二日前に急に体の中から寒気がして

そのうちには、体が熱くってきて

これはおかしいと思い、病院に行って体温を測ってみると



38、2分


やっべーっ絶対インフルエンザだー

って思って診察してもらったんだけど

結果、陰性。

ウイルス姓の風邪らしい。


病院の先生に、熱は極力薬では下げない方がいいとのことだったので、その日1日




がまん!



その結果、最高体温なんと




39、7分




頭がカチ割れるくらい激痛だった。


その後上がっては下がりを繰り返しながら今は、何となく治りかけてる感じ。


その間、ずっとそばで看病してくれてた




愛しの妻




ほんとにありがとう。

ご飯も買い物も水分のことも全部してくれて、



頭が上がりません



感謝、感謝、感謝、感謝



ありがとう
志賀勝さんが歌ってた歌詞

俺のいいときゃ

来た奴も

落ち目になったら

知らん顔

まさしくその通り。


歌手の方、スポーツ選手の方、芸術家の方、お笑い芸人の方等々


宝くじで大金を当てた人、仕事でがんばって成り上がって一流企業の社長になった人、会社を立ち上げて成功した人


とにかく、何かの仕事で大成功をした人。
いきなり大金を手にした人。


下積み時代で貧乏だったとき


無名の時など


知り合っても無名だし、貧乏だから見向きもしなかった人、相手にもしなかった人。


無名だからって、どうせ成功なんかしないだろう。まだ、そんな馬鹿げた夢を追いかけとるん?(笑)


とかってバカにしてきた人


色々いると思います。


それが一転


有名になった瞬間

大金を稼ぎだした瞬間

今まで知らん顔してた人

バカにしてた人

そんな小さい人達が、いかにも


今までずっと友達やったよね。だからこれからも仲良くしてねー

私はそのうち大きくなると思ってたよ(笑)味方だからねー

すごい稼いでるね!
ご飯おごってー

俺たち友達だよなー
知り合いからサイン頼まれてるから、書いてー

宝くじ当たったんだって?
すごい。お金持ちだね(笑)
一緒に出掛けよう!

とかって・・・



ふざけた話

あんたら、よくそんな言葉ぬけぬけと言えるな。


この間まで知らん顔してた癖に。


見下してたくせに。



こんな経験した人も多いのでは?

ところが、お金が底をついたり


有名だったのに、人気も下がって


どん底に落ちていってるとき、また、落ちてしまったとき


それまで、チヤホヤしてきた奴等も、手のひらを返して


〇〇〇〇?そんな人いたね

会うだけのつもりなのに
え?お金持ってないんでしょ?
今忙しいから会えない

電話しても音信不通

遊びに誘っても煙たがられて、お金を貸してほしいとお願いしても、持ってるのに無いの一点張り

知り合いだろうが、家族だろうが一緒

こういう事ってよくあることだと思うし、実際僕もこんな感じ。


一流プロミュージシャンになって、大金稼いで、すごく有名になって・・・っていう所まではまだだけど、無名で、極貧で、実家などにお金を工面してもらわないと生きていけない。


さまざまな事情で、すごく大変な情けない話。


全く・・・


僕の場合、音楽で成功して、一流プロミュージシャンになって、今よりは、はるかに大金稼いですごく有名になって・・・
という状況になったときの事を鮮明に想像できる。


今まで近寄りもせんかった人が、バカにしてた人達が、僕に群がって来る姿見が頭に浮かぶ。


だから、冒頭に書いてる志賀勝さんの歌の歌詞がすごく共感できる。


きっと同じように共感できる人も多いと思う。










誰もが経験してることだと思うけど、僕にも二人じいちゃんがいた。

父方のじいちゃんと母方のじいちゃん


僕は特にじいちゃん子だった。


実家のじいちゃん
(父方)

なんと生まれた年号が


明治

僕が17歳の年に亡くなったんだけど、明治生まれというのは、今の時代では貴重な年号。

とはいえ、歴史を見れば当たり前なんだけどね(笑)


そんなじいちゃん、勤めてた会社で左手をバッサリ切ってしまって・・・

僕が生まれた頃には、左手に義手をつけて生活してた。


現代みたいに技術が進歩してる時代ではなくて(時代は昭和)、物を挟む位にしか出来なかったんだけど、それでも何もないよりかはマシ。当初は画期的なアイテムだったんだろうと思う。


そんな不自由な体で、腕がなくなった当初は・・・


それはそれは



想像を絶する激痛


片手の無く不自由



どれだけ苦しんだかって・・・

なった人にしかわからない。


そんなじいちゃん。


僕が生まれて間もない頃、じいちゃんが、よく僕と遊んでくれてた。

中でも、家にある新聞紙で兜を作ってくれたり

僕が、JRの踏み切りがスッゴク好きで、汽車を見ると、線路を見ると



踏み切り見たいー

こんな感じで(笑)

