巡航速度を模索し始めた中国の「一帯一路」戦略と中央アジアの地政学的重要さの見直し ③ | 中央アジア・中央ユーラシア往還

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(②から続く)

 

新しいインド太平洋地域の安全保障の枠組みの成立とこれへの対応

 

中国の「一帯一路」(特に「一路」)構想に基づく急速な海洋進出は、ASEANを含む関連する自由主義陣営諸国間に新しいインド・太平洋地域安全保障の枠組みの形成を促す結果となった。経済安全保障を謳う「QUAD」(2019年、日本・米国・オ―ストラリア・インド)、対中国軍事安全保障パートナーシップとしての「AUKUS」(2021年9月、米国・英国・オ―ストラリア)、地域経済協力機構としての「IPFE」(インド太平洋経済枠組み、2022年5月、日本・米国・インド・韓国他14か国)等である。

 

また最近、G7は「一帯一路」構想がさらなるグローバルサウス等への投資・金融面での影響力拡大を懸念して、これに対抗するために「グローバル・インフラ投資パートナーシップ」の組織化を打ち出している。日本政府は、例えば、「QUAD」は「特定の国(=中国)に対応するための組織ではない」と表明しているが、中国はこれを経済・政治・軍事を含めた「対中包囲網」の一環とみなしていることは明らかである。

 

 こうした中国の軍事・安全保障戦略とタイアップした「一帯一路」構想の更なる拡大に対する国際間の抵抗・競合の高まりはまだまだ続く可能性が高い。中国がこうした抵抗・競合行動に対して対抗的実力行動だけで正面から対するのではなく、話し合い(外交交渉、国際会議、ジャーナリズム等)で解決していく姿勢を身に着けて、時には相互会議参加・妥協する柔軟性をも示せるか否かが、今後の世界の決定的なデカップリングの深まりと世界平和の極端な動揺を防ぐ鍵になると考える必要がある。

 

「一体一路」構想の行き着く先の透明性の確保

 

そして、何より大切なことは、大国化していく中国の目指している世界像をより具体的に提示することである。中国は「一帯一路」構想の究極の最終的ゴールとして「人類運命共同体」の形成を挙げている。しかし、それに至るプロセスとして具体的にどういった国際的な政治・経済の共存展開を想定しているのかは必ずしもはっきり見えてこない。「人類運命共同体」自体にしてもその正体が「中華民族がリーダーシップの頂点に立つ共同体」なのか、「多民族共存や文化の多様性が十分に担保される共同体」なのか見通しがつかない。もし、前者の可能性が高いのであれば、その実現のプロセスで「装われた植民地主義」の疑念やクラッシクな「黄禍論」の復活を招来するため、これからの世界で存在感が一段と大きくなる「グローバルサウス」圏のリーダーシップは必然的インドに傾いていくことになる可能性が高い。習主席が前記のサミットで演説のサブタイトルとした「開放性と包容力を持ち、相互に連結し、共同で発展する世界の構築」が、現時点で中国が構想している「人類運命共同体」と具体的にどう結びつくのか一段のオープンな議論と説明が必要である。

 

 また、2013年の「一帯一路」構想発表までに、党の「一帯一路戦略小組」の実力副組長として同構想を纏め挙げて評価された、いわゆる「三代帝師」の王滬寧・政治局常務委員(兼・政治協商会議主席<勿論このポスト自体は功績のあった党最高幹部の仕上がりコースなのではあるが>)が最近の「一帯一路」構想のフォローアップの場に全く姿を見せていないのも気懸りな点である。

 

つまり、「一帯一路」構想は国際政治の面では中国の存在感の顕示に多大な役割を果たしたが、国際政治的効果(「中国の夢」の実現)を急ぐあまり、現実に途上国の信頼を得るための現地での「経済開発支援」や「開発支援金融」の具体策の詰めが、経済理論的(例えば、「投資対効果分析」)には不十分だったのではないかとの評価が中国の学会で出始めているとの指摘もある。

 

関連大国の中央アジア域取り組みの動き

 

 この間、「露・ウクライナ戦争」の長期化のもとで、ロシアとの政治的距離感を拡大させている中央アジア諸国に対してその地勢学的存在の重要性を再確認して、政治・経済的関与を一段と拡大させようとする関係大国の働きかけがより顕著になってきている。

 

これまで述べてきたように、「一帯一路」構想を見直しつつある中国は、改めて最重点地区の中央アジア地域の取り込みを強化すべく、初めての対面による「中国+中央アジア5か国」サミット(2023年5月、「西安会議」)を開催している。因みに「西安(旧長安)」は唐代以降に盛況を極める「シルクロード・天山北路(現中央アジア・コーカサス地域)」の出発点にあたり、同サミットでは中国のリーダーシップに基く経済協力(「一帯一路」構想を含む)の強化を中心とする次の15項目にわたる「西安宣言」が採択されている。

 

