※前回からの続き


203年4日【春】



アスター

「お邪魔します…」


ネイディーン

「何もないけどくつろいでね」



初めてネイディーンさんの自宅にお邪魔させてもらったが、彼女の言う通り家具も必要最低限しかなく飾りもない質素な内装だった。

そんな僕を見て察したのか眉を下げてへへと笑う。



ネイディーン

「なんか何置いていいか分かんなくて…」


アスター

「ネイディーンさんって結構物に無頓着な所あるよね」


ネイディーン

「そう…かな?まぁ座って座って!」



言われるがままに椅子に座り紅茶を入れるネイディーンさんの後ろ姿を眺める。

最初見た時透明感がありすぎて透けてしまいそうって思ったけど、こうして見てもキラキラと彼女周りだけが輝いているようにすら見える。


細い首に折れてしまいそうなほど可憐な手足、内蔵がちゃんと入ってんのかと思うぐらい薄いお腹。

その癖肉が着くとこには着いてて、胸元が見える服のデザインでは目のやり場に困る。



ネイディーン

「はい、お待たせ」


アスター

「ありがとう、頂きます」



温かい紅茶は体の芯まで暖まる、飲みやすい紅茶だ。



ネイディーン

「そう言えば色んな種類がいるんだよね、砂漠には凄く大きなイムがいるって聞いたことあるもの」


アスター

「人生に1回は見てみたいものだね」


ネイディーン

「確かに!私も見てくれば良かったなぁ」


アスター

「色んな国行ったんだもんね、なんで旅に出たんだっけ?」



何気なくそう聞くとネイディーンさんは急に言葉に詰まり睫毛を伏せた。



アスター

「あ、ごめん聞いちゃまずかった?」


ネイディーン

「ううん…元々旅をしたかったって言うものあるけど、弟がいて…その子から離れたかったからかなぁ」


アスター

「仲悪いの?」


ネイディーン

「まさか!昔から仲良しだよ、今でも大好きだし嫌いになった訳じゃなくて…私が近くにいると駄目になっちゃうから」


アスター

「そっか…でも僕はそのおかげでネイディーンさんと出会えた訳だから感謝しないとね」



深く踏み込んで良いように思えなくて、それ以上は聞かないように僕はそう返した。



ネイディーン

「う、アスター君ってたまにそういう事言うよね


アスター

「そういう事って?」


ネイディーン

「さっきみたいな私と出会えて感謝とか…この間だって私の事綺麗って…」


アスター

「僕は思った事を素直に伝えてるだけだよ、口に出さないと気持ちは伝わらないからね」


ネイディーン

「アスター君て、私が出会って来た男の人と全然違うのね」


アスター

「逆に今までどんな男と出会って来たのさ…」



紅茶を口に運びながら聞くけど、横目で見る彼女も上品に紅茶を飲んでいて改めて見ても目を引く容姿をしていると思う。

それに釣られて寄ってくる男だって沢山居たはずだ。



ネイディーン

「そうねぇ、ろくな男が居ないのは確かだけど。アスター君みたいな素敵な殿方は初めてかな」



そう言いこちらを見て薄紅に照らされた頬に微笑みを浮かべる。

一瞬胸が締め付けられるような感じがしたけど、それは直ぐになくなり首を傾げた。



ネイディーン

「どうしたの?」


アスター

「いや、何でもない気のせいだった」


ネイディーン

「ね、アスター君て私と恋人やってくれてるけど好きな子とか居なかったの?」


アスター

「居ないよ、居たらこんな事してない」


ネイディーン

「そっか!なら良かった」


アスター

「ネイディーンさんこそ好きな人居ないの?」


ネイディーン

「好きな人は…居ないかな、気になる人なら居るけど…あの、アスター君…あのさ」



目を合わせず髪の毛先をくるくると指先で遊ぶ彼女はどこか照れているようにも見えた。



アスター

「あ、うん。分かってる、その人と上手くいきそうだったら言ってね。そしたらこの関係も解消しよう」


ネイディーン

「…うん、ありがとう」