とにかく、踏み切りオタク(笑)だったので、しょっちゅうじいちゃんに乳母車で乗せていってもらってた。


今でも鮮明に覚えてる。


あと、じいちゃんは時代劇が好きでよく見てて、僕もその影響でいくつか一緒に見てた。



遠山の金さん

暴れん坊将軍

水戸黄門

大江戸捜査網

必殺仕事人

等々

今でもしっかりと覚えてるよ。


そんな、大好きなじいちゃんに





ありがとう

母方のじいちゃん

じいちゃんは昭和初期生まれ。

住んでたところは門司の山のふもと。


家に行くのに、無数の階段を登らないとたどり着けない所。

近くには神社もあり。


その環境が僕は大好きだった。


じいちゃんはいつからしてたかはわからないけど、趣味で大正琴を本格的にしてた。


地元、北九州市を拠点に、行ける範囲の所はあちこちに行って、仲間と一緒に演奏してた。



スーパーじいちゃん

僕のヒーローだった。


2017年1月の終わりに亡くなった。

癌が全身に転移して・・・



でも、大正琴で僕は今でもじいちゃんには勝てない。


じいちゃんと一緒に演奏してた曲は



風雪流れ旅

瀬戸の花嫁

さざんかの宿

越後獅子

観進帳

お囃子尽くし

細雪

他人船

浪花節だよ人生は

あばれ太鼓

等々

このお陰で、年の割りには演歌、歌謡曲の知ってるレパートリーが増えた。

僕の生まれる前のヒットした曲とかもたくさん知るようになった。

だから、お年寄りの方とのコミュニケーションも音楽を通してとりやすくもなったし、話題も増える(o^-^o)


すばらしく役に立ったよ。



それと、じいちゃんは大の動物好き。


生前飼ってた動物は



セントバーナード
(ロン)

秋田犬
(エス)

中型ミックス犬
(ロン)

セキセイインコ
(しろ)

ブラジルの中型インコ(大型に近い)

『種類の名前忘れた(笑)』

(ろろ)

九官鳥

ウサギ

金魚

鈴虫

めだか

等々

特に、インコのろろちゃんの餌を買うためだけに門司港から汽車で下関のシーモールに買いにいってたくらい。(o^-^o)



そんなじいちゃんに



ありがとう





ふたりのおじいちゃん

こんな僕に多大な宝物をくれた

この宝物を生涯大切に

また、すごく大きなものに

育てていくね。

だから

じいちゃんたちも


天国でゆっくり


見ててね
僕は1980年7月生まれ

場所は福岡県北九州市の門司港レトロの近くで生まれた


ごく普通の工場勤めの一般サラリーマン家庭。


母方の実家もごく普通のサラリーマン家庭。


そんな中、母方のじいちゃんが大正琴を趣味としてしてた。
それも、地元の大正琴の発表会。



かっこよく言ったら



無料で行うコンサート



市民会館や文化センターなど、本格的なホールで演奏してた。
一人でではなく、十数名の団体での出演。



中でも、じいちゃんはみんなの手本。
言ってみたら先生。



師範と呼んでいいものかよくわからないけど、とにかく僕の自慢のスーパーじいちゃんだった。



ある日、じいちゃんが家で練習してた時、僕が興味津々で食い入るように見てた。



そんな僕を見るに見かねて、僕にさせてみたそう。



聞くところによると



一度目、まず曲を聴く



二度目、曲を聴きながらなんとなく弾いてみる



三度目、曲にあわせて一曲弾けるようになる



我ながら素晴らしい(笑)



これが、僕の音楽との出合いの原点。



だから、僕の音楽の一番最初の恩師は




じいちゃん



身内は、この事が故に、僕の人生を変えたとか、人生を狂わせたとか、『こんなことしても何にもならん』とか言う人もいるけど、僕にとっては



後に僕の心を、人生を救ってくれた、とても大きな存在



だから、他の人が誰であっても、この事を悪く言う必要なんて



ない



もう、今はこの世には居ないんだけど、僕の中では素晴らしい、じいちゃんであり、恩師、師匠



今もこれからも



感謝!!!!



それから僕も、市民会館や文化センター、公民館などで、じいちゃんと一緒に発表会に出演。



遠いところは、記憶の中では名古屋まで。



じいちゃんとばあちゃんと一緒に行った覚えがある。





時は中学生。



中学一年生の文化祭で、学年とクラスごとで音楽の出し物があった。



ある日、クラスで文化祭の出し物の決め事を話し合う時



曲目など、順調に進んでたのだが・・・



学年全員での出し物は、リコーダーでの(サイモン&ガーファンクルのサウンド・オブ・サイレンス)



これは、学年ほぼ全員がリコーダーなんだけど、他に



ドラム二人

ベース一人

ピアノ一人

指揮者一人



あとは・・・



忘れた(笑)



リコーダー以外を特別楽器と呼んでいた。



ドラム以外はすんなり決まったんだけど、ドラムが・・・



一学年全部で6クラスあったんだけど、各クラスから代表で二人決めないといけないハメに。



一人は、僕の友達で、ブラスバンド部のパーカッション担当のY君がずば抜けてドラムがうまかったので、問答無用で全員意見が一致。

うんもすんもなく、一人目は彼に決まり。



残るは一人。気になる決め方は・・・なんと





じゃんけん



勝っても負けても文句なしの公平勝負。



さあ、勝負!!



