中央アジア往還 ウズベキスタン大統領選挙と ロシア・ウクライナ戦争の影響② | 中央アジア・中央ユーラシア往還

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旧共産圏で政権の延長・延命に利用される憲法改正

中央アジア諸国の改憲の動きは、目先は現政権が憲法上の「大統領3選禁止規定」を回避することにあるが、長期的には、ロシア、中国の政権長期化構想への対応ないしその影響を受けているという側面もある。すなわち、プーチン・ロシア大統領は2020年の改憲で2036年まで大統領の座にとどまることを可能にし、中国は2018年の改憲で国家主席の任期制限を撤廃して理論上は習近平主席の長期留任も可能にする形が形成されたという状況にも刺激されている。

以下、最近旧ソ連圈中央アジア諸国で、改憲が政権の延命・ 長期安定化の手段として頻繁に利用されてきた例を見ておきたい。まず、カザフスタンでは、2022年1月、燃料価格の高騰や実質院政を敷いたナザルバエフ前大統領の政治支配継続に対する不満から大規模な騒乱が起きた。ロシア軍を中 心とする 「CSTO(集団安全保障機構) 軍」の導入により一時的にこの混乱を乗り切ったトカエフ大統領は、さらに国民の不満を吸収するため同6月の国民投票で前大統領の政治的影響力を排除するための改憲を実施し、同11月の繰り上げ大統領選で再選を果たしている。

 

タジキスタンでは、 2016年5月の改憲投票でラフモン大統領の任期制限(もともと 「3選禁止規制」あり)を撤廃したうえ、大統領選の立候補者の年齢制限を35歳から30歳に引き下げた。同大統領の長男への政権禅譲工作とも見られているが、最近の同大統領の対プーチン・ロシアに対する強硬発言もこの路線が順調に進んでいることを示しているとの見方が多い。

 

また、キルギスでは、2020年10月に、前政権の汚職問題や経済の低迷を理由に反政府運動が激化し政権が倒れた。翌2021年1月の大統領選では改憲を掲げて戦ったジャパロフ氏が当選、同4月の国民投票で大統領権限を強化する方向での改憲を実施して政権の安定維持に奔走している。

 

最後に、トルク メニスタンでは、2022年3月の大統領選で、ベルドイム ハメドフ前大統領の長男が当選。セルダル新大統領は、2023年1月の改憲で、議会の二院制を廃止し一院制の人民評議会を設置し、大統領の影響力を強めたうえで議長に前大統領を据えた。実質的な院政のスタートと見る向きもあったが、同3月には議会 (メジリス) 選挙が行われ、4月6日に34歳のグルマノヴァ女史(前上院副議長)が新議長に就任している。

中央アジア諸国等の対露姿勢の変化

1991年末のソ連邦崩壊後に独立した中央アジア諸国 は、この約30年間「政治はモスクワに従い、経済は中国に依存する」といった姿勢で中・露の緩衝地帯として慎重かつ柔軟な姿勢で対応することで一定の政治・経済的安定を保ってきた。ロシアのウクライナ侵攻直後の2022年2月末の国連緊急特別会合では141カ国の賛成で「ロシアの即時撤退等を求める決議」が採択されたが、この時棄権した58ヵ国の中には、旧ソ連邦構成国のアルメニア、カザフスタン、キルギス、タジキスタンの中央アジア・コーカサス諸国が含まれていた。しかし、ロシアのウクライナ侵攻継続と戦争の長期化の間に中央アジア諸国とモスクワの間の政治的信頼関係の希薄化ないし対ロシア警戒感の高まりという現象が起きているようにみえる。

地域紛争へのロシアの抑止力の後退

例えば、今ロシアが対ウクライナ戦争に軍事・外交的に全力を投入してしまっていることから、この間隙を衝くような形で旧ソ連時代に発生しその後も実質ロシア軍の力で抑制されてきたアゼルバイジャン・アルメニア間の「ナゴルノ・カラバフ紛争」や「キルギス・タジク国境紛争」が再燃している。このこと自体、明らかに旧ソ連圏諸国の紛争処理に関わるロシアの影響力の後退であり、プーチン大統領の旧ソ連圏諸国に対する求心力の急速な低下を物語っている。さらに、 紛争当時国からのロシア軍中心の「CSTO軍」の派遣要請に的確に応えられていないことも、中央アジア諸国のプーチン・ロシアへの不信感を増幅させてしまっている。プーチンの加盟国に対する 「CSTO軍」の一括ウクライナ派遣の強要も加盟中央アジア諸国の反発を買っている。プーチン・ロシアと最も距離の近いベラルーシでも、ロシアの戰術核兵器の国境配備やワグネル軍団の国内常駐は認めても、自国軍隊をCSTO軍の一員として直接ウクライナに投入することは まず考えられない状況にある。

