DJ Nature New Mix
JAZZY SPORTからリリースされた"SUNTOUCHER Remix"に次いで、Michael RuettenのRadio Show"soulsearching show"でNew Mixを放ったDJ Natureことmy Bro. DJ Mil'o
このMixが相当良い感じ。さすがっす。
What an inspiring mix out of New York by ex-member of the original Wild Bunch, Milo Johnson aka DJ Nature. Check his brilliant stuff on Golf Channel and Jazzy Sport, forthcoming album as well in the making. Still vibin' . . . thanks a lot, Milo !
Wildstyle mix before and after the mixtape, including lots of spring 2011 previews like the mysterious Jupiter Tuning Center, givin the term downtempo a new meaning with a heavy does of jazz included, limited blue 10inch only return of the 2562 sound, Hauschkas piano kickin the dancefloor, and Rick Wilhite with a tune from his forthcoming full length - check the words! And from one of THE jazzdance albums of all time, Kamal & The Brotherhood, a true supergroup of jazz masters, the title tune plus a real edit by Theo P closing the show. Funky 'n' sexy.
enjoy the music.
アメブロだと埋め込めないので、リンクを!
『DJ Nature (aka DJ MIl'o) のNew Mixを聴き逃すな!』
このMixが相当良い感じ。さすがっす。
What an inspiring mix out of New York by ex-member of the original Wild Bunch, Milo Johnson aka DJ Nature. Check his brilliant stuff on Golf Channel and Jazzy Sport, forthcoming album as well in the making. Still vibin' . . . thanks a lot, Milo !
Wildstyle mix before and after the mixtape, including lots of spring 2011 previews like the mysterious Jupiter Tuning Center, givin the term downtempo a new meaning with a heavy does of jazz included, limited blue 10inch only return of the 2562 sound, Hauschkas piano kickin the dancefloor, and Rick Wilhite with a tune from his forthcoming full length - check the words! And from one of THE jazzdance albums of all time, Kamal & The Brotherhood, a true supergroup of jazz masters, the title tune plus a real edit by Theo P closing the show. Funky 'n' sexy.
enjoy the music.
アメブロだと埋め込めないので、リンクを!
『DJ Nature (aka DJ MIl'o) のNew Mixを聴き逃すな!』
華麗なる…。
母方のひい爺さんが建設に携わった『長良川発電所』の見学をするということで、早めの夏休みで帰郷。
着いて、そのまま従兄弟の店「BASEMENT WORKS.」へ。SOPHNET/FCRBのカタログを手渡し、従兄弟おすすめのラーメン屋「麺坊 ひかり」へ行き、つけ麺300gを食う。トンローポーが乗ってて、動物系に魚介系が混ざってるのに、あっさり。しかし300gは普通のラーメンの大盛りなんで、完食したら腹一杯。流行の店らしく、待っている客も多かった。
翌日、昔から行っているみそかつ屋「元祖みそかつ 一楽」でランチ。人が一人やっと通れるかというカウンターしかない『KITANACHELIN(きたなシュラン)』系な店内。今は三代目か?みそかつ界のグレイシーとも言える。

この黒さ。もはや味噌ではないDOPEな出で立ち。みそかつに鼻を抜ける緩めにといた和からしをぬり、あさりの味噌汁とともに食う。やっぱり旨い。昔とはかつの形が違ってる感じもあるけど、これはこれで、DNAに染込んだ味とも言えるSOUL FOOD。

歩いていると懐かしい看板が。『丸デブ本店』

その後、映画『インセプション』鑑賞。窓口に「吹き替え版」の文字が。ぬぁああぁぁあ。渡辺謙は本人が吹き替えしてるからまだいいとして(といっても英語の口の動きに日本語が乗っかるのも微妙)、デカプリオも日本語だから、テレビで洋画観てる感じになる。それでも。クリストファー・ノーランの映画は好きだし、コンセプトも面白いからOK。結末は何本かあったアイディアから最良のパターンを選んだ感じがしたけど、それでも色んな解釈が出来る展開で楽しめた。
これまた懐かしい『平工アイスクリーム店』へ行くも「今日アイスクリーム売り切れた」と言われガックリ。仕方なく途中コンビニでガリガリくんとホームランバーを購入。すると一本当たり! 名刀と名糖がかかってんだな。