じゃんけん・・・ぽん



かっかっかっかっ

かったーーーー!



っという訳で、僕がもう一人の



ドラム担当に決定!



ちなみに、何でドラムに応募したかというと、単にみんなとは違う事がしたかったから。



人と一緒が嫌だから。



ということが根本的な理由(笑)



がしかし、この事がきっかけで、ドラムの魅力にはまっていき、それからの僕のドラム人生が始まる。



僕の父ちゃんが、とても理解のある人なので、ある日僕に初心者用のドラムセットを買ってくれた。



ありがとう

父ちゃん



それから、猛練習。



幸い実家は、一戸建てで、周りには、親戚の家、工場、海、川だったので、夜の8時、9時位までなら、ほぼ叩きたい放題だった(当時で)



なので、時間をなにも気にすることなく、ひたすら練習する日々だった。



ときには、父ちゃんの部屋に大きめのスピーカーがあったので、その部屋で大音量でコピー



ZARD

Mr.Children

X JAPAN

GLAY

LUNA SEA

B'z



などの曲を永遠と練習してた。



昼から練習して、気づいたら晩御飯時になってたということもあった。



時は、高校生。



高校二年生の頃に、先生と生徒でバンド愛好会というサークルがあると聞いて、すぐ飛びついた。



メンバーは、先生二人が、ボーカルとギター



生徒が、一人ベースで、僕がドラム



高校の文化祭で体育館でライブ。



曲目はMr.ChildrenとYELLOW MONKEYと河村隆一。



僕の出番は、Mr.Childrenのコピー二曲と、クラスメイトがボーカルで一曲だけ出演したんだけど、その曲は河村隆一のBEAT



ちなみに、この文化祭で一緒に対バンで出演してた人が、ショウゴ&マナブ



後の



175Rのショウゴさん



でも、直の友達じゃないんだけどね(笑)



そんな感じで高校生活送ってたんだけど、ある時、高校の音楽の授業がなくなると聞いて、高校を卒業する気持ちがゼロ



ヤル気ナッシング



なので、それまでは、高校を卒業したら大阪の音楽専門学校に進学するつもりだったんだけど、その計画も変更。



当時、バンドやろうぜという雑誌があったんだけど、その本に載ってあった、福岡市の音楽専門学校に高校途中からでも編入可能という記事を見つけたから、即連絡して、パンフレット贈ってもらって



よし、この専門学校に編入だ。



と覚悟を決めて、音楽の専門学校に面接に行き、見事



合格



なので、通ってた高校を中退。そして、4月から音楽専門学校に編入。



そして、(途中、色んなドラマ、出来事、葛藤があったんだけど)最後には晴れて卒業する事ができた。



ちなみに、その専門学校でのドラムの講師(僕のドラムの恩師)が、木村万作さん(ヒュージョンバンドのプリズムのドラマー、小田和正さんのサポートドラマー)



それまで培ってきた僕のドラミングをすべて否定。
無一文の状態になって、そこから先生とワンツーマンで猛練習。



先生の言う通りに



家に帰れば予習、復習。教え込まれた基礎練習と自分で考えた練習。



これの繰り返し。



そうやって、一からドラムの基礎を叩き込まれて、今の僕のドラミングを完成させる事ができた。



恩師に



感謝です!!!!



この場を借りて



ありがとうございました。



在学中、福岡市でバンド活動(北九州から通ってた)してたんだけど



ある時、あるバンドに加入してて、ライブの日、ライブのリハーサルが終わり、他のバンドのある方から声をかけられた。



ヘッドハンティング



最初はなんとなく仲良くなって、そのうち一緒にバンドを組まないかと言ってくれて、少しの間だったけど、僕も加わって一緒にバンド活動してた時期があった。



その人とは、後の



UVERworldのTAKUYA∞さん



どんな経緯で福岡市に居たのかは、聞いてないからわからない。(笑)



結局、そのバンドでライブをした直後、いきなり、ふらっとしてその場に座り込んで、立ってられなかった。
ものすごい目眩、目が回ってたり、
終いには視界が半分しか見えなかった。



あとで、病院にいったら、



ざっと診察しただけで、即答



網膜剥離



問答無用で即、入院



すぐ手術



うそやろーー



しかも、両目。



左目はレーダー治療。右目は全身麻酔の手術。



結局、それまでしてきたバンド活動も、その後のライブスケジュール、練習スケジュール等がすべて



パー



練習の予定もライブの予定もすべてキャンセル。



退院したときまで待ってもらえるわけでもなく、どのバンドにも属していない状態。



その後、いくつかバンドに加入したりしたが、前に進むことはなかった。



その後、波乱万丈。



結婚、離婚を二度経験して

簡単に書いてるが、誰もが想像つかない経験をしてきた。



簡単な言葉では済まない



当時、女に出逢いを求めなければ、結婚しなければ、ひたすら音楽に身も心も打ち込んでいれば・・・・



今頃、有名アーティストとして、世の中を羽ばたいていたのかもしれない。



それは、どうなのかはわからないけど



一つだけ言えるのは、今の妻と出逢うまでの僕は、結果、汚点だらけだったということ。
時には、当時遊びたい為に、僕の大事な機材を質入したり、売ってお金にしたり・・・



今の僕からしたら、



ふざけるなー



お前はバカかー!!



