※前回からの続き


203年1日【冬】


【回想】


ディーン君と出会ったのは本当に偶然だった。

たまたま1人で学校の近くを歩いているとくすくすと笑い声が聞こえ耳を傾けた。



『アイツの困った顔早く見てみたい』


『これどこに隠そうか?』


『花壇の裏にでも隠しとこうぜ』



そんな話し声が聞こえてきて悪趣味だなと、思った。

その3人組が楽しそうに笑いながら逃げ去っていく様子を影で見て隠された教科書を拾い上げる。


裏表紙にディーン・カーフェンと書かれていて1人の人物が思い上がった。

温厚でチャラい、女子には好かれているけど男子からは嫌われてる男の子。


教科書をパラパラと捲るとページには授業で習った事だったりメモのようなものが書き込まれていた。

ちゃんと勉強している証拠だ、確かに彼は学校での成績も良い方でこの書き込まれた内容を見る限りきっと頭が良い。


僕は教科書を手に持って教室へと戻った、ひっそりと机の中に入れておこうと思ったのだが教室には1人、ディーン君がきょろきょろと床や机の中を見て何かを探しているようだった。



アスター

『探してるの、この教科書?』



そう後ろから声をかけるとディーン君は警戒したように振り返りにんまりと愛想のいい笑顔を浮かべる。



ディーン

『...ありがとう、君はアスター君?だよね』


アスター

『アスターで良いよ』



近付いてくるディーン君に教科書を差し出す、受け取った彼はじっと教科書を見つめた。



ディーン

『どこにあった?』


アスター

『花壇の裏』


ディーン

『そっか、見つけてくれてありがとう』



そう笑顔を浮かべるけど、僕には本心でそう笑っているのか分からなかった。

話していても別に嫌な感じはしないのになぜ彼は嫌われているのだろう。


女子から好かれてしまう事で概ね男子の反感を買っているだけか、多分嫉妬だろう。



アスター

『...君の教科書、今度貸してくれない?』


ディーン

『え、なんで?』


アスター

『纏めてある内容が良かったから』


ディーン

『み、見たの!?』


アスター

『ごめんね、でも興味湧いたから』



そんな会話が会って以来、ディーン君は僕の元をよく訪れるようになった。

彼はとても平和主義で自己犠牲するタイプだった、優しいと言えばいいのか偽善者と言われるかもしれない。

でも他人に嫌味や悪口を言われた時その場では笑って流すけど、僕の前になると物凄い毒を吐く。


だけど女好きなのは生粋のようで、どうしてそんな風になっているのか知らないけどやめる気は今はまだ無いようだ。

女同士で喧嘩とか起こらないのかと観察してた時もあったけど、何故かディーン君の周りにいる女の子達は皆仲良いのだ。



アスター

『よく皆喧嘩しないね、女の子達』


ディーン

『ん〜?あー、それはね全員僕に本気じゃないからだよ』


アスター

『本気じゃない?』


ディーン

『うんうん、ほんとに寂しい時に遊ぶ様なそんな気軽な関係なんだー』



自分とは無縁の人間関係すぎてよく分からないが、そういうディーン君の表情が少し寂しそうで頭を撫でる。



ディーン

『あ、アスター?』


アスター

『あ、ごめん。つい』


ディーン

『はは、変なのー』


アスター

『逆にディーン君は好きな人いないの?』



そういうとディーン君は少し言いづらそうに目線を逸らした。

僕は彼の隣に座りじっと見つめると、彼は困ったように笑って頬をかく。



ディーン

『うーん、これ誰にも話した事無かったんだけど...アスターになら良いかな』



好きな人の話をする時は至ってみんな嬉しそうな表情ばかりしているのを見てきたから、彼が複雑な表情で力なく笑顔を浮かべるのが気になった。



ディーン

『僕、2個上の幼馴染がいるんだけど物心ついた頃からずっと好きで...でも相手にされないんだ僕がまだ子供だから』



誰もいない教室はしーんとしていて、いつもの騒がしさが嘘のようだった。



ディーン

『だから早く大人になりたくてもっと異性のことを知りたくて女の子と遊ぶようになったんだけど、相変わらずだよね。だから僕は早く大人になりたい、その人に見合う人になりたい』


