みであるとか、金銭的なものであるとか、その従業員本人から見て魅力的に映るステージを用意しようとしているわけです。

本人の成長=会社の成長がリンクした時に、人は最大限以上の力を発揮するものと思いますしね。

こんな力を発揮する可能性を秘めた従業員から見限られたら会社にとっては大打撃です。

そのような中、上記のように「働かない社員」はこれら組織にとって重要な人の意識に多大な影響を与える可能性を孕んでいます。

となると、辞めてもらう他ないなと。

会社はボランティア組織ではないですしね。

クビになった従業員のその後は・・・知ったことではありません。

会社というものが存在しない時代に戻ったと仮定して、お米を作ることができない人や他人からお米を恵んでもらえない人はお米を食べることができない。

それだけです。


まあ、個人的に世の中は”自業自得”という一言に尽きると考えてます。

そのような価値観を勉強するために幼少期から生きるための力をつけておく必要があると思います。

そう考えると、親や周りの人間の子供に対する責任は極めて重要だと思います。

甘やかして、自分の子を特別扱いをして育てている場合ではありませんね。


という僕も他人から「駄目な人間」と思われていることも多々あるのでしょうが(笑)

ジャンボ!サラーマ!

アフリカからこんにちは!


久々すぎる更新です(笑)
お陰様で何とか生きております。
といっても、このブログを継続的に読んでくれている人は皆無ですが(笑)


しかし、サラリーマン時代から思っていましたけど、創業者ってすごいと思います。
経験して思うことですし、やらないと分からないことであると同時に、やらないという選択肢も素晴らしいと思っていますし、自分がすごいと思っていませんが。
まぁ、人間死ぬまで自分として生きましょうと僕は思います。


さて、今日も毒舌ブログです。

ちなみに世の中に不満はございません(笑)


結構ありますよね?
マルチ的、かつ宗教的(宗教が悪いとは言いませんが、人間の価値観が収斂されてきた1900年代以降に生まれた新興宗教は僕の中で悪です)、盲信的な集まり。
そういう集まりに出ている奴の90%以上が前向きな意見。
前向きな意見を言える人は素晴らしい。
とは僕も思います。
先に書いた「人間死ぬまで自分として生きましょう」という言葉もそうですが。


ただ、あえて前向きな自分でありたい的な前向きな意見を面と向かって言う人は、結果として盲信者だと思ってます。
こういう奴が今の時代多すぎる。
何を自己満足したいか?
少し古いですがカツマー的な?
今だとシェアして下さい的な?
僕の価値観の中の一言でいえば、可哀そうなんですよね。


人間、生きてる限りみんな自己肯定はしたいですよね。
僕もそうですが。
ただ、どこかで「自分はひょっとして間違っているのではないのか?」と思いたい人です。僕は。
世の中に絶対はないと思っていますし、各人の考えが全てであれば各人とも仙人ですよ。既に(笑)

成長余地があるから生きていく意味があるだろうし。

これは評論者が陥り的だと思うのですが、絶対的な自信をさらけ出す。
それはある意味結構だと思います。

僕も自分に自信は持っています。
ただ、表に出しては駄目!
と思う僕は日本人そのものなんでしょうね。
この内容も10年後の僕が見たら、「アホか!」と思っているかもしれません(笑)


ともあれ、今後の僕のテーマはさらけ出しながらも、わいせつ物陳列罪で捕まらない程度に生きていくことです(笑)

前回のブログから1年以上が経過してしまいました。
月に1本書くという目標は、もはや形骸化しています(笑)


この1年ちょっとの間、色々なことがありましたね。
やはり政治の混乱と今回の選挙は外すことはできない話題です。
世の中、色々な思想を持つ人がいることは当然だと思います。ただ、ここまで前回の選挙と異なる結果となるというのは、異様としか思えません。
「民主党に裏切られたから」という理由は全くもって理解できます。
ただ、その前に何故前回の選挙で民主党を選んだのかという自己分析を是非していただきたい。
前回のマニュフェストを見て本当に実現できると思ったのか、メディアに踊らされていなかったか、何を本当に期待していたのか、そもそも政治に興味を持っていたのかを含めです。
興味を持てというのは無理強いに近いので、興味がなければないで、選挙には行かず、世に文句をいわない(期待を持たない)ということであれば一つの考え方としてありだと思います。


まずは考えましょう。そして自分自身を確立させ、自分の足で其処に立ちましょう。考えるということの大事さをこの3年ちょっとの期間で学んでなければ、学習能力がない人間であるということと同義です。
「楽しく生きられればそれだけでええやん」という考えは幼いという一言では言い表せないほどの罪です。当然ながら僕も死ぬまで楽しく生きたいですが、その前提として人間として将来の世の中を作り上げていくという、共同社会の中に存在する生物としての義務を果たさない人間は、この便利な世の中を作り上げてきた先人を侮辱しているということに他ならないと思います(当然、作り上げなくても良かった文化や物もあると思いますが・・)。


そのような中、私事ではありますが、2013年4月に会社を設立することにしました。それなりの勝算はあるつもりですが、100%勝てるものなんてありませんので、不安でいっぱいです(笑)
家族、従業員みんな路頭に迷わす可能性もありますしね。まあ、勝てるといっても、儲けるということではなく、人間としての義務を果たしながら死ぬまで楽しく生きていけるかどうかということです。
一方、期待や楽しみもたくさんです。これで駄目だったら僕の考え方、物事の進め方が駄目だったということですので、今までの人生を検証する一つの通過点になります。


今準備をしていてつくづく思うのが、人間一人では生きていけないということです。
会社を興すには様々な知識や周りからの協力が必要となります。
やろうとすることに対して理解を得ることができなければ、取引先も確保できません。
働いてくれる人がいなければ、会社を動かすこともできません。
家族の理解がなければ、足を引っ張られます。
当り前のことですが、周りの人への感謝の気持ちを再認識させられます。


まぁどうなるか分かりませんが、周りの方々を裏切ることなく、自分の頭で考えながら、これからも精進しながら生きていこうと思います。


来年の末辺りにブログの更新がなかったら、どこかの橋の下で住んでいると思って下さい(笑)