当時の僕にそういって、女にうつつを抜かすこと、ましてや、結婚することなど、言語道断。



お前の夢はなんだ?



お前の音楽に対する気持ちは、そんなものなのか?



って。



そう言って、全力で止めたい。



そんな、ありえない壮絶な、また、馬鹿げた人生を経験をしてきて、最終的に今の妻と出合い、今は音楽も個人で黙々と進めていってる。



これが、簡単にだけど、僕の音楽の歴史。



波乱万丈の人生のことは、書きたくなればいつか書くことにしようと思う。



もう、本当に音楽には、



申し訳ない事をしてきた



そんな、音楽に



ごめんなさい




謝っても、時は戻ってこないし、その間の音楽に打ち込めなかったものは、そうとう勿体ないことだと思う。



だから、これからその分も、一生懸命音楽に打ち込んで、心に残る曲を一曲でも多く作り、多くの人々に勇気と感動を伝えると共に、音楽に関しても、罪滅ぼし、また、学生時代身も心もボロボロだった僕を救ってくれたので、



恩返ししたい



だから、今もこれからも懸命に音楽に励んでいく。



僕が死ぬまで
             統合失調症



統合失調症とは、心と考えがまとまらなくなる病気らしい。



僕の場合、妄想がある。



他の人が見たら、一人でニヤニヤして、ブツブツ言っている、すごく不気味な人にしか見てもらえない。
いや、そういう風にしか見えない。



ところが本人は

僕の場合だけど、例えば、不意に誰かと話をするという妄想をする。



その妄想の世界で、その人と話をする。



その人と話をしてる内容を、実際小声でプツブツ言葉に出す。



その妄想の世界で笑えば、実際に一人でニヤッと笑う。
言ってみたら、一人笑いみたいな感じ。



例えば、妄想の世界で、遊園地に居れば、実際にも遊園地にいる感覚。



妄想の世界でジェットコースターに乗っていれば、実際に、自転車等を使って、ジェットコースターのコースを走るかのような運転をする。



妄想の世界で怒れば、実際にも怒った感じでブツブツ言う。



だいたいこんな感じ。



小学校低学年の時に、理由がないのに学校に行くのが嫌で嫌で仕方がなかったことがある。



その時に、誰からもなにもされてないのに、〇〇君がいじめるっていう妄想が働いて、その事を実際に周りの人に言った覚えがある。
言われた人はとんだトバッチリ・・・



今でもそうなんだけど、実家の家族も、妻の家族も、その他の他人もそうなんだけど

僕のこと死んだ方がいいと思ってる

僕のことうっとうしいと思っている

僕のこと頭がおかしいと思っている

僕の姿が醜いと思っている

僕の事は邪魔だ

僕の事は気持ち悪いと思っている

僕のことを使うだけ使って、用がなくなったら捨てる

僕はみんなにとって荷物だ、邪魔な存在なんだ

僕は人にとって、騙すのに、利用するのに、暇潰しに、最高の餌食なんだろう。

っていう風に思ってしまう。



ほんとのこともあるのかもしれないけど、こんな風に常に妄想してたら。すごい疲れる。



とにかく、妄想によってすごく楽しいときもあれば、死を考えるくらい落ち込むときもあるし、とても切なくなったりするときもある。



あと、なんにしても意欲が低下することもあるし、着る服も、着替えるのが億劫になって、同じ服をずっと着ることも日常茶飯事。



切ない


次は、



うつ病


この病気は、中でも一番知れわたってる病気の一つ。



僕の症状は、



理由がないのに気分が沈む

理由がないのに、イライラしだして、落ち着かない。

特に、雨の日や曇りの日に、気分が



ズドーン

って落ち込むことが多い。



なにをしても楽しくなかったり、なんの意欲も出ないときがある。

僕が悪いからと、自分を責める。

僕には、生きる価値、なんの価値もない人間なんだと思い込み、死にたいと思うこともある。

人生には絶望しかないと思い込む。

感情が暗いことが多い

常に便秘がち。

時には、精神薬や市販の薬を多量に飲んだことも多々ある。



こんな僕なんか死んだ方がマシ

こんな感じ。



睡眠時無呼吸症候群


特に、車を運転中だったり、大事なところで、自分の意思に反して眠くなる。あるいは、寝てしまう。



この病気のお陰で、



どれだけ危険な目に遭ったことか


数えきれないくらいある。
一番多いのが、車の事故(特に追突)。



ただ単に僕が怠けてるだけだと思ってた。



しかし、病気が原因だって言われた。



でも、



車は運転しないといけない。


そうしないと、生活できない。



妻は免許持ってないし、身内には保護世帯だから車自体を持っていないという人も。



だから、車の運転は僕がする他にない。



いつも、怖いけどね。



結局、僕が車を運転するときは、助手席で妻が、僕の監視、周りの状況を常に見なければいけない状態。



妻からすれば冗談じゃないよって感じ。



そりゃそうだよね。
反対だったら僕もそうだろうと思う。



