自殺専用特急 ~ DEATH EXPRESS 1話 (夏詩の旅人2 リブート篇) | Tanaka-KOZOのブログ

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2000年12月初旬
東京品川 東成電鉄株式会社 本社ビル会議室

「社長、マズいですよ…」
常務のフジサキが、社長のオノサワに言う。

「はぁ~…、また株が下がったか…、こうも人身事故が続いちゃ、我社の被害も甚大だ…」
オノサワ社長がため息交じりに言う。

「従業員も退職者が絶えません…」(フジサキ)

「そりゃそうだろう…。3ヶ月内に、職員一人当たりが4体も遺体の処理をさせられたら、嫌になるさ…」(オノサワ)

「なんでウチばっかり、飛び込み自殺が多いんですかね?、我社は今や全国トップ3に入る、人身事故率が多い路線として、不名誉な実績をものにしております」(フジサキ)

「やはり他社が高架工事を進めて行く中、我社だけはしなかったからなぁ…」(オノサワ)

「我社も早急に、高架工事に取り掛かりましょう!」(フジサキ)

「フジサキくん…、何を言ってるんだよ、この状況で…!、我社の株が暴落してるってのに、どこにそんなカネがあると言うんだね!」
社長のオノサワがそう言うと、突然、専務のナガイが会議室に入って来た。

「失礼します!」(ナガイ)

「ん?、なんだナガイ?」
ナガイに振り返るオノサワが言った。

「お困りの様ですね…」
その時、ナガイの後ろに立っていた長身でメガネを掛けたシャクレ顔の男が、ニヤッと微笑んで言った。

「誰だね君は…?」
怪訝そうな表情で聞くオノサワ。

「社長…!」
その時、専務のナガイがオノサワに素早く耳打ちをする。

「えッ!?、あの男が…、いや、あのお方が、ナカデ・ホールディングス社長の御子息だとぉッ!?」

社長のオノサワが驚いて言うのも無理はない。
ナカデ・ホールディングス社は、東成電鉄の持株をおよそ30%も保有している会社だからだ。
※ちなみに持株2位は、6.5%の日本マスタートラスト信託銀行であるから、いかにナカデ・ホールディングス社の力が絶大であるか、お分かり頂けるだろう。



「初めまして…、ワタクシ…、ナカデ・ホールディングス代表、中出ヨシマサの次男、中出ヨシノブと申します…」
中出氏はそう言うと、オノサワ社長にペコリと頭を下げた。

「ああ…ッ!、そんな、どうかお顔を上げて下さい!…、こちらにいらっしゃるのでしたら、前もって言ってくだされば、お迎えに行かせて頂いたのに…ッ」
オノサワは、中出氏にたじろきながら言う。

「社長…、人身事故が多発してお困りの様ですね…?」
うろたえるオノサワに、中出氏は突然言う。

「ああ…!、その件でしたらどうぞご心配なく…。我社の路線では、大幅な高架工事を早々に開始する予定でございます」
取って付けた様に、オノサワが慌てて言った。

「そんな事する必要はありませんよ…」
澄まし笑顔で中出氏が言う。

「え?」(キョトンとするオノサワ社長)

「自殺したい方は、どうぞ勝手に電車へ飛び込んでもらえば良いんですよ」(中出氏)

「で…、でも…、それじゃあ…!」
突拍子もない事を言い出す中出氏に、オロオロするオノサワ。

「ダイヤが乱れますよね?、遺体の処理も面倒だし…、その処理をさせられる職員も、たまったモンじゃないですよね?」(中出氏)

「は…、はぁ…?」(オノサワ)

「これをご覧ください…」
困惑するオノサワに中出氏は、手にしたA4サイズの封筒から、1枚の紙を取り出すと、それをテーブルに広げて見せた。

「こ…、これは…?」
それを見たオノサワが言う。

中出氏が見せたその資料は、東成電鉄のものではない車両の写真であった。
その車両の姿は、初代新幹線の0系にとても似ていた。

「これは、ナカデ・ホールディングス傘下の、六菱重工に作らせた新型車両です」(中出氏)

「昔の新幹線にそっくりですね…?」(オノサワが聞く)



「青梅鉄道公園に展示してある新幹線0系を拝借して、そのまま居抜きで改造したからでしょう…(笑)」(中出氏)

「拝借って…ッ!、それで、これをどうするおつもりで…?」(オノサワ)

「自殺したい方は、この列車にどんどん飛び込んでもらいましょう。これは、世界初の自殺専用特急 …、名付けて、“ DEATH EXPRESS”です!」
そう言って中出氏はニヤッと笑う。

