★ブログ風短編小説もどき★

   ~ 何処までも続く旅路(2) ~

 


 

 

 

そして僕たちは軽く朝食を済ませ、旅を続け走り出した

彼女の朝食は、やはり栄養補助食品のスティックと水だけだった

 

猪苗代湖から安達太良山を越え福島へ出て4号線を北上した

相変わらず沙羅は周りの景色を楽しそうにきょろきょろ見ながら

ついてきていた

そんな彼女に合わせて走る為、ペースは自然とゆっくり目になる

が、それはそれで僕も旅を楽しめている要因になっていた

休憩や小観光をしながら、仙台市内に入ったのはもう昼を過ぎていた

 

途中、観光を兼て松島辺りから海沿いのルートを選んだ

沙羅は本当に本物の海を見たのが初めての様で

 

 「海ー!」

 「海、大きいー!」

 「凄い凄いー!」

 

インカムが無くてもそう叫んでいるのが分かる位だった

そんな沙羅の為に、更に海沿いの道を探し、かなりの時間、砂浜を満喫した

沙羅は子供のようにはしゃぐ程では無いものの、

人生初の海を楽しんでいるかの様であった

僕はGSX1000Sカタナに寄りかかり

そんな沙羅を見つめていた

 

 「沙羅ー!、ブーツ脱いで波打ち際に入ってみるかい?」

 「初めての海を肌で感じられるよー」

 

すると沙羅は一瞬ハッとして、少し考え込むと

 「いい、」

 「止めとく、」

 

そう言って戻ってきた

僕は沙羅のその行動を深く考えるも無く

 「じゃあ、そろそろ行こうか」

 「今日は石巻辺りでキャンプしよう」

 

こうして当初の予定とはかなり違った旅の2日目が過ぎて行った

 

 

3日目の朝、比較的早めに釜石をスタートをした僕たちは

ひたすら海岸線のルートを北上していった

沙羅は本当に海が気に入った様で

綺麗な砂浜を見付けると必ずと言っていいほど

停車を要求してきた

そして必ずこう言った

 「ねえ、砂浜に降りてみたい」

 「少しだけだから」

 「お願い」

 

そんな彼女に、まっすぐに見つめられると僕は

 「いいよ、気のすむまで」

 「どうぞ」

 

何度目かの浜には僕も一緒に降りて行った

でも、沙羅は決して海水に触れることは無かった

何故、こんなにも海が好きになったのに

海水を敬遠するのか、不思議ではあったけれど

その、理由を聞くのを僕は躊躇っていた

聞いてしまうとそれは彼女の不思議な存在と、この心地よい時間と

心地よい旅を終わらせてしまう様な気がしていたからだ

 

そうして3日目は八戸までたどり着いていた

いつもの様にテントを張り、いつもの様に夕食

相変わらず、彼女の食事は栄養補助食品のスティックと水

その理由もやはり聞けずにいた

 

 

 

その夜、旅に出て初めて、僕のスマートフォンが鳴った

元同僚であり親友の祐介からだった

再就職に失敗した僕を心配してか連絡してきてくれた様だ

 

 「おう、広樹、元気か?もう実家で畑でのんびりしてるか?」

 「お前は実家に戻って正解だったよ」

 「こっちは新しい会社で新人扱いでさ、年下の上司にこき使われているよ」

 

課長級扱いでヘッドハンティングされた祐介がそれなりの待遇で再就職先で

再スタートが切れた事は知っていたが

彼は再就職に失敗した僕に気を使ってそう言ってくれたのだろう

だから、少し自慢げに現在の状況を話した

 

 「まだ、実家になんて戻ってないよ」

 「余裕のバイク旅真っ最中さ」

 「しかも、聞いて驚け!」

 「なんと偶然、樫野森博士のお嬢さんと知り合って」

 「今、一緒に旅してる最中なんだぞ」

 

