2006年10月上旬。
テロリストらに占拠された鎌倉国立大学学園祭
鎌大記念講堂前には、約100名ほどのデモ隊が既に集結していた。
彼らは垂れ幕を掲げて、棒を手に反原発を訴え叫んでいた。
講堂内には、人質たちが中央に集められている。
「何とかならないものか…」
打開策はないかと考えてるドラムの小田が呟いた。
「私に名案があります」
小田の隣に腰掛けていた警備員のハリーが言った。
「名案…?」
「はい…、昔TVで刑事ドラマを観てたとき、これとまったく同じような状況を見た事があります」
「それはどんな…?」
小田がそう聞くと、ハリーは「ちょっと待ってて下さい」と言って、四つ這いになって移動しながら、ギタリストのカズが腰掛けてる場所まで行った。
カズは、自分の所にやって来たハリーを怪訝そうに見つめる。
そして、カズと目が合ったハリーはニヤッと笑うと、突然カズに対して怒鳴り出した。
「おいッ!カズッ!この野郎ッ!何、辛気臭せぇ顔しやがってッ!」
「うじうじと悩み、ビクビク怯えやがって見てらんねぇぜッ!」
「おめぇはそれでも男かッ!?」
「おめぇみてぇなやつは男じゃねぇッ!、女の腐ったやつって言うんだッ!」
「はぁん?、カズぅ~?、何がカズだ気取りやがってッ!」
「お前みたいなオカマヤロウには、カズじゃなくて、カズコがお似合いだッ!」
(噂の刑事トミーとマツか…)
その状況を遠くで見ていた小田が、呆れ顔でそれを見ていた。
「このオカマ野郎の、男オンナの…、カズコッ!、カズコッ!、カズコォオオオオオッ!」
「てんめぇええええ!!、もう勘弁ならねぇッ!」
キレたカズがハリーに飛び掛かる。
「うわッ!、私の方じゃない!あっち!、あっち!」
犯人たちの方を指差しながら、無抵抗のハリーが顔面をポカポカと殴られる。
ズキューンッ!
講堂の天井へ発砲するテロリストのリーダー中沢。
「てめえら静かにしろぉッ!死にてぇかッ!?」
「いえ…」
胸ぐらをつかんでいるカズと、鼻血を出しているハリーが、中沢へ振り返りおとなしく言う。
「ねぇ!あんたたちは何者なのッ!?」
歌手の櫻井ジュンが中沢に言う。
「俺たちはフールズだ!、最高にイカス、RAPグループのフールスだ!」
中沢がジュンに言う。
「あなたたちみたいなのが、ミュージシャンだっていうの?」
ジュンが信じられないという顔をして、中沢に言った。
「信じられないのならばお見せしよう…」
中沢はそう言うと、他の2人とアイコンタクトをする。
2人のメンバーはコクリと頷くと、3人は壇上の中央へ集まった。
「レツゴッ!」
中沢が掛け声を掛けると、いきなり3人は歌い出して、キレッキレッのダンスで踊り出した。
「グッバァ~イ!ベイベェ~!タイトなCoolBoy~ッ♪」
(なんてダサい歌…)
ジュンは眉間にしわを寄せて、黙って壇上のフールスを見つめていた。
RAPパートが始まった。
「自分の過去からサヨナラしようッ!新しい人生、ここに待ってるッ!」
そしてまた歌が始まる。
「グッバァ~イ!ベイベェ~!タイトなCoolBoy~ッ♪」
ジュンは隣にいるハリーが、無言で彼らのステージを見つめているのに気が付いた。
ハリーは直立不動の姿勢で、頭だけを上下に頷きながらリズムを取って聴いている。
そしてRAPパート。
「アウトな政府は、政府(セーフ)でもアウトッ!アウトッ!セーフで、ヨヨイのヨイッ!」
気持ち良さそうに歌う中沢。
「グッバァ~イ!ベイベェ~!タイトなCoolBoy~ッ♪」
次の瞬間ッ!
