202年7日【春】


春とはいえ、寒さはまだ朝の空気の中にひんやりと肌を撫でるようだった。

だけど木々がそれぞれの新芽の色で彩られてきている。


あれから兄さんは家に帰って来なくて、必ずいつも朝には帰ってきていたのに。

自分のせいだと思ったら食欲も出なくて最近手につかない。



アスター

「ごめん、ご馳走様」



僕は誰よりも早く朝食を終えて、寝室の方へと歩いていく。

レベッカが心配そうな顔でアスターの背中を見つめる。



レベッカ

「…アスター君大丈夫かしら」


ソール

「初めての兄弟喧嘩か、大丈夫なんとかなるよ」


アイリス

「おにいちゃんげんきないなの」


レベッカ

「そうね…アイリスちゃんが癒してあげなさいね」


アイリス

「ん!」



ベッドに横たわり天井を眺める、いつも鬱陶しい程話しかけてきたり外に連れ回されていたのにぱったりそれが無くなると何とも言えない喪失感がじんわりと滲んでいく。



アスター

「はぁ…」


アイリス

「おにいちゃん!ため息するとしあわせがにげちゃうの」



ベッドによじ登り僕の腹の上に馬乗りになるアイリスの頭を撫でる。



アスター

「そうだね、幸せが逃げちゃうや」


アイリス

「…わたしおにいちゃん達が笑ってないといやなの」



アイリスは心配そうに僕をじっと見つめてくる、こんな小さな妹にまで心配かけさせちゃうなんて駄目だなといつもの調子が戻る。



アスター

「大丈夫、すぐ仲直りするからね」


アイリス

「うん!!」



アイリスは満面の笑みを浮かべてお父さん達の方へと走っていく。

アイリスを安心させる為に作っていた笑顔は抜け落ち、笑う気力すら起きない。

兄さんはきっとマルク君の所に居るんだろう、でも僕の傍にいてくれる人なんていない。


僕に味方が多い?違う、全部外面に惑わされた人たちの上辺だけだ。

期待されて最初は嬉しかった、しっかりしなくちゃって。

でも大人になってからその期待が重くなった、自分のペースで進みたいのに早送りするみたいに忙しない周り。


自分の意思で、自分の好きな様に自由に過ごしてる兄さんが羨ましかった。

僕が勉強に追われててもそんなの後にしろとこっそり外に連れ回してくれた時、凄く嬉しかった。

型破りな兄さんを尊敬してた。


でもこうなったのはきっと僕が兄さんにまで本音を隠していたから。

最初から腹割って全て打ち明けていたらこんな事にはならなかったのかな。


もう終わった事をずるずる考えていても気分が落ち込むだけだ。

今日は姉さんの出産日だったから、気分転換に様子でも見に行こうかと重たい体を起こす。



少し離れた所にある山岳まで歩みを進める、ここまで来るのに結構体力使うよなと毎回思う。

だけど姉さんは僕達の顔を頻繁に見に来てくれているから頭が上がらない。


姉さんの家の扉をノックすると、少し顔色の悪い姉さんが扉を開けてくれた。



アスター

「少し顔色が悪いんじゃない?」


イベリス

「うん…少しね、でもまだ大丈夫だよ」



イベリス

「アスター君も…なんか元気ないね」


アスター

「そう?そんな事ないよ」



姉さんにまで心配かけられないとお得意の笑みを浮かべるけど姉さんの表情は晴れない。



イベリス

「無理に笑わなくていいんだよ、アスター君が思ってるよりも…アスター君を見てる人達はすぐに分かるから」


アスター

「…うん、でも本当に大丈夫。ごめんね、姉さん」



繕う笑みは消えたけど、顔に力が入らなくて言葉に感情が乗らない。



アスター

「じゃぁまた夜に来るから、安静にしてるんだよ」


イベリス

「うん、ありがとね」



姉さんの家から出ると前から見覚えのある人が急ぎ足で歩いてるのが見えた。



兄さんも僕に気づき目を丸くし数秒目が合うが、兄さんは何も言わずに目を逸らし僕の横を通り過ぎていく。

後ろから姉さんの家の扉を開く音と姉さんの声が小さく聞こえた。


その後からマルクがゆっくりとこちらに向かって歩いてるのが見え、手を振ってくる。



マルク

「アスの事何日か泊まらせてたけど、ごめんな。出来ることなくて、色々言ってはいるんだけど…」


アスター

「ううん、そっちに居るだろうなって分かってたし。これは僕達の問題だから…でも兄さんの傍に居てくれてありがとう」



マルクは申し訳なさそうに眉を下げる。

そんな顔しなくてもいいのに、マルクは優しいからきっと僕の事も考えてくれてるんだろう。