しかも、精密に検査をすれば、まだ他に病気が隠れてるかもしれない。



そういう風に、睡眠専門のクリニックの先生に言われた。



何かはこれから調べてみないとわからない。



自律神経失調症


この病気も症状が数知れずある。



僕の場合は、たとえば、胸の辺りに針が刺さったような強い痛みがある。
波があるんだけど、特に、痛みがある日は、夕方あたりが多い。



必ずある訳じゃなく、周期はバラバラ。



原因はストレスらしい。



あと、いきなり手足に汗かいてみたり、いきなり体が熱くなってみたり。



症状は様々。




チック症





そして、人生で二回、病院の先生に言われた事なんだけど、脳波を調べてわかったのが、無呼吸症候群がわかった時もそうだったんだけど、



てんかんの疑いがある


てんかんは、専門の病院で調べないとわからないらしいから、発達障害、また、精神疾患のことで定期的に病院に通ってるから、通院しながら、様子見て徐々に検査などしてもらおうかと思ってる。



発達障害にしても、精神疾患にしても、これくらいの文章じゃ収まらないくらい、たくさんある。



また、書きたくなったら書こうと思う。



学習障害

僕は、本の字を読む、本を音読するなどのことも困難。



簡単な暗算も困難。



暗記なども出来ないことが多い。



小学校、中学校の授業の中で、教科書の文章を一人ずつ立って、声に出して読む。
これが、とっても苦痛で仕方なかった。



人が読んでる文章がどこまで行ったかわからなくなるし、自分が読むときは、声を震わせながら、突っかかりながら、吃りながら、なんとか読み終わった頃にはヘトヘト。



そして、読み終わったら、いい間違えたところを自分の中でオウム返ししたり、小声で何回も繰り返したりしてた。



本を読むとき、どこを読んでるかわからなくなり、二、三行飛ばして読んでしまうことが多々ある。



周りの人の読むスピードについていけない。



計算をするときに、たとえば、

1+1=2

10+10=20



などのすごく簡単な暗算は出来るんだけど、



17×59=



などの計算は難しくて、出来たとしてもすごく時間がかかったり、下手したらいくら考えても出来ない。



小学生に笑われるレベルやな・・・



など、まだあるはずなんだけど、今は浮かばないから、これくらいにしとこう(笑)



アスペルガー症候群

注意欠陥多動性障害

学習障害



それぞれ大変な障害。



普通はどれか一つだけという人が大半。



なんで全部併発してるのか・・・

しかも生まれつきだから、どうしようもない・・・



次は僕の病気の中の、発達障害の二次障害について書いてみる。
注意欠陥多動性障害(ADHD)



通称ADHD。



この病気の大きな症状は



不注意

多動性

衝動性



がある。



不注意



忘れ物が多い。

無くし物が多い。

小学校くらいの時から忘れ物はとにか
く、多かった。

ノートや教科書は当たり前。

約束事や、宿題、財布、等々。

ほとんど毎日、何かの忘れ物、無くしもの
をしてた。

例をあげれば、

教科書忘れて、隣の友達に一緒に教科書見
せてもらったり

友達と出かける約束をしてたのにも関わら
ず、当日の数十分前まで完全に忘れてたり

自転車の鍵、車の鍵、携帯電話、財布、等
の無くしもの、落とし物、忘れ物。

ひどいときは、ジャンバーを車に乗せてたのにも関わらず、どこかで落として無くなったり

ある時は、ドラムのスティックケースごと、新幹線の中に忘れて、そのまま無くなってたり

あり得ないことが連発。


あと、確認不足

よく、段差とかで確認せず、つまずくとか

確認したのにも関わらず、つまずいたり引っ掛かったり、しょっちゅうする。



目トンボが効かない

人を探すんだけど、周りの人や物が目に入ってきて、ごちゃごちゃになるから、目的の人を探すことが困難



何かやり初めても長続きせず、途中で終わってしまう



これは、アスペルガー症候群の症状なのか、注意欠陥多動性障害の症状なのか、わからないけど、一度急いでしまうと、急がなくて良くなったあとでも、体も気持ちも急ぎ、また、焦りが止まらない。
気持ちの切り替えが出来ない。難しい。



片付け、整理整頓が難しい。
出来ることは出来るんだけと、長続きしない。



注意が長続きせず、気が散る。



逆に興味のあることは、過集中。



多動性



順番を待てない。



じっと待ってないといけないところや、仕事の面接などで、座り続けるんだけど、手や足をモゾモゾさせて、落ち着けない。



衝動性



自分の得意な話になると、一方的に話しすぎなくらい喋り続ける。



気に入らないことがあると、暴力的になってしまう。



思いたったらすぐ、そのままの言葉でいうから、会話の流れでタイミング良く話すことが出来ない。
そうかといって、タイミングを伺ってたら、話に入ることが出来ず、思ったことを話すことが出来ないときがある。