「デス・エクスプレスぅ~ッ!?」(驚くオノサワ)

「はい…、その為には東成電鉄さんには、それ用のダイヤを新たに組んで頂かねばなりません…。それと既存の路線と並行して、この、“ DEATH EXPRESS”専用のレールを設置する必要がありますね…。もちろんお金は全て、ナカデ・ホールディングスの方で用意させて貰いますのでご心配なく…」

中出氏はそう言うと、クスクスと含み笑いをする。

「そんな事できませんよぉッ!」(オノサワ)

「何故です?、お金の心配はしなくて良いのですよ?」(中出氏)

「お金の問題じゃありません!、人道的な見地から無理だと言ってるんです!」(オノサワ)

「いいじゃないですか?、自殺したい人にも自殺する権利がある…。この列車がある事で、列車の遅れや、後処理もしなくて良いのですから、全ての人たちがWIN WINになるのですよ?」(中出氏)

「そんな事許したら…、我社は世界中から何て云われるか…ッ!?」
低いトーンでオノサワが震えながら中出氏に言う。

「あなたは、人権保護団体やら、マスコミ等の非難を恐れているのですね?」(中出氏)

「まぁ正直…、そういうのもあります…」(オノサワ)

「それはご心配なく…、全てのマスコミ、人権団体、弁護士協会、それと政治家や警察組織…、彼ら全ては既に、この件に関して黙認する様に抑えてありますから…」(中出氏)

「どういう事ですか!?」(オノサワ)

「お金です…。彼ら全てに莫大なお金を渡してあります」(中出氏)

「そんなお金なんかで、彼らが黙って見過ごすもんですかぁ!?」(オノサワ)

「ふふふ…、社長…、あなたは勘違いしてますね?、世の中は全て利権が絡んでいます。政治も経済も、戦争も…」
「人権団体やマスコミなんかだってそうです。彼らは別に人権なんて大して気にしちゃいませんよ」

「彼らが騒ぎ立てるのは、問題を解決する事ではなく、問題を拗らせるのが目的です。それは金儲けの為です」
「だったら最初から、こちら側から大金を握らせれば良いのです。そうすれば彼らは何も言いません。世の中とは、そういうものなんですよ…」

含み笑いの中出氏は、そう言うとメガネのフレームを、中指でクイッと押し上げるのであった。

「社長…、私に全てお任せください…。きっと全ての人々が幸せになれる結果が待っていますから…」
そう言った中出氏を、オノサワは蒼ざめた表情で、黙って見つめるのであった。



 12月中旬になった。
ナカデ・ホールディングスが総力を挙げて、“ DEATH EXPRESS”専用のレール工事が、驚異的な速さで完成した。

完成と同時に東成電鉄は、自殺専用特急“ DEATH EXPRESS”の運行開始をマスコミを通じて大々的に発表した。

そしてついに、“ DEATH EXPRESS”が東京品川駅から発車する日となった。
中出氏の言う通り、不思議とこの件に関してマスコミや人権団体からの批判は起こらなかったのであった。

当日は、興味本位の野次馬や、マスコミ各社が品川駅ホームに大挙した。
盛大な式典とテープカットも終わり、いよいよ“ DEATH EXPRESS”が運行する事になった。

「みなさん!、ついにこの日がやって来ました!、あの、自殺専用特急“ DEATH EXPRESS”が、いよいよ、ここ品川駅から発車いたしますッ!」
どこかのTV局レポーターが、マイクを手に興奮気味に叫んでいる。

「時速300Kmで走る“ DEATH EXPRESS”は、ここ品川駅を発車後、専用のレールを走り、川崎駅、横浜駅、金沢八景駅、横須賀中央駅、久里浜駅、三崎口駅のホームを通過していきます!」

「本来の終点である三崎口駅を通過した後は、新たに新設された「三戸浜上空駅」まで、ノンストップで走る特急列車ですッ!」

「なので自殺を希望される方は、先程申し上げました、その通過駅ホームで待機して、準備が整いましたら飛び込んでいただく事になりますが、果たして本当に自殺希望者は現れるのでしょうかッ!?」

TVレポーターがそう言い終えると、出発を知らせるメロディーがホームから流れ出した。

プシュゥゥ~~…。(ドアが閉まる)

ガタン…。
そして自殺専用特急が、ゆっくりと動き出した。

「今、“ DEATH EXPRESS”が動き出しましたぁッ!、徐々に速度を上げ…、加速…、スピードが上がって行きます!…、今、品川駅から“ DEATH EXPRESS”が出て行きましたぁ!、それでは、川崎駅で中継のキクマさんにバトンタッチしますッ!」

