頼朝の御台所の北条政子が、お亡くなりになられた日さ“さきちゃん” | (続)さきちゃんの独り言

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さき太郎ちゃん愛称千葉県房総半島内房の袖ケ浦市鎌倉街道蔵波の牧場犬さきちゃんでーす。北海道から沖縄まで大好き、袖ケ浦市の観光、お店、御食事処、農産物紹介の ポータルサイトの“そでなび”ホームページ運営の取り締まられ役会長ちゃんワンのさきちゃんでーす。

 さきちゃんでーす。大好きな義経様のワンご家来様のさき太郎様のDNAを受け継いじゃっている、木更津市のお隣の袖ケ浦市(大きなケさ)の大好きな頼朝ちゃんの鎌倉街道蔵波で、毎日美味しいものにはお目目がない、スイーツに目がテンの、あるときはワンワン、都合により、ワンコちゃんのおサキワンコちゃん、愛称さきちゃんでーす。“そでなび”ホームページの取り締まられ役ワンコのさきちゃんでーす。


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 こちら千葉県房総半島内房の袖ケ浦のお天気は、まあさ、朝からお空には、まあまあの雲で、覆われちゃっているさ、そんで、たまーに、小雨もさ・・、薄ぐらいお天気さ、今日も風チョコあるさ、まあまあ涼しい風さ、そんで、今朝の室温は、28度と暖かいさ、日中も、雲で覆われちゃった一日なんで、風もチョコあるんで、暑いんだけんどさ、昨日ほど、暑くはないさ、・・昨日の暑さは、忘れちゃったんだけんどさ。

 そういえば、今日は、大好きな北条政子がお亡くなりになられちゃった日さ、・・1225年のことさ、799年前のことさ、・・つい昨日のことのようさ。

 そんで、大好きな北条政子と言っちゃったら、大好きな鎌倉幕府を創設しちゃった、大好きな頼朝が、こよなく愛しちゃった、御台所さ、・・1177年頃のことさ、・・大好きな頼朝30才、大好きな政子20才の時さ、・・大好きな頼朝、政子は、大好きな蛭が小島(ひるがこじま)で、大好きな富士山を見ながら、肩寄せ合って、語り合ったさ、・・幸せだなー、俺様は、まあちゃんといるときが、一番幸せなんだ、俺様は、いつまでも、まあちゃんを離さないぞ、・・いいだろ・・、って、言っちゃっておられたさ。・・この時は、いつまでも、ここ静岡県伊豆の国市で、静かに暮らせると、思っちゃったさ。

 

北方40kmの富士山を眺める蛭ヶ島の夫婦(ひるがしまのふたり)

まあちゃん幸せになろうね、・・頼ちゃんは言いました

私は小さく頷き、幸せいっぱいでした

 

伊豆山神社の二人の腰掛け石さ

腰掛け石、二人で座るには、小さすぎさ

 

伊豆山神社の三人さ

伝:右から頼朝、大姫、政子さ、お顔、お姿、忘れちゃったさ

 

 1192年3月、大好きな頼朝は、かねてから望んでおられた、大好きな征夷大将軍に任ぜられちゃったさ、うれしいさ、その後、大好きな頼朝周辺の出来事さ、1192年8月には、大好きな次男の実朝が、誕生されちゃったさ、うれしいさ、・・1193年5月には、大好きな富士の巻狩りさ、・・チョコ大好きな頼朝家には、不吉な気配さ、・・そんで、8月には、大好きな弟の範頼を伊豆へ配流、殺害しちゃったさ、残念さ、不吉の始まりさ、・・1197年7月に、大好きな大姫が、19歳の若さで、亡くなられちゃったさ、大変お気の毒さ、・・そんで、次の年のことさ、1198年12月27日、大好きな頼朝は、大好きな相模川で催された橋供養からの帰路、落馬しちゃって、・・1199年1月13日に亡くなられちゃったさ、・・残念さ、・・でも大好きな政子はへこたれなかったさ、心の強い実質女性将軍さ、・・オロオロしなかったさ、・・気丈にも、大好きな実家北条氏とともに、大好きな鎌倉幕府を支え続けちゃったさ、・・そんで、大好きな頼朝、政子のお子様さ、・・大好きな大姫は、前述のように、・・2年前の1197年に病気でお亡くなりさ、・・大好きな頼朝が亡くなられたときには、大好きな頼家17才、乙姫13才、実朝7才がおいでだったさ、・・このうち、大好きな乙姫は、1199年に、大好きな頼朝が亡くなられた後、まもなく病気でお亡くなりさ、可哀想さ、・・残るは、大好きな頼家、実朝だったさ、・・でも大好きな鎌倉幕府第2代将軍の頼家は、1120年、21才の若さで、・・一番偉い将軍なのに・・、大好きな北条氏に見放されて、大好きな修善寺で、残念なことさ、・・そんで、大好きな鎌倉幕府第3代将軍の実朝は、1219年、大好きな頼家の子公暁に暗殺されちゃったんさ、残念さ、・・そんなんで、大好きな頼朝、政子の子供達は、短命に終わっちゃったんさ、悲しいさ、・・大好きな親は、絶対、何が何でも、・・我が子の幸せを願うもんさ、・・我が命が尽きるまで、我が子は、元気で、自分を看取って欲しいと思うもんさ、・・絶対我が子を葬り去るなんていうこと、・・有り得ないはずさ、・・絶対、絶対、絶対無いさ、・・例え鬼畜であっても、我が子は大事さ、我が身を挺して子を護るさ・・、・・母性の掟さ・・、・・そう思いたいさ、絶対思うさ、・・それにしちゃっても、さきちゃん、・・大好きな修善寺の指月殿(しげつでん)で、お参りする度に、・・大粒の涙さ、・・そんで、大好きな政子は、69年の御生涯だったさ、・・全般は、幸せいっぱい夢一杯いっぱいの人生さ、・・後半は、端から見ると残念な一生・・?・・かもさ、・・末っ子の大好きな実朝は、35才の時に産んじゃったお子様さ、・・可愛いさ、・・せめて大好きな実朝だけでも、自分を看取って欲しかったと思うさ、・・その願いが、叶わないとならば、永遠に、そばにいてもらいたいさ、・・大好きな鎌倉の寿福寺で、大好きな政子、実朝のお墓さ、うれしいさ、・・そう言えば、大好きな寿福寺に行っちゃった時のことさ、・・大好きな政子のお墓から、こんな声が聞こえちゃったさ、・・それにしちゃっても、目に入れちゃったら痛すぎる、大好きな我が子大姫の許嫁の、大好きな義高を、身を挺して護ってあげ、その後、予定通り、大姫と結婚させてあげれば、その子は、大好きな頼朝、実朝を補佐してくれちゃったはずよ、・・覆水盆に返らずなんだけんどよ、・・残念よ・・、って、言われちゃったんさ、・・このことは、大好きな公式の吾妻鏡にも、書かれちゃっているんだけんどさ、・・一部、書かれちゃっていないことは、・・さきちゃん家に伝わる、ワンワン鑑を見ちゃって補完しちゃって欲しいさ、・・そんなんで、大好きな政子は、大好きな源氏のゆかりの地の、大好きすぎる寿福寺で、大好きな末っ子の実朝と、仲良く一緒に、永久にお暮しかと思うと、うれしいさ・・、・・それにしちゃっても、大好きな鎌倉のお土産の、鳩サブレ―美味しすぎさ。

 

 

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