「今年こそ朝イチで行こう」

そう誓っては寝坊し、を毎年繰り返し、気づけば5年。

本日ついに、悲願であった「御殿場プレミアム・アウトレット」への出陣を果たした。


今回の遠征メンバーは私(燃費悪め副部長)、長男、長女の3名。

次男は足の怪我で戦線離脱。妻は付き添い兼・箱根駅伝ガチ勢として実家にて待機だ。

「楽しんできて」

——その言葉を背にアクセルを踏んだが、この時の私はまだ、帰りの東名高速という名の修羅場を知る由もなかった。





■ 今日の戦利品と、50代手前の悟り

50代を目前に控え、この日のショッピングで私の中で一つの確固たる「ファッション哲学」が確立された。それは「選択と集中」だ。


① 白シャツは「消耗品」と割り切る

「高いシャツを黄ばむまで着る」という未練は捨てた。清潔感は投資ではなく、回転数で決まる。

ユニクロで新品の白シャツを4枚まとめ買い。ついでにヒートテックも補充。

パリッとした襟元こそが、疲れた中間管理職を一瞬で蘇らせるのだ。




② その分、腰回りに「投資」する

シャツでコストを削った分、ベルトはフェラガモへ。

ユニクロのシャツからチラリと覗く銀のバックルと、上質な革。

これは大人の色気であり、同時に「これ以上太ってはいけない」という腹囲への戒めでもある。





③ 休日は“力を抜いた品格”

