それぞれの夏  前篇 (夏詩の旅人2 リブート篇) | Tanaka-KOZOのブログ

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★ついにデビュー13周年!★2013年5月3日2ndアルバムリリース!★有線リクエストもOn Air中!



 年が明けて2001年4月。

二階堂マイコが、我が編集部に入社した。
リョウにも後輩社員が、ついに入社したのである。

リョウは後輩のマイにつきっきりで、一生懸命仕事を教えていた。
その甲斐もあって、マイは編集部の仕事を早くから、どんどん吸収していった。

彼女は文章を書くのと、写真を撮るのが得意であったので、僕が担当していた、宿や飲食店の取材などを主に任せる事にした。
僕やリョウやグリオとも親しくなり、よく仕事帰りには皆で駅前の居酒屋で飲んだりする仲となった。


 それと余談であるが、実はマイが入社した翌週に、もう1人女性が入社して来ていたのも報告しておこう。
ツノダ花子という35歳の女性で、元々は僕よりも古くから、“F誌”編集部で働いていたらしい。

ホンコンとタシロが退職した事で、バタついてた編集部の応援という事で編集長が呼び戻したのだった。



「今日は、以前働いてた女性が、入社してくるらしいぞ…」
僕がグリオに言う。

「知ってますよ。また可愛いコだったらイっすね!」

「あ!、来たぞ」
編集長に連れられて、新しい女性が編集部に入って来た。



「みなすぁん、こんぬつわ。ツノダ花子どぇす!」

編集長に紹介されたツノダ花子が、みんなの前でそう挨拶をした。
花子は、昔の事務員さんが、よく袖に巻いていたカバーを両肘に付けていた。



ツノダ花子は、もの凄く訛っていた。
もっさりしたタイプで、背は高くないが、筋肉質で体格が良くて、がっちりしていた。
顔はモンゴル力士横綱の朝章龍にそっくりで、朝章龍がオカッパ頭にした様な感じの女性であった。



「ブスじゃないですか…」
グリオが僕に向いて、目の前の花子の事をそう言った。

バキッ!

「グエッ!」

グリオに、いきなりラリアットを喰らわす花子!
僕は一瞬、何が起こったのか把握できないまま固まった。

「ぐぅぇぇぇ…、何しやがるぅぅ…?」
沈み込んでるグリオが、喉を押さえて苦しそうに言う。

「おめ…、レデーに向かって、すつれーな事いうやつだな…?」



花子がグリオを見下ろしながら言う。
花子はスタン・ハンセンみたいに、袖に巻いていたカバーを肘までずり上げて、ラリアットを喰らわした様だ。

「す…、すいませんでしたぁ…、ぐぅぇぇぇ…」
グリオが苦しそうにして、花子に謝った。

グリオが詫びると花子は、スッと身をひるがえし、元の場所に立った。

「ツノちゃ~ん♪、また以前みたいに、宜しく頼むよぉ~!」
すると何もなかったかの様に、編集長が花子に言う。

「オッケーどぇすッ!」と花子。

「私、新人なんです。分からないことがあったら、いろいろ教えて下さい…」(リョウ)

「オッケーどぇすッ!」と花子。

「私もまだ入社したばかりなので、宜しくお願いします」(マイ)

「オッケーどぇすッ!」と花子。

「ははは…、何だ?『オッケーどぇすッ!』って…」
グリオが花子を指しながら笑って、僕に言う。

バキッ!

「グエッ!」

またグリオに、いきなりラリアットを喰らわす花子!