「キクマさぁ~んん…、聞こえますかぁ~?」(品川駅レポーター)

「はぁい!、こちら川崎駅のキクマです!もうすぐ“ DEATH EXPRESS”がやってきますのでここからは私が中継をいたします!」

女性レポーターが緊張した面持ちでTVカメラに向かってしゃべり出す。
川崎駅のホームにも、大量の野次馬とメディアが、その瞬間を捉えようと大挙していた。

その時、川崎駅ホームからアナウンスが流れ出した。

ピンポンパンポーンン……。↑

「まもなく4番線に、自殺専用特急“ DEATH EXPRESS”が通過いたします」
「自殺希望の方は黄色の線の前に進み、ご準備ください…。自殺をされない方は、危険ですので、黄色の線の後ろへお下がり下さい…」

ピンポンパンポーンン……。↓

「さぁッ!、果たして自殺希望者は現れるのでしょうかぁッ!?」
女性レポーターが、叫ぶ!

プァァァァァァーーーーーーーーーーーッ!

「来ましたぁッ!、“ DEATH EXPRESS”が来ましたぁッ!」(女性レポーター)

ガーーーーーーーーーーーーッ……!

“ DEATH EXPRESS”が、川崎駅ホームを通過する。

カタンカタン…、カタンカタン…。

「えー、今、“ DEATH EXPRESS”が川崎駅を通過して行きました。こちらでは自殺希望者は現れなかった様です…」
女性レポーターが安堵の表情で、TVカメラに向かってしゃべり出すのであった。



 その後、“ DEATH EXPRESS”は、横浜駅、金沢八景駅、も飛び込み自殺者を出す事なく通過して行く。

横須賀中央駅ホーム

「はいッ!、こちらは横須賀中央駅ホームです!、今のところ自殺者を出す事なく、“ DEATH EXPRESS”は、走り続けている様です。ここ、横須賀中央駅も、自殺者を出す事なく、無事に“ DEATH EXPRESS”が通過してくれる事を祈るばかりでありますッ!」

横須賀中央駅で中継する男性レポーターがそう言うと、場内アナウンスが流れ出す。

ピンポンパンポーンン……。↑

「まもなく1番線に、自殺専用特急“ DEATH EXPRESS”が通過いたします」
「自殺希望の方は黄色の線の前に進み、ご準備ください…。自殺をされない方は、危険ですので、黄色の線の後ろへお下がり下さい…」

ピンポンパンポーンン……。↓

アナウンスを聞いた野次馬たちが、黄色い線の後ろにゾロゾロと下がり出した。
しかし、一人だけ後ろに下がらずに、黄色の線の前に進む男がいた。

男性の年齢は20代半ばくらいであった。
細身で身長が170cm程のサラリーマン風の男であった。

「ああッ!、ご覧くださいッ!、まもなく“ DEATH EXPRESS”がやって来るというのに、ホームに残った男性がおりますッ!」
マイクを握りしめ、興奮気味に叫ぶ男性レポーター。

駅のホームは、黄色の線より前に進むとセンサーが感知して、追加のアナウンスが流れ出す仕組みになっていた。

「まもなく1番線に、自殺専用特急“ DEATH EXPRESS”が通過します…。自殺を希望されるお客様は、カウントが0になった瞬間にお飛び込み下さい…」
無機質なトーンでアナウンスが流れる。


そしてカウントが始まった!

「10…、9…、」

「あの男性は、本当に自殺する気なのでしょうかぁッ!?」(興奮気味の男性レポーター)

「8…、7…、」

プァァァァァァーーーーーーーーーーーッ!

「来ましたぁッ!、“ DEATH EXPRESS”が来ましたぁッ!」(男性レポーター)

「6…、5…、」

ホーム上の野次馬たちは、固唾を呑んで見守るッ!

「4…、3…、」

緊張の面持ちで、マイクを握る男性レポーター。

「2…、1…、0…、」

カウントが0となった瞬間、男性がホームから倒れ込む様に飛び込んだッ!

「行ったぁーーーーーーッ!」(叫ぶレポーター)

「うわぁッ!」
それと同時に悲痛な叫び声の野次馬たち



ドサッ!

線路に転がり落ちた男性!
目の前に迫る、“ DEATH EXPRESS”!
ぐっと目を閉じた男性が人生の最期を覚悟した!

パカッ!

