Surfer Girl(夏詩の旅人 1st シーズン) | Tanaka-KOZOのブログ

Tanaka-KOZOのブログ

★ついにデビュー13周年!★2013年5月3日2ndアルバムリリース!★有線リクエストもOn Air中!



 2004年初夏。

小さなボストンバックと、ショートスケールのアコギ1本を持ち、僕は車で伊豆へ一人旅に出ていた。

 会社を辞めてから3日後に出発。
とりあえず一ヶ月くらい、伊豆方面のあちこちを旅しながら、自分の今後についてゆっくりと考えたかったからだ。

 今後というのは、音楽業界で生きていく事を選んだ自分の人生の事である。
そう、僕は歌を作って歌う、シンガーソングライターなのだ。

 僕が宿を取ったのは、海の側にあるI町の古い民宿であった。
まだシーズンオフだったせいか、急な予約でもOKだった。

 そこは民宿といっても、1階に宿を経営している家族が住み、2階の3部屋だけが宿泊客用の部屋になっている、ほんとうに小さくて細々とやっている民宿であった。

 ギターを旅に持ってきたのは、一人で退屈な旅にならないか?という不安と、今まで日々仕事に追われて書けなかった曲が、なにか旅先では作れるような気がしたからだ。




 僕が宿に着いたのは午後16時頃だった。
まだ日差しが強くて眩しかった。

僕は宿の方と挨拶を交わして、2階にある自分の泊まる部屋へと案内された。

 僕の部屋の広さは8畳くらいだった。
窓を開けると目の前に海が広がっていて、心地よい海風が部屋の中へ吹き抜けた。

水平線に小さな漁船が、太陽の光を反射しながら走っていた。

しばらくすると宿のおかみさんが、麦茶と冷えたゼリーを持ってきてくれた。

「どうもスミマセン…。」
僕が言った。

「この部屋は風抜けが良いから涼しいでしょう?」
「だからクーラーなんて必要ないのよ」
おかみさんはやさしく微笑みながら僕に言った。

「食事は6時半ですから、それまでにお風呂へ入っても構いませんから…」
宿の説明を一通りして、おかみさんは部屋を後にした。

ポロン…。

僕は窓際にもたれながら、アコギを1音鳴らした。

夕暮れというには、まだ早い午后であった。





 翌朝。
早朝5時、浜辺を耕すトラクターの音で目が覚めた。

 どうやら砂浜に捨てられたゴミをかきだす為に、毎朝行っている作業のようだった。
僕はサンダルを履いて、海岸へ散歩に出てみる事にした。

沖の方を眺めると、朝早くからサーファーたちが波乗りをしていた。

(そういえば、ここはサーフスポットだったっけな…)
 僕はそんなことを考えながら、朝焼けの海岸を歩く。
そして僕は、足元にあったアイスキャンディーの袋と、少し潰れたコークの缶を拾った。

(きっと観光客が残していったゴミなんだろうな…)

拾ったゴミを捨てようと、僕は何かくずカゴでもないかな?と、辺りをキョロキョロした。
すると遠くから「すいませ~ん」と、サーファーらしいウェットを着た女性が駆け寄って来た。

 年の頃20代前半くらいだろうか…?
ストレートのロングヘアーを後ろ髪に縛り、おでこを出したその女性。

 彼女は明るく微笑みながら「ゴミはこちらに捨ててください」と、手にした白い40Lサイズのビニール袋を僕に差し出した。

 僕がゴミをそこへ捨てると、「ありがとうございます。…地元の方じゃないですよね…?」と、確認するように彼女は明るく尋ねてきた。

「ええ…。昨日、東京からここに…」僕がそう応えると、「あっそ~なんですか!私も東京から住み込みで来てるんですよ~」と、初対面の僕に対しては、彼女は妙に明るかった。