他人同士が話してるところに、割り込んで話をしてしまう。



特に中学生の頃は、学年、クラスで浮いていたので、よくちょっかいかけられたり、普通あり得ないようないじめにあったりをほぼ三年間してて、それと、勉強についていけないで、学校というところがすごく嫌いだったので、特に中学2年、3年はほとんど登校拒否してた。



しかし、実家には知られたくなくて、朝当たり前に家を出て、学校までは行かず、途中、市場のトイレや、あちこちブラブラして下校の時間まで時間を潰したりしてた。



とにかく、特に中学生の時は、すっごく辛かった。



自殺しようとまで考えた。



高校1年生は普通科で入学して、2年に上がるときは、進学科にコースを変えて、さらには、2年の後半で音楽の授業が無くなると聞いた瞬間に、その高校を、もう一年頑張って卒業するという気持ちが一気に冷めたので、その高校に居ても意味がないと思って、雑誌で編入できる音楽の専門学校を探しだして、その学校に受かったので、高校を2年の終わりで中退。



そのあと、音楽の専門学校に高等課程として編入した。



要するに、自分に興味のないこと、また、無くなったことを我慢して続けるということが出来ない。
嫌だと思ったら、即行動に移してしまう。



ゆえに、一般企業で働き続けること、また、一般のサラリーマンとして、面接に受かることが困難。



やる気がなくなると、すぐ投げやりになってしまう。



何をするにも億劫になって、引きこもってしまうときもある。



僕の生きる場所は何処なんだろう?



何を糧にして生きていけばいいんだろう?



切にそう思う。



僕のこの病気があるがばかりに、できることも出来ず、得れるものも得れず、あるべきものだった将来もぶち壊したに違いない。



なんで僕なんか生まれてきたんだろうって常に考える。



自分の家族からさえもバカにされ、うっとうしく思われ、ただの厄介者と思われてて。

妻の家族からも、妻の旦那はおかしいよね。

普通に働かないでつまらん男とか、病気持ちだから何にもしきらないとかってバカにされて、

自分達が困ったときだけ僕を頼ってきて、良くなったら知らん顔。

さらには、僕達夫婦が何をしてあげても、忘れた頃には、僕のことメチャクチャにケナしてくる始末。

他人様からは、当たり前のように普通に利用され、踏み台にされ、どん底に突き落とされる。



妻がいつも話し相手になってくれるんだけど、そんな妻にも、悪いなって思う。

こんな病気を持ってなかったら、妻も苦労しなくてすんだのにって・・・



すごく思う



妻へ・・・こんな僕でごめんなさい。



まだまだ書き足りない。



今は思い付かないから、書くことがあれば、また書こうと思う。


では。
アスペルガー症候群


これは知的な障害を伴わない自閉スペクト
ラム障害。



アスペルガー症候群の症状を調べたとこ
ろ、今思えば、幼少期の頃から思い当たる
節がすこくある。



・小さい頃からこれまでずっと、音に関し
てすごく敏感だった。



たとえば、茶碗が重なる音



カシャーン


今でも変わらないんだけど、すっごい苦
痛。



特に朝なんかは、よりいっそうキツイ。



鼓膜が破けるんじゃないかってくらいの感
じ。



たまらーーん


こうなったら、朝からにもかかわらず怒り
爆発。



家族はなんのこっちゃ分からない・・・。



それもそのはず、自分でも訳が解らない
し、コントロール出来ないから、周りは
もっと解らないよね。



あと、工事現場の音や工場のうるさい
音、外の騒音、ファミリーレストラン等の
ガヤガヤした話し声、等。



すべて耳に刺さるかのように聞こえてく
る。



しかもすべてが一緒のボリュームで聞こえ
てくるから、そういう中で、特定の人の話
し声だけを認識して聞き取ることが出来な
い。



何を言ってるか全然わからない。



・あと、人混みが大の嫌いで、人にすぐ酔う。



人に酔ったらテンションや気分が、いっき
に下がる



そして、食欲も物欲もなくなる。
だけど、家に帰りつくと、安心するの
か、食欲がわいたりする。



なしかー



自分ながら、ホントに大変。



・小さいときから言葉を選んで発言すると
いうことが出来ず、思ったまま、感じるま
まに、そのまま発言してしまう。



たとえば、ご飯食べに行って、不味いと感
じてしまったら、店員がそばに居てもお構
いなしに、不機嫌そうな声で



まずい



と、一言。



家族はびっくり、ヒヤヒヤだっただろうけ
ど、本人の僕には、それがいけないことが
解らない。



たとえば、ワキガの人のそばにいけば、そ
の場で一言、



ワキガ臭い



頭剥げてる人がいたら、その場で一言、



この人、ハゲ



自分ではホントに悪気はないんだけど、こ
うやって発言することが人間関係を悪くさ
せる、また、友達が居なくなる原因に繋
がってしまう。



ゆえに僕は今、家族以外に



友達がいない



でも、変に友達つくって騙されたり利用さ
れたりするよりかは全然ましなんだけど
ね。(笑)