次の瞬間、“ DEATH EXPRESS”正面の円形部分がイキナリ開く!
円形部分は大きな穴となり、物凄い吸引力で男を吸い込んだ!

ゴゥッ!

「うわぁッ!」
男性はそう叫び、“ DEATH EXPRESS”に取り込まれる!

ガーーーーーーーーーーーーッ……!

“ DEATH EXPRESS”が、横須賀中央駅ホームを通過して行く。
その光景をポカ~ンと見つめる野次馬とマスコミ各社。

自殺専用特急は、飛び込み自殺をした男性を中に吸い込むと、そのまま走り去って行った。


「うわぁぁぁ…ッ!」
吸い込まれた男性が、真っ暗闇のトンネルを転がりながら叫ぶ。

その先に光が見えたと思った瞬間、男性はもんどり打って先頭車両の中へ倒れ込んだ。

ドサッ!

「うぅ…、痛ってぇぇ…」
しゃがみ込む男性が、頭を押さえながら言う。

そして男性が目を開けると、黒い皮靴が見えた。誰かが立っている。

男性は恐る恐る目の前に立つ人物を見上げる。
そこには駅員の格好をした男がいた。

男性は駅員の帽子をかぶり、メガネを掛けていた。
長身で、少しシャクレた顔つきで、男性の事をニヤッと微笑みながら見つめている。

「ここは、どこだ?、冥界か…?」
電車に飛び込んだ男性が、目の前の駅員に聞く。

「いえ…、ここは、“ DEATH EXPRESS”の先頭車両の中になります。ようこそ、“ DEATH EXPRESS”へ!…」
メガネの駅員は、ニヤッとして答える。

「あんたは、誰だ?」
しゃがみ込んだまま、男性は目の前に立つ駅員に聞く。



「私は、“ DEATH EXPRESS”の車掌をしております、中出ヨシノブと申します…。中出氏とお呼びください…」
車掌の中出氏は、そう言うとメガネのフレームを中指でクィッと持ちあがた。

「ナカデ氏~~!?」
何者だ?と聞く男性。

「はい…、中出氏です…。ところで、つかぬ事をお伺いしますが、あなたは今、飛び込み自殺をしたんですよね?」(中出氏)

「あ…、ああ…」
中出氏の質問に答える男性。

「ちゃんと自殺させてあげますよ…、ご安心ください…。誰にも迷惑の掛からない場所まで、今向かっております」(中出氏)

「俺をどこに連れて行く気だ?」
中出氏に聞く男性。

「終点です…。そこへ着くにはまだ時間があります…。せっかくだから、それまでの間、話してくれませんか?、あなたの自殺の原因を…」(中出氏)

「なぜ、そんな事を聞く?」と男性。

「単なる興味本位ですよ…。私も自己紹介したんですから、あなたも自己紹介して下さいよ」(中出氏)

「俺は…、俺は、増岡ヒデユキという者だ…」(男性が答える)

「齢は…?」(中出氏)

「25…」(マスオカ)

「職業は…?」(中出氏)

「会社員だ…」(マスオカ)

「自殺の原因は…?」(中出氏)

「上司からのパワハラかな…?、人間関係に、もお疲れちゃったんだよ…!」
ふて腐れて言う、マスオカ。

「自殺する事での、あなたの目的は…?」(中出氏)

「はぁ!?」(マスオカ)

「自殺を達成した事で、あなたには、何か目的があったんでしょう?」(中出氏)

「ああ…!?、あるぞ!、俺が自殺をした事で、やつらに後悔させてやるんだ!」(マスオカ)

「奴ら…?」(中出氏)

「上司や、俺をバカにしてる会社の同僚たちの事だよッ!」(マスオカ)

「なぜ彼らが後悔するのです…?」(中出氏)

「ふふ…、あいつらが俺にして来たパワハラの内容を、しこたま遺書に書き残して来たからな…(笑)」(マスオカ)

「その遺書に書かれた内容を知った上司や同僚が、あなたの恨みを知って後悔すると…?」(中出氏)

「そうだ!、ザマアミロッ!」(マスオカ)

「ふふふ…、あなた彼らが後悔するなんて、本気で思っているんですか?」(クスクス笑う中出氏)

「何がおかしいッ!?」(マスオカ)

「彼らは、面倒臭くて鬱陶しいあなたが居なくなって、むしろ喜ぶんじゃないんですか?」(中出氏)

「はぁッ!?」(マスオカ)

「あなたの自殺を知ったら、彼らは友達にメールでもして、噂話に花を咲かせて盛り上がってますよ」(中出氏)