カザフスタンの状況

2022年6月のサンクト国際経済フォーラムで、トカエフ大統領は「ウクライナ国内のドネツク共和国、ルガンスク共和国などという偽国家は承認するつもりはない」と強硬な発言をしている。さらに同10月の「ロシア・中央アジア5カ 国首脳会議」でも「旧ソ連圏の国境問題は平和的手段で解決 されるべきだ」とも主張している。これは、人口の約半分をロシア人が占める同国の北カザフスタン州に対ウクライナと同様の論理でロシア軍が一方的に越境・侵入してくることを極度に警戒していることを示している。ロシア軍の「部分動員令」の発令時には30万人以上の兵役拒否のロシア市民がカザフサイドに越境してきてその後も国境を往来しているほか、ロシア国内の企業の海外送金がカザフに集中したため、これが欧米の経済制裁網に引っ掛かりカザフの銀行自体の活動が大きな制約を受けて混乱しているという情報もある。

一方でロシアと長い国境を持っていることもあり、対ロシア禁輸品の迂回路となっていることから、税関経由の統計だけでも露・ウ戦争以前よりもむしろ貿易量は20~30%増加し ている。また、カザフスタン政府は、業種を選んでロシアから撤退を始めた欧米企業の誘致に乗り出しており、該当する欧米企業約400社に招待状を送ったところの社から前向きな回答を得たと公表している。

他方で、米国政府の対露制裁協力要請が強化されていること (2023年2月ブリンケン国務長官、同4月ローゼンバーグ財務次官補のカザフスタン訪問) などから、カザフスタン政府は対ロシア2次制裁の回避に腐心している。すなわち、 これまでカザフスタン産原油の約70%以上はパイプラインで 黒海沿岸のロシア領・ノボロシースク港に送られ、そこから欧米に「ウラル原油」として輸出されていた。カザフ政府はこの取引が対露制裁非協力と認定されることを恐れ、すでに2022年6月にカザフ産ウラル原油のブランド名を「KEBCO原油」に名称変更しているが、同時にトカエフ大統領はロシア領を経由しないカスピ海原油輸送ルートの開拓を「緊急優先事項」として指示している。この動きは、中国の「一帯一路」構想での「中欧班列」のシベリア鉄道依存のウェイトダウンとカスピ海越えの「中央回廊」の強化と平仄を合わせた形で推進されていることになる。

ウズベキスタンの状況

ウズベキスタンは、2022年2月のロシアのウクライナ侵攻直後から「ウクライナ紛争に関わるウズベキスタンの立場は均衡的かつ中立的である」(ウズベキスタン大統領府等) と繰り返してきており、「SCOサマルカンド総会」 (2022年9月)の議長を務めたウズベキスタンのミルジョエフ大統領は、ロシアのウクライナ侵攻後初めて中・露トップが同席する会議での発言として、インドのモディ首相から「(露· ウ双方に対し) 今は戦争をしている時ではない」といった発言を引き出す役割を果たしている。しかしながら、ウズベキスタンは一方に中国を置き対ロシアとの距離感を徐々に間違にさせている可能性はある。例えば、「SCOサマルカンド総会」の開催地サマルカンド国際空港での出迎えセレモニーとして、中国の習近平主席の場合はミルジョエフ大統領が直接出向いたのに対し、ロシアのプーチンの大統領に対してはアリーボフ首相が担当したという事実がある。何等かの偶然性もあるかもしれないが、世界が注目している国際会議に関することなので、十分に計算した上で意図して両者の処遇に差をつけたという印象も否めない。因みに、ウズベキスタン における経済面での中国の存在感はこのところ急速に高まっており、2018年頃から進められてきた「首都タシュケン ト改造計画」にともなって建設された高層建築の約半分は中国系企業の請負となっているという状況である。

 



因みに、今回の「改造計画」で新設された幾つかの五つ星ホテルの玄関前の国旗掲揚ポールには日章旗の常掲は見られない。日本の対中央アジアODA (政府開発援助)が活発であった1990年代の中央アジア諸国の首都の最上級ホテルないし五つ星ホテルには、必ずと言っていいほと日章旗が揚がっていた。残念ながら、ODAに限らず中央アジアにおける日本の相対的なプレゼンスの後退は否めないようだ。

閑話休題。最近のウズベキスタンの外交の基本姿勢は、経 済関係は中国を中心とするが、政治・外交は中・露から米国寄り・国連中心主義に向かっているようにみえる。ミルジョエフ大統領は国連総会等で機会ある度によく練られたウズベキスタンの立場についての表明演説をしている。ウズベキスタンは、ロシアのウクライナ侵攻後の2022年8月にタジキスタンでの共同軍事訓練「地域協力2022年」に初めて参加した。もともと、この軍事演習は国際テロ対策協力を目的に2004年に米国主導でスタートしたもので、今回タジキスタンの軍事演習場でオリジナルメンバーの米国・中央アジア3カ国(カザフスタン、キルギス、タジキスタン)に加えパキスタン、モンゴル、それに初めてウズベキスタンが参加して実施されたものである。

ウズベキスタンには在ロシアを中心に約200万人の出稼ぎ労働者がいるが、露・ウ戦争入りで経済が混乱している口シアでのウズベク出稼ぎ労働者の雇用条件の悪化が懸念されている。勿論、ウクライナにもウズベク系の出稼ぎ労働者は存在しており、ウズベク政府は、ロシアのウクライナ侵攻直後の2022年2月28日~3月7日の1週間で4000人以上のウズベク人出稼ぎ労働者をポーランドに緊急避難させているが、そのほとんどは本国に帰国しておりその分ウズベク社会の負担は増加している。

 

(③へ続く)