そして、『長良川発電所』

ウィキペディアによると、
旧岩村藩の藩士・小林重正は、明治28年(1895年)に開かれた第4回勧業博覧会視察で京都を訪れた際、琵琶湖疏水を利用した(蹴上発電所を見学)水力発電事業を見て長良川での水力発電を考え付く。岐阜に戻った重正は自費を投じて長良川流域を調査した。その結果、現在地の立花が発電所の建設に適しているとした。重正は専門の技術者に依頼して設計・測量を行い、予算は当時の貨幣価値で約19万円、発電出力を3,000kwと計画。明治29年(1896年)有志8人で岐阜水力電気を設立し、明治30年(1897年)には官庁の許可も得た。しかし、日清戦争後の不況で断念。明治37年(1904年) 2月に許可取り消し、水利権は自然消滅となった。日露戦争後の好景気を迎えた明治39年(1906年)、名古屋電燈が名古屋への電力供給を目的に大規模な水力発電を計画していた。発電所の設計や測量に携わった野口遵(シーメンス電気会社の技師)が計画を名古屋電燈に持ち込み、事業は名古屋電燈に受け継がれ明治41年(1908年)に着工となった。明治43年(1910年)に完成し同年に運用開始した。(運開当時は日本で2番目の規模を誇っていた。)長良川で最も古い水力発電所であり、平成12年に登録有形文化財に登録、平成13年には発電所関連施設が登録有形文化財に登録、[2]平成19年度に近代化産業遺産に認定された。
運用開始から昭和55年までドイツ製(フォイト社製)水車(最大出力2330kw)とドイツ製(シーメンス社製)発電機(最大出力2500kW)3基で発電を行なっていたが、昭和56年に機器の老朽化に伴いL字型に建てられていた旧発電所建屋の一部を取り壊し、新しく発電所建屋が建設され発電機及び水車が取り替えられた。[3]今でも旧発電所建屋に取り壊された建屋部分の跡が残っている。建設された建屋は景観を損なわないように配慮され、旧建屋と同様に外壁はレンガ調の造りになっている。取り替えられた古い発電機が発電所横に展示保存されている。
と書かれている。
で、この写真が小林重正氏。母方の実家の壁にあったな、この写真。

シーメンス社の社章がコレ

水車ケーシング

今現在も微力ながら絶賛発電中のシステムは、意外に近代的。

そりゃ、中部電力もロゴの変化とともに、進化してるからあたりまえなんだが。

下から2番目、円谷チック。
で、小林重正ひい爺さん、このプロジェクトの後に、湯之島区との共同開発でボーリング工事を始めて、今「下呂温泉」の採掘したと。
これって、諸々の権利とかが残ってたら、我々は「華麗なる一族」として岐阜に君臨してたかもしれないってことだな。
現在、華麗でもなんでもないので、その辺りは色々あったんだろうと推測する。
記念碑だってこんなことになってるし。

しかし当時の貨幣価値で約19万円を集められるネットワークと行動力は凄いな。この事業が「必要」と説得したわけだし。
この日の晩は『かかみ野 蓬しん』でうなぎ。ここは名古屋のひつまぶしの元祖『蓬莱軒』で修行した人がやってる店。でもこの日の気分はひつまぶしより、うなぎ丼だったので、迷わずチョイス。旨い。やっぱり、うなぎは外はパリっとしてないと。東京のうなぎは好きになれない。

翌日、東京に戻る前に、昼食はまたも、みそかつ。
ここも、帰ると立ち寄る一件の『ふくべ』。ランチのみそかつと小エビフライ。店内は打ちっ放しの壁で、豚の嫌な臭みもなく、旨い。

書いてたら、また食いたくなってきた。。。
着いて、そのまま従兄弟の店「BASEMENT WORKS.」へ。SOPHNET/FCRBのカタログを手渡し、従兄弟おすすめのラーメン屋「麺坊 ひかり」へ行き、つけ麺300gを食う。トンローポーが乗ってて、動物系に魚介系が混ざってるのに、あっさり。しかし300gは普通のラーメンの大盛りなんで、完食したら腹一杯。流行の店らしく、待っている客も多かった。
翌日、昔から行っているみそかつ屋「元祖みそかつ 一楽」でランチ。人が一人やっと通れるかというカウンターしかない『KITANACHELIN(きたなシュラン)』系な店内。今は三代目か?みそかつ界のグレイシーとも言える。

この黒さ。もはや味噌ではないDOPEな出で立ち。みそかつに鼻を抜ける緩めにといた和からしをぬり、あさりの味噌汁とともに食う。やっぱり旨い。昔とはかつの形が違ってる感じもあるけど、これはこれで、DNAに染込んだ味とも言えるSOUL FOOD。