アスター

「兄さんああ見えても寂しがり屋だし、マルク君が居てくれたなら僕も安心出来る。僕なら大丈夫だよ



するとマルク君は僕の事を優しく抱きしめ背中をさすってくれた。



マルク

「ごめんな」



謝ってくれるマルク君はやっぱり優しいなと改めて思う。

兄さんの傍にはマルク君がいるけど、僕の傍には誰もいない事を知ってるんだろう。


それもそうだ、僕は友達が居てもみんなまだ成人してない。

僕が1番年上だから性格上頼れない事をわかってる。

僕が頼れるのは年上のマルク君だけだって事も、だから罪悪感で謝罪してくれてるんだ。



マルク

「…話せる機会作るから、お前のお姉さんの出産が終わったあとシズニ神殿に来いよ」



マルクは小声で僕の耳元でそう呟き、肩を叩いて兄さんの後を追う。

僕は振り返らずに家に向かって歩き始めた。


マルク君が作ってくれたチャンスを潰す訳にはいかないし、ずっとこのままなんて嫌だから。



家に着くなり僕は買ってきた国民服を取り出し、裁縫道具を手に取る。

僕が唯一得意とする裁縫で兄さんにプレゼントしようと考えた。

成人の時花束をくれた時みたいに僕も兄さんに何か返したい。


こんな大掛かりな刺繍をするのは初めてだったからだいぶ時間かかったし集中してやっていたからか、体がバキバキだった。


時計を見てみるともうすぐ姉さんの出産時刻が迫っていることに気づき、服を鞄の中に仕舞い急いで家を飛び出す。



汗だくになりながらもなんとか間に合ったようで姉さんは苦しそうにベッドの上に寝転がっていた。

近くには義兄さんも居て、兄さんはそわそわと落ち着きがない。



耐えるように声を押し殺す姉さんを心配そうに義兄さんは床に膝を着き手を握る。



巫女

「もう一息…産まれますよ」



そう言った直後、自分の存在を証明するかのように大きな産声を上げる。



巫女

「お母さん頑張りましたね、元気な男の子ですよ」



元気な赤ちゃんを産むことが出来たから隣で兄さんは安堵のため息と良かったと小さく呟いていた。



イベリス

「名前、どうしよっか」


ニーノ

「男の子ならギョームだ!」


イベリス

「ふふ、今日から貴方はギョームだよ」



幸せそうに笑い合う二人を見たらこっちまで心が和む、それは兄さんも同じのようで少し涙目になりながら赤ちゃんの頭を撫でている。


3人がわいわいと話している中僕はそっとその場を離れようとすると後ろから姉さんが僕を呼び止めた。



アスター

「おやすみ、姉さん。赤ちゃんも姉さんも無事で良かった」


イベリス

「ありがとう」



兄さんと目を合わせられずにその場から逃げるように去ってしまう。

マルク君が言っていたシズニ神殿に行かないと。

バクバクと嫌な音を立てる心臓を抑えて早足で向かうのだった。



シズニ神殿にきた僕は夜ならではのこの静けさと室内の光だけなのが不気味に感じる。

周りが静かすぎて自分の心臓の音がハッキリと聞こえてきて耳を塞ぎたくなった。



アスター

大丈夫、大丈夫




自分を安心させるように繰り返し唱え、鞄の中にある服を握った。

ちゃんと思ってる事を話す、今まで隠してきた本音を吐き出す。

そう心の中で呟き落ち着かせるが兄さんを待つまでの時間が地獄のように長く感じ、扉を開けると真っ先に自分が見えるのが少し嫌で。


扉のすぐ横に立ち、中に入ってこないと分からないような所に立ってみたりする。

思ったよりも自分は臆病だなと思った。


どのくらい経ったのか分からない、もう兄さんは来ないんじゃないかと思っていたら突然扉が開かれ兄さんは慌てた様子で中に入ってくる。

自分の目線から兄さんの後ろ姿が見えて焦って開いていた扉を閉めるとその音に気づいた兄さんが後ろを振り向き目が合う。



第一声になんて声をかけようか頭の中で考えていたけど、実際に出たことは全然考えていた事じゃなくて頭が真っ白だった。

鞄の中から取り出した服を兄さんに突き出し押し付ける。



アス

「な、んだよ」


アスター

「早く」



兄さんは訝しんでいたけど渋々服を着替えてくれて、背中の刺繍が思ったよりも上手くいったなと考えられる余裕はあった。



アスター

「話をしよう」



…とりあえず椅子に座ってみたけれど、お互いに口を開かず重い沈黙が続き冷や汗をかきそうだった。



アス

「……お前、平気なのか」



だけどその沈黙を破ってくれたのは兄さんで、でも質問内容が理解出来ずに頭にはてなが浮かぶ。