アスター

『よっぽど好きなんだね』


ディーン

『うん、まぁね...気づいた時には好きだったから、諦めたくないけど報われるかどうか分からないんだ』


アスター

『そっか、報われると良いな』


ディーン

『はは、ありがとう。でも女の子好きなのは事実だけどね!』



へらりとおちゃらけたように笑う彼につられて僕も口角が上がる。

その時は恋愛とかよく分からなかったけど、今なら少しだけ分かるかもしれない。


❊❊


そんな昔の記憶が蘇るがつい最近の事のように感じた。



ディーン

「さっきの成人式の時にも来てたみたいなんだけど、僕の事見た瞬間目逸らして友達の所行っちゃったし...嫌われてるのかなあ」


アスター

「まぁ...あんまこういう事言いたくないけど好かれてはないよね」


ディーン

「だよねーー」



ディーン君はテーブルに項垂れ困っている様子、後から知ったけどディーン君の想い人は兄さんとマルク君の同級生の人で僕も何度か喋った事があった。


その人は自分に厳しく他人に優しい人でいつもキリッとしていて真面目な印象だった、兄さん達とはあまり仲が良くないみたいで言い争いしてるのを何回か見た事がある。



アスター

「...多分だけど彼女が君を嫌ってるのって女遊びしてるって思われてるからじゃない?」


ディーン

「いや絶対そうなんだよなー、あの人私生活乱れてるの嫌うタイプだし...でもほんと思ってるような事してないのになぁ」



これも後から知ったけどどうやらキスまでしかした事ないみたいだ。

初めては好きな人に取っておきたいっていうロマンチックな思考をしていて、自分からキスもした事ないという。


ただ女の子が寂しいと、辛いと縋ってくるのが可哀想でできる限りの要望は叶えるようにしてるからキスまでらしい、優しいんだか。



アスター

「もう辞めてみたら?」


ディーン

「もう僕からは遊びに誘ったりしてないけど...悲しんでる子に寄られると見て見ぬふりできないんだよ...それに彼女が僕が嫌いなのは元々かもしれないじゃん」


アスター

「昔は仲良かったんじゃないの?」


ディーン

「仲良かったよ、でも女遊び始まる前に避けられて距離置かれたから。てかアスターのお兄さんはどうなの?恋愛」


アスター

「いや...兄さんは恋愛嫌いって言うか相手もいないし考えてないと思うよ」


ディーン

「あ〜まぁ確かにアスターのお兄さんって女の子の間で遊び人って有名だしね」



予想外の言葉に手が止まり、カチャリとソーサーにカップが当たる音が響く。



ディーン

「え、あれ...ごめん知らなかったやつ?」


アスター

「初耳」



ディーン君はやっちまったと言った表情で目を泳がせる。

遊び人って有名だった事は知らなかったけど、何となく予想はついていた。

夜遊びして朝帰りなんてことざらにあったし、逆にあの兄さんがモテないはずが無い。



ディーン

「いやでもほら、僕の聞き間違い?だったかも〜?」


アスター

「良いよ、何となくそうかなって思ってたし」



それならきっとマルク君も知ってるはずだ、言わなかったのは僕に知られたくなかったんだろう兄さんの事だから。

でもだからって失望したり軽蔑なんてする訳ないのに。



ディーン

「お兄さんの事嫌いになっ...た?」


アスター

「まさか、そんな訳ないよ。何したって兄さんは兄さんなんだから」


ディーン

「そうだよね、良かった。じゃぁあともう1個聞いていい?」


アスター

「ん?なに?」


ディーン

「恋人出来たって聞いたんだけど、がち?」



本物の恋人じゃないけど、それをディーン君に隠すのは嫌だから正直に今の関係を話す。



アスター

「違うよ、彼女とは偽の恋人」



そうなった経緯を話すとディーン君は、呆気に取られたような顔で頷いた。



ディーン

「なるほどね〜、人助けか。君って意外と鈍感だし変だなって思ったらそういう事ね」


アスター

「ごめん黙ってるつもりは無かったんだけど」


ディーン

「分かってるよ、アスターが本気で好きだったら先に僕にちゃんと言ってくれそうだし!どう思ってんのその子のこと」


アスター

「どうって...話してて楽しい人だよ、色んな事を知ってるし落ち着くかな」


ディーン

「へぇ〜??落ち着くねぇ」



にやにやと楽しそうに笑みを浮かべながら聞いてくる彼を横目で見る。

あんまり僕の恋愛話をしないからきっと楽しんでいるのだろう。



ディーン

「可愛い?その子」


アスター

「...可愛い?いやどちらかと言うと綺麗な人だと思うよ」


ディーン

「その子にきゅん!とかドキドキしたり可愛い!って思う事ないんか?」


アスター

「ないよ...綺麗な人だとは思うけど...てかなにその質問」


ディーン

「別にー?じゃぁ仮にその人が他の男と仲良くしてたら?」


アスター

「仲良く?人と仲良くするのはいい事だよ」


ディーン

「あ、質問を変えるわ。その子がアスターとの恋人関係を解消して他の男と付き合ったらどう思う?キスとかそれ以上のことだってするんだよー?」



そう言われ、想像してみる今の関係は偽物だから恋人らしい事はしないけど僕じゃない他の男とそれをするという事、それはなんか。

胸の当たりがもやりと雲がかかったような、感じがする。



アスター

「それは...少し嫌だな」


ディーン