「サーフィンやってるんだ…?」

僕が彼女に聞くと、「ええ…。それで朝のトレーニングが終わると、こうやって仲間たちと、昨日の海岸のゴミを拾ってるんです」と彼女は言った。

「トレーニング?」
僕は彼女が言ったその言葉が気になって反応したら、「これでも一応、プロ目指してるんですよ」と、カラッとした口調で笑顔の彼女は言った。

「じゃあ…」
それからしばらくして、僕らは挨拶をして別れた。

彼女は小走りに砂浜を回り、まだゴミを一生懸命拾っていた。

 (サーファーが海を愛しているって本当なんだなぁ…)
そんなことを思いつつ、僕は朝の海岸を後にした。

 昼になった。

昼食は宿から出ないので外食となる。
僕は近くの海岸通り沿いにある、南国雰囲気が漂うレストランへ入ってみることにした。

そこは、レストランとサーフショップが一緒に経営されている店だった。



 店内は、アンティークでウッド調な造りの内装であった。
僕は大きなパキラの鉢が置いてある、窓際の席に着いた。

 メニューを見ながら「おススメ!キーマカレー」と、ポップ調に手書きされた文字を見て、それを頼むことにした。

「すいません」

僕が手を挙げてウェイトレスを呼ぶ。

「あ!」

振り返ったウェイトレスが僕に言った。
今朝のサーファーの女の子だった。

「ここで住み込みして頑張ってるんだ?」

僕が聞くと、「そ~なんですよ♪」と、相変わらずノリ良く受け答えしてくれた。
どうやら、この声の伸ばしたしゃべり方は彼女の癖らしい。

シーズンオフなので、店内は僕しか客は居なかった。
店員もホールの彼女と、厨房の男性の2人だけでやっているようだった。

僕らはそれから、なぜこの街へ来たのか、お互いの身の上話を始めた。

 彼女の名前は晴夏(ハルカ)と言った。
高校を出てすぐにプロサーファーを目指し、バイトをしながらトレーニングに励んでいるそうだ。

 年齢は26歳だった。
僕はてっきり、彼女は22歳くらいかと思っていた。

ハルカがここで住み込みバイトを始めたのは、今から3年前。

初めは地元の東京でアルバイトをしていたのだが、やはり海へのアクセスを重視して、サーフスポットがある、この街へ住むことにしたそうだ。

店が暇だったので、彼女は僕のテーブルの向かいに座り、自分の経緯を話してくれた。

「次はおにいさんが話す番ね」
一通り話が済んだハルカがそう言うので、今度は僕の話を彼女に聞かす事になった。

僕が話し出してしばらくすると、ちょうど他のお客が入って来た。

「いらっしゃいませ~」
ハルカは入口に向かってそう言うと、僕に向かって「あとで聞くから…」と、ちょっと悔しそうにはにかんで言うと、お客の方へと駆けて行った。

 こうしてこの日から、僕はランチになると、この店で食事をするようになった。

 それから僕は、ハルカはもちろんの事、厨房担当の青年とも仲良くなり、海の話やサーフィンの話をたくさん聞かせてもらった。

彼女がアマの大会で3位に入賞したとか、それでスポンサーが付いてくれる様になったとか、ハワイで波乗りしてたら、サメが近くで泳いでてヤバかったとか…。

ハルカの話は楽しかったが、充実している彼女の人生と、僕の靄がかかった様な、先行き不安な人生とを比べると、僕はちょっぴりへこんだ気持ちになったりもした。




ある日の午後。
僕が砂浜で一人、ボーっとしていると、休憩時間中のハルカが現れたときがあった。

あのレストランは夜も営業するので、ランチが終わると、次は17時までクローズとなる。
彼女はその合間を縫って、サーフィンの練習をしていたのだった。

「何聴いてるの?」
ウォークマンを聴いていた僕に、ハルカが言う。

「ああ…、これ?」
「自分の曲」
「イメージと合ってるかどうか、たまにこうやって景色と照らし合わせたりするんだ」
僕はイヤホンを外しながらハルカに言った。

「えっ!聴かせて!聴かせて!」
僕からイヤホンの片方を奪うと、ウエット姿の彼女は隣に座って、僕の曲を一緒に聴き始めた。

「え~!?、なにこれ!?」
「いいじゃん!いいじゃん♪」
とハルカ。
この頃には既にタメ口になっていた(笑)