「不意討ちとは卑怯な…、ぐぅぇぇぇぇ…」
沈み込んでるグリオが花子に言う。

「不意討ちしなきゃ、ヒットマン・ラリアットの意味ねぇだろぉ!」と花子。

「ぐぅぅ…、ヒットマン・ラリアットって…、全日の阿修羅原かよ…?」
喉を押さえながら、苦しそうな表情のグリオが言う。

「おめさ…、とどめ刺されてぇみてぇだな?」(グリオに凄む花子)

「ぐぇっほッ!、けっ…、結構どぇすッ!」
驚いて咽かえったグリオが、片手で花子を制止ながらそう言った。

僕ら編集部の連中は、その光景を唖然として見守るのであった。
こうしてグリオと花子の因縁は生まれたのである。




5月
GWの連休中、僕はサーフ系雑誌“F”の編集部連中らと多摩川へBBQに来ていた。
そのBBQをやる場所は、中出氏がお勧めする河原であった。

僕は、その場所が分からないので、中出氏の運転する車に先導されながら、僕の運転する車は目的地の河原へと到着した。

 到着したその河原の対岸には、サマーランドが見えていた。

水辺では美しい鳴き声を出す、カジカガエルの鳴き声が響く。
まだ5月であったが、陽射しは強くて暑い日であった。




「オーライ、オライ、オ~ラ~イ…、オッケーどぇ~す!」

仲間たちの車を誘導する花子。
花子は、くの字に身体を前に曲げながら、両手を正面に突き出して車を停めた。

僕とグリオはその姿を遠巻きに眺めていた。

「見事なもんだな…」
僕が言う。



「どこがですか…?」
グリオがふてくされて言う。

「彼女の自宅は、千葉のガソリンスタンドなんだそうだ」

僕がそうグリオに言ってる間にも、花子は他の車を誘導していた。

オーライ、オライ、オ~ラ~イ…、オッケーどぇ~す!

「ガソリンスタンド~?、どうりで…、そんな感じですよ」
「見て下さいよ、あのケツ!、あんだけデブなのに、ケツが1番デカいじゃないですかぁ!」

グリオの言葉を聞いて、僕は遠くで車を誘導している花子の方を見た。

「なんすかあの体形は、まるでハクション大魔王の土瓶みたいなスタイルじゃないですかぁ!」
「よくあんなデカパン売ってたよなぁ!?」

グリオがそう言った“デカパン”とは、花子が今日穿いているショートパンツの事だ。

「おいおい、お前そんな事いってると、またラリアット喰らわされるぞ(笑)」

「へッ!、聞こえませんよ!こんな離れてちゃ…」
「まったく、なんであんなやつBBQに呼んだんですか!?」

オーライ、オライ、オ~ラ~イ…、オッケーどぇ~す!

グリオが30mくらい先にいる花子を見ながら言う。

「一人だけ誘わないワケにもいかんだろう…」(僕)


※本紺(ホンコン) 元デザイナー

「せっかくホンコンが辞めて、編集部に平穏な日々がやって来たってのに…、あのデカパンせんせぇがよぉ~ッ!」(グリオ)

「なんで先生なんだよ?(笑)」
悪態をつくグリオに、僕は笑いながら理由を聞く。



「理由なんかありませんよ。デカパンだから、デカパンせんせぇなんですよ!(笑)」
グリオが意地悪そうな笑顔で言う。

バキッ!

「グエッ!」

さっきまで向こうにいたはずの花子に、ラリアットを喰らうグリオ!

「ぐぅぇぇぇ…、お前は…、瞬間移動できるのかよぉぉぉ…?、ゲホッゲホッゲホッ…」
喉を押さえながら苦しそうに言うグリオ。

「わたすは、こう見えても、高校時代は陸上部でスプリンターだったんどぇす!」(花子)

「お前が陸上部ぅ~?、ゲホッゲホッゲホッ…」(グリオ)

「わたすのロケットスタートは、“木更津のベン・ジョンソン”と言わしめたんどぇす!」(花子)