運動用には、チャンピオンのネイビーセットアップ(紐まで同色の大人仕様)。

そして外出用の一軍には、メゾン・エ・ヴォヤージュのカーディガンを迎え入れた。

試着室の鏡に映る自分を見て、「……あれ?俺、ちょっとイケてる親父に見えないか?」と、誰にも聞かれていないのに自問自答した。我ながら単純だ。






■ 最大の誤算は「昼飯」

「せっかくだから、なんか食べてから帰ろう」

——この判断が、すべての始まりだった。

産地人気の焼きそばと、たこ焼き。

値段は高い。肉は、驚くほど硬い。

そして待ち時間は長い。




この「滞在1時間超」が命取りとなった。

結果、青葉インターまでまさかの3時間半コース。

燃費の悪い私の体と車には堪える渋滞だったが、後部座席で爆睡する子どもたちの寝顔を見ると、まあ悪くないかと思えるから不思議だ。


■ 夜は正解、ビッグヨーサン

帰宅後の夕食は、スーパー「ビッグヨーサン」の福袋牛肉ですき焼き。

これが正解だった。脂が乗って、うまい。

900gの肉が、一瞬で消滅した。

怪我で留守番だった次男・大瑚は、ご飯を5杯平らげた。

これはもう食欲ではなく、才能だ。

我が家のラッキーナンバーは「5」に決定した。




■ 帰路と、服の哲学

23時過ぎ、ようやく自宅着。

買い物をしてテンションが上がった勢いで、メルカリも頑張る。

20年前のジャケットが4,700円で売れた。

AIのアドバイザーは言う。

「古いものは時代遅れになる。売れ」と。

一方、実家の母は言う。

「30年前の服でも“素敵じゃない?それどこで買ったの?”って聞かれるよ。私は服屋の娘だから」

——なるほど。

AIの合理性と、母の審美眼。

流行は巡るものだが、「今の自分に似合うか」を見極める目が必要なのだろう。

新しいベルトを締め、新しいカーディガンを羽織り、ユニクロの白シャツに袖を通す。

正月、食べすぎて重くなった体を起こし、また戦いの日々が始まる。

総じて、悪くない正月だった。

今年の俺は、たぶん、ちょっと違う。


🧠 今日の「燃費悪め」マーケティング視点

最後に、本日の実体験から得た「仕事に使える気づき」をメモしておく。

1. 「高級」と「消耗品」を分ける設計は、ブランド戦略そのもの

すべてを高級にする必要はない。「シャツ=消耗(回転)」「ベルト=象徴(記号)」のように役割を分けることで、コストパフォーマンスと他者からの印象を最大化できる。

ビジネスにおいても、リソースを全方位に撒くのではなく、「一番見られる場所(ベルト)」に一点集中投資する勇気が必要だ。


2. 「産地×人気」の期待値コントロール

今日のアウトレットランチ(焼きそば・たこ焼き)は、期待値調整の失敗例だ。

「値段が高い」「並ぶ」「名物という看板」。この3点が揃うと、顧客の味へのハードルは爆上がりする。結果、普通の味でも「マイナス評価」になりかねない。

商品開発やプレゼンにおいて、「過度な期待」はリスクでしかない。


3. 回転率は“若さ”を演出する

白シャツの回転=清潔感=若さ。

人も組織も、古びて見える原因は「更新頻度の低さ」にある。

中身が同じでも、「パッケージ(シャツ)が常に新しい」だけで、信頼感と現役感は段違いに跳ね上がる。



ご飯→風呂→気づけば22時45分。

そこから『NHK中学生の基礎英語レベル1』を高一の娘と開いた。




20分だけの勉強だったが、塾を開講できたのは大きな一歩。


「I am from New Zealand」で“from”が分からなかったり、

“speak”の綴りに迷ったり、“sometimes”の“s”がなかったり。

危ういけれど、始まりはいつもこんなものだ。


明日から、少しずつ時間を伸ばしていこう。

——パパ塾、続けることが目標。


新幹線のテーブルに並ぶ、三種の神器。

鱒寿司、柿の葉寿司、そして、お〜いお茶。


——これが揃った瞬間、仕事のテンションが3ミリだけ上がる。

「今日は、まぁ、悪くないな」と思える。

この3つが、出張サラリーマンの“幸福インデックス”を爆上げするのだ。





🍣 柿の葉寿司の小宇宙


一口サイズ、絶妙な酢飯、そして鮭・鯛・海老。

完璧。好きしか詰まってない。

6貫で1,000円。安い。

いや、むしろ**「俺をわかってくれてる価格」**。


葉をめくるたびに、柿の香りがふわっと広がる。

その瞬間、心の声が漏れる。


「……うまっ」


(※一瞬、孤独のグルメのBGMが脳内再生される)








🐟 鱒寿司という、古き良きブランド


久々に食べた鱒寿司。

あのオレンジの艶、圧倒的安定感。

食べた瞬間、過去の出張記憶がフラッシュバック。


「あぁ……俺、あの頃も頑張ってたな」


老舗の味って、味覚だけじゃなく、“時間”を噛みしめる体験なんだなと思う。

ブランディングとは、つまり“記憶を呼び戻す力”だ。



🍵 お〜いお茶の守護神ぶり


ペットボトルの中で最も信頼しているのが、この緑のやつ。

寿司の油分も、口の中の罪悪感も、全部リセットしてくれる。


「やっぱ、これだよな……」


緑茶を飲みながら、Slack未読をチラ見して、すぐ閉じる。

——これが副部長流の“移動型マインドフルネス”。



🧠 今日のマーケティング的気づき


柿の葉寿司も鱒寿司も、お〜いお茶も、全部**「非日常×日常」**の設計になっている。

・新幹線限定というレア感(非日常)

・どこか懐かしい味と見た目(安心の再現)


つまり、“特別なのに、落ち着く”

ブランドって、そういうポジショニングを取れた瞬間に強くなる。



🚄 サラリーマンという生き物


午前中の外回りで食べる弁当、

取引先とのどうでもいい雑談、

コンビニのコーヒー片手に、駅まで歩く時間。


そういう「ちょっとした彩り」が、

燃費の悪いサラリーマン人生の、ガソリンなんだと思う。



「よし、午後もやるか。

……いや、やれるか? うん、たぶん、やれるな。」


——副部長、今日も出張で満たされる。

小さな幸せが、意外とでかい。

娘の「3秒ファッションチェック」が、副部長を鍛える



娘が出かける前に、必ずこう聞いてくる。


「どっちがいいかな?」


トップスが白ならジーンズは黒か水色か。

髪型はおさげか後ろで束ねるか。

——要するに、父親を巻き込んだファッションクイズである。



正直、私にセンスなんてない。

自称ファッションリーダーだが、実態はユニクロと無印の使い回し副部長だ。


でも娘のクイズにはルールがある。

回答は3秒以内。

これを過ぎると「興味なさすぎ!」と、即レッドカードを食らう。


つまり、選ばなければ無関心罪。

選んでもセンスなし罪。

副部長、逃げ場なし。



ただ、繰り返すうちに気づいた。

実はどっちを選んでも大差ない。

髪型は3パターンくらい、

服も最近買ったもの。

実は、服は本人が気に入って買ってきた時点で、答えはすでに正解なのだ。


必要なのは「即断+それっぽい根拠」。


「夏だから涼しげに見える水色」

「束ねた方が顔まわりスッキリ」


——それらしく言えばOK。



これ、仕事と同じだと思った。


部下に聞かれたとき、上司に問われたとき。

不完全でも即断する勇気と、

納得できる理由を添える力


完璧な正解なんて存在しない。

でも、そこで答えることで現場(娘)も、チームも、動き始める。



副部長の訓練は、家庭のリビングから始まっていた。

娘の3秒クイズは、令和最強の即断トレーニングジムだったのだ。



👉まとめ

判断力=スピード × 理由づけ

正解はなくても「動かす答え」はある

娘のファッションチェックは、副部長の意思決定力を鍛える




取引先役員の方の通夜に参列した。

映像で流れたのは、病気を抱えながらも「会社をナンバー1にしたい。最期の一秒まで尽くしたい。生きた爪痕を残したい」と語る姿。


胸を打たれ、涙がにじんだ。

意思と決意の力が人を動かす瞬間だった。



今の時代、報われるのか?