祐介は本当に驚いたように一瞬間が有って

 「ええーっ!あの超変人樫野森博士のかあ?」

 「娘さんが居たとはなあ」

 「それにしても、何という偶然だ」

 「で?美人か?」

 

大体、予想道理のセリフが帰ってきたので僕は更に自慢げに続けた

 「ふふん、実はな、相当のとびきりの美女だぞ」

 「年齢は29歳と言う事だけど、どう見ても20代前半って感じだな」

 「どうだ、羨ましいだろう」

 

祐介は思いっきりため息をつきながら続けた

 「本当かよ、思いっきり落ち込んでるだろうと心配して損したよう」

 「結局、お前って奴は最後にどんでん返しで良い思いをしてくんだよな」

 「まあ、今まで女っ気に無縁だったお前には、相当のチャンスだ」

 「頑張れよ!」

 

祐介はそう言いたいことだけ一方的にしゃべって通話を切ってしまった

ちょっと自慢し過ぎたか

しかし祐介の短絡的思考には毎度まいる

僕と沙羅がこの先どうにかなるなんて・・・・・

大体、今の僕はそんな下世話な感情で旅はしていなかった

少なくとも、沙羅との出会いそのものを、沙羅と過ごす時間そのものを

大切にしているつもりだった

 

4日目の朝、八戸はかなりの曇りのせいか少し肌寒かった、

何となく沙羅の元気が無いように感じたのは天気のせいなのか

長距離走行の疲れなのか、今日はあまり無理をせずに

短めの距離にしておこうかとも思いながら、いつも通りの

ゆっくりとしたペースで走り始めた、沙羅のデイトナは乗り手の体調に関係なく

ジェット戦闘機の様なエキゾーストで、僕の心配を惑わしてしまってはいたが

時折、まっすぐ前だけを見つめて走る沙羅の姿がバックミラーに写る度に

ハッとした

 

昼前に大間崎の本州最北端に着いた、記念撮影をしても尚、やはり沙羅の元気が

無い様だった

大間から脇野沢港に向かい、フェリーに乗る事にして、少し沙羅を休ませた

昨日まであんなに元気で大好きな海を満喫していた沙羅は船室から出ることも無く

むつ湾フェリーターミナルについても、依然元気がなかった

今日はキャンプは止めにして、ホテル泊を決め、早々に青森駅周辺のホテルに

チェックインをした

 

部屋に入って沙羅に声をかけた

 「大分元気が無い様だけど、何処か具合悪い?」

 「もしそうなら、お医者に診てもらおうか?」

 

すると沙羅は僕に心配をかけまいとしてだろう、少し元気なフリをして

 「大丈夫!」

 「今日は素敵なホテルなのね、ちゃんと休むから」

 「だから、大丈夫だから・・・・」

 「一人で大丈夫だから・・・・・」

 

それでも沙羅が辛そうなのは分かったので

 「じゃあ、隣の部屋にいるから、カギは掛けずにしとくから」

 「何かあったらすぐに言うんだよ」

そう言って僕は自分の部屋に戻る事にした

 

 

5日目の朝、微かに聞こえてくる、またあのMozart's Lullabyの歌で

目が覚めた、沙羅が僕の部屋のベランダで歌っていた

僕がベッドから起き上がると、その気配を感じたのか

沙羅が部屋に入ってきた

 

 「広樹さん、おはよう」

 「昨日はとっても心配かけてしまって」

 「ごめんなさい」

 「いろいろ、有難う」

 「もう、元気!」

 「いっぱい、いっぱい朝日を浴びたから」

 「今日は何処まで走る?」

 「また、海が見えるところ迄?」

 

そう言って沙羅は部屋のソファーに元気よく座ったり

ベッドの横に座ったりして来た

そんな沙羅の姿に、本当にホッとした

昨夜は、このまま沙羅の体調がどんどん悪くなったらどうしようとか

考えすぎて、深夜まで良く眠れなかった

 

 「あぁ、元気になって良かったぁ」

 「昨日はどうなる事かと」

 「本当に良かったよ」

 