「ヒトツゥ~!、ウエノォ!、オトコニナロォッ!…ハイッ!」
ハリーがイキナリ、彼らの歌に合いの手を入れて来た。
中沢は歌いながらハリーの方をチラッと見た。
(何だアイツ…?、変な合いの手入れて来て…?)
そう思いながら、踊る中沢。
ハリーも変わらず首を上下に動かし、リズムを取って壇上を見つめる。
「グッバァ~イ!ベイベェ~!タイトなCoolBoy~ッ♪」
「ヒトツゥ~!、ウエノォ!、オト…ッ」
「やめんかぁッ!」
ズキューンッ!、ズキューンッ!
中沢がハリー目がけて発砲した。
「わああああ~ッ!」
ジュンたち人質たちは、流れ弾を喰らわない様に、急いでうつぶせになる。
ズキューンッ!、ズキューンッ!
人質の頭上を中沢の撃った弾丸が通過する。
それをハリーは、ジグザグにちょこまかと動きながら、器用に弾丸をかわしていた。
はぁはぁ…。
「人の歌を、植野クリニックのCMみてぇにしやがって…」
怒り顔の中沢が、肩で息をしながら拳銃を手に言う。
ハリーは無表情で、壇上の中沢と見つめ合っていた。
「ちょっとッ!あんた犯人刺激して、何考えててんのよぉッ!」
直立不動で立っているハリーに、ジュンが怒鳴った。
ハリーは無言で、そのまま壇上を見つめていた。
「なぁ!、君たちは何でこんな事をしてまで原発に反対なんだ?」
今度は小田が、壇上に立っている中沢へ言った。
「原発は危険だからだ」と中沢。
「でも日本の原発技術は、世界一安全だって話じゃないか」(小田)
「安全?、お前F県の第一原発事故を知らないのかッ!?」(中沢)
「あれはアメリカ製の原発だ。震源地からもっとも近い、男川原発の方はビクともしなかったそうじゃないか」(小田)
「東日本大震災ではかえって日本の原発技術の安全性が実証されて、その後、アメリカでは日本の技術で原発施設を建てている」(小田)
博識な小田が中沢を論破する。
「原発なんか無くたって電力は足りている。あんなものは原発ビジネスがカネになるから政府がやっているに過ぎんッ!」(中沢)
「そうかな?その代わり火力発電が増えて電気代が高騰しているぜ」(小田)
「そのくらいはしょうがないだろぉ!放射能からの環境汚染を防ぐためだ!」(中沢)
「火力発電を増やすことで大気汚染が現在ひどい事になってるのは良いのかい?、近年の異常気象はそれも原因の1つと考えられているよ」
「中国やインドでは火力発電の大気汚染の影響で、今や空が見えないそうだ。そんな風に日本をしたいのかい?」(小田)
「俺は放射能で被爆したくないんだよ!」(中沢)
「おいおい…、放射能なんてものはどこにでもあるじゃないか。健康診断でレントゲンやっても、飛行機乗っても、タバコ吸っても、バナナ食っても、みんな放射能を体内に取り込んでるじゃないか!?」(小田)
「原発は利権が絡んでるのが気に入らない!」(中沢)
「そんなの太陽光発電だって、みんな利権が絡んでるよ」(小田)
「大量に被爆したら、これから生まれてくる子供が奇形児になってしまうぞ!お前はそれでも良いのか!?」(中沢)
「君、それゴジラとかの見過ぎだよ。広島での被爆者が奇形児を産んだなんてデータは無い。大量に被爆して体内に放射能をためた男性が90過ぎまで生きていた事例だってあるぞ」(小田)
「原発は廃棄するのにコストがかかる!」(中沢)
「逆だよ!処理しても尚、火力発電より原子力は安上がりだ」(小田)
「原発なんてものは国内の電力30%くらいの割合なんだから、無くたっていいだろッ!」(中沢)
「その30%を停止したせいで、ちょっと台風や大雪が来ると、最近はすぐ停電して、電車が止まると思わないかい?」
「火力発電は災害に弱いんだ。全て火力に変えるのは危険だ」(小田)
「水力や風力、太陽光だってある」(中沢)
「だが全体の90%は今や火力発電だ。それは、太陽光や水力、風力では安定した電力を供給する事が不可能だからだ。つまり原子力に変わる電力は火力発電でしか補えないんだ」(小田)
「だから火力で良いじゃないか!」(中沢)
「原子力エネルギーは僅かな燃料で、大量の電力を生み出せる。」
「一方、火力発電は年間で20兆円以上も金がかかっている」