「だからなぁ…、そうさせない為に、週刊新調とかにも、遺書の内容を送っておいたのさ!、それで会社は大騒ぎになって、世間から叩かれてあいつらは、涙を流しながら心から反省するだろうよ!」(マスオカ)

「涙を流して反省…?」(中出氏)

「そうだ!、よくマスコミ相手に記者会見してるだろ?、泣いて反省して…、あれだよ!」(マスオカ)



「あなた、ああいう場面で犯罪者が流す涙を、被害者に対して詫びている涙だと、本気で思ってるんですか!?」(中出氏)

「どういう意味だ?」(マスオカ)

「犯罪者は、犯罪がバレて捕まって、初めて泣くんですよ…。それは、被害者への涙じゃないです。自分への涙です」(中出氏)

「自分への涙…?」(マスオカ)

「そうです。犯罪を犯して捕まってしまった可哀そうな自分が、この先の将来をどうしようかと憂いて流す涙であって、被害者の為に流してる涙ではありません」(中出氏)

「そんなはずあるかぁッ!」(マスオカ)

「じゃあどうして、犯罪者は捕まるまで逃げるのです?、どうして飲酒運転でひき逃げした犯人は、体内のアルコールが無くなるまで出頭して来ないのです?、どうして弁護士から入れ知恵されて、自分の罪を軽くしようと嘘をつくのです?」

「彼らは捕まらなかったら、被害者に対して何の思い入れもありません。捕まらなければ、涙も流しません。彼らが後悔するのは、自分が捕まってしまった事の後悔で、被害者に行った罪に対しての後悔なんかではないのです…」

中出氏は澄まし笑顔で、淡々とマスオカに語る。

「じゃあ、やつらは、一切反省しないって事かッ!?」(マスオカ)

「そういう事になりますね…。それから、さっき週刊新調に遺書を送ったと言ってましたけど、あれも無駄です。マスコミは全てシャットアウトしてありてます」(中出氏)

「何だとぉッ!?」(驚くマスオカ)

「マスコミ各社は、今後、“ DEATH EXPRESS”でいかなる飛び込み自殺が起きようとも、一切口をつぐんで報道しない協定が結ばれているのです」
「つまり、あなたが彼らに行う、あてつけの自殺は、何の意味も持たないというワケです…。ふふふ…」(中出氏)

「つまり、お前ら東成電鉄は、俺に自殺をさせないつもりなんだな!?」(マスオカ)

「いえいえ…、全然…。どうぞ自殺して下さい。さっき言ったでしょ?、終点に着いたら自殺させてあげますよって…」(中出氏)

「お前らが何を考えてるのか、さっぱり分からん…」(マスオカ)

「ねぇマスオカさん…、あなた、そんなにヤなやつしかいない会社に、なぜ固執して働き続けてるんですか?、自殺する前に辞めちゃえば良いじゃないですか?」(中出氏)

「転職したって、どうせ一緒だッ!」(マスオカ)

「なぜです?」(中出氏)

「今の会社は転職して入った!、その前に、大学出て新卒で入った会社があったが、そこでも同じ様なパワハラがあって辞めたんだ!」
「世の中はパワハラだらけだ!、周りのやつらはレベルが低すぎて、俺のレベルまでついて来れないんだ!、だから俺に恐怖を感じ、俺を排除しようとするッ!」(マスオカ)

「恐怖…?」(中出氏)



「ほらッ…、人間ってのは、自分の頭で理解できないものに恐怖を感じるだろッ!?、UFOとか幽霊とか…」
「だからやつらは俺の能力を恐れて、やがて自分たちを超えるであろう俺を恐れて、早めに芽を摘むんだよぉッ!」(マスオカ)

「あなた、それ、本気でそう思ってるんですか?」(中出氏)

「ああ…ッ!?」(どういう意味だ?と、マスオカ)

「あなたみたいなタイプは、そこをくすぐってあげれば、簡単にカルト宗教団体や、怪しい政治結社にスカウトされちゃいますね…(笑)」
「今の世の中は、君の素晴らしさを理解できていない…、だから君は、ここで、その才能を活かすべきだ!、一緒に戦おう!ってな感じで、あなたはコロッと騙されるタイプですね…?」(中出氏)

「何だとぉ~!?、くそ~、いちいちイラつくやつだなぁ~…ッ!」(マスオカ)

「あなた前の会社でも同じだったんでしょ?、だったら自分にも少しは原因がなかったのか?って、考えないのですか?」(中出氏)

「俺は絶対、悪くないッ!、悪いのはパワハラをする方だ!」(マスオカ)