「ベン・ジョンソンは、ドーピングで永久追放されたじゃんかぁ…?、ゲホッゲホッ…」とグリオ。

睨み合う2人。
こうしてグリオと花子の因縁は、ますます深まって行くのであった。




 さて、それから準備が整った僕らは、ビールで乾杯し、BBQはスタートした。
運転手だった僕と中出氏だけは、キリンフリーを飲んでいたけどね…。

リョウとマイが仕込みを済ませた、肉や野菜を、彼女たちがBBQコンロで焼き始める。
煙がジュワ~と、コンロから沸き上がった。

食事がある程度進むと、僕らはなんとなくバラバラに自由行動をする様になっていた。

川の水に足を浸して、折り畳みイスに座り、話しているリョウとマイ。
タープの中でレジャーシートを敷き、涼んでいた久保木と春日は横になって寝ていた。

花子は、マムシを捕まえて酒を造るんだと言って、里山の中へと入って行った。

そして、僕とグリオと中出氏は、みんなのいる場所から少し離れたところで、ビール片手に立ち話をしていた。


「知ってるか?、グリオは今、鶯谷の女と付き合ってるんだぜ!」
僕が中出氏に、ニヤニヤしながら言う。



「ホントですかッ!?、僕は以前、吉原の女と付き合ってましたよ!」
目を輝かせながら、グリオにそう言う中出氏。

「いや…、そういうのじゃないんですよ…」(困り顔のグリオ)

「違うのか?」(笑いながら言う僕)

「いや…、まぁ…、そうですけど…」とグリオ。

「いつから付き合ってるんですか?、鶯谷の女と…?」
中出氏がグリオに聞く。

「中出さん、誤解してますよ…。中出さんの奥さんは、どこの女ですか?」(グリオ)

「どこの女って…?」
どういう意味と聞く中出氏。

「住んでた実家です」(グリオ)

「羽村です」(中出氏)

「じゃあ奥さんはどこの女ですか?」(グリオ)

「羽村の女です」(中出氏)

「僕は、鶯谷の女です」(グリオ)

「すごいじゃないですかッ!、僕は以前、吉原の女と…」(中出氏)

「だからぁ…」(グリオ)




「え~ッ!、鶯谷の女って、今住んでる実家の最寄り駅が、鶯谷っていう意味だったんですかぁ!?」(中出氏)

「そ~なんですよ。アニキは酷いんですよ」
「この前、山手線の中で、『こいつ今、鶯谷の女と付き合ってるんだよ!』って、突然言い出すもんだから、近くにいたサラリーマンが、僕の事見ながらニヤニヤするんですよ!」

そう言ったグリオの後ろにいた僕は、声を殺して、ククククク…と下を向いて笑っていた。




「えっ!、アニキまたアルバム出すんですかッ!?」
BBQ帰りの車の中、助手席に座るグリオが僕に言う。

「ああ…、来年の5月に2ndアルバムをリリースする」
ハンドルを握る僕が、グリオに言った。

「よく金が続きますね」

「印税が入って来たからな」

「じゃあ豪遊しましょうよ。その金で…」

「バカ言うなよ!、そこまで儲かってないよ。まだまだ赤字だ!」
「2ndは前回の反省を踏まえつつ、在庫が残らない様に調整して枚数をプレスする。俺にニーズがある購買者数も大体読めてきたからな…」

