巡航速度を模索し始めた中国の「一帯一路」戦略と中央アジアの地政学的重要さの見直し ① | 中央アジア・中央ユーラシア往還

中央アジア・中央ユーラシア往還

ブログの説明を入力します。

はじめに

 

2024年2月24日はロシアのウクライナ侵攻の丸2年の日にあたる。「露・ウクライナ戦争」と「イスラエル・ハマス戦争」の2つの戦争の長期化の陰になって最近あまり表面化してこない10年目になる中国の「一帯一路」戦略の現状と先行きの課題等につき取り纏めておきたい。

 

2023年10月17~18日、中国・北京の人民大会堂で第3回「一帯一路」国際協力サミットフォーラムが開催された。習近平主席が、2013年9月のカザフスタンのナザルバエフ大学で「一帯(陸のシルクロード経済ベルト)」構想を公表する一方、同年10月にインドネシアの国会で「一路(海の21世紀海上シルクロード)」構想を提唱(同時に「アジアインフラ投資銀行<AIIB>」設立も発表)してからちょうど10年が経った。当初、両構想を合わせた「一帯一路」構想の対象地域は、65か国で人口44億人(当時の世界人口の63%)、世界のGDPの約30%を占めるものと想定され、ここへの国際的なインフラ投資金額は1兆ドルを上回るものとなり2030年までの経済効果は1.6兆ドルに達すると喧伝された。この「一帯一路」スキームのもとで、現在世界の150か国以上の国と約30の国際機関が中国との投資協力等に関して覚書を締結している。

 

 「一帯一路」構想が、これまで既存の国際金融機関の融資対象とはならなかった中央アジア・西アジアを含むグレートサウスの国々の経済近代化のためのインフラ建設投資の実現に役立っていることは確かであるが、種々の問題も発生しており、中国当局も構想の範囲とその推進のスピードについて見直しに着手している姿勢が窺える。

 

 第3回「一帯一路」サミット自体は、「露・ウクライナ戦争」の直接・間接の影響やいくつかの国の「一帯一路」構想離れを映じて、第2回サミットに比べるとその勢いが後退した感はあるものの、中国当局は同構想の揺るぎない発展を標榜している。

 

 この間、「露・ウクライナ戦争」の侵攻・長期化のもとで、ロシアと政治的距離感を拡大させている中央アジア諸国に対して地勢学的関与を拡大させようとする関連大国の動きが活発になっている。2023年5月に、旧シルクロード「天山北路」の起点であった中国の西安で開催された初めての対面での「中国+中央アジア」サミットの開催が顕著な例である。勿論、この背景としては、すでに2018年以降一切の周辺大国を含まないサミットを開催するなど、政治・経済共同体的結束を強めつつある中央アジア諸国を、この際押っ取り刀で一括取り込みを図っているという見方も可能である。これが地勢学的には「東西冷戦構造」角逐の再現に写るわけであるが、イデオロギーの対立は含まれないことからその中身は随分と異なるものとなっている。

 

第3回「一帯一路」首脳会議の模様

 

この巨大経済圏構想発足10周年を記念して、コロナ禍を挟んで4年振りに開催された今回の「一帯一路」サミットは、海外からの元首級の参加はプーチン大統領(ロシア)、ジョコ大統領(インドネシア)、トカエフ大統領(カザフスタン)、ボリッチ大統領(チリ)ら24人にとどまり、第2回サミット(2019年)の38人をかなり下回っている。「一路一帯」構想支援のための国際金融機関「AIIB」の設立総会(2015年、北京)に日米は参加を見送ったものの、欧州からは英・独・仏などの主要国が、57か国の創設メンバーの中に名を連ねていた。

 

前回の「一帯一路」サミットにはイタリアやスイスからの首脳出席があったが、今回はG7からの首脳の出席は皆無で、EUからはハンガリーのオルバン首相だけであった。過去2回のサミットでは出されていた「共同声明」は今回は見送られている。中国と欧州間の政治・経済的距離感の変化や世界的なコロナ禍の影響により、必ずしも当初公表通り進んでいない「一帯一路」構想の求心力の相応の低下に加え、露・ウクライナ戦争の渦中にあるプーチン大統領との同席回避指向がウクライナ支援国首脳にあったためとの指摘もある。