「良い悪いの、話をしてるのではありません。パワハラを回避する方法を考えるには、原因を調べなければならないと言っているのです」(中出氏)

「なんでパワハラするやつらの顔色をうかがって、俺が何かしなきゃならない!?、おかしいだろッ!、悪いのは向こうなのにッ!」(マスオカ)

「マスオカさん…、例えば、あおり運転をいつも受ける人は、実は原因があるんですよ。そこを改めないで、ドラレコつけたり、カメラ搭載と書いたステッカーを車に貼っても、根本的な解決にはなりません」

「あとこんな例えで説明すれば分かりますか?、交通ルールでは、信号機の無い横断歩道では人が優先なので、車が止まるが当然だと、あなたがスタスタ渡ったら、轢かれて死ぬのはあなたです」

「正しいとか、法律だとかは関係ないのです。私たちの社会では、法を超えた暗黙のルールがあります。迫害される者は、それを破ったからです」

「場の空気が読めない方、デリカシーの無い方、協調性の無い方…、そういう人は、わざわざ自分から攻撃を受ける様に、実は振舞っているのですよ」(中出氏)

「あ~!、お前みたいなやつに話して損したッ!、やっぱ、こういう相談は、イジメ体験のあるカウンセラーとかじゃないと分かんないんだよな!」(ふて腐れるマスオカ)

「ふふ…、よくいますよね?そういう方…。自分がイジメを体験したから、それを救う為に心理学科を出てカウンセラーになった…。ミュージシャンでも、そういうコト言って、曲を書いている人とかいますよね…?」(中出氏)

「そうだよ!、そういうやつなら、俺の気持ちも分かってくれる!」(マスオカ)

「気持ちは分かってくれるけど、問題は解決しませんね…。あなたは、それで良いのですか…?」(中出氏)

「問題が解決しない!?」(マスオカ)

「だって、そうじゃないですか…。彼らはあなたに、きっとこう言いますよ、『君は悪くない…。悪いのはイジメる側だ』って…」(中出氏)

「現に、そうじゃないかッ!」(マスオカ)

「だからさっき言ったでしょ?、正しいとか悪いとか、そういう問題じゃないって、あなたが正しくたって、あなたがパワハラ受けたんじゃしょうがないでしょ?」(中出氏)

「どうして、イジメ体験者のカウンセラーじゃダメなんだよ!?」(マスオカ)

「ほとんどの人が、あなたと同じ、自らの行動を省みないで、悪いのは全て相手側だと思い続けているからです」

「だから『君は悪くない…。悪いのは100%イジメる側だ』と言うのです。彼らは疎外されて来た自分の過去を肯定したいが為、あなたに悪くないと言いつつ…、実は自分にそう言い聞かせている…」

「いや…、もしかして本当は分かっているのだけど、カウンセリングに来た人に、ホントの事を言って、自分が訴えられたり、相手が自殺などしたら面倒臭いから、ビジネスの為に、敢えて触れないようにしているのかも知れませんね…」(中出氏)

「お前…、それを虐待を受けてる小さな子供や、イジメで苦しんでる中学生とかに対しても言えるのかよッ!?」(マスオカ)

「それは言えません…。だって幼児や中学生じゃ、どう対処して良いか、まだ分からないでしょ?、だから子供のイジメは大人が守るのです」

「私が言ってるのは、あなたに対してです。あなたは成人して社会人をやってる大人です。子供を守るべき大人が、何、子供と同じ様な事を言って悩んでいるのです?」

「自分でいくらでも解決方法を探せるのに、子供のイジメを例に持って来て、自分を弱者気取りするはヤメていただきたいものです」(中出氏)

「うるさいッ!…、うるさい!、うるさいッ!」(マスオカ)

「マスオカさん…、あなたは仕事が出来なくて悩んでいたとしましょう…。そしたらあなたは、社内で1番仕事のできない先輩に相談しますか?、『君は悪くない…。悪いのは、君の魅力が分からない客の方だ!』って、言われても、何も解決しませんよ…」(中出氏)

「俺は仕事が出来ないワケじゃないッ!」(マスオカ)

「例えですよ…。分かりました…。あなたは女に全然、モテませんよね?」(中出氏)

「失礼なやつだな!?」(マスオカ)

「カノジョいますか?」(中出氏)

「いねぇよッ!」(マスオカ)