人は“結果より承認”を欲すると脳科学は教える。

「すごい」と言われると快楽物質ドーパミンが出る。

だから成果そのものよりも、褒められる方がモチベーションは上がりやすい。


でも、彼が残したのは承認を超えた「結果」であり、さらにその結果を追い求める姿だった。

あの姿勢こそが、彼の人生のブランディングになったのだと思う。


人は肩書きより「姿」を記憶する



ブランディングの本質は肩書きではない。

「その場でどう振る舞ったか」が人の記憶に残る。


人生を二度生きるとは?

人生は一度きり。

でも、自分の体験が後輩や誰かの学びになったとき、それは“もう一度別の人生を歩き出す”ことになる。


彼の会社に尽くした姿は、後輩や仲間のなかで意味化されて残る。

だから彼は、二度目の人生を生きているのだ。


私も同じだ。

副部長日記や日々の仕事の背中を、誰かが意味化し、自分の生き方に重ねたとき、それは“二度目の人生”になる。

体験者は私でも、意味を与えるのは他者。だからこそ、姿を残すことが大切になる。





今日の学び



  • 承認より結果、結果より「姿」がブランドを残す。
     数字や肩書きより、どう戦ったか・どう立ち続けたか。副部長としての背中が、最終的に記憶に残る。
  • 人生は一度きりだが、意味を見出せば“二度生きる”ことはできる。
     私の経験を、後輩や読者が学びとして取り込んだ瞬間、それは別の人生を生きる。





献杯のあと、静かに焼酎をあおりながら考えた。


——俺の生き方は、どう残るのか?


重い問いを抱えつつも、

「まあ焼酎もう一杯だけ」と言い訳をしながら、

副部長は今日も明日へ走り出している


——SUP、サーフィン、BBQ、そしてブラック食堂。

🌅 朝6時からSUPで全力スタート

休暇初日の朝6時。長男以外の家族と、愛犬ココを連れてSUP体験へ。

静かな九十九里浜にボードを浮かべ、父は全力でバランスを取る。

汗だくで必死に踏ん張る横で、ココはブルブル震える。


子供たちと妻 → 楽しむ。

犬 → ひびる。

父 → 必死。


……これが、我が家のリアルな夏の光景だ。





🍛 昼はブラックかホワイトかわからない食堂へ



午前の疲れを癒やし、昼は九十九里浜の「金沢食堂」へ。

駐車場の場所を聞いたら、方言キツすぎて理解不能。


カレーを頼もうとしたら「レトルトだ。他で食え」。

アジフライを頼もうとしたら「刺身で食えるのにフライにするわけねぇだろ」。


訛りMAXで言いたい放題。でも不思議と嫌な気持ちはしない。


極めつけは、食後の一言。

「俺は魚嫌いだから食ったことねぇけど、うまかったろ?」


いや、まさかの魚屋の主人が魚嫌い……!