いつもの笑顔を見せてくれる彼女が少し元気なさそうに見えたけど、大丈夫かと聞く前に立ち上がりカップをキッチンに持っていく。



ネイディーン

「…時間!…大丈夫?」


アスター

「あ、うん…少し長居し過ぎちゃったかな。そろそろ帰るよ」


ネイディーン

「うん、分かった!ありがとね来てくれて」



ネイディーンさんは玄関まで見送ってくれて、こてんと壁に寄りかかり軽く手を降ってくれる。



アスター

「こちらこそありがとう、またね」



僕も手を振り返してその場から立ち去る、アスターが居なくなった部屋に1人ネイディーンはベッドに倒れ込んだ。



ネイディーン

「私の事、どう思ってるかなんて聞けないよ…はぁ…」



仰向けになり質素な天井を眺めるけど心は落ち着かない、まだ心臓がドキドキしている。

顔を手で多い目を瞑るとさっきのアスターの言葉が再生される。


褒めてくれたり私の事よく思ってるのかなって思う言葉は言ってくれるから勘違いしそうになる。

アスター君も私の事が好きなんじゃないかって、そんな訳ないのに。


出会ったばかりの私に付き合ってくれて、皆平等に優しいって評判だけど特定の仲のいい女性が居るって噂もなくて、人気者の彼が私には心を開いてくれてるように見えて。


いつも飄々として冷静で、だけどどこか寂しそうで何事にも固執しなくて頼りになる。

冷たそうに見えるのに心から優しくて、家族想い。

たまに口を開けて笑うあどけない笑顔が可愛くて、甘えて欲しいと思ってしまう。


彼はいつでも頼れるしっかり者で居ようとする、自分がしっかりしないとと思ってる責任感を少し取り除きたい。

私が彼の特別になりたい、絶対振り向かせる。

アスター君は自分の事になると鈍感な所があるからガツガツ行かないと気付いて貰えない。



ネイディーン

「よしっ!がんばろ」



気合いを入れるためにパチンっと両頬を叩く、まだ諦めるなんて早すぎるし好きな人が居ないなら全然希望ある。

また話しかけようと呑気な事を考えているから、不穏な視線に気づかなかった━━━…。



❊❊


ネイディーンさんの家から歩いて僕はヤーノ市場に来ていた、さっきの部屋を見たら何か家具をプレゼントしてみたいと思ったのだ。


いつもお世話になっているし、日頃の感謝として何か贈りたい。

それに何かとネイディーンさんは僕に食べ物や贈り物をくれるからお返しがしたいって言うのもある。

なんだか弟のように子供扱いされているような気さえするのだ。



ソール

「あれ、珍しいねこんなとこで会うの」



突然声をかけてきたのはお父さんだった、普段の今頃の時間なら探索に行っているからこんなとこで会うのも珍しい事なのだ。



アスター

「うん、ちょっとね。これから探索行こうと思ってた所」


ソール

「なんか、晴れない顔してるね」


アスター

「僕の心読んだ?」


ソール

「読んでないよ、これは父親の勘。なんかあった?」


アスター

「どうなんだろ、なんか自分でも分からないや」


ソール

「知りたい?」



お父さんに頼めばきっと僕が本当は何を思っているのか分かるのだろうけど、それじゃ意味が無い気がする。



アスター

「ううん、こういうのは自分で気づかないと意味ないから」


ソール

「偉い、いい事言うようになったね」



ぽんぽん、と頭を撫でられ払い除けるなんてこそしないけど今はもう少し恥ずかしくて俯いてしまう。


 

レオン

「お、ソールじゃないか」


ソール

「あ、レオンさん。こんにちは」



後ろから声をかけてきたのは神官のレオンさんだった、お父さんは仕事柄絡みがあるみたいでたまに話しているのを見かけた事がある。



ソール

「あれ、後ろの人は?」


レオン

「こっちはオレの息子のアルベルトだ、アスターと歳も近くてコイツが1個下だ」



レオンさんの後ろからぬっと出てきた男は呂色の髪は長くひとつに縛り、前髪は立ち上がらせるように掻き分けている。褐色肌に光る様に見える天色の瞳は鋭く、厳格な雰囲気があるが綺麗に近い目鼻の整っている顔だ。