「日本は世界的に見ても、かなりのエネルギー消費国だ」
「そのエネルギーを火力で作る為に、今や90%以上、海外から固形燃料を輸入している」
「もし、海外で紛争が起きたらその燃料がストップしてしまう。日本はブラックアウトするぞ」(小田)
「戦争などおきん!」(中沢)
「起きてるじゃないか、世界中で今も!」
「それに石油や天然ガスもみんな有限だ。君は永遠に、地球が火力発電でまかなえると本当に信じているのかい?」(小田)
「じゃあ何か?…、お前は原子力に賛成だと言うんだな?」(中沢)
「それは分からんよ」(小田)
「分からんだとッ!?」(中沢)
「こういう複雑な問題は、我々の様な専門家じゃない素人たちが話し合っても分からないという事だ」
「だけどこれだけは分かる!、君たちが今やっている行動は間違ってる」(小田)
「俺たちが間違えてるだと?」(中沢)
「そうさ。君らのやろうとしている事は、日本から光を奪う事だ」
「電力が足りなくなり、工場が停止すれば流通が止まる。そして大量の労働者を路頭に迷わせる」(小田)
「……ッ!」(中沢)
「明かりの消えた日本は、世界一安全だった国から治安が悪化し、深夜営業の経済効果も失い、女性の一人歩きも出来ない様な街へと変わる」(小田)
「きさま…、先に死にたいらしいな…」
中沢はそう言うと、小田に銃を向けた。
「俺も原発に反対だ」
その時、カズがいきなり言い出した。
振り返る小田と中沢。
「実は、俺は山本一太郎を支持しててね…。だからフールズの考えには賛成だ」
カズのその言葉に、近くにいた毎朝新聞編集者の大柴がニヤリと笑った。
「だから俺はあちらさんに付く…」
「おい!、俺も仲間に入れてくれ!」
壇上に近づいたカズが中沢に言った。
「ちょっとカズッ!、ホンキなのッ!?」
カズにジュンが叫ぶ。
「見損なったわカズッ!」
「前々からバカだとは知ってたけど、ここまでバカだったとは…ッ」
ジュンはカズの事を、実はバカなんだと思っていた事を、ここでカミングアウトした。
「落ち着けジュン…」
小田がジュンの側で耳打ちする。
「カズの事だ…。きっと何か考えがあるのかも知れない…」
「あの人、そんな頭キレるタイプかしら…?」
「……。」
その件に関しては、小田もノーコメントであった。
「おい、お前!…。そんな簡単に、“はいそうですか”と、俺たちがお前を仲間だと信じるとでも思ってんのか?」
壇上から飛び降りた中沢がカズに言う。
「お前さっきアイツとケンカしてたよなぁ…?」
中沢はハリーの方を見つめて言う。
「だったらこれでアイツを殺してみろ…。そうしたらお前を仲間だと信じよう…」
中沢は無言のカズの肩に手を置いて、ニヤニヤしながら言う。
そして、自分がさっきまで発砲していたデザートイーグル357口径をカズに握らせた。
「立て!」
中沢はカズと2人でハリーの所まで歩いてきて、そう言った。
立ち上がるハリー。
「さぁッ」
カズに撃てと急かす中沢。
「ちょッ…、カズ、やめなさいよ…。本気なの?」
ジュンは無言のカズの隣で言う。
カズは、銃口をハリーの額にピタリとつけた。
「撃てッ!」と中沢。
緊張が走る…。
「撃てッ!」
中沢のその言葉に、カズが引き金を引いた。
顔を覆うジュン。
カチッ…。
カチッ…、カチッ…、カチッ…。
ほぉ~…。
弾切れだった銃に安堵する人質たち。
「ハッハァ~ッ!、OK!、アンタを仲間として認めようッ!」
笑いながらカズに肩を組んで来た中沢。
「こっちへ来い」
中沢はそう言うと、肩を組んだままカズと歩き出す。
ガンマニアのカズは、中沢の銃がデザートイーグルだという事を、実は早くから察知していた。
デザートイーグル357口径の装弾数は9発。
カズは中沢が最初に発砲してからの回数をずっと数えていたのだった。
中沢と一緒に壇上へ上がるカズ。
フールズの残り2人も、デザートイーグルを手にしているのをカズは確認する。
だが中沢以外のデザートイーグルは、モデルガンの様に見える。
確かに最近のモデルガンは精巧に造られている。
だから素人を騙すにはこれで十分だ。
だがカズの様なガンマニアの目は誤魔化せない。
(どういう事だ…?)