「そうかー!うんうん、満足」


アスター

「何だったの、ほんとに」



ディーン君は心底嬉しそうな顔をして頷く、ディーン君の質問の意図がよく分からないけどこれ以上追求するのはやめといた。



ディーン

「はぁ〜なんなもうお腹いっぱいだわ」



アスター

「あ、うん。次は酒場行こうか」


ディーン

「そうだね、楽しみにしとく」



ディーン君は席から立ち上がると僕を軽く見下ろす、成人して思ったけど身長が高い。

ざっと180?ぐらいありそうな雰囲気だ。


ディーン君を玄関まで見送ってから僕は休めた体を動かす為にその日はずっとダンジョンに籠って鍛錬を積むのだった。




✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼


203年4日【春】


柔らかい風が木々の幼い緑を揺らす、もうあっという間に春の陽気でぽかぽかとしている。

今日は兄さんの誕生日だ、本当に時間の流れが早くて少し切なくなる。



アス

「もう1年経ったんか」



レベッカ

「お誕生日おめでとう」


アスター

「おめでとう兄さん」



兄さんは恥ずかしそうに目線を逸らして笑った。

さらりと前髪が長い睫毛にかかる。



アス

「じゃぁアスター、兄ちゃんの為にお皿洗ってくれるよな?」


アスター

「いつもの事じゃん...」



ぺろりと平らげたご飯のお皿を差し出してくるから受け取ってお皿を洗う。

最近は兄さんに付き合ってダンジョン籠ったりしてたせいか手荒れが酷くて少し染みる。



レベッカ

「もう、アス君。アスター君手荒れちゃってるんだからお皿ぐらい自分で洗いなさい〜」


アス

「え、ごめん。手荒れてんの?」



心配してくれた兄さんは僕の隣に駆け寄り手を見つめてくる。



アスター

「大丈夫だよ、僕より兄さんの方が酷いし気にしないで。ありがとうお母さん」



鍛錬で手荒れしてるのは僕だけじゃないのに兄さんは本当に優しい。

それに兄さんの役に立てるならこんぐらいなんて事ない。

手を拭き取り改めて鞄の中から花束を取り出す。



アス

「え、お、おう...ありがとう、部屋に飾るよ」



急に花束を出された兄さんは驚いたのか遠慮がちに花束を受け取った。

まさか自分が花を贈られると思ってなかったのだろう。



アス

「洒落たもん渡すようになったのな」


アスター

「兄さんの真似だけどね」


アス

「ぐ……」



何も言えないのか口を固く閉ざしてしまった兄さんは花束を持ったまま奥の部屋の花壇がある所に向かう。

花瓶に水を汲んで花を生かしてくれるみたいだ。



アス

「…枯れたら可哀想だかんな」


アスター

「うん、花も喜んでるよ」



言い訳みたく言うけど本当は喜んでくれてるんだろうなと分かりやすい。

それから兄さんは花瓶を寝室に置いて1人で探索に向かっていった。


僕も散歩に行こうかと玄関から出ると目の前にネイディーンさんが立っていて、ちょうどドアノブに手をかけようとしたのか行き場のない手がこちらを向いている。



ネイディーン

「あ、アスター君!」



アスター

「ネイディーンさんこそこんな所で何してるの?」


ネイディーン

「えと、良かったらお茶できないかなって…南方からお取り寄せした茶葉が手に入ったから」


アスター

「あ、それ前話してたイムティーってやつ?」


ネイディーン

「うん!そうなの、覚えててくれてたんだ」


アスター

「気になってたからね、この間断っちゃったし行かせてもらうよ」


ネイディーン

やった…!じゃあ早く行こ!」



ネイディーンさんの眩い笑顔を浮かべる顔は文句の付けようがないほどに美しかった。

こんな事でそんなに喜んでくれるならこの間断ったのが申し訳なくなる。


それから僕達は早速ネイディーンさんの家へと向かうのだった。






……To be continued





【エルネアプラス】


【雷が怖い妻】


アスター🦩

豪雨に雷、それらにビビって毛布に包まり蹲っていると「可愛い、雪だるまみたい」とくすりと笑う。温かいイムココアを持って妻に差し出す。「これでも飲んで落ち着いて」と言ってくれる。わざわざ自分の為に可愛いイムを乗せたココアを作ってくれるのが可愛くて笑っちゃう。



アス🦭

大きな雷が近くに落ちてビビっていると「おいで」とソファーに座っている🦭が隣をポンポンと叩く、素直に隣に座ると肩を引き寄せて密着してくれる。珍しいなと思っていると「んだよ、怖ぇなら俺の心臓の音でも聞いてろ」って言ってくる、こんな時に凄く優しいのはズルいし扱いがまじ流石沼男。



マルク🦎

大きな雷の落ちる音に「『キャー!』」と妻の声と🦎の叫ぶ声、まさかの悲鳴被りが可笑しくてげらげらと笑ってしまうがまた落ちた雷に笑い声を遮られる事になる。「雷でか!こわ!」とギューギュー強く抱き締められ自分よりビビってる人がいると落ち着いてしまう謎の現象におちいる。



ディーン🐕

窓を眺めていると物凄い音の雷、「お〜、稲津だ。なぁ見た??今の」となんて事ない様子で問い掛けると妻は吃驚のあまり固まってしまう、「あれ...お〜い」近付いて顔を覗き込むと慌てた様子で普段通りを取り繕うのを見て「もしかして...雷怖い?」と聞くと図星過ぎて何も言えない。普段しっかりしている分その乙女なギャップに「なにそれ、可愛すぎ」ってノックアウト、思いっきり抱き締められる。