アスター

「え、なにが」


アス

「…マルクからお前が変な奴らに連れてかれたって聞いたから、ボコられてんじゃねって…」



だからあんなに慌てた様子で来てくれたのかと凄く嬉しい気持ちになった。



アスター

「例え連れてかれても僕なら負けないよ」



普通に世間話が始まりそうな勢いだったけど、こんな話をする為に来たんじゃないと思い出し兄さんの方を向いて頭を下げる。



アスター

「兄さんごめん、兄さんの事傷付けたかった訳じゃない」



謝っても許してくれないかもしれない、だって兄さんは褒めてくれたのに逆ギレしたのは僕なんだから。



アスター

「ただ本当に兄さんの事が羨ましくて、悔しかったんだ…自分の努力が無駄な気がして。本当にごめん」



顔を上げられなくて下を俯き、兄さんからなんて言われるのか分からなくて怖かった。

だけど兄さんは優しく僕の頭に手を置いて乱雑に撫で始める。



アス

「…いいよ、分かってる。お前が色んな人の期待に応えて我慢して…俺の評判落ちないようにしてくれんだろ」


アスター

「え…」


アス

「マルクから聞いた。俺の悪口言われる度に兄さんは本当は凄い人、尊敬できる人だって…言ってくれてたんだって」



頭から手を離され頭が軽くなる、そのまま顔を上げると兄さんは長い睫毛を伏せていた。



アス

「俺は自分の好きな様に生きて後悔してないけど、皆の注目を浴びて期待されてるお前が少し羨ましかった。誰も俺に期待してないから、お前が輝いて見えた」



兄さんは眉を下げ寂しそうに力なく笑った。

その笑みにギュッと胸を締め付けられるように苦しくなる。



アス

「ごめんな、お前が俺にも本音で話さないから意地張った。本当は辛い思いしてるって知ってたのにアスターの方から頼って欲しくて」


アスター

「ちが、僕は…兄さんの負担になりたくなくて…


アス

「うん、分かってる。だからアスターは何も悪くないよ、駄目な兄ちゃんでごめんな」


アスター

「兄さんは、駄目なんかじゃない。僕よりも凄いんだから自信持ってよ」



こんな事しか言えなくて目に涙が溜まっていく、下を向いたら零れてしまいそうだった。



アス

「だから、これから頑張るから。ちゃんと騎士になって父さん倒してお前の兄ちゃんだって胸張って言えるようになるから…応援してくれるか?


アスター

「うん、…うん!ずっと応援してる」



兄さんは僕を優しく抱き締めてくれて耳元から小さく鼻をすする音が聞こえてくる。

離れると兄さんは嬉しそうに歯を見せて笑ってみせてくれた。



アス

「この服、ありがとな。気に入ったよ」


アスター

「喜んで貰えて良かった」



零れそうな涙を拭い僕も釣られて笑顔になる、またこうして笑い合えるのが嬉しくて。

じんわりと心が暖かくなっていった。


アス

「んじゃ、帰るか」


アスター

「うん、早く寝よ」


アス

「なんかお前痩せた?」


アスター

「兄さんもでしょ


そんな話をしながら静かな空間に笑い声が響く、隣に肩を並べて歩く。

そよそよと吹く風が心地良い。



アス

「家まで競走しようぜ、はい!スタート」


アスター

「え!待ってよ!」



楽しそうに走り出す兄さんの後を追いかけるが、兄さんは相変わらず足が早い。

だけど僕が置いてかれないように少し速度を合わせてくれている。


また兄さんに振り回される日々が戻ってくるのかと思うと鬱陶しい気持ちと嬉しい気持ちが混ざり複雑だったけど嫌な気分では無い。

最近全然眠れてなかったけど、今日は良く眠れそうだ。









【エルネアプラス】

【カップルコーデしようと言われた時の反応】


アスター🦩

「カップルコーデ…どんなの?」と鼻から否定したりせずに一旦どんな感じなのかを聞いてからにする。あんまり乗り気では無さそうだけど「君がしたいなら僕は全然いいよ」とやってくれる。


アス🦭

「は〜?カップルコーデ?無理」と即答で断られてしまう、やっぱり服とかも指定されるのは嫌みたいで嫌な顔をされる。「でも俺が欲しいアクセとかをお揃いにするのなら別に良いけど?」と断れないのを知ってニヤリと楽しそうな笑み。



マルク🦎

「カップルコーデ?可愛い事言うね、喜んでやるよ」とこういうのも一緒に楽しもうとしてくれる。好きな子のやりたい事は出来る限り叶えてあげたいしどうせなら自分も楽しむタイプ。「下着もおそろにしちゃう?なんちゃって」とふざけて笑わせて来たりもする。