あれだけの爆弾を所持してるテログループが、まさか1丁だけ本物の銃で、こんなテロを起こすなんて考えられない…。
人質を監視している講堂中央の4人組が持っているAK47は本物なのか…!?
そこまで確認出来ていないカズは、もう少し相手の様子を見てみる事にした。
「ちょっと、あんた大丈夫…?」
ジュンは、直立不動で硬直しているハリーに言葉をかけるが、無反応だった。
「ねぇ?…、ちょっと、どうしたのよ?」
ハリーは、目を剥いたまま、なんと失神していたのだった!
その頃平松刑事は、リュックを背負った怪しい男を追いかけていた。
リュックの男は、平松に追いつかれない様に走り出していた。
校内は先ほどのTV報道で、大パニックになっていた。
逃げ惑う来場者や学生たちが、あちらこちらで溢れかえっていた。
「おいッ!待て!、警察だッ!止まれ~ッ!」
平松はそう叫びながら、校舎の中に逃げ込んだ犯人を追う。
人混みの中を縫うように逃げる男。
そして平松の方も、人混みをかき分けながら懸命に犯人を追った。
「警察だぁ!」と叫びながら廊下を通過して行く平松を、無表情で目が死んでる1人の学生が眺めながらポツリと呟くいた…。
「ケイサツ…?」
「けいさつ…」
「警察ッ!」
その時、その学生の目の色がギラッと変わった!
(粛清だッ!)
(粛清せよッ…!)
その学生は、テロリストの中沢が最初に発した“警察を見つけたら粛清せよ!”と、反原発支持者たちに呼びかけた言葉を思い出す。
洗脳された学生は、そのまま平松が走り抜けて行った方へ、のそのそと歩き出した。
「不二子、ここは危険だ。早く離れよう」
彼が言う。
頷くイベント会社“Unseen Light”社長の、岬不二子。
レストランにいる僕らは、ここから離れる事にした。
その時、奥の入口から誰かがレストランに飛び込んで来た。
そしてすぐ後に、今度は別の男が叫びながら駆け込んで来る。
「待て~ッ!警察だぁ~ッ!止まれぇ~ッ!」
僕と不二子は何事か?と、その状況を遠巻きから見守った。
逃げきれないと判断した追われてる男は、トイレの中に駆けこんでドアを閉めた。
「開けろ~ッ!、ここを開けろぉ~ッ!」
閉められたドアを力強くドンドン叩く、警察を名乗る男。
ボワッ!
その時、トイレのドアが爆風で吹っ飛んだ。
僕は不二子を急いで引き寄せ、その場に伏せた。
警察の男は、ドアノブを握ったままの姿勢で10m程吹っ飛んだ。
「うぁッ!」
爆風で吹き飛ばされた平松は、(まただ…)と心の中で呟いた。
彼がそう思ったのは、最初にアパートで爆風に巻き込まれてから、これが2回目であったからだ。
ズダ~ンッ!
吹っ飛んだ平松が床に叩きつけられた。
ドアが無いトイレの中からは、強い炎と煙がモクモクと出ていた。
きゃあぁあああああ~ッ!
女性の叫び声と共に、周りの人々は我先へと逃げ出した。
わあああああああ…ッ!