「そ…、そお…?」
曲を聴かれて、ちょっと照れ臭さかった僕は、引きつり笑いをした。

「もっとガンガンやってけば良いのに!」
「もったいないよ~!、もっといろんな人に聴かせた方がいいよ~!」
僕の背中を押すように、笑顔で言うハルカ。

「じゃあね!」
それからしばらくして、彼女は僕にそう言うとボードを抱え海へと走って行った。




 ハルカの店へ通うようになって、2週間程経った日のことだった。
暦は7月となり、本格的な夏のシーズンが始まろうとしていた。

「今夜、ここの店でパーティーやるから来て」
彼女が言った。

まぁ一人旅で特に予定がある訳でもないので、僕はOKした。

 その夜、店にはたくさんのサーファー仲間が集まって、パーティーが行われた。

(一体何のパーティーなんだろう…?)
僕がそう思っていたらあとで理由が分かった。

どうやらハルカが、今日でこの店を辞めるお別れ会だったのだ。

 彼女は、僕にはあまり知り合いがいないから、気を使ってちょくちょく僕の座るテーブルへと来てくれた。

 僕はそのとき、店を辞める理由をハルカに聞いた。
そして彼女が僕に理由を話してくれた。

 ハルカの実家の母親が倒れて入院してしまい、もうそんなに長くはないのだということだった。
だから彼女は、サーフィンを続けることが出来なくなってしまったのである。

 その話を聞いた僕は、ハルカへ何と言葉をかけて良いのか分からず、ただ「そうか…残念だね…」としか、言葉をかけることが出来なかった。

 ところが彼女は、ちっとも後ろ向きではなかった。

 まっすぐと僕の方を見て、「大丈夫!、しばらくしたらまた帰ってくるから…」と、はっきりした口調で僕に言ったのだ。

 そして、「あのね、人生遅すぎたってもんは無いのよ。やろうと思えば、またいつからでも始められるんだから…」と力強く僕に言った。

 僕はハルカからその言葉を聞いた時、「ああ…、自分は目の前のものから逃げていたんだなぁ…」と気が付き、自分が恥ずかしくなった。

彼女がいつも僕に見せていた、前向きな姿や言葉…。

もしかしたらそれは、人生に不安を感じている僕を、一生懸命励ましてくれていたのかも知れないと、僕はそのとき初めて気が付かされた。

パーティーが終わった。
僕は別れ際、「僕も君みたいに、人に力を与えられる様な歌を作るよ」と、ハルカに約束した。

彼女は、ちょっと潤っとした瞳で僕を見つめると、手を差し出して僕と握手した。

ここ数週間、ちょっとヘコんでた僕だったが、翌朝にはすっかり元通りの性格になれた。
良きも悪きも、ちょっとナマイキな本来の僕へ…。

 翌朝、僕はハルカへ最後の別れの挨拶をしようと海岸へ向かった。
しかし海岸に彼女の姿は見当たらなかった。

僕はお店に行ってみる事にした。
お店の入口には、開店準備をしている厨房の青年がいた。

青年に尋ねると、ハルカは朝早く、荷物をまとめて東京へ帰って行ったそうだ。



 その後、彼女がどうなったかは僕は知らない…。

 ただ「やろうと思えばいつからでも始められる…、人生に遅すぎたは無い」という彼女の言葉は、今でも僕の心に残っている。

そして、僕の夏詩(かし)の旅が始まった…。


fin






今回のポイント
この小説では、細かい部分やエピソードが、今後の作品の中で関連して来ます。
それらのものが、あちこちに、ちりばめられていて、それらを見つけ出し、答えを見つけるのも、この小説の楽しみ方の1つとなります。
今回登場したハルカを、今後、覚えていて下さい。彼女がお別れ会で主人公に言った言葉。そして彼女の髪形はストレートのロングヘアーで、東京の実家に帰りました。…ところが…!?
また主人公は、最初の旅の目的地を、なぜ伊豆の今井浜海岸に決めたのでしょうか?
以上が、今回のポイントです。


次回予告
鵠沼海岸でのライブイベントが終わると、不二子は彼に言った。
「私も頑張る!、だからあなたも歌を続けて!」

「そしたらいつか一緒に仕事が出来たらいいな…」
彼はそう言うとニコッと笑った。

 彼の後ろには夕暮れの太陽が照らされていた。
私は眩しくて、彼の顔を直視できないでいた。
私たちは再会を誓って、握手して別れた。