1月某日
◆22時半
母から父が心肺停止になったと電話あり
◆23時
電車で急ぎ病院に向かう
電車内で救急車に同乗した特養スタッフから
電話あり
延命治療を希望しない父は救急車内でも延命処置はせず、心肺停止のまま病院に入ったとのこと
今日はお父さんとの別れの日だと悟る。
◆0時
病院着、すぐに病室に入り父を見る
寝てるようだが心臓は止まっている
お父さん、お父さん、お父さん、お父さん
何度も呼びかける
それしか言葉が見つからない。
足を揺らしても
頬を近づけても
耳元で泣いても
父はぴくりともしない
2日前に面会した時は、ぼーっとしてても
たまに「うん」って言ったり
首振ったりしたじゃない。
お父さん、お父さん、お父さん、お父さん
呼んだり泣いたりしてるうちに
お医者さんがくる
心電図がゼロの表示を見せる
ドラマでみるやつだ。
お医者さんがお父さんのあちこちに触れ
脳も心臓も肺も動いてません
0時26分ご臨終です
と告げる。
これもドラマみたいだ。
本当にお父さんは亡くなったんだ。
泣いたり説明を聞いたりでこのあたりの
時系列はあやふや
・当日は朝昼食は完食、夕飯は少し残す
・就寝後の見回りで呼吸が浅く救急車で搬送
・死因は老衰
・痛みや苦しみはなく、穏やかに逝った
と、お医者さんやスタッフの方は
言っていた。
最期の日までご飯を食べられたんだ
ご飯の後いつものようにウトウトして
そのまま天国に行ったのかな
お父さんらしい。
看護師さんがお父さんの身体を拭いている間に
葬儀屋さんに連絡。
◆1時半
葬儀屋さん到着
父とともに病院を出て、葬儀場に向かいます。
思えば、この病院の物忘れ外来を訪れた
時から父の認知症生活はスタートしました。
通院、入院などなど
大変お世話になりました。
◆2時頃
葬儀事務所着
父に線香をあげる。
さっきまで病院のベッドでパジャマで
寝ていた父は
白い布を被り、お線香の横にいる
でも、手を触るとまだあたたかい。
こうやって
徐々に生身の人間から仏様になっていくのか
◆2時半
葬儀に関する諸々を決める
日取りを決めるだけじゃないのね。
戒名どうする、料理どうする
遺影どうする、送迎どうする
などなど決めることがてんこ盛り。
結婚式か。
こういう時は意外とお仕事モードに切り替わり
ささっと取捨選択
そういえば、お父さん
「老いてはプーコに従う」と言っていたなあ。
ぼんやりプーコも
なかなか頼もしくなったでしょ。
◆4時半
葬儀の打ち合わせ終了
号泣したり、諸々の決めたり
怒涛の5時間だった。
こんな日はなかなかない。
そして
今日は人生ではじめて父がいない日だ
これからはずっと父がいない日だ
いつかは来るとわかっていたのに
どうしてこんなに苦しいのだろう。
すごく大切なことを失った気がする。
◆5時前
電車に乗る
早朝なのに意外と混んでる
なぜか老人が多い
仕事か旅行か
ここに父がいてもいいのにな。
最寄り駅についた
まだ暗いし寒い。
帰宅し
布団に入りまた泣く
そして少し寝る。
父の逝った日のことを忘れたくなくて
こうして記録に残しました。
長々書きましたが
父が逝った日は
父に最も会いたい日でした。