人を押しのけて逃げ出す人々。
「おいッ!、大丈夫かッ!?、しっかりしろッ!」
僕と不二子は、その刑事の所まで走り寄って屈むと、そう叫んだ。
「あああああ…。ううううう…」
倒れている刑事は額から血を流し、苦しそうにもがいていた。
「大丈夫ですかッ!?」
僕の隣にいた不二子も、たまらず声を掛けた。
「あ…、あばらが折れた様だ…」
息苦しそうにいう刑事。
「わ…、わたしは…警視庁の…、平松と言い…ます…ッ」
やっとの事で話す平松。
「早く、ここから…、逃げてください…」
僕らに平松がそう言い終えると、後ろから声が聞こえた。
「いたぞッ!、みんなここだッ!」
「警察がいるぞッ!、粛清だッ!粛清だッ!」
ヒョロッとした学生たちが5人程、木刀やバットを手に、こちらを指差して叫んでいる。
僕はスクッと立ち上がる。
「わぁああああ~ッ!」
1人が木刀を手に、こちらへ向かって来た!
「やめろッ!」
僕はそう叫ぶと、その学生の足を引っ掛けて倒した。
そしてそいつから木刀を奪うと、学生たちに切っ先を向けて威嚇した。
こちらを睨む学生たち。
粛清だ…、粛清だ…。
バットを構えながら、そうブツブツ唱える学生。
「わぁあああああッ!」
バットのやつが襲い掛かって来た。
「やめろッ!」
ビシッと小手を打つ僕。
カラン…。
バットを落とした学生が、「うう…」と言いながら手首を抑えている。
「じゃまするなぁッ!」
「おらぁ~ッ!」
今度は3人がいっぺんに掛かって来た。
ビシッ!
あうッ!
バシッ!
ウウッ!
ビシッ!
がッ!
カラン、カラ~ン…。
3人は、全て小手を打たれ、棒を手から落とした。
それをまだ拾って、向かって来ようとするやつがいた。
「いい加減にしねぇかッ!」
「てめえらみてぇなへっぴり腰じゃ、何度やっても同じだッ!」
(怒ってる…怒ってる…ッ!)
不二子は、僕の背中を見ながらそう思った。
(あんなに怒ってる彼を見るのは初めてだわ…)
「俺は剣道三段だ!、手加減してやってるのが、分からねぇのかッ!?」
「俺がその気になりゃ、俺の突きで、お前らの目を潰す事も、喉を突き破る事だって簡単だ…」
「それでも掛かって来るなら来いッ!、だが次は容赦しねぇ…」
木刀を構えた僕がそう睨みを利かすと、彼らはお互いの顔を見合せた後、その場から走り去って行った。
彼らが走り去るのを確認すると、僕は木刀を下げて、不二子の方へ近づいて行き言った。
「不二子…、俺はこれから講堂へ行ってみんなを助けに行く…」
「えっ…!?」
不安な顔をする不二子。
「うう…、ダメだ…、警察に任せるんだ…」
倒れている平松刑事が僕に言った。
「警察のあんたがこれゃじゃ無理だ…」
そう言うと、僕は不二子に続けて言う。
「不二子、これを預かってくないか…?」
僕はそう言うと、ケツポケットから1冊の小さな手帳を取り出して、彼女に渡した。
「これは…?」
「これは、俺の今までの旅の記録が書いてある手帳だ…。俺に何かあった時…」
「いやよッ!、そんな事言わないでッ!」
「頼む…、聞いてくれ不二子…。俺にもし万が一の事があったら、この手帳に書いてある人たちの所へ、君が尋ねて行ってくれないか…?」
「彼らが元気で幸せにやっているかどうか、見届けてくれないか…?」
「そんな大事なもの…私には預かれないわ…」
目に涙を溜めた不二子が言う。
「君を信頼してる…。君だから預けるんだ」
「お願いやめて…。相手は銃や爆弾を持っているのよ…」
「それに講堂の周りには、今みたいな連中が100人もいるのよ…」
「殺されるわ…。やめて…、行かないで…」