・自分の得意なこと、特定の物事に関して
過集中になる



僕は幼いとき4才のときに、母方のじい
ちゃんが大正琴をしてた影響で、ある
時、じいちゃんが大正琴を練習してるのを
見て興味津々。



食い入ってみてたら、見かねて、じいちゃ
んが少し僕にさせたらしい。



そしたら、一度目は曲を聴くだけ、二度目
は曲にあわせて何となく弾いてみて、三度
目には一曲弾けてたらしい。



そのときから僕の音楽人生が始まっ
た。



大正琴を練習するときは、練習中は周りを
見ることが出来ず、時間の感覚が分からな
い。



だから、気づいたら何時間もたってたとい
うこともしょっちゅう。



中学校になると、ひょんな事からドラムの虜になり、それ以来ドラムをし始めることになるんだけど、ドラムを練習するときは、大正琴以上に練習に没頭して、約半日くらい没頭してたこともある。



ほたってたら、時間、日にち関係なく、永
遠にし続ける。



僕の実家は幸い一戸建てで、父親が理解あ
る人だったので、当時13才だった僕に、初
心者用だけど、アコースティックドラム
セットを購入してくれた。



だからそのおかげで、スタジオ代も気にし
なくてよかったから、余計に練習に没頭で
きた。



今でも、そんな父親に



感謝



父ちゃんが理解してくれなかった
ら、誰も理解してくれなかったら、今の音
楽家としての、ドラマーとしての僕はいな
い。



少し、話がそれてしまったm(._.)m



・それは、もちろん音楽もだけど、好きなテレビゲーム、風景画などのスケッチ、等々



僕が興味を持ったものには、上手い下手関
係なく、とてつもない集中力を発揮する。



その代わり、学校で習う基本の科目



国語

数学

社会

理科

英語



は、全くもって頭に入らない、授業にもつ
いていけない。



しかも、運動音痴ときてる(笑)



要は、音楽やスケッチ等以外では



全くだめ



な訳。



だから、一般の世界ではすごく生きづらい
のが本音。



・小学校、中学校の時なんかは、学校帰り
に、トンネルがあるんだけど、そこを通るたんびに、周りを見ず、大声で



歌って



帰ってて、歌い終わってスッキリして人の気配がするから後ろを見ると、



普通に人が居た



っていうことは日常茶飯事(笑)



・幼い頃なんかは、家にある人形、ぬいぐるみを使い、一人遊び、なんとかゴッコとかはいつもしてた。



特に、テレビの仮面ライダー、戦隊もの
等、あと、ママゴト的なものも遊んでた『男だけど』(笑)



普通に



おかしいよね



あと、僕の興味のある物事、得意なこと以外は、なんに関しても不器用。



普通の人は簡単にできる作業も僕は、ぎこ
ちないし、時間かかるし、下手したら全く
出来ないことも・・・



こんな感じで、とにかく普通の人と比べて、明らかに




おかしい



あと、簡単に言っていけば、



こだわりが強い

・自己中心的になる

・自分の中でのルールがある

・毎日の日課を邪魔されたくない

・空気が読めない

・暗黙の了解がわからない

・人の顔を見て気持ちを読み取ることが困難

・過集中

・動きがぎこちない

・歩き方や走り方に特徴がある

・相手の言っていることをそのままの意味
で受けとる

・大人になった今でも子供のおもちゃ『プ
ラレール・ミニ四駆等』にすごく興味があ
る。  本気で欲しかったりする(笑)いや本当に

・嘘がつけない

・ばか正直

・好きなことにはとことん突き詰める、興
味のないものは無関心

・感覚過敏『僕の場合は、聴覚過敏、接触
過敏、嗅覚過敏』

ちなみに、目は逆に悪すぎて、19歳のとき
に網膜剥離で緊急入院&右目全身麻酔の手
術、左目はレーダー手術を受けた



ひどいよね



だいたいこんな感じ。



よく言えば、個性が強くて、才能豊かな
人。



悪く言えば、自己中な空気読めない、ただ
の浮いた人間



よくも悪くも、自分を評価できるのは自分
しかいない。



だから僕は、とても個性的な多様な才能を
秘めているっていう風に、自分の事を良く
評価してる。



それが自分の自信に繋がるから。


何年か前に僕と妻で旅行に行った。

行った先は大分県湯布院にある



小鳥のたより






ここは小鳥のたよりの玄関(だったとおもう(笑))

部屋はすべて一つの建物の中ではなく、値段に応じて各建物がある。

各建物に複数部屋がある。


僕たちは一番格安の部屋に泊まった

値段はだいたい二人で



2万くらい




部屋にお風呂はついてなく、少し歩いたところに露天風呂と家族風呂がある。


ご飯は食堂に食べに

レッツゴー!






晩ごはんのメニュー

とってもおいしかった(o^-^o)


お風呂は家族風呂に夫婦水入らずで入浴(o^-^o)



むふふ(o^-^o)


ってのは冗談だけど(笑)



硫黄の成分?なのか分からないけど、風呂のなか、濁ってたのが印象的だった。


でも風呂から上がったら




肌がスベスベ~~~



やっぱり温泉っていいなー(o^-^o)



さいこー!!