沙羅はキラキラした眼で僕の次の言葉を待っているかの様に

じっとこっちを見つめている

 

 「はいはい、じゃあ沙羅も元気になったことだし」

 「今日は日本海を目指して走りますか」

 

すると沙羅は思いっきり腕を高く上げ

 「やったぁー」

 「海ー」

そう言いながら出発の準備を始めに自分の部屋に戻って行った

5日目の朝は予想に反して、にぎやかに嬉しく始まった

 

ホテルをチェックアウトして僕たちは一路日本海を目指して走っていた

僕のGSX1000Sカタナは今まで乗らなさ過ぎていたのか幾分調子を崩していたのだが

この旅で長距離を走らせているせいか以前より調子がいい様に思えた、

いや、それは気のせいで、むしろ後ろからついてくるデイトナの音の方に

いつの間にか僕の気分も高揚してそう感じていたのかも知れない

 

鯵ヶ沢を過ぎた辺りから日本海が見え始めた

バックミラーに目を向けると、沙羅は片手を高く上げ太平洋側とは違う

青さに深みと鮮やかさの有る日本海に高揚している様だった

途中男鹿半島に立ち寄った際、

 

 「広樹さん、あれは何?」

 「人間には見えない・・・・」

 

道路沿いにディスプレイされたなまはげを見た沙羅はデイトナを路肩に停車させ

不思議そうに見入っていた

 

 「ああ、あれは ”なまはげ”って言うんだ」

 「この地域の言い伝えに出て来る鬼を模した物さ」

 「あれは、ただのディスプレイだけどね 本当は人があの恰好で動き回るのさ」

 

沙羅はまたいつもの首傾げで、

 「な・ま・は・げ・・・・」

 「鬼って何?」

 「人間じゃ無いけど人間?・・・・」

 

沙羅が余りにもなまはげに興味を示し見かける度に停車するので

予定よりも時間を取ってなまはげ三昧の観光となった

何故か、なまはげがいたく気になった様子だった

 

おかげで由利本荘のマリーナ近くのキャンプ場に着いた頃は

夕日が日本海に沈む間近だった

 

 「沙羅、見てごらん」

 「もうすぐ、太陽が日本海に沈む」

 「よおく耳を澄ましててご覧」

 「沈む瞬間に」

 「ジューって音がするよ」

 「湯気も凄いんだよ」

 

沙羅は目をキラキラさせながら

 「本当?」

 「湯気も出るの?」

 

僕は笑いをこらえて

 「・・・・・嘘!」

 「そんな訳無いだろう」

 

沙羅は少しむくれて見せたが

それでも二人で笑って沈みゆく夕日を眺めていた

 

数日前、出逢った頃の沙羅は、表情のあまり変わらない暗い印象だったけれど

今は、表情が少し豊かになった様な気がする、やはり笑ったりむくれたりしている

沙羅の方が数倍魅力的だ、そんな変化に僕は少し嬉しかった

そして、既に沙羅が傍に居ることがごく自然になってしまっている自分自身を

不思議に思い始めていた

 

 

6日目も朝日が昇って暫くすると必ず聞こえてくる沙羅の歌で目が覚めた

毎朝この調子で、僕はこの旅でかなり早起きが身についてしまった様だ

沙羅とのバイク旅は彼女のペースに合わせて、ゆっくり目に走っている

だから、予定よりも手前でその日の行程を終わらせることが多い

それでも6日目には東北を抜け北陸に入ろうとしているのは、この早起きにつられ

朝のスタートが早いせいだろう

上越市に入ったのはまだ日が高い午後だった

まだキャンプするには時間が早い

僕たちは観光がてら科学館の見物をすることにした

ほとんどロボット工学を学んできた僕の我がままの様でもある

入り口を入るとすぐに身体の仕組みのコーナーが有り

巨大な脳がディスプレイされている

沙羅の表情が強張った

 

 「ごめんなさい、私、ここちょっと無理みたい」

 「外で待ってる・・・・・」

 