しかも営業時間は11〜14時の3時間。

「13:30に14人来ても帰れ」って言い放つ。

年中無休で3時間労働。ブラックなのかホワイトなのか、働き改革が個性的過ぎて、判断不能なラスボス食堂だった。

🏄‍♂️ 夕方は人生初のサーフィン



16時からはサーフィン体験。長女は体調不良で不参加。

次男は「波と一体化する感じが最高!」と興奮気味に何度も立ち上がる。


そして父も挑戦。

結果——一度だけ立ち上がれた!ほんの一瞬。

でもその一瞬に、すべての高揚感が凝縮されていた。


オーナーに「お父さんもやるんですか?」と驚かれたけど、空気を読んで辞めずに挑戦してよかった。

🍖 夜のBBQ、リベンジ成功

昨日は火起こしに大苦戦したが、今日は着火剤を準備。

一発で点火し、スムーズに調理開始。


「やればできる!」を体現し、家族の笑顔が広がった瞬間、思わずガッツポーズ。

✨ 副部長のまとめ

SUPに挑み、サーフィンに挑み、火起こしに挑み。

父は全力で汗をかき、波と格闘し、炎を操った。


次男に「楽しい!」と言わせられたこと。

波に一瞬でも立てたこと。

そしてBBQがスムーズに進んだこと。


全部が確かな“夏の勝利”だ。

膝と足から血がにじんだことすら、立派な勲章

✅ 今日の教訓

挑戦には笑いと痛みがつきもの。

でもその先に、小さな「勝利」が待っている。


——副部長、九十九里浜で全力しました。






『風のせいだった』


朝の駅ホームで、前を歩く金髪の黒スエット女。

ぷうーん、と臭い。


——ああ、この人絶対やったな。


そう思った。

副部長の僕は、日々人のミスをかぎ分けるクセがついている。


ところが少し歩くと、また同じ匂いがした。

風に流れてきた畑の匂いだった。


なんだ、風のせいか。


そう思うと、なぜか胸がすっとした。

誰かのせいじゃなく、ただ風が運んできただけ。

そういうことも、きっと仕事にもあるんだろう。


部下の判断ミスに見えても、背景には別の理由があるかもしれない。

上司の冷たい一言も、たまたま風向きが悪かっただけかもしれない。


——人のせいじゃなく、風のせい。

そう思えたら、少しだけ楽になった。


今日も、数字に追われながらそう思う




七月。

下期の広告セールスが本格化する時期、
僕は日々、数字と感情のあいだで挟まっている。

クライアントの要望と、現場の疲弊。
計画の青図と、実行の現実。
叱咤と沈黙のはざまに立つ、“副部長”という存在。

だからこそ、週末くらいは、ちゃんと自分を整えたかった。
静かな場所で、強くなりたいと願って、僕は石膏像を描いた。



強さを求めて、石膏像を描く。

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『強さの象徴。石膏像のデッサン』


彫刻のような強い意志を持ちたかった。
感情に揺れず、冷静に、強く、前に進む人間でありたいと。

でも、描き終えたあとに、何かが足りないと感じた。
それは「強さ」ではなく、「やわらかさ」だった。

副部長として、冷徹に判断しなければならない時もある。
でも、それだけでは、部員の気持ちもクライアントの本音も掴めない。

だから、次に描いたのは、金髪の理想の女性だった。



繊細さを求めて、金髪美女を描く。

画像
『しなやかさの象徴。金髪の女性』


この絵は完全に「挑戦」だった。
細かい髪の陰影、柔らかな表情、光と影のバランス。

でも描きながら気づいた。
僕が本当に描きたかったのは、「完璧な女性像」じゃない。
自分の中に眠っていた、もう一つの顔だったのかもしれない。

仕事にも必要な、二面性のバランス。

今週は、かなり厳しい交渉がいくつかあった。
現場は「正直、行きたくない」と目が語る。でも、その気持ちは僕にも痛いほどわかる。

だからこそ、僕も同行する。
明るく、笑顔で、でも覚悟を持って臨む。交渉の場で“弱さ”を見せたら、すべてが崩れる。こちらの腹が決まっていないと、話を聞いてもらえない。

冷静さと、柔らかさ。
石膏のような硬さと、女性像のようなしなやかさ。
どちらか一方では仕事は乗り切れない。

むしろ、相反するものを両立できることで、信頼は築けるのかもしれない。

金髪の女性を描いた夜、
隣で絵を見た妻がぽつりと言った。

「えー、私もこういう風に描いて欲しかった」

その言葉に、ハッとした。
ちょうど二週間前、妻の50歳の誕生日に、僕は妻の絵を描いていたからだ。



妻の誕生日に、絵を贈った。

画像

ケーキでも花でもなく、絵。
これが一番、気持ちが伝わると思っていた。

でも、やっぱり技術が足りなかったんだろう。
来年には、もっと上手く描くよと、心の中で誓った。

描くことで、僕は自分の感情に気づけた。怒られながらも、ああ、ちゃんと愛情を持ってたんだなって。



3つの絵に、3つの自分がいた。

家庭でも、仕事でも、そして自分自身に対しても。
描くことは、整理することだ。

石膏像のような強さ。
金髪美女のようなやわらかさ。

——これは、僕の“もうひとつの自画像”だ。

石膏のような硬さと、しなやかな感受性。相反するようで、どちらも確かに僕の中にある。

感情に寄り添いながらも、意思を曲げずに立つ。
そんな二面性が、副部長という仕事に必要なのだから。

そして、奥さんの顔に込めた、日常の温もり。

描くことで、僕は今日も、少しずつ整えていく。不器用でもいい。歪んでいてもいい。
“描き続けること”が、僕の再起動なのだと思う。



▶︎ 再起動の原点はこちら
ちなみに、僕がなぜ絵を描きはじめたのか。そして、なぜ副部長という役割が、こんなにも「しんどい」のか。

もし興味を持ってくれた方は、
こちらの**「副部長の再起動日記」**を覗いてもらえると嬉しいです。
👉 https://note.com/humble_honest772/n/n5eadb1edab9b