朝食。朝から美味しく頂きました。


夜も朝も、とってもいい気分で満足に泊まることができました。


小鳥のたよりを出たあとは、別府のアフリカンサファリに遊びに


レッツゴー!


まず、自家用車で大型動物を見にいった



ライオン

チーター

ヒョウ

トラ

キリン

等々

人生で初めてサファリに行ったから、



めちゃくちゃ感動だった


その後は、ふれあいゾーンにいって、カンガルー等と遊んだ(o^-^o)



中でも、あるカンガルーが餌ほしさに妻に接近。


事もあろうか、ちょうどそのカンガルーが

立ち上がり、妻に『ハイタッチ』状態。



それはいいんだけど、カンガルーの手の当たってた場所が






妻の胸




もう僕は相手が動物だろうと





やきもち

妬きまくり





その瞬間、僕はそのカンガルーに向かって



ちょっとー、ちょっとー、ちょっとー


ザ・たっちか~~~~~~~~~

って感じ(笑)



あと、なんとその日はある動物の赤ちゃんを抱っこ&記念写真を撮影してくれるとの事


その動物とは





ホワイトライオン




この日サファリに行ってよかったー(o^-^o)



しかし残念ながらその写真は消えてしまったという落・・・




ショックーーーー



貴重な写真だったのに・・・

消えたものは仕方ない



次撮れる機会を待とう。



てな訳で、僕と妻の夫婦二人だけで行った旅行。


近場だったけど、二人にとってとってもと~~~~~~~~~~~~~~っても






幸せなひとときだった~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~(*´∀`*)



妻へ・・・

また泊まりに行こうね




僕は発達障害者。

発達障害というのは、



アスペルガー症候群

注意欠陥多動性障害

学習障害

この3つなんだけど、

同じ発達障害者の方でも、大半の人はどれかひとつだけ。
それだけでも十分大変なんだけど、

でも僕の場合は



3つ全部

嘘みたいな話。

それだけじゃなくて、発達障害には二次障害というのがある

これは名前の通り、病気を知らないで放っておくと、また、人との関わりの中でのストレス。そして、自分の置かれていた環境によっても、場合によっては発祥してしまう。


恐ろしい病気



うつ病

統合失調症

自律神経失調症

睡眠時無呼吸症候群

チック症

これが全部僕の病気。




ええ~~~~~~~



って感じ。

ショックを通り越して笑いが出るレベル


しかもしかも、それだけじゃなくて



てんかん



の可能性があるって言われた。

これはちゃんと、これから調べないと分からないことなんだけど・・・




ど・ど・ど・ど・ど・ど・ど・ど・どんだけなん~~~~






まあ、もし『てんかん』だったとしても、もう受け入れるしかない。



自分の病気ながら笑う


あっぱれあっぱれ。

あはははは


はぁ~~~~~~(泣)


僕が通ってる病院は福岡県の北九州市八幡西区にある、とある心療内科のクリニック。

そこの主治医の先生が僕としては何でも話しやすい。『これが一番』


その先生いわく『こんな病気がひどい人は初めて見た』って言われた。


自分でも分からないながらに普通ではないなと思ってたけど、これほどとは・・・

これで僕は確信した事があって、それは・・・




普通の世界では生きていけない

一般の企業では働けない

僕は特別おかしな人

そう確信した。

この病気がある人は、個性が強い、特別な才能を持ってる人が多い

という話はよく聞くけど、こんなに病気があったらね~~





とても前向きには考えれんわ


というのが本音。


どうせ僕なんか生きてても仕方ない

世間様の邪魔者になるだけ

と、常に考える。


ダメなんだろうけどね・・・


こんな、ゴミみたいな僕にも、たったひとつだけ、世間様に自慢できる、また、誰にも真似できない特別な特技がある。
それは



音楽

ドラム

作曲

これだけは、音楽だけは誰にも譲れない


負けない


誰も僕の変わりは出来ない


たとえ同じ『プロミュージシャン』であっても


YOSHIKIさんでも

真矢さんであっても

逆にどのドラマーの方の真似も他の人には出来ないんだけどね(笑)



あと、著名人の方も発達障害の人は多いと聞きます


黒柳徹子さん

GACKTさん

栗原類さん

SEKAI NO OWARI 深瀬さん

プラスマイナス岩崎さん

トム・クルーズさん

スティーブン・スピルバーグさん

ウォルト・ディズニーさん

山下清さん

ジム・キャリーさん

ウィル・スミスさん

ブリトニー・スピアーズさん

トーマス・エジソンさん

アインシュタインさん

等々

こうやって広く知っていけば、なんか分からないけど、すごく勇気付けられる



一般ではすごく浮いてておかしいのかもしれないけど、有名人の仲間入りみたいな(笑)

こう考えるのもおかしいのかもしれないけど・・・



でも、結局こんな僕自身を受け入れて付き合っていくしかない。



だったらこの特性を前向きに考えた方が特って話(o^-^o)


僕は、特別な特技がある

才能がある

世界に羽ばたいて行くべき人間なんだ


ってね。(笑)




この複数ある病気、僕の特技などを持っているのは、僕の宿命。


またこれから生きていく上で、必然なこと、必要なことなんだろうね