「じゃあ、その話で例を出しましょう…。あなたは、カノジョが欲しいからって、全然モテない人にアドバイスを聞きに行きますか?」

「その人から『モテないのは、オンナが君の魅力に気が付かないだけだ。だから何も気にするな!』って、言われても困りませんか?」

「やっぱり、あなたの悩みを克服した人のアドバイスを聞いた方が良いと思いますでしょ?、おたがいにモテない男が傷の舐め合いをしたところで、何になるんだ?と思いませんか?」(中出氏)

「お前は、イジメられた経験が無いから、分からねぇんだよ…」(マスオカ)

「あなた、世の中にイジメられた事の無い人が存在するなんて、本気で思ってるのですか?」(中出氏)

「どういう意味だ?」(マスオカ)

「マスオカさん、1つ聞いて良いですか?、あなたが思う、イジメの定義とはどういうものなのですか?」(中出氏)

「どういうものって…?」(マスオカ)

「あなたに冗談を言ってからかったり…、周りのみんなを笑わす為に、あなたを利用してイジったりする行為とかは…?」(中出氏)

「相手が冗談のつもりでも、本人が傷つけば、それは立派なイジメだと思ってる!」(マスオカ)

「相手に悪気がなくて、むしろあなたに対して愛着を感じていて、それを行っても…?」(中出氏)

「ダメだ…。俺がそう感じた時点で、それはイジメとして成立する!」(マスオカ)

「ずいぶんツマラナイ人ですね…。そんなの笑い飛ばしちゃえば良いじゃないですか?」(中出氏)

「そうはいかない!、イジメには、イジメとしてハッキリ不快な意思を伝えるべきだ!」(マスオカ)



「そしたら世の中から、お笑い番組は全て消えちゃいますね?」(中出氏)

「そうだ!、あんなくだらない番組があるから、世の中にイジメが蔓延するんだ!」(マスオカ)

「あなたが、相手の冗談をいちいち不快に反応する事で、場の空気がシラケるのにはお気づきですか?」(中出氏)

「そんなこと知るかッ!」(マスオカ)

「それですよ…。あなたの、その性格が、周りから扱いづらいと思われて、段々と疎外されて行くんです」

「良いですか?、仕事でお客さんに嫌な事いわれた時、それを受け流せないで、いちいち不快に反応していたら、お客なんて一件も取れませんよ」

「あなたに欠けているのは、相手を許すという行為です。いつまでも恨み辛みを抱え込んでいれば、結局、あなたの人生の時間はそこから進まないのです」

中出氏がマスオカに言うが、マスオカは、「なんで嫌な事された俺が、相手の顔色を伺わなきゃならねんだよッ!」と、怒鳴るのであった。

「では、マスオカさん、あなたの職場の同僚でカワイイコが入社して来ましたとしましょう…。そこであなたは、そのコがタイプなのでお尻を触ってみる事にしました」(中出氏)

「尻なんか触るかぁッ!」(マスオカ)

「どうして?、お付き合いしたらみんな触りますよ尻くらい…(笑)」(中出氏)

「セクハラで訴えられるだろがッ!」(マスオカ)

「訴えられなきゃ触りますか?、あなたの同僚が会社の飲み会で、そのコのお尻を触ってて、セクハラで訴えられませんでした…。さて、あなたはどうします?」(中出氏)

「だからって、俺は触るなんて事はしない…。たとえば2人っきりで飲んでて、良い雰囲気になったら身体に触れるかも知れないが…」(マスオカ)



「そこで、あなたが彼女の身体に触れた途端、あなたにセクハラされたと彼女は会社に訴えました!、さて、困った…?、どうしましょう?」

「おかしい!?、同僚がお尻を触っても訴えなかったのに、あなたが手を握った瞬間、彼女はあなたに対してセクハラだと言い出しました。何故でしょう?」

「答えは簡単!、同僚の方は彼女のタイプで好意を寄せていましたが、あなたには全然好意を抱いていなかった。だから彼女は、あなたに不快感を抱き、セクハラで訴えました」

中出氏がそう言うとマスオカは、「ケッ!、くだらねぇ…」と、悪態をついた。

「でも、しょうがないでしょ?、彼女はあなたがタイプじゃ無いんだから…(笑)」(中出氏)

「そんなのは、オンナ側の一方的な、ワガママじゃねぇかッ!」(マスオカ)

「つまり、あなたと一緒ですよね?」(中出氏)

「はぁッ!?」(マスオカ)

「あなたの説いた、イジメの定義と一緒だって言ったのですよ…。ふふ…、くだらないでしょ?(笑)」(中出氏)

「お前の言ってる事は、どうも納得が出来ん!、それが正しいとは到底思えない!」(マスオカ)