歩いていると懐かしい看板が。『丸デブ本店』

その後、映画『インセプション』鑑賞。窓口に「吹き替え版」の文字が。ぬぁああぁぁあ。渡辺謙は本人が吹き替えしてるからまだいいとして(といっても英語の口の動きに日本語が乗っかるのも微妙)、デカプリオも日本語だから、テレビで洋画観てる感じになる。それでも。クリストファー・ノーランの映画は好きだし、コンセプトも面白いからOK。結末は何本かあったアイディアから最良のパターンを選んだ感じがしたけど、それでも色んな解釈が出来る展開で楽しめた。
これまた懐かしい『平工アイスクリーム店』へ行くも「今日アイスクリーム売り切れた」と言われガックリ。仕方なく途中コンビニでガリガリくんとホームランバーを購入。すると一本当たり! 名刀と名糖がかかってんだな。

そして、『長良川発電所』

ウィキペディアによると、
旧岩村藩の藩士・小林重正は、明治28年(1895年)に開かれた第4回勧業博覧会視察で京都を訪れた際、琵琶湖疏水を利用した(蹴上発電所を見学)水力発電事業を見て長良川での水力発電を考え付く。岐阜に戻った重正は自費を投じて長良川流域を調査した。その結果、現在地の立花が発電所の建設に適しているとした。重正は専門の技術者に依頼して設計・測量を行い、予算は当時の貨幣価値で約19万円、発電出力を3,000kwと計画。明治29年(1896年)有志8人で岐阜水力電気を設立し、明治30年(1897年)には官庁の許可も得た。しかし、日清戦争後の不況で断念。明治37年(1904年) 2月に許可取り消し、水利権は自然消滅となった。日露戦争後の好景気を迎えた明治39年(1906年)、名古屋電燈が名古屋への電力供給を目的に大規模な水力発電を計画していた。発電所の設計や測量に携わった野口遵(シーメンス電気会社の技師)が計画を名古屋電燈に持ち込み、事業は名古屋電燈に受け継がれ明治41年(1908年)に着工となった。明治43年(1910年)に完成し同年に運用開始した。(運開当時は日本で2番目の規模を誇っていた。)長良川で最も古い水力発電所であり、平成12年に登録有形文化財に登録、平成13年には発電所関連施設が登録有形文化財に登録、[2]平成19年度に近代化産業遺産に認定された。
運用開始から昭和55年までドイツ製(フォイト社製)水車(最大出力2330kw)とドイツ製(シーメンス社製)発電機(最大出力2500kW)3基で発電を行なっていたが、昭和56年に機器の老朽化に伴いL字型に建てられていた旧発電所建屋の一部を取り壊し、新しく発電所建屋が建設され発電機及び水車が取り替えられた。[3]今でも旧発電所建屋に取り壊された建屋部分の跡が残っている。建設された建屋は景観を損なわないように配慮され、旧建屋と同様に外壁はレンガ調の造りになっている。取り替えられた古い発電機が発電所横に展示保存されている。
と書かれている。
で、この写真が小林重正氏。母方の実家の壁にあったな、この写真。

シーメンス社の社章がコレ

水車ケーシング

今現在も微力ながら絶賛発電中のシステムは、意外に近代的。

そりゃ、中部電力もロゴの変化とともに、進化してるからあたりまえなんだが。

下から2番目、円谷チック。
で、小林重正ひい爺さん、このプロジェクトの後に、湯之島区との共同開発でボーリング工事を始めて、今「下呂温泉」の採掘したと。
これって、諸々の権利とかが残ってたら、我々は「華麗なる一族」として岐阜に君臨してたかもしれないってことだな。
現在、華麗でもなんでもないので、その辺りは色々あったんだろうと推測する。
記念碑だってこんなことになってるし。

しかし当時の貨幣価値で約19万円を集められるネットワークと行動力は凄いな。この事業が「必要」と説得したわけだし。
この日の晩は『かかみ野 蓬しん』でうなぎ。ここは名古屋のひつまぶしの元祖『蓬莱軒』で修行した人がやってる店。でもこの日の気分はひつまぶしより、うなぎ丼だったので、迷わずチョイス。旨い。やっぱり、うなぎは外はパリっとしてないと。東京のうなぎは好きになれない。

翌日、東京に戻る前に、昼食はまたも、みそかつ。
ここも、帰ると立ち寄る一件の『ふくべ』。ランチのみそかつと小エビフライ。店内は打ちっ放しの壁で、豚の嫌な臭みもなく、旨い。

書いてたら、また食いたくなってきた。。。





