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全国クリエイター作品の展示と販売 ARCA-方舟-gallery & zakka

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先週から始まったNHKのドラマ「テミスの不確かな法廷」

発達障害の裁判官の物語。

「宙わたる教室」の製作チームが手掛けているのと、松山ケンイチ主演とのことで楽しみに毎回見ています。

 

夫がなんとなく発達障害ではないかと思ったのはだいぶ前のこと。

こだわりと、チック、独特の価値観、同じものをずっと食べる、日常のなんでもないことができないにもかかわらず、人ができないことをさらっとやってしまうなどなど。

今もこだわりの強さは残っているのと、日常のなんでもないことは任すことはできませんし、日常のルーティーンを壊すことができない、予定が変わる時は事前に伝えるなど普通の人がすんなり受け入れてくれることを受け入れるには時間がかかることがあります。ドラマでも「ちょっとそのへんで待っててください」と言われて主人公が困惑するシーンがあるのですが、まさにそれ。

「そのへんってどこ?」「〇〇とか」の「とか」って何?とか。

一つ一つ説明しないと動けない。

挙句、最近耳が聞こえづらくなったのでさらに突発的な「あれ」「それ」「どれ」には対応できないのと、突然予定を変えることは絶対無理、となりました。

 

また、長い説明を聞くことができず、今回葬儀屋さんとの打ち合わせでかなり立腹してしまい・・・。

どういった葬儀を行うかの説明であり、金額など詳細を説明してくれていたのですが、それを

「なんでもいい!好きなのにして!」と言われた時は心底「なにそれ?」と思いました。

でも、後で聞くと

「全部葬儀屋の都合だけなので、自分は一番安いのでいいんだ」とのこと。

それなら早く言ってくれよ、と思うんだけど(笑)

真意を聞くと、なるほどそりゃそうだ、と思うこともしばしばで、どうしても見栄をはってしまったり、周りに迎合してしまって自分の気持ちと違うことを選択しがちな私には本当に新鮮な意見ですごく納得しました。

 

特に葬儀屋とのやり取りでは、葬儀屋の言う通りにしていたら気が付いたらものすごく高額な葬儀をしてしまうことになり、どんなにお金をかけても全て燃やしてしまうことなので、最低限の金額で心あたたまるお弔いができたのは本当に夫のおかげであると思っています。

 

他人の眼を気にしない、思ったことはすぐ口にするなどなど人前ではすごく困ることも多いのだけど、その一言一言は決して間違いではないのです。かなり偏った思考をしているとはいえ、他人の意見に惑わされることがないので実は真実にまっすぐなのだろうと思ったりします。

 

たとえばドラマの中で、主人公安堂清春の言葉「わからないことをわからないと、わからないことはわからない」

言葉遊びのようだけど、わからないことを「わからない」というのは恥ずかしいからわかったふりをしてしまう、ということがあるんだけど、夫に関しては「わからない」ことは「わからない」とはっきり言いますし、わかるまで聞いたりしてるのを見ると、当たり前のことなのに、当たり前ができていない自分が間違ってた、と思ったりします。

 

わからないことを「わからない」というと馬鹿にされたりするんじゃないかというくだらないことを思ってなかなか言い出せないのもやっぱりあるから、そういうのが夫にはないのです。

 

ただ、わかっていないことを「なんでわからないの」と言って叱ると、逆にこれが大きく傷になるので要注意です。

夫の場合、わからないことが多いから、人一倍本を読むことが多いんです。「普通である」ということを学んでいるんだそう。

それで人一倍努力しているという意識が強いから、わからないことを指摘されたりするとすごく傷つくわけです。

 

たくさん本を読むのはいいことではあるけれど、その動機として普通であることをわかるために本を読む、というのは私にとって衝撃的なことでした。

それだけ夫にとって「普通であること」が「わからない」ことだったのだろうと思います。

ドラマでも冒頭主人公が同じように「普通を勉強する」というようなことを言いますが、まさにそれ、と本当に思いました。

 

ある意味、こちらの言うことはほとんど聞いていない、聞いてても聞いたふりをするので3回ぐらい同じことを言ってようやく理解するなどなどホントに骨の折れるコミュニケーションで、これでは普通の会社などでは全く通用しないだろうなと思います。

実際、若いころに数年会社勤めをしましたが、結局フリーのデザイナーになったのは正解だったんだろうと思います。

 

 

夫の、他の人ができるのになぜ自分はできないんだろうと思っていたことを「発達障害という脳の特徴」かもしれない、と想定できたことはある意味ほっとしました。ああ、特徴なんだと理解することで対応が変わるからです。

病院で診てもらおうと思ったんだけど、予約が取れないのと、診断が出ても「なんでも名前をつけて薬を出したがる病院側の都合や」と一蹴されると思うので、病院には行っていません。なので本当に発達障害かどうかはわかりませんが、特徴がそのまま、というのだけの認識で十分かなと思っています。

 

 

発達障害の夫を持つ妻が精神的にまいってしまうのを、カサンドラ症候群、というのも最近知りました。

確かに、発達障害は軽度自閉症なので、普通の夫婦のようなコミュニケーションができない。

仕事や子育てなど重要な物事に対応する時も互いに協力ができないので、どうしても単独になりがち。

夫の母親の介護などでも私が手伝った方がいいんだろうなと思ったのですが、手伝うと全くやらなくなってしまうのでこれでは勉強にならないと手を出すのをやめました。

このおかげで、自分の興味の範囲外のことでも「相手のことを考えて、自分で動く」ことができるようになったのは大きなことだったと思います。

ゴミ出し、出かける時のチェック(電気・ガス・出しっぱなし水道チェック)、買い物などなど、誰でもできることですが、これが言われなくてもできる、というのは実は大きなことなんです。自立の一歩と申しますか。

この介護という仕事を全うしたことで、本人の中に大きな自信が芽生えたかもしれません。褒められることがない人生の中で、すごくほめてもらってたんですよね。私も褒めましたし。よくやったな~と思います。

 

 

最近は、夫に「あれやれ」「これやれ」と求めることや、期待することをやめ、先回りして行動すること、予定はあらかじめ伝えることなど、夫が混乱しないように接することで、だいぶ落ち着いて生活することができるようになりました。

 

発達障害だから、何から何までやってあげる、というのは違っていて、必要なのは、手助けを借りながらでも本人が物事を最後まで責任を持ってやり遂げること、ではないかと思ったりします。

そうすることで自信が生まれるから。

結果失敗しても誰かが尻ぬぐいしてうやむやにしてしまったり、失敗しないよう本人の言うわがままをそのまま受け入れたりする必要はなくて。

ちゃんとやり遂げること。できたらほめること。

子どものころからそういった小さな成功体験を積み重ねることができれば、大人になっても失敗を恐れず行動できるようになるのかなと思ったりします。これは憶測ですが。

 

夫の場合、バランスはよくないけれど、知能は普通の人より格段に高く、びっくりするようなことをやり遂げたりします。

その突出した才能を伸ばすことを今行っている最中です。

コミュニケーションは難しいけれど、コミュニケーションをあまりとらなくてもいい方法で、楽しく自分なりに生きて行ってくれたらいいなと思います。

その手助けを今後も続けていこうと思っています。

 

 

 

チームラボ バイオヴォルテックス京都 での一場面。(本文とは関係ありません。)

美しい画像がどんどん変わったり、触ると形を変えたり消えたりするのがすごくおもしろかったです。

 

パソコンや、インターネット、AIは、夫にとって自分の表現の幅を広げる最適なツールみたいです。