そう言って沙羅は館の外へ出て行った

彼女は人間ではない人間風の存在には凄く興味を示す反面

人間そのものに拒否反応を示してしまう様だった

少し惜しいが沙羅のそんな感じが気になり

僕はすぐに沙羅の後を追い館の外に出た

 「沙羅、ごめん、ああゆうの苦手だった?」

 

沙羅は少し暗い雰囲気で

 「ううん、ただ、お父様が・・・・」

 

僕はハッとした、亡くなった樫野森博士の研究室はおそらく

ここと似た雰囲気があったであろうし、そのために

沙羅が思い出してしまうのは当然だと気が付いた

ただ、この時は僕はまだ沙羅の言葉の本当の意味に気づいてはいなかったのだ

 

時間には余裕があったのだが少し早めに海洋公園のキャンプ場に

テントを張る事にした

大分テント張りが馴れた沙羅はさっきの暗い雰囲気とはうって変わって

ハミングをしながら楽しそうであった

 

その夜、再び祐介から連絡があった

その内容は僕には信じがたく、いや、信じたくない程に愕然とする内容だった

 

 「祐介、どうした?」

 「さては、その後の事が気になってんだろう?」

 「残念ながらお前の期待に副う様な事は無いな」

 「何にも変化ないよ」

 

祐介の声はいつになくトーンが低く、ゆっくりと話始めた

 「広樹、実は樫野森博士のお嬢さんの事なんだけど」

 「落ち着いて聞けよ」

 「俺の大学時代の友人が聖都大病院でロボット工学を応用した義肢装具士として

  働いてる」

 「そいつから聞いた話では、7年前、樫野森博士のお嬢さん、つまり沙羅さんは

  ある事故で聖都大病院に救急搬送されて来てな、その時は心肺停止だったそうだ」

 「救命処置で何とか蘇生したそうなんだが、身体にかなりの損傷があって

  頭部と上半身の一部以外は殆んど再生不可能だったらしい」

 「主治医から呼ばれたあいつは正直な所、義肢装具で何とかなるレベルでは無いと

  直感したそうだ」

 「そうして、殆んど手の施しようも無く、3日後に沙羅さんは眠る様に

  息を引き取ったそうだ」

 

 「つまり、沙羅さんは、7年前に亡くなっているんだ」

 「死亡診断書も書かれたそうだ」

 

 

祐介の話を聞いていた僕は、少しパニックになっていた

 「そんな・・・・」

 「沙羅が・・・・」

 「じゃあ、今、俺と一緒にいる沙羅は・・・・・」

 「沙羅は誰なんだ」

 「いや、絶対に沙羅だ、免許証の写真だって彼女だったし」

 「樫野森博士の話だってしてくれた」

 「何かの間違いに決まっている」

 「彼女は幽霊なんかじゃ無い!」

 「ちゃんとした人間・・・・だよ」

 

祐介はパニックになっている僕を落ち着かせようと更に続けた

 「広樹!落ち着け!」

 「話はまだ続きがある!」

 「今話したことは紛れもない事実だ、そしてここからは、密かに噂されている内容で

 「確認が取れている訳でじゃないが、多分、正解なんだろう」

 「沙羅さんが息を引き取って間もなく、樫野森博士は自身で沙羅さんの遺体を

  引き取っていった」

 「そして、自宅研究室に連れて帰り、人工的に作った身体に沙羅さんの頭部と

  上半身の一部を合体させ、脳の一部にはAIの技術も組み込み、何をどうしたのか、

  遂には蘇生させてしまったらしい」

 「そう、博士は、とうとう、神の領域に手を出してしまったんだ」

 「実際、沙羅さんの死亡届は提出されていないんだ」

 

無言のままスマートフォンを握りしめていた僕に祐介は続けた

 「いいか広樹、俺たちが学んできたロボット工学を思い出せ」

 「人間の定義とロボットの定義、アンドロイドの定義の違いは何だ」

 「沙羅さんは確実に人間だと俺は思う」

 「お前もそう思っているはずだろう?」

 「お前なら、今の沙羅さんの存在を正確に認識出来るはずだ」

 