ブルブル震えながら、涙目の彼女が僕に言う。
「俺は仲間を見殺しにして生きる人生なんて、無意味だと思ってる」
「さぁ、君はこの人と早くここから逃げるんだ」
そう言うと僕は立ち上がった。
「待ってッ!、行かないでッ!」
「頼んだぞ…」
そう言い残すと、僕は木刀を手に講堂の方へ走り出した。
うう…、うう…。
その場から残された不二子と平松。
不二子は動けないで、うずくまって泣いている。
彼女の周りには避難する人たちが、ゾロゾロと歩いている姿が見えた。
遠くからは、また爆破が起きた様な音が聴こえていた。
建物がその振動で少し揺れた。
コンクリートの破片が、パラパラと上から少し降り注いで来た。
「どうしましたか?、大丈夫ですか?」
「えっ?…」
うつむいていた不二子が顔を上げる。
がっしりした体格の男子学生が、人混みから外れて不二子にそう言ってきた。
その学生のすぐ後ろには、ここの大学の剣道部らしき連中が数名立っていた。
「私はこの大学の剣道部で主将をやっている、石井と申します」
鋭い眼差しの中に、優しさを感じさせる笑顔で、その学生は不二子に言った。
「あの…、私の連れが…、1人で講堂へ人質を助けに行ってしまって…、お願い…、彼を…、彼を助けて…」
泣きながら不二子が石井に言う。
石井は黙って不二子の話を聞いている。
「わかりました…。我々に任せて下さい!」
石井はそう言うと仲間の剣道部員たちに振り返る。
「みんなぁッ!、今から講堂へ行く!、この学園は俺たち学生の手で守るッ!、いいなぁッ!?」
「ウッスッ!」
主将の石井がそう言うと、剣道部員たち全員がそう叫んだ。
「トシゾウッ!」
「はいッ!」
石井が1年生らしき学生に言う。
「俺たちは先に講堂へ向かう。お前はこれから他の運動部の連中を、集められるだけ集めて講堂へ来い!、いいなッ!?」
「分かりましたぁッ!」
トシゾウと呼ばれた学生は、そう返事すると走り出した。
「さ、あなたは早く非難して下さい。あとは我々に任せて…」
「ありがとう…」
涙目の不二子が石井に言う。
「さぁ!みんな急ぐぞッ!」
おうッ!
剣道部員たちは、講堂に向かって走り出した。
その頃、僕は鎌大記念講堂の前に到着した。
僕がそこへ近づくと、デモ隊連中が周りを取り囲んだ。
「どいてくれ…」
僕が頼んでもどかないデモ隊。
「どけって言ってんだろぉッ!」
僕が怒鳴ると、今度は連中が手にした棒を振り上げ構え出した。
「何だテメ~はッ!」
1人が襲い掛かって来た。
僕は相手の棒を木刀で受けると、そいつの肩口を木刀で打った。
バキッ!
ぎゃあ~!
そう叫んで肩口を抑えながら、うずくまる相手。
僕は相手を一撃で、棒を振りかざせない状態にする為、相手の鎖骨を木刀で砕いてやったのだ。
一瞬、後ずさりするデモ隊。
だがたった1人の相手など大した事はないと、今度は連中がまとめて襲い掛かって来た。
ボキッ!
がぁッ!
バキッ!
ああッ!
次々と相手の鎖骨を砕く僕。
5人目までは上手くいった。
だが世の中そんなに甘くない。
バシッ!
相手が後ろから叩いて来た棒が、僕の背中に当たる!
僕は振り向きざま、そいつの頬を木刀でひっぱたく!
グッ!
そいつは倒したが、今度は別のやつが後ろから僕の肩を棒で打った。
バシッ!
ぐぁッ!
はぁはぁはぁ…。
講堂の壁際に追い込まれた僕。
(やっぱ時代劇みてぇにはいかないか…)
僕は殺られる覚悟をした。
「粛清だぁ~ッ!」
そう叫びながら、連中が壁際の僕へ棒を振りかざして襲い掛かって来たッ!
僕は目をぐっと閉じた。
バシッ!