①    参加6か国は連携してより緊密な中国・中央アジア運命共同体を構築する。

②    正式の「中国・中央アジアサミット」を立ち上げる。

③    「中国・中央アジアサミット」は、2年に一回開催。開催場所は中国と中央アジア諸国の輪番制とする。閣僚級会合も常設し、常設事務局を設置する。

④    中国・中央アジアは、独立・主権・領土保全の原則を堅持する。また、中央アジアは「一つの中国」の原則を支持する。

⑤    カラー革命及び内政干渉に反対する。

⑥    「一帯一路」構想10周年を新たな出発点として、域内国の国家開発戦略である「経済発展政策・ヌリジョリ」(カザフスタン)、「2026年までの国家発展計画」(キルギス)、「2030年までの国家発展計画」(タジキスタン)、「シルクロード復興計画」(トルクメニスタン)、「新しいウズベク2022年~2026年発展戦略」(ウズベキスタン)などの各国の中・長期の政策・戦略との連携を一層強化する。

⑦    中国と中央アジアを結ぶ「中央輸送回廊」を更に整備する。

⑧    農業面での協力関係を促進し、中国は中央アジアからの輸入農産品の種類を拡大する。

⑨    石油、天然ガス、石炭等の伝統的エネルギー分野での協力を拡大するとともに再生エネルギー分野での協力も推進する。

⑩    教育、観光、医療などの人文系の産業協力を推進する。

⑪    気候変動、環境分野での協力を強化する。

⑫    国際テロリズム、分離主義、過激主義に対しこれを強く非難する。

⑬    中国の提唱する国際開発や安全保障のイニシアティブを高く評価し、積極的にこれを実行していく。

⑭    「中国・中央アジア5か国データセキュリティー協力計画」を実行に移し、グローバルな情報セキュリティーの脅威に協力して対抗する。

⑮    国連、SCO(上海協力機構),CICA(アジア相互協力信頼醸成措置会議)などの多国間メカニズムを通じ対話と協力を強化・推進する。

 

一方、2023年9月の国連総会に合わせて、ニューヨークで初の「米国+中央アジア」サミットが開催された。2015年に発足した「米国+中央アジア」対話枠組みは外務大臣レベルで運用されてきたが、昨今の中・露等の動きを勘案してこれを急遽首脳会議に格上げしたものである。これに続き、同じ2023年9月に初めての「ドイツ+中央アジア」首脳会議がベルリンで開催された。EU加盟国が単独で対中央アジア首脳会議を開催するのは勿論はじめてのことであるが、欧米が中央アジアとの対話を強化する背景には、中央アジアが対露経済制裁の迂回ルートとなっているため、制裁の効果が思ったほど挙がっていないことに対する懸念と焦りがあることが指摘されている。

 

サミット前に開催された「ベルリン・グローバル対話」に参加したカザフスタン(現在すでにドイツに対する第4位の原油供給国)のトカエフ大統領は「カザフスタンはEU の対露経済制裁を支持する」としてカザフスタンが対露経済制裁の迂回ルートになることを回避する意向を示している。初の「中央アジア+ドイツ」サミットでは、中央アジア5か国首脳はドイツ大統領、同首相と会談し、経済、貿易、投資、物流に関する協力事項、気候変動に伴う環境問題、アフガン情勢やロシアのウクライナ侵攻等幅広いテーマについて討議、また「ドイツ東欧経済関係委員会」との会合では、水素エネルギー利用協力、レアーメタル加工技術、農業と水資源管理の近代化、輸送インフラの拡大、職業訓練の5分野に関する協力の推進が提案された。

 

また、たとえば「中央アジア+日本」対話の形態とは事なるが、2023年7月にはサウジアラビアのジッダで、中央アジア5か国首脳と中東湾岸諸国会議(GCC)首脳による初の地域間サミット会合が開催された(議長はハサウジのムハンマド皇太子)。改めて、両地域の地政学的連結性を強化することの重要性に対する討議が行われ、『2023~27年の両地域の戦略的対話と協力のための共同行動計画』が承認された。

 

この間、日本は一早く2004年の8月に時の川口外務大臣が中央アジア4か国を訪問し、「中央アジア+日本」対話枠組み(外相レベル)を発足させることを発表している。実は、この原案作りの最初の段階で私は外務大臣室に呼ばれ「今後の中央アジア外交のあり方」に関して改めて意見を聞かれたので、「現地で見ている限り、中央アジア諸国とのバイの関係では、これまでの積極的なODA供与の効果で親日感の醸成に相応に成功している。

 