「じゃあまた素材を撮影しに、海へ行くんですか?」

「そういう事だ」

「僕はもう行きませんよ」

「分かってる。お前は鶯谷の女が出来たからな…(笑)」

「まぁ、そういう事です」

「今回は、リョウとマイとで行ってくるよ」

「どうぞ今回は好きにやって下さい。もう僕にはカノジョが出来たんで、関係ありませんから…」

「なんだよ、前回はホンコンの二の舞がどうのこうのと言ってたくせに…」

「僕はカノジョと結婚を考えてるんで、もう良いんです」

「ほう…、そうか…。お前確か17歳以上の女は、女じゃないとか以前言ってたよなぁ~?」
「しゃべっちゃおうかな~?、今のカノジョに…」

「ヤメテ下さいよッ!、人の幸せを壊すのはッ!」

「分かった分かった…。まぁとにかく6月には素材撮影を終わらせて、7月からはレコーディングにまた入る。そしたらまたお前とは、しばらく飲みに行けないからな…」

「大丈夫です。僕はカノジョと会うのに忙しいですから…」

「はいはい…」
僕はそう言うと、(グリオも27歳になって、結婚とかを考える齢になったんだなぁ…)と、感慨深く思うのであった。





6月
僕は休日になると、リョウとマイを引き連れて、伊豆や湘南に撮影しに行った。

CDジャケットのデザインは、またリョウにお願いする事にした。

今回の2ndアルバムは、僕にとって正念場だった。
1stアルバムだけで終わるインディーズが多い中で、この2ndアルバムを作るという事が、大きな意義となるのだ。

インディーズだからって、せせこましくやりたくない。
僕はメジャーレーベルと同じ土俵で、どこまで自分がやれるのか挑戦してみたかったのだ。



 翌年の2002年4月
僕はカズの自宅スタジオでのレコーディングも終了し、2ndアルバムのプロモーション準備に掛っていた。
時代はネット通販が中心となっており、HMVなどの大手CDショップなどは店舗を閉鎖していた。

そういう事もあり、僕は今回の2ndアルバムの営業は、CDショップにはやらないで、他の方法を試してみる事にした。
まずは、2ndアルバムの楽曲を有線放送へ登録してみる事にした。

有線放送へ登録するには事前審査がある。
僕は有線放送へ2ndアルバムを送り、審査結果を待った。

数日後、有線放送の審査は無事パスする事ができた。

続いて僕は、1stアルバムでお世話になった湘南レディオのスポンサーとして、湘南レディオのHPにバナー広告を打つ事にした。 



それから、湘南レディオの広告担当者のご厚意で、7月から8月の2ヶ月間だけのバナー広告契約を、僕の誕生日が6月という事で、6月から、サービスでバナー広告を出してくれるという、粋な計らいを受ける事となった。

更にその広告担当者の女性は、自局の番組へ、いろいろと掛け合ってくれて、6月から8月に掛けては、湘南レディオの各番組で、僕の2ndアルバムの曲がルーティンで流れる様にして頂いたのだ。




 こうして5月には、無事に僕の2ndアルバムはリリースされた。

 FMラジオでは、その他に今回初となる、FM西東京の番組ゲストにも呼ばれる事となった。
その日は平日の16時からの収録だったので、勤めている会社を早退して出演をした。

そして福岡のFM局からもオファーが入った。
九州の放送局という事で、放送局からの出演とはならなかったが、それでも遠方の地で、僕の曲が流れるという事が大変嬉しかった。

まさか聴いている事は無いとは思うのだが、エイマックスに契約を切られ福岡へ帰省したサキが、もしもこの放送を聴いてたら、どんなに嬉しい事だろう。
僕が元気に音楽を続けている事を彼女が知り、それが切っ掛けで、またこの世界に挑戦してくれたら良いなぁという思いが、僕にはあったのであった。

 そして僕は、また都内各所や、今度は神奈川県でもライブ活動を行った。
神奈川のライブでは、グリオが例の鶯谷のカノジョと、わざわざ神奈川まで僕のライブを観に来てくれた。




 そして、2ndアルバムをリリースした2002年の夏が終わった。

CDのプレス枚数を調整したつもりであったが、売り上げ枚数は1stよりもかなり下回ってしまった。
従って、印税収入もかなり落ちてしまった。

時代は、i-Podを介したDL販売が更に中心となり、CDという音楽ソースは完全に破綻していたのだ。
僕は今回もDL販売をやらなかったが、なぜか違法DLできる無料のサイトに、2ndアルバムの曲がアップされていた。

