10月に入りF先生と2人で脳外科急性期を診ることがだんだん辛くなってきました。オンコールの日も電話対応のみで特に入院があっても病院にまで駆けつける必要はなく、画像が送られてきて緊急手術の対象になるような疾患は当直医に他の3次救急病院に転送してもらうことにしていました。M先生不在では開頭手術はできないからという体制です。2人で10人ちょっとの脳外科の一応急性期の入院患者だけを診ている状態でした。F先生は私の患者の画像や検査データもよく見て下さって、カルテにいろいろ書いてこられます。そんなF先生の強いツッコミに次第に耐えられなくなってきました。また、原則休みでオンコールではない土曜日にも私の入院患者の急変(高熱と血圧低下)にも、メールで一言「敗血症性ショックです。対応してください。」とメールを送ってきて、いつもよく診ているのにそういう時は対応してくれず、私が病院まで行って家族に説明してICUに転棟させて帰った後にも、「血圧の指示が出ていなかった。しっかりやって下さい。」とメールを送ってきました。
半年前に指摘された私のパワハラを、今度は私自身が受けているように感じました。ついに私も堪忍袋の緒が切れて、朝の2人のミーティングの際に、「私も脳外科を40年やっている。あまり細かいことを言われても困る。ストレスで血圧が200になった。いじめられている気がする。このままだと先生とは別々にやらせてもらわないといけなくなる。」と言いました。それに対してF先生は「画像はしっかり見てください。」とだけ言われました。その後、ちょっとカルテの書き方がおとなしくなったように感じましたが、相変わらず重箱の隅を突っつくような粗探しは続きました。開頭手術をしない脳外科で今の10人強の入院患者数ならF先生一人で十分だろうから、11月からはM先生が戻ってきても来なくても、私は急性期を基本的には止めて回復期リハビリ病棟担当と脊椎外科立ち上げに専念しようと思っていました。病院長は私に回復期病棟を担当して欲しがっているし、脊椎外科立ち上げにも協力的で脊椎の患者をよく私に回してくれているので、院長と話して11月からそうしてもらおうと考えていました。
そして、昨年末から指摘されていた右肺病変に対する4回目のCT検査を受けました。もし大きくなっていたら大学の先輩のH先生が新しい勤務先の病院で5日間の入院期間で金曜日手術の予定を組んで下さることになっていました。10月末には横浜で脳外科学会、11月中旬には沖縄で臨床神経生理学会があり、ともに発表があり年下の教授連中と飲み会も予定していました。また、入職3か月を経過すれば有休が3日もらえるという話を勤務先から聞いていました。そこで12月の第一金曜日に手術とすれば今の病院は前日の木曜日と翌週の月曜日だけ休めばよく、金曜日の手術当日は前任地の病院でのアルバイトを休めばいいという風に考えておりました。その前任地で撮ったCTでは、右肺病変は3か月前と全く変わっておらず、結局、去年の暮れから1mmしか大きくなっていないことがわかりました。F先生には画像をメールで送り、翌週診察のY教授にはいつものように画像の入ったCD-Rを持っていきました。結局また、3か月間の執行猶予となりました。Y教授のところで行った最初の手術摘出検体の遺伝子検査はMMR陰性とのことでした。もっとも仮に陽性であったとしても保険が使えてもなお莫大な費用がかかる免疫療法を受ける気は毛頭ありませんでしたが。また、「右肺病変は本当にがんでしょうか?」という質問を両先生にしたところ、メールのF先生からはお答えがなく(当然がんだとお考えだと思います)、Y教授も「昨年末の半年前にはなかったわけだから・・・」というお答えでした。
これでストレスが大幅に減少・・・のはずでしたが、脳外科の急性期診療におけるF先生との関係による問題が大きく、全然ストレスは減りませんでした。そして、ついに10月下旬の朝、F先生から「これから救急は全部自分が診る」と言われ、「オンコールもですか?」と聞くと「はい」と言われました。結局、私の脳外科の救急患者を診る能力が足りず、任せられないと思われたことだと思います。翌日、私が「急性期診療で先生のご期待に沿えず誠に申し訳ございませんでした。これからは回復期病棟と脊椎外科をやらしてもらいます。」と言うと、F先生は「そのほうがいいと思います。」と言いました。同い年の脳外科医に完全にダメ出しされたことは誠に不本意ですが、確かに慣れない環境で画像の見落としなどがいくつかありましたのでやむを得ないと思います。脳外科のオンコールをやらないで済むと思うとホッとしました。せめて、わりと得意なてんかんの患者ぐらいは診ようと思っていましたが、F先生にそれも断られました。F先生はてんかんの診断に必要な脳波が読めず、非常勤の脳外科医に呼んでもらっていたにもかかわらずです。入院中のM先生は10月中旬に埋め込み式除細動器というのを入れる手術を受けて11月には復帰できそうな見込みです。急性期治療のお手伝いもするつもりでしたので、M先生には誠に申し訳ありませんが、当初の目的である脊椎外科の立ち上げと回復期リハビリテーション病棟の仕事を思う存分やらせてもらおうと決意を新たにし、11月から両方始められるように準備を始めました。