 

ただ、中国筋は今回の「一帯一路」サミットフォーラムの規模(参加国151か国、参加総人員1万人)自体については、決して前回(参加国150か国、参加総人員約6,000人)を下回るものではなく、むしろ盛況であった前回をさらに上回るものであったとの説明している。

 

 因みに、このところEUの対中国距離感も拡大の気配が濃厚である。中央政府による香港デモの抑圧、武漢発の新型コロナウイルスの拡散、ウクライナ侵攻のロシアに対する肩入れといった出来事によって、EU諸国の中国に対する警戒感と嫌中感は拡大していると見なければならない。2023年3月にEU幹部は、「一帯一路構想は、国際秩序を中国中心の形に組織的に作り変えるのが中国共産党の明確な目標であることを示す証拠である」(フォンデアライエンEU/欧州委員長)とまで述べている。

 

一方で、今回サミットの公的イべント会場には常に習主席とプーチン大統領が先行して入場し、やや距離を置いてその他諸国の首脳・代表団が続くという形で、習・プーチン2人の存在を突出させるという演出が見られた。中露間に対ウクライナ戦争に対する姿勢に隙間風が生じているという西側の観測を打ち消すべく、「中露蜜月」状態の継続を確認するための舞台として利用されたといった側面もある。

 

今回のサミット期間中に、時代の流れと中国の戦略を踏まえた先端的な「シルクロード電子商取引圏」構想や「デジタル貿易博覧会」や「一帯一路・科学技術交流会議」などの開催も討議されたが、習主席が基調演説の中でこれからの投資対象案件として「小さいが美しいプロジェクトの重視」や「量から質への転換」を強調していることは、対象領域と規模を拡げ過ぎた「大風呂敷構想」を、現実に発生している問題・障害に照らし合わせて、より中国にとって実利がありかつ実現可能性の高い構想に整理・再編する必要性があることを認識していることを示しているようにみえる。

 

因みに習基調演説の大要は以下のとおりである。①「一帯一路」構想に係わる投資についてこれからは量より質を重視する。そのためには小規模で優れた民生分野の事業などで実りのある協業を進めていく。また、インフラ、エネルギー、交通などの分野では、時代の流れを踏まえて環境に配慮したグリーン投資を促進する。②投資被供与国との連携を強化する。中国が追求するのは独善的な現代化でなく、新興国と共に進める現代化である。③国際経済・社会における一方的な制裁や経済的な脅迫とデカップリング(分断)には反対する、というものである。

 

「一帯一路」構想は、もともと財政基盤が脆弱で、これまでカントリーリスク評価や投資環境評価での劣後を理由に、主に西側の国際金融機関から融資疎外を受けていたアジア・アフリカ新興国のインフラ開発プロジェクト投資に比較的大らかなパイプを提供したことは間違いない。具体的にも例えば、ASEAN域内ではインドネシアの高速鉄道(ジャカルタ~バンドン間)、ラオスの中国連結鉄道(中国・昆明~ビエンチャン間)、カンボジアの高速道路(プノンペン~シアヌークビル間)とシェムレアップ・アンコール国際空港等はすでに開業に漕ぎつけており、タイの高速鉄道、マレーシア東海岸鉄道は建設中という状況にある。この十年の構想推進の過程で、構想自体が当初政治的・軍事的拡大戦略を伴うものであっただけに一部の西側陣営・被援助国の抵抗を招来しているほか、性急な構想の遂行に伴いその矛盾や限界(工期の延長、投資金額の膨張等)も露呈させており、今後乗り越えなければならない障害・課題が浮き彫りになって来ている。

 

中国当局は、今後の「一帯一路」構想の推進上、西側社会と非援助国との軋轢を最小限に抑え中国の実益に役立つものに絞りこんでいくという姿勢を見せているが、この背景としては不動産バブル崩壊と地方政府財政の悪化に伴う国内経済の復活という緊急性のある課題がクローズアップされてきたことがある。このことが前記の習近平演説に繋がっているとみることが可能である。

 

(②に続く)