だが本当に手にしたい作品であれば、たとえ違法DLされてもその後にCDを購入するはずだ。
結局はそこまでに至らない、僕の力不足なのだ。

考えように依っては、違法DLだとしても誰かが僕の曲をi-PodにDLするならば、僕の元に金は入らないが、曲は聴いてもらえる。
僕は、別に音楽で稼ごうとは思っていないのだから、より多くの人に自分の曲が届くのであれば、それはそれでよしと考える事にした。





9月
昨年の夏、2ndアルバムのレコーディング中、その日の作業が終わると僕とカズは、いつも上石神井まで出て来て飲んでいた。

その頃にはARROWSや三男坊は既に閉店しており、僕とカズは駅前に新しく出来た串揚げ屋「K」で飲む事が多かった。
カズの自宅スタジオが石神井公園にあったので、上石神井は近かったのだ。

その串揚げ屋「K」で、僕は会社帰り、1人カウンターで酒を飲んでいた。

「あら先生!いらっしゃ~い!」

しばらくすると、女性店主がカウンター越しから、店内に入って来たストレートでロン毛のスリム男性にそう声を掛けた。
先生と呼ばれたその男性は、僕の隣の席に着くと、ニコリと笑顔で僕へ会釈した。

「先生は歌を教えてるのよ~。だから音楽の話が合うんじゃない?」
女性店主が僕にそう言い、その男性を紹介した。

「EXPでボーカル講師をしている佐々木です」
その男性は丁寧な口調で、僕にそう言った。

「EXPで…?」
僕はその学校に通っていたサキの事を思い出した。

僕は彼と飲みながら話していたら、段々と彼のプロフィールが分かってきた。

佐々木氏は北海道出身で、ヘビメタ全盛期だった頃、「マーベルライガー」のボーカリストとして活躍していた人物であった。
僕が20代だった頃は、まさにヘビメタブームだったので、僕もそのバンドの事は知っていた。

佐々木氏は僕と同年代だったが、僕が学生時代には、彼はもうデビューしていたからキャリアは相当長い事になる。
彼の歌は、デビット・カヴァーデール並みのハイトーンボイスだったので、僕とは真逆のボーカルスタイルであった。

「あなたも何かやってるんですか?」と佐々木氏。

「大した事やってませんけど、まぁこんな感じの音楽をやってます」
僕は、「聴いてみますか?」という感じで、自分のアルバムが入っているウォークマンのイヤホンを、佐々木氏に手渡した。

僕は2ndアルバムの反省も踏まえて、何が悪かったのか?、彼に聴いて欲しかったという気持ちが少しだけあった。

佐々木氏は、音楽に対して物凄く真摯な人だった。
「そこまでしっかり聴き込まなくても…」と、こちらが恐縮してしまうくらい、僕の曲を熱心に次々と聴いてくれた。

「いやぁ…すごい良い声だね!、僕も齢取って来たから、ホントはこんな風に歌ってみたいんだけど、なかなか仕事がらできなくてねぇ…」
「この夏っぽいのが良いよねぇ…。僕も夏っぽいの意識して歌ってるから、この雰囲気、すごい分かるよ」

佐々木氏は、僕の楽曲を褒めてくれた。
そして悪いところは、曲を聴きながらでも、スグに指摘してくれた。

僕のアルバムで唯一、指摘があるとすれば、ミキシングという事だった。
やっぱプロは鋭いなぁと思った。

2ndのミキシングは、僕が行った。
つまり素人の仕事だ。

「良いねぇ!この曲!…、あっ…、う~ん、ミキシングが惜しいなぁ…、でもしょうがないか…、自分でやってるんだものね…」
佐々木氏が僕の曲を聴くと、どの曲でも、こんな感じの事を常に言っていた。