それに加えて僕でさえ少し顔を見上げるぐらいの身長の高さ、威圧感を感じる。



アルベルト

「…こんにちは」



ワンテンポ遅れて返ってきた声は低く真っ直ぐとした芯がある。



ソール

「良い子そうだね」



にっこりとした笑顔で僕の方を見るからきっと心でも読んだのだろう。

多分こうして初めて会う人間が善良かそうじゃないかを見極めて来たのかな。



レオン

「おぉー分かってくれるかぁ?こいつホントに人見知りで友達が居ないもんでさ、良かったらアスター友達になってやってくれよ」


アスター

「勿論です」


レオン

「そうかそうか!有難いよ、いつも動物が話し相手だからオレらも心配してた所なんだよ」



ガハハ!と豪快に笑うレオンさんを他所に無表情で立ち尽くすアルベルト君はまるで親子に見えない。



ソール

「俺らは少し話してるから2人で探索でも行ってきな」


アスター

「うん、そうさせてもらうね。行こうかアルベルト君」



アルベルト君は無言で頷き僕の後ろを着いてくる、何も話そうとしないから僕の方から声をかけてみることにした。



アスター

「アルベルト君て身長高いよね、何センチ?」


アルベルト

「…188」


アスター

「すご、僕と10cmも違うんだ」


アルベルト

「別に…俺は好きじゃない」



アルベルト君は自信がなさげに猫背になっているけど、彼より僕は低いから表情がよく見える。



アスター

「なんで?」


アルベルト

「……怖がられる、から」


アスター

「そう?僕は格好良いと思うけどな、それに

戦闘の時長い手足はリーチが長くなるから戦いに有利になれるし」


アルベルト

「…戦闘狂?」


アスター

「あはは!そんな訳ないよ」



初めて人に戦闘狂と言われ思わず吹いてツボってしまう。

アルベルト君はげらげらと笑う僕にどう反応していいのか戸惑っている様子だ。



アスター

「あー面白い、アルベルト君の事ディーン君に紹介したいな。絶対気に入る」


アルベルト

「ディーン君?」


アスター

「あれ知ってる?」


アルベルト

「同級生だから…でも、知ってるだけ」


アスター

「じゃあ今度紹介するよ」


アルベルト

「…うん」



紹介と言われ緊張したのかまた顔が強ばっているうよな気がする。

たまに思う、お父さんならこういう時気の利いた言葉が言えるんだろうなって。

僕は人の変化に気付けても気の利いた言葉があまり出てこないから。


それから僕らは探索に行きアルベルト君の戦い方を見せてもらったけど、喋るとあんなに自信がなさそうな雰囲気だったのに戦いになると大胆で情熱がある戦い方だなと思った。


お父さんが言ったように良い人そうだし、何より戦い方が好きだ。

少しは僕に打ち解けて貰えるように頑張ろうと思うのだった。




❊❊❊


【マルク視点】


その頃、マルクとアスは自宅に居て探索を終えた彼らはソファーに座り休んでいた。



マルク

「…はぁ、疲れた」


アス

「今日はしんどかったー」


マルク

「誕生日だから何かして欲しいことある?って聞いたら探索最後まで付き合って欲しいって…オレの事殺す気?」


アス

「何かあったら俺が守るつもりだったし」


マルク

「おいかっけーこと言うなよぉ、惚れるぞ」


アス

「惚れんな」


マルク

「こういう時ナイスバディーなお姉さんに介抱されて〜」



冗談でそう呟くとアスは考え込むように黙り込んで空中を見つめる。

きっと頭の中で想像してるのだろうが中々反応がないから何をどこまで考えているのか怖くなってくる。



アス

「…ありだな」


マルク

「いや何がよ」



思わずツッコミを入れてしまう。

黒のネクタイをぐいっと引っ張り緩めるアスはソファーに深く寄りかかり天井を見上げる。

…今なら聞けるかもしれない。



マルク

「…なー、お前ってソニアの事どう思ってんの?」


アス

「は?ソニアー?」



今までずっと思ってた、明らかに妹はアスの事が好きだしアスも妹に対して他の人と比べて甘い所がある。

もしかしてこいつら両思いなんじゃないかって、兄としては複雑だけど…。



アス

「別に、妹みたいなもん」


マルク

「本気か?お前、気づいてんだろ」


アス

「…だから?気づいてるからなんだよ」



イラッとしたのかアスは俺を睨みつける、黒曜石のように美しく三白眼気味の瞳で睨まれれば怖気ずいて言葉が咄嗟に出てこない。

応えてやんないのかよとも言えない、なんせ妹は気づかれてないと思っているから。



アス

「お前だっていつまで避けてんだよ、良く俺ん所にお前の事探しに来るぞ」


マルク

「それは…」



探してるついでにアスと話したい欲も垣間見えるけどぐっと飲み込んで拳を握る。



マルク

「…じゃあカトリーンの事は?」


アス

「それこそ気付いてんだろ」


マルク

「……はぁ、やっぱり気づいてたか」


アス

「まぁな」


マルク

「いつから?」


アス

「最初から」


マルク

「そっかー…こんな事言うのもアレだけど、アスがカトリーンの事好きにならなくて良かった」


アス

「はっ、なるわけ。タイプですらないわ」


マルク

「えー可愛いのに…まぁアスは最近意中の人が居るみたいだし?」



揶揄うようにニヤニヤと自然と上がる口角、まさかその事を知られてるとは思ってもなかったのかアスは驚きを隠せない。



アス

「はっ?おま、なんで…!」


マルク

「オレに隠し事とかほんと酷いなぁ」


アス

「チッ、クソ…」



舌打ちして悪態を着くけど形勢は逆転できず、耳まで真っ赤になる。



マルク

「な、付き合うの?」


アス

「いや、無理だね。相手彼氏持ちだし」


マルク

「え、お前…叶わぬ恋してんの…?」


アス

「柄にもねぇって言いてぇんだろぶっ飛ばすぞ」



自分もアスと同じようにソファーに深く腰かかり天井を見つめる。

この体勢が案外楽で眠くなりそうだ。