「だから、さっきから言ってるじゃないですか。正しいとか間違ってるとか、そういう話をしてるのでは、ありません。私は実用的な話をしているのです」

「マスオカさん…、あなた「サミュエル・スマイルズ」って人、知ってますか?」(中出氏)

「誰だそれ?」(マスオカ)

「『天は自ら助くる者を助く』という言葉は…?」(中出氏)

「知らん…」(マスオカ)



「サミュエル・スマイルズの、自助論という本の序文に出て来る言葉です」
「スマイルズは、18世紀のイギリスの作家です。彼の書いた自助論は、明治の初めに翻訳され、明治後期には、日本だけでも100万部売れた、世界的に大ベストセラーとなった本です」(中出氏)

「それが何だってんだよ!?」(マスオカ)

「私が先程からあなたに説いているのは、スマイルズの自助論に出て来る考え方を引用しているのですよ。要するに、他人に期待し過ぎるなという事です」

「嫌な相手の考え方を変えるのは、所詮無理なのです。ならば、自分の方が、その相手に対する接し方を変えてみれば、人生は上手く進むという事です」
(中出氏)

「だから俺が何で、イジメる側に気を遣わなきゃならねぇんだって言ってんだよ!、お前には、俺の気持ちなんて所詮分かんねぇんだよ!」(マスオカ)

「私がイジメられた経験が無いから分からないと…?」(中出氏)

「そうだ!」(マスオカ)

「あなたの思う、イジメの定義で考えれば、世の中にイジメを受けない人なんて存在しないと私は思いますが…」(中出氏)

「そんな事は無い!、腕力のある奴、権力のある奴は、イジメられないじゃないか!」(マスオカ)

「ほう…?、それは例えば誰ですか?」(中出氏)

「格闘家とか、ヤクザとか、会社の社長とか、総理大臣とか…」(マスオカ)

「ふふふ…、昔、プロレスラーのアントニオ猪木は、ヤクザに監禁されましたよ?」(中出氏)

「それは猪木よりも、ヤクザの方が組織として力があるからだろ!」(マスオカ)

「そのヤクザは、警察にイジメられてますよ(笑)」(中出氏)

「それは、イジメじゃないッ!、悪い事をしたやつを、警察が取り締まってるんだ!」(マスオカ)

「でも、ヤクザ側からしたら、その取り調べは理不尽で、イジメを受けていると考えていたら…?」(中出氏)

「え!?」(マスオカ)

「本人が、イジメられていると思った瞬間、イジメは成立するのでしょう?、あなたの定義で考えれば…?、ふふふ…(笑)」(中出氏)

「分かった!、じゃあ、天皇はどうだ!?、アメリカの大統領ならどうだ!?」(マスオカ)

「みんな同じですよ…。天皇は共産主義者から攻撃を受けています。アメリカの大統領も、左翼マスコミから叩かれてます。日本の総理大臣と同様にね…」

「イギリスの王室もパパラッチに叩かれて、ダイアナ妃が亡くなりました。チベットのダライ・ラマ国王は、中国に攻め込まれて国外へ亡命しました」

「そして会社の社長さんは、株主に突き上げられて頭が上がりませんし、あなたの嫌いな上司だって、その上の上司、その上司は更に上の上司に追い立てられています」

「つまり、誰もが人生を生き抜いて行く上で、必ず、あなたの言う、“イジメ”という悩みにぶち当たるという事です!、マスオカさん、自分だけが不幸だなんて言うのは、とんだ思い上がりですよ!」
(中出氏)

「お前なんかに、俺の気持ちが分かるもんか…!」(マスオカ)

「嫌な者たちと、あなたが接し方を変えて、向き合ってみれば良いじゃないですか…?、簡単な事です」(中出氏)

「そんな事やったって、どうせ無駄だ!、俺は無意味な事はしたくない!」(マスオカ)

「死ぬ覚悟があったのならば、何だって出来そうな気がしますが…?、私には理解できませんね?」(中出氏)

「お前なんかには分からねぇよ…。生き地獄だぞ…、毎日、毎日、上司から嫌味を言われて…、周りから無視されて…、孤独で…、ノルマに追われ、遅くまで残業して…!」(マスオカ)

「それが生き地獄なんですか…?」(中出氏)

「そうだッ!、生き地獄だッ!」(マスオカ)

「ふふふ…、あなたはホントに何も分かっていませんね…。分かりました…。じゃあアナタにホントの生き地獄とは、どういうものなのか!?、今からお見せしますよ…」

中出氏はそう言うとニヤッと微笑んで、中指でメガネのフレーム中央をクィッと押し上げるのであった。

To be continued….

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