バシッ!
バシッ!
バタッ…。
誰かが崩れ落ちる音。
何だぁ!?と思った僕が目を開ける。
目の前では剣道着を着た連中が、デモ隊を次々と木刀で蹴散らしている光景が見えた。
「大丈夫ですかッ!?」
1人の体格の良い学生が僕にそう言った。
「君は…?」
「私は、この大学の剣道部で主将をやっております、石井幸鷹と申します!」
「先ほど岬さんという女性から、あなたを助太刀する様、頼まれて参りました」
「不二子が…?」
(あいつヤルじゃないか…)と、僕は不二子を思い出しニヤッと笑う。
「ありがとう…。でも良いのか?、こんなとこで暴力沙汰を起こしたら廃部になっちゃうぜ」
僕は石井に言う。
「構いません…。こんな時に使えないで、何が武道ですか!?」
「お前…、男だな…」
僕はそう言うと木刀を持って再びデモ隊と対峙した。
バシッ!
ビシッ!
僕らはデモ隊を次々と制圧する。
だが、分が悪くなったデモ隊の方に、今度はやつらの応援が駆けつけて来た。
すごい人数だ。
数で勝るデモ隊に、剣道部の連中も次第に疲れが出て来て、1人、2人と倒されて行く。
「主将ッ!ダメですッ!、相手の人数が多すぎま…、ぐぁッ!」
そう言っていた学生も倒された。
「うぬぅ…万事休すか…」
僕の隣で戦う石井が言う。
「主将~ッ!」
その時、遠くから声が聞こえた。
「トシゾウ~ッ!、でかしたぁ~ッ!」
石井がそう言った方を見ると、そのトシゾウと呼ばれた学生と共に、大人数の運動部員たちがこちらに向かって走って来る姿が確認できた。
「援軍ですッ!、援軍が到着しましたぁッ!」
石井は大喜びで、僕の方に向いて叫んだ。
わああああああああああ…。
突っ込んで来る学生たち!
まずはアメフトとラグビー部の連中が、デモ隊目がけて強烈なタックルを喰らわせた!
吹っ飛ばされるデモ隊連中。
そこへ続いて、フラフラしてる相手連中に、空手部がハイキック!、ボクシング部がアッパーカット!、柔道部が背負い投げを次々と決める!
「もう時間がありませんッ!、ここは我々に任せてあなたは講堂へ行って下さいッ!」
1時間以内に、日本中の原発を停止しないと人質を1人ずつ殺すと言っていた、テロリストの言葉を思い出す剣道部の石井が、僕に言う。
「すまない…」
僕はそう言うと、講堂の入口に向かって走り出そうとした。
ところが僕の目の前にデモ隊が立ちふさがり、行かせまいと前を固めた。
それを見ていた相撲部とレスリング部の連中が、強烈なぶちかましやタックルを決めて、僕に通り道を作ってくれた。
「さぁ!、早く行って下さいッ!」
そう言うレスリング部員。
僕は彼に頷くと、彼らの作ってくれた道を駆け抜けて、講堂の入口目がけて走り出した。
走り抜ける僕の頭上からは、ヘリコプターのプロペラ音が聴こえていた。
「こちら上空からお届けしておりますッ!」
アナウンサーが興奮気味に叫んでいる。
「今、動きがありましたッ!、たった今…、講堂を取り囲んでいたデモ隊と、ここの学生の運動部と思われる連中との間で、衝突が起きましたッ!」
「双方その人数、100名を超えた大乱闘に発生しておりますッ!」
「一体、現場では、何が起こっているのでしょうかッ!?」
「上空からは以上ですッ!」
To Be Continued….
永遠の歌は死なず(夏詩の旅人2 リブート篇 「対決!テロリスト篇 5話」)
テロリスト登場!(夏詩の旅人2 リブート篇 「対決!テロリスト篇 3話」)
拳銃はデザートイーグル (夏詩の旅人2 リブート篇 「対決!テロリスト篇 2話」)
友よ… (夏詩の旅人2 リブート篇 「対決!テロリスト篇 1話」)