思案して、一生懸命お弁当を作った。
みんなが楽しめるように。

いつもどうせ残るし、あればいいものだと思っていたから。お弁当なんて。

私は母のお弁当も、父のお弁当も食べたことがない。
小さい頃、遠足も、運動会も、いつも一人だった。
お弁当の時間、私は何をしてたのかな?
記憶もないし、両親もなくなってしまい、一人っ子の私には、知るすべがない。

料理は苦手。できるだけ作りたくない。
手料理は、どんなものでも美味しいと感じる。こころから。
誰かがにこにこで作ってくれるものに、不味いものはない。私のなかでは、「作ってくれたこと」自体が美味しいのだ。

両親の料理を食べられなかった私、近所のおばちゃんも、他の親戚や、母の友人も、子供の頃、誰からも食事をつくってもらったことのない私。
こんな私が、「お袋の味」を作れるはずがない。

私は小さい頃、いったい何を食べて、どうやって大きくなったのだろう。
なにか食べてはいたのだろうな。誰か近くにいたのだろうな。そのくらい、記憶が戻ってこない。

覚えているのは、小学生のころ、預けられていたNさんのうち、飼っていた犬とならんで食べる猫まんま。
それから、テーブルに置かれた500円玉。

人間と関わることを積極的に取り組んだのは、高校生から。私は私とばかり話をしていた。
話すことができなかったのかもしれないし、話したくなかったのかもしれない。

そんな私が、世界に出て、子供を産み、パートナーを得て、お弁当を作るのだ。
みなさんには、想像できるだろうか。
この恐怖を。

普通と言われている生活のいたるところに恐怖がある。

「普通に無理せず簡単なお弁当を作ればいい」

言っていることはわかる。頭では理解できる。
でも私には、経験がないのだ。
普通に無理せず簡単なお弁当を作るのは、私にとっては、謎でしかない。

私の日常は、見たことのあることであり、慣れ親しんだ懐かしい環境ではない。

家庭の大事さを知る。日々、あたたかい家庭を過ごしたいと。あったかい家族と暮らしたいと。祈る。

そもそもが無理なのだ。と、殻に閉じこもっては、顔をだし、の繰り返しをしていた私。

いつも感情なく適当に、詰め込んでいた劣等感の塊のようなお弁当を、純粋な子供達が残すのは当たり前だなーと思い、

みんなが楽しい遠足になるのを想像しながら、お弁当を作る私。そんな自分が好きだった。
大分普通になれたかなー?と思った。

お弁当の時間、笑顔のないパパが、お弁当を用意してくれる。広げてみて、一言目に「足りるの?これで?」それだけ。

私は泣いてしまった。何でもない一言に。
怪訝な顔をしているパパに、私は言った。
「みんなで、楽しもうと思ったのに」
もうしゃべれないや。

私は笑顔を見たいんだ。この人の。
どうして笑ってくれないんだろう?
頑張ったのにな。
子供達は、全部食べてくれた。
ママはどうしたの?って心配している。
優しいね。ありがとう。

そうして、時間が流れていく。
私たちは涙に触れずに隣を歩く。
私は、白黒つけたくなるタイプで、いつもこじらせていた。
だから、その日は、黙っていた。

黙って私と会話をしていたら。
気づいたことがある。
私が無理をしているから。
私が無理をしていつも、みんながいう普通になろうとしているから、だからパパは笑わないんだ。
私はパパの前で笑っていただろうか?
私は笑っているだろうか?
いつも回りにびくびくしているそんな私を、パパはとなりで黙って受け止めてくれているんだ。
私は、私を生きる!って決めたのに。
また、頑張って、周りを生きてしまった。

自分を知りたくて、いろいろ頑張ってしまった。
自分を知るために、頑張りすぎてしまった。
知らなくちゃ!知らなくちゃ!完璧に知らなくちゃ!だって私は、普通じゃないから!

って、同じことをぐるぐるするだけ。
周りの普通を学ぼうと努力しては失敗していたあの頃と同じ。パパと生まれてきた子供たちに、私のような思いをさせたくないと必死で。
私は私を生きるのをやめてしまったんだった。

答えなんかなくていいんだ。
そう、私は怖がりでデリケートで、どこまでも優しい。私の本当が、涙になって教えてくれた日。

そのままでもいいんだな。
ならんで歩いてくれるパパに笑顔はないのだけれど。きっと同じく、どこまでも優しい。
こうやってはぐくむんだろう、愛っていうやつは。

まだまだ奥深い闇に。
立ち向かわずに生きていくを思う。
私は、私と家族の手で。
この闇を照らせばいい。
お揃いの懐中電灯を一人一本もって。

愛の受け入れ口がひとつもなかったら
世界が愛に溢れても、ひとつももらえないもんね。
受けとる勇気を知った日。

まだまだこわいけど。

ありがとう。