今後は、中・露の緩衝地帯としての中央アジアが日本の国際的な活動を地域全体として支援してくれるような関係性を育成することが課題だ」と述べて同大臣の賛意を得たことを記憶している。何れにしてもこの対話構想発表の反響は大きく、とくにこの地域に強い利害を持つ中国、ロシアでは新聞で大きく取り上げられた。中国の党委員会海外情報機関誌『環球時報』は、「日本、中央アジアへの接近を図る」と題して1ページ全部を使って川口大臣の中央アジア訪問の詳細と発表した「対話枠組み」の内容を報道して、関心の高さと共に警戒感をも示す処となった。さらに、2015年に米国が外相レベルの「中央アジア+米国」対話構想を立ち上げた直後、ウズベキスタンのタシュケントで開かれた「中央アジアの安全保障会議」に米国から参加した米国国務省の対中央アジア・西アジア外交に決定的な影響力を持つ米国外交政策評議会会長フレデリック・スター教授(当時、ジョーンズホプキンス大学中央アジア・コーカサス研究所所長)は、私に『米国の「中央アジア+米国」対話構想は完全に「中央アジア+日本」対話枠組みをコピーしたもの、その意味では我々は川口・田中のアイデア―を盗んだことになる』とジョーク混じりに語ってくれたほどであった。

 

こうした経緯からすれば、2023年9月に、「中央アジア+米国」のはじめてのリアル首脳会議の開かれた同じ日、同じ場所で日本の上川外務大臣が「中央アジア+日本」対話枠組みの首脳会談への格上げと2024年の早い時期での活動開始を声明したのは、やや出遅れ感はあるが、ギリギリのタイミングでの日本の対中央アジア外交の再強化の意向表明だったということにはなる。

 

中央アジア5か国サミットの順調な拡大

 

 中央アジア諸国では、1991年末の旧ソ連邦からの独立以来、どちらかと言えば民族構成の類似性と多様性等からくる「近親憎悪」的感覚等から生ずる外交的孤立主義をとってきた各国の初代権威主義的大統領の順次の交替に伴い、国際機関や周辺大国のリーダーを含まない「域内リーダーサミット」の機運が台頭してきた。つまり、以前は域外大国や国連機関の主導がなければ5か国だけで首脳が揃うことはなかったが、今や自分達だけで「中央アジア首脳会議(C5サミット)」を立ち上げ運営するまでになってきている。

 

これまでも見てきたように中央アジア域内国では、互いに国益を尊重しつつ地域としての存在感を国際的にアッピールする姿勢が徐々に醸成されつつある。具体的にも、これまで地域共同体の形成を妨げてきた域内国境管理の柔軟化やエネルギー資源(特に水資源)の共同利用の促進といった変化は大きい。「露・ウクライナ戦争」の長期化とこうした中央アジア諸国の政治・経済的な自立的域内結束の高まりが、大国の関心を増大させ投資も呼び込むことに繋がっている。

 

 時系列的に見ると、2018年3月にカザフスタンのヌルスルタン(現アスタナ)で第1回目が行われた「C5サミット」は、第2回(2019年11月)をウズベキスタンのタシュケントで、第3回(2021年8月)をトルクメニスタンの観光特区「アヴァザ」で、第4回(2022年7月)をキルギスのイシッククリ湖で、第5回(2023年9月)を持回り順最後のタジキスタンの首都ドゥシャンベで開催している。

 

 直近の2023年9月13~14日に開催された第5回「C5サミット」では、政治対話の発展、貿易、投資、輸送、エネルギー、農業、環境などにつき多面的な地域間協力の可能性について活発な議論が行われ、各首脳から以下の如き地域共同体結成を目指した域内協力推進のための基礎的かつ具体的な提案が行われている。

 

〇ラフモン・タジキスタン大統領(議長)

①    農業、工業、新技術分野の個別の協力プログラムの作成

②    中央アジア・ロジスティクス拠点統合のコンセプトの策定

③    中央アジア・マスコミ協会の創設

〇トカエフ・カザフスタン大統領

①    安全保障・協力対話の実施

②    商品生産企業の統一電子データベースの構築

③    中央アジア産業協力発展行動の策定

④    中央アジア総合TVチャンネルまたはインターネットニュースサイトの立ち上げ

〇ベルディムハメドフ・トルクメニスタン大統領,

①    中央アジア統一商工会議所の設置

②    中央アジア新技術評議会の設置

③    中央アジア・エネルギー対話の実施

④    中央アジア機構変動関連技術センターの設置

〇ジャパロフ・キルギス大統領

①    通関手続きの簡素化

②    水資源分野への投資誘致

③    新エネ技術導入機構の設置

〇ミルジョエフ・ウズベキスタン大統領

①    中央アジア経済評議会の設置

②    中央アジア輸送・トランジット協定の締結

③    気候変動への適応に関する地域戦略の締結

 

なお、同会議には、カスピ海西岸にあるコーカサス諸国の中で民族、文化、宗教、経済構造が最も中央アジア的であるアゼルバイジャンのアリエフ大統領がオブザーバーとして招聘された。同大統領は①トルコや欧州の市場に抜けるための重要なトランジットルートとしてアゼルバイジャンのポテンシャルを活用すること、②アゼルバイジャンが掲げている戦略通信プロジェクト「デジタル・シルクロード」に中央アジアも参加してほしいことを力説し、カザフスタン~アゼルバイジャンを通るカスピ海越えの「中央回廊」が中国の「一帯」構想にとって最重要ルートとして確立することへの期待を示した。