なるほど…。
プロってのは、こういうところを聴いてるんだ?と僕は思った。

だけど逆に言えば、お世辞が入ってるにしても、曲や歌に関しては、特に指摘するところは無いんだという事も分かった。

「週末の夜中は、いつも下井草のロックバーで、ガイやキドーとセッションしてるから、今度一緒にやろうよ!」
「俺がギター弾くから、歌ってよ!」

佐々木氏は、僕にそう言ってくれた。

ちなみに、ガイとキドーとは、元マーズシェイカーのベースとドラムだった人物で、彼らもEXPで講師をしているのを僕は知っていた。
特にキドー氏に関しては、ARROWSで働いていたサキのドラムの先生だったので、彼女から話を聞いていてよく知っていた。



※サキとは新宿の「EXP」に通っていて、夜は学校の寮がある上石神井で、ARROWSという駅前のBARでバイトをしていた。そして19歳で、エイマックス系の事務所からアイドルロックバンドのドラマーとしてプロデビューをしたのだが、バンドは成功せず契約を打ち切られてしまい、今は実家の福岡に帰っている。

「じゃ、また今度一緒に飲もう!」
佐々木氏と電話番号を交換した僕が、彼にそう言い、2人はその日別れた。



 そして月日は流れ、2003年3月となった。
そう、あの東日本大震災が起こった2003年の3月だ。

僕はこの日、会社で仕事をしていた。

週末の金曜日。
午後2時過ぎに凄い揺れを感じたのを、今でもハッキリと覚えている。

震源地は東京から近いのだと思っていたら、震源地が東北のM県だとしばらくしてから分かった。

デザイナーのリョウが、学生時代の友人の結婚式に出席する為、ちょうどM県に行っていたのが心配だった。
何度連絡しても、回線状況がパンクしており、彼女と連絡を取ることが出来なかった。

電車は止まり、僕はラジオを聴きながら歩いて自宅まで帰った。
余震は断続的に続き、家路に向かう途中、何度もラジオからは緊急速報が入って来た。

東北に比べ、震度が半分程であった東京でも崩壊した家屋があった。
僕はそんな光景を見かけながら、不安を抱えつつ家に向かった。

 そして夕方5時に会社を出て、自宅に着いたのは11時ちょっと前だった。
革靴で歩いて来たので、相当疲れたのを覚えている。
翌日が土曜日で、仕事が休みだったのには本当に助かった。

 それから数日間、電車が動かなくなってしまった関係で、僕は会社に出社する事が出来ず、自宅で待機する毎日が続いた。
計画停電などもあり、不安な毎日を過ごす事となった。

 数日が経過し、電車もようやく動き出す頃、リョウとメールで連絡も取れて、彼女が無事だった事を僕は知った。
だがリョウは、それからしばらくしても会社に出て来る事はなかった。

そして彼女は、有給休暇を使い果たす頃の4月になると、そのまま“F”誌を退職してしまった。
M県でリョウに、一体何があったのか聞くことも出来ず、彼女は僕らの前から消えてしまうのであった。




To be continued….






解説
僕がCDをリリースした後、どうやってプロモーションしていたか?
今回の話では、その辺りを特に忠実に再現しました。
そしてFM局の担当者さん、お世話になりました。
レディオ湘南の担当者さんには湘南の音楽イベントへ出演のお誘いを頂き、またFM西東京の担当者さんからは、西東京音楽祭へのお誘いを頂いたりして感謝しております。
串揚げ屋で一緒に飲んだ元マーベルライガーの佐々木さん(仮名)、元気かな?
そうそう!、グリオからおとといメールが来ました。
「読みましたよ!懐かしいですね。ルーマニア!、アニキッ!また飲みに行きましょう!」
グリオはホンコンの事はあまり覚えていない様だったが、やはり花子の事は鮮明に覚えていた様だった(笑)
それから作中でリョウが、東日本大震災に見舞われてから会社を辞めているシーンが出てきますが、その部分についての話は、友よ… (夏詩の旅人2 リブート篇 「対決!テロリスト篇 1話」)という回で、詳しく書かれています。
良かったら、その話もご覧になってください。