 「だから、俺はお前に全てを話した」

 「ここからはお前自身が考える領域だ」

 「しっかりしろよ」

 「何かあったらまた、連絡よこせよ」

 「じゃあな」

 

そうして、祐介との通話は終わった

僕は身体が微妙に震えているのが分かったが

妙に落ち着きを取り戻していた

いろいろな事がつながった

そう、きっと出会ってから今日までの沙羅にたいして感じていた不思議な違和感が

祐介の話で裏付けられ、説明が付いてしっまったのだ

沙羅の脳は一部のAIが発展途上で色々と知識が欠落していたのだ

沙羅が海水を敬遠したのは自分の体には害になる事を知っていたから、

食事が栄養補助スティックと水だけなのは、頭部と上半身の一部の細胞を維持していく

だけのエネルギーが取れれば良いだけっだった事

なまはげに自分と重なる人間ではない部分を重ね合わせていた事

科学館で人間の仕組みを目の当たりにした時の沙羅の気持ちは

自分が失った色々な事に悲しみが込み上げていたのかも知れない

 

パニックではない、動揺でもない、ただ、沙羅との関係が変化してしまう事が

怖かったのかもしれない 考えても考えても、僕自身何をどうして良いのか

意識がループして無限に答えの出ない状態のまま、一睡もできず朝になっていた

 

 

テントの外が明るくなって暫くして、沙羅の歌声が聞こえ始めた

Mozart's Lullaby・・・・今朝は何だかいつもより物悲しく聞こえた

僕は意を決してテントの外に出た

沙羅は海に向かって座り、背に朝日を浴びていた

僕はハッとして立ち尽くした

沙羅の上半身は一糸纏わぬ裸体のままで、本当に美しい身体だった

だが、その美しい背中にはしっかりとソーラーパネルが埋め込まれていた

そう、祐介の話が事実とすれば、沙羅は今、その人造の身体を維持していく為の

充電中と言う事になるのだろう

 

僕の気配を感じ取った沙羅はそのまま立ち上がり振り向くと

 「広樹さん、昨夜のお友達との通話、全部聞こえちゃった」

 「そう、私、人間じゃない」

 「全部じゃないけど、私の身体は、お父様が人工的に造った物」

 「ほら、触って」

 

そう言って沙羅は何も言葉が出ずに立ち尽くしている僕の手を握り自分の胸にあてた

初めて触れる沙羅の胸は血の通った温かな胸だった

だが、その胸に心臓の鼓動は無かった、ただ機械的な振動音が微かに伝わって来た

そして、それ以外のほとんどの身体が人造らしかった、その証拠に

僕の手を握った沙羅の手は、感触は人の手のそれではあるものの

温かくも冷たくも無い 人工的に造られた物だと言う事がはっきりと分かった

 

 

沙羅は寂しそうな表情で言葉を続けた

 「隠してたわけじゃないけど・・・・」

 「いえ、隠してたのと同じ事よね、どうしても話せなかった」

 「広樹さんとの関係が壊れてしなうのが怖かったのかな」

 「ごめんなさい、これが本当の私の姿・・・・」

 「まるで、化け物みたいよね」

 

そう言って沙羅は自分のテントに戻ってしまった

初めて女性の肌に触れた事に思考が止まった様に立ち尽くす僕の目の前に

再び出て来た沙羅は既にライディングスタイルになっていた

 「広樹さん、私・・・・」

 

沙羅のその言葉の次に出て来るであろうセリフはすぐに分かった

そのセリフを言わせまいとして僕は少し早口で

 「沙羅!大丈夫」

 「沙羅は化け物なんかじゃない!」

 「アンドロイドでもない!」

 「ちゃんと人間だよ!」

 「だから・・・・もっともっと一緒に・・・・」

 「俺は・・・・一緒に居たいんだ」

 

 

初めて沙羅の目に涙が滲んだ

 「私・・・」

 「まだ、広樹さんと一緒にいていいの?」

 「こんな私でも?」

 

沙羅の言葉が終わらないうちに

僕は沙羅を抱きしめていた

 「もう、いいから」

 「何も言わなくていいから」

 「沙羅は沙羅だから」

 「ずっと一緒に走ろう」

 

 

沙羅は涙ぐんだ目を拭いながら小さくうなずいた

急いで僕も旅支度をして、

いつもの朝の様に、沙羅のデイトナと2台で走り始めた

が、やはり沙羅は、元気が無い様に見えた

 

いつもは僕が先頭で走っていたが、今日は沙羅を先に走らせ

信号待ちの度に、話しかけたり合図を送ったりしながら

僕の故郷を目指して走ったのだった

 

 

少しずつでも、沙羅の元気を取り戻したかった

 

 

そして懐かしい風景が目の前に広がった頃

沙羅を止めさせた

 

 「沙羅、あの丘の真ん中あたりに青い屋根の一軒家が見えるだろう?」

 「あれが僕の生まれた家さ」

 「一緒に・・・・」

 「一緒に行ってみないか?」

 

沙羅は暫くその風景を見つめてから振り向くと

いつもの笑顔で答えた

 「広樹さんの生まれたお家」

 「行ってみたいわ」

 

 「でも、今は、まだね」

 「私も、自分の家に帰らなくちゃだし」

 「広樹さんのお家に行ってしまったら」

 「居心地良さそうで帰りたくなくなると困るしね」

 「だから、もう一度出直してくる!」

 「その時は、最高のおもてなし、してね」

 

僕は思いっきり失恋したような気持になったが

沙羅には沙羅の戻るべき場所が有る事を理解していたし

ここで別れても、また再開できるような

そんな根拠のない感情が湧いていた

 「そうか、じゃ、必ずこの土地にもう一度来てね」

 「ずっと待ってるから」

 「沙羅はもう一人でも走っていける」

 「けれど、僕はまた沙羅と一緒に走りたい」

 「だから・・・・・」

 

 

 「うん!」

 「分かったわ」

 「また一緒にね」

そう言って沙羅は東京に戻って行ったのだった

 

 

 

 

それからどの位の年月が流れただろうか

僕もすっかり中年のジジイになっていた

時折、愛機GSX1000Sカタナで沙羅の事を思いながら

海の見える街へソロツーリングによく行った

 

ある海沿いの街の朝市をブラブラしながら

あのMozart's Lullabyを口ずさんでいた

 

すると露店のおばちゃんが

 「あんた、その唄、モーツァルトの子守歌じゃろ?」

そう言って突然声をかけてきた  

  

余りに突然だったので、ちょっと驚いたが

 「おばちゃん良くしってるねぇ」

 

おばちゃんはニコニコしながら

 「つい最近、やっぱりその歌を唄ってる若い綺麗な娘さんにあったでさ」

 「朝日に向かって唄ってる姿が、そりゃあ女神さまの様じゃったさ」

 「そんで、モーツァルトの子守歌だって教えてもらったさ」

 

間違いなく沙羅の事だと直感した

祐介の話では沙羅の自宅、つまり樫野森博士の自宅研究室は

もう随分長い事空き家になっているらしい

沙羅はあの時のまま、殆んど歳もとらず

今でも一人で旅を続けているのだろう

そして、その旅はいつまでも終わりが無いのかも知れない

だからいつか、必ず再開できると、僕はいまだにそう思っている

 

 

朝靄の浜辺の国道に、微かにあのデイトナの甲高いエキゾーストが

聞こえたような気がした

そして、僕の中には沙羅の唄う あのMozart's Lullabyがいつまでも

流れていた

 

                 おわり

 

 

この短編の中に出て来る”Mozart's Lullaby”はHayley Westenraさんの

   Wiegenlied [Slow Version] (Mozart